第6章-8 大暴れ
ジャンヌ達が攫われた。
この一言で、会場は大騒ぎになった。
特に騒いでいるのは中立派の貴族で、すぐにでも飛び出して行きそうな勢いの者もいた。
「サンガ公爵様。もし、ジャンヌ達を攫ったのが貴族であり、その貴族を何らかの事情で怪我、もしくは殺してしまった場合、ジャンヌ達と主人である俺の罪はどのようなものになりますか?」
俺の質問にサンガ公爵は少し考えてから、
「まず、今回の事件が本当に貴族の仕業だった場合、相手の爵位にもよるが、怪我の具合によっては無罪放免とならない場合がある。その場合はテンマ君にも、何らかの罪が課せられる場合があるが、軽い罰金刑で終わる可能性が高い。勿論、犯人が低い位の貴族や爵位を持っていない相手だった場合は、正当防衛で終わるだろうが……相手を殺すつもりなのかい?」
サンガ公爵の言葉に、周りに居た者は皆、一斉に俺を見ていた。
だが、それは公爵の勘違いだ。殺してしまう可能性があるのは俺では無く……
「それもありますが、ジャンヌ達が間違って殺してしまう可能性の方が高いかもしれません。勿論、ジャンヌ達が直接手を下すわけでは無く、俺が護衛として渡しているゴーレムが、ですけど」
「どれほどの力を持っているんだい、そのゴーレムとやらは?」
その質問に俺はそのゴーレム達を思い出しながら……
「単純な戦力として考えた場合、シロウマルに匹敵します。それが二体。」
魔法や速度では、護衛用のサソリ型ゴーレムはシロウマルの足元にも及ばないだろうが、全身がほぼ金属で出来ている上に痛覚を感じないゴーレムは、例え体が半壊していたとしても、心臓に当たる核を壊されない限りは、敵を殲滅しようと動き続けるだろう。
そこまでの事をジャンヌ達が命令するとは思えないが、何かのはずみでそのような命令が下された場合、地龍が暴れるくらいの被害が起こるかもしれない。
今思いついたが、今度地龍の魔核を使って、地龍型のゴーレムでも作成しようかな……
「テンマ、また変な事考えてるんやろうけど、今はそれどころやないからな……」
ナミタロウは俺の考えを読んだようで、呆れながら突っ込みを入れている。
「すまん、ナミタロウ。まずは、ジャンヌ達が攫われた状況を簡潔に頼む」
「そうやなぁ……」
ナミタロウの話によると、屋敷の庭で日向ぼっこをしながら寝ていると、ジャンヌ達が攫われたとリーナが走って知らせに来たそうだ。
リーナが言うには、ガラット達と街をぶらついていると、遠くにジャンヌ達を見かけたので声を掛けようとした所、二人が急に飛び出してきた馬車に連れ込まれたのだそうだ。
丁度周りに人が居ない所での犯行だったので、手慣れた者の犯行だろうとの事だ。
ただ、ジャンヌ達を狙っての犯行かは判断が付かないらしい。
「そんで、ガラットとメナスが馬車を追いかけて、リーナが屋敷の方に知らせに来たんや!リーナは、わいが屋敷におらんかったら、王城まで走るつもりやったそうやけどな」
その時は馬車を捕まえるつもりだったそうだが、屋敷にナミタロウが居たので、後の事を頼んで屋敷で倒れ込んでいるらしい。
「分かった。知らせに来てくれてありがとう、ナミタロウ。今すぐに行ってくるよ」
そう言って、俺は魔法で空へと浮かび上がった。
「テンマ、わしも行くぞ!」
じいちゃんも一緒に来るようだ。会場では、サンガ公爵達が周りに何か指示を出している。
「テンマ、俺も手伝うぞ!」
下でリオンが叫んでいる。その申し出はありがたいが、今は待っている時間が無い。
その事が分かったのか、ナミタロウが案内すると言っていた。
「テンマ、私達は後から行くから先に行ってくれ!ナミタロウ、案内を頼む!」
アルバートはそう言うと、リオンとカインと共に、ナミタロウの後に付いていく形で、パーティー会場から走って出て行った。
「じいちゃん、行こうか。ジャンヌ達は、こっちの方角に居るみたいだから!」
俺は探索を広げて、ジャンヌ達の反応を探し当てた。
じいちゃんは俺がジャンヌ達が居る所を分かっているのが不思議なようだったが、俺が護衛のゴーレムの現在地を探知できるようにしてあると言うと納得したようだ。
頭の中に表示されたマップによると、ジャンヌ達の反応は王都の端の方にあり、二人一緒に居るみたいで、その周りには百個程の反応がある。
王城から全速力で飛んで行ったとして、十分程の距離だ。じいちゃんにそう告げると、遅れるかもしれないから、その時は置いて行けとの事だ。まあ、置いて行ったとしても、数分程で追いついてくるだろうけど。
空を高速で飛びながら、俺は探索を使ってジャンヌ達の様子を確認した。
探索で表示されている数は徐々にだが増えており、最初は百個程だった数も、今では百三十個程まで増えていた。
そして、目標まで半分の距離を過ぎた頃、頭の中のマップに動きがあった。
今までジャンヌ達の周りに居た連中の中から、十個の反応がジャンヌ達に接触した。
十個の反応がジャンヌ達に接触した数秒後、突如現れた二つの反応によって蹴散らされ、ジャンヌ達と新たに現れた二つの反応……護衛のゴーレムの反応は、揃って外へと動き出した。
ジャンヌ達の反応が動き出してすぐに、外にあった反応がジャンヌ達目掛けて殺到したが、ジャンヌ達の動きは止まる事は無かった。
それどころか敵の反応は、ジャンヌ達の先頭の反応と接触すると、あちらこちらに飛ばされている。
中には推定で2~30m程飛ばされている反応もあるので、まさに鎧袖一触と言った感じだ。
いつぞやのオーク達の様に、ミンチ状態になってなければいいのだが……
そんな事を考えている内に、ジャンヌ達が居ると思われる大きな屋敷が見えて来た。
その屋敷は、敷地は家の屋敷とほぼ一緒くらいだが、建物は倍以上の大きさだった。外から見ると四階建ての様でかなりの高さがあるし、地下室もある様なので、部屋数も倍以上ある事だろう。
そんな大きな屋敷の端の一階部分が、突如として崩壊した。
それに連動するように、二階から上も壊れていく。
崩壊した事で起きた土煙の中から、ジャンヌ達を攫った奴らの仲間と思われる、身形の悪い男達が逃げ出してきた。
逃げ出した男達は土煙の範囲から逃れると、土煙に向かって武器を構え始める。
そして土煙が晴れると同時に、二体の大きなサソリが姿を現した。サソリ達の背中には、砂埃にまみれたジャンヌとアウラの姿も見える。
ジャンヌとアウラは、男達の後方に浮かんでいる俺に気が付いたようで、こちらに向かって手を振り出した。
そんな二人の行動で、背後に俺がいる事に気が付いた男達は、すぐに逃げ出そうと動き出したが、すでに俺の魔法の射程圏内に入っていた。
「威力は押さえてやるが、死んでも恨むなよ!『サンダーウォール』!」
雷の魔法で、威力高めの範囲攻撃であるサンダーウォールは、本来魔物が群れで来た時の為の魔法であり、対人戦に使うつもりはなかった。
何せ、力加減が難しいので、基本的に人間より頑丈な魔物ならともかく、下手に人間に使うと、一瞬で大量殺人が手軽に出来てしまう魔法なのだ。
まあ、こんな奴らを人間と思わなくてもいいのだが、後々の取り調べの時に、しゃべる事ができる奴は必要なので、なるべく力を押さえてはいるから一人か二人くらいは残るだろう。どう見ても、生命力だけは強そうな顔をしている……と言う事にしておこう。
サンダーウォールは、俺の手前から数本の雷の柱が扇状に広がりながら敵に向かって行く魔法で、柱と柱の間には電気が流れており、柱とすれ違った男達を続々と感電させていく。
中には即死した者もいるようだが、それ以上に生きている者がいるので、取りあえずはミッション成功と言ったところだろう。
探索で調べると、目の前で倒れているのが五十人程で、 最終的に八割程が崩壊した屋敷の瓦礫などに巻き込まれた奴が六十人程である。
残りの二十人程はと言うと、屋敷の後ろの方から逃げ出そうとしていた。
「ジャンヌ、アウラ。もうすぐじいちゃんが来るから、この場は任せたと伝えてくれ。俺は残りの敵の捕縛に向かう!」
空を飛びながら二人に向かって大声で指示を出すと、二人は頷いてサソリの背中に座り直していた。
その様子を確認してから屋敷の裏側へと向かうと、そこには二十人ほどの男達に囲まれながら逃げ出そうとしているポドロの姿があった。更にその横には、懐かしの小物もいる。
「どこに逃げるつもりだ?」
先回りしてポドロ達の前に降り立った。
なお、俺から見て左側にはエンペラー化したスラリン、右手にはシロウマル、上空にソロモンが男達を囲んでいる。男達の後方が空いているのは、その方向にはじいちゃんやサソリ型ゴーレムがいるし、王城からの援軍が来ている筈なので、わざと空けているのだ。
「ついでに教えてやるが、お前達の悪行は王城のパーティーに参加していた貴族達にも知れ渡っているからな……この国に、お前達の居場所は無いぞ」
少し大げさに脅してみる。俺の脅しに合わせるように、スラリン達が男達に少し近付いた。
「調子に乗るなよ!このガキ!おい、お前ら、やってしまえ!」
ポドロの威勢のよさとは裏腹に、周りの男達は腰が引けており、今にも逃げ出しそうだ。
俺はバッグから刀を取り出して、肩に担いだ。
「それで、どいつから死にたいんだ?」
にっこりと笑って言うと、ポドロと奴のすぐ傍にいた五人を除き、周りの男達は一目散に後方へと逃げだした。
だが……
「うぉおおおお!死にさらせぇええええ!」
馬で駆けてきた三人の男の得物で蹴散らされていく。三人の男とはアルバート達の事で、貴族とは思えない掛け声の主はリオンだ。
得物はそれぞれ、アルバートが片手剣、カインが弓矢、リオンがグレイブだ。
三人は、あっという間に十五人を無力化した。生きているのはアルバートが相手をした四人だけで、カインはヘッドショットで四人を葬り、リオンに至っては、七人をそれぞれ一振りで仕留めていた。
「お仲間はほぼ全滅したみたいだぞ。残っているのは、俺にコテンパンにやられた、自称貴族様の盗賊、現犯罪奴隷のギースとその一味だけだが……どうする?」
なんか、懐かしいバカ面だが、こいつら何でここにいるんだろう?
そう思った時、ギースの後ろにいた女が矢を放ってきた。
小さなモーションで射られた矢は、正確に俺の頭を貫こうとしたが、俺はその矢を空中で掴んだ。
鉄でできた鏃からは液体が垂れていた。恐らく何かの毒だろう。
ご丁寧にも毒が絡みやすいように、鏃には溝を掘ってあったり、縁がギザギザになっていた。
「返すぞ」
俺は掴んだ矢を中ほどで折り、女に向かってナイフ投げの要領で投げ返した。
折れた矢は女の肩に当たり、鎧を貫いて肉に突き刺さった。
女は慌ててバッグから小瓶を取り出して飲もうとするが、小瓶を開けようとした瞬間にスラリンの伸ばされた触手に奪われてしまう。
「か、かえ……」
女は手を伸ばした状態で、口から泡を吹いて倒れた。
まだ死んではいないようだが、それも時間の問題だろう。
「よくもやりやがったなっ!」
切れたギースが剣を抜いた……が、
「そこにもいたかぁああああ!」
馬に乗って突っ込んできたリオンに、無残にも蹴散らされてしまう。
リオンは先ほど七人も切り捨てた事で、捕虜の数が減ってしまった事に気が付いたのか、今度は全部みねうちだった。
「これからがいい所だったのに……」
見せ場を持って行かれた俺は、愚痴りながらスラリンが奪った小瓶の中身を女に飲ませた。
一応女は小瓶の中身を飲み込んだようだが、これで助からなかったとしたら、この女に運がなかっただけの話だろう。
「テンマ、こいつらだけか?」
敵がいなくなった事で落ち着いたリオンは、どこか物足りなさそうにしていた。
「俺の獲物を横取りしておいて、何て言い草だよ……まあ、いいや。それよりもリオン。こいつら縛るの手伝え。猿ぐつわを噛ませるのも忘れるなよ」
俺は、今後リオンに敬語を使わない事に決めた。なんだか、リオンに敬語なんか使っていたら、損した気分になりそうだからだ。
当のリオンも俺の言葉遣いを気にした様子も無く、張り切ってギース達を縛り上げていた。
「僕も手伝うよ!」
俺がポドロを縛り上げていると、カインがなぜか嬉しそうに参加してきた。
そして、カインはとても素早く、上手に縛り上げていく……女を亀甲縛りで……
サモンス侯爵様……あなたの息子はかなりの変人です……
そんな俺の心情を知る由もないカインは、二人目を縛り上げていた。相手はもちろん女で、亀甲縛りだ。
これにはさすがのリオンも引いている。
「何という縛り方をしているんだ、お前は……」
遅れてきたアルバートが、カインの所業を見て嘆いていた。
「だって、リオンが喜ぶかと思って……って、本当は、一回してみたかっただけなんだけどね!」
カインの言い訳は、戦闘後でまだ気が立っているリオンの一睨みで撤回された。
なぜ縛り方を知っているのかを、ここにいる者は誰も聞かなかった。
だって、知りたくもないし……
全員を縛り上げて並べていると、アルバートがギースがいる事に気が付き、顔を思いっきりしかめていた。
そりゃ、元父親の部下の息子でさんざん悪さをした上に、最後にはサンガ公爵の名を貶めようとした奴を目の前にしたら、思う所はあるだろう。
「リオン……お前は何で、こいつを殺さなかったんだ……いつも通り、空気を読まずに真っ二つにしておけばよかったのに……」
「それだと、俺が怒られるだろうが!」
アルバートの八つ当たりに、リオンは律儀に反応していた。
「何なら、今から首を落としますか?」
俺が刀をギースの首に当てながら聞くと、アルバートはため息をついて首を横に振った。
「無理だろ……下っ端ならともかく、この馬鹿は今回の事件の中核にいる可能性が高い。そんな事をしたら、私が陛下から叱責を受けてしまう」
「分かっているのなら、諦めなよ」
カインにそう言われて、アルバートはギースから距離を取った。
少しでも目に入らない位置に移動したい様だ。
ポドロ達どうやって運んでいこうか、というところで、屋敷の方からガサガサという音が聞こえてきた。
「テンマ~、なんか貴族の人達が沢山来たよ~」
「テンマ様~、マーリン様が呼んでま~す」
その音の正体は、サソリ型ゴーレムに乗ったジャンヌとアウラだった。
アルバート達はサソリ型ゴーレムを見て驚き、馬達はこの場から逃げ出そうとしていた。
「二人共、降りてから来い!馬が驚いて逃げ出すだろ!」
二人はすぐにサソリ型ゴーレムを降りて、こちらに走ってくる。
リオンが走ってくるアウラの胸を凝視していたが、アウラは気が付いていないようだ。
「ねえねえ、メイドさん。気を付けないと、野獣が君の胸を狙っているからね」
カインがアウラにリオンの視線をばらした。リオンはさっと目を逸らしたが少し遅かったようで、アウラは胸を両手で抱くように隠しながら、俺の後ろに隠れた。
「テンマ様!何ですかあの男は!私の胸を狙っていますよ!敵ですか!変態ですか!」
アウラは俺の後ろで、ぎゃあぎゃあ騒いでいる。
変態と言われたリオンは落ち込み、カインは腹を抱えて笑っている。
「あのね、アウラ。多分だけど、あの人貴族よ。それもかなり名門の……」
ジャンヌがそう言うと、アウラは俺の顔を見て来た。
俺がジャンヌの言葉を肯定するように頷くと、顔を青くしていた。
「いや~そう気にする必要はないと思うよ?リオンが君の胸を凝視していたのは確かなんだし」
「そうだな。あれはリオンが悪い。しかし、君はよくあれが名門の出だと分かったな……」
カインとアルバートが気遣うと、アウラはホッとしたようだが、一歩間違えたら大問題だったので、あとでアイナと共にお説教をする必要があるな。
それにアルバートの言う通り、ジャンヌはあそこで落ち込んでいるリオンを見て、よく名門貴族の出と当てられたものだ。
ジャンヌが言うには、リオンの服装やブレイブに施されている装飾に紋章を見て判断したそうだが、それでもすごいと思う。俺ならリオンを見ても、貴族だとはわかっても、名門貴族とは判断しなかったことだろう。
「取り合えず、こいつらを運ぼうか」
俺はバッグからタニカゼと大八車を出して繋げ、ポドロ達を乗せていく。
これは前にギース達を運ぶ時に使ったものだ。
「それじゃあ、行こうか」
俺はタニカゼに乗り、ジャンヌとアウラはシロウマルに乗っている。
周りに警戒しながら屋敷の正面へと回ると、そこにはじいちゃんとジン達がいた。
ジン達は感電して倒れている奴らの選別と処理をしているが、じいちゃんは何やら貴族を相手に怒鳴っていた。
最も怒鳴られているのは一人だけで、他の貴族達はじいちゃんの剣幕に驚きながらも、特に口を挟もうとはしていなかった。
「テンマ、速過ぎ!」
置いて行かれたアムールが、ふくれっ面で抗議してきた。アムールは俺と一緒に暴れたかったらしいが、俺が先に飛んで行った上に馬もいなかったので、その結果第三陣となり、着いた時には終わった後であったらしい。ちなみに、第一陣は俺とじいちゃん、第二陣はアルバート達、第三陣はアムール・ジン・ブランカと貴族達である。
さらにその後から騎士団が来るそうだがこれは、事後処理の為だろう。
「それはそうとテンマ、面倒事が起きてるぞ」
ブランカが指さした先には、貴族の胸ぐらを片手で掴んで持ち上げているじいちゃんがいた。
「じいちゃんがあそこまで怒るのも珍しいな……誰だろう、あれ?」
「ヘンケル・フォン・ブラウン子爵だ」
俺の疑問に答えるように、後ろからアルバートが教えてくれた。更に続けて、
「テンマの母上、シーリア殿の元従兄にあたる男で、落ち目の貴族だ」
アルバートの説明で、じいちゃんが怒った理由が見えていた。
どうせ……
「恐らくは、テンマと親戚関係があるとか言って利用しようとして、マーリン様を怒らせたんだろうね。無能ではないけど平凡以下っていうのが、あの子爵についてよく聞く評価だし」
カインがヘンケルを馬鹿にしたように言うが、俺もその通りだと思う。
生まれ変わってから、一度も会った事も聞いた事も無い者を親戚と思う事は出来ないし、そもそも父さんと母さんがすでに縁を切っているのだから、親戚と名乗る事は出来ないはずだ。これは王家にも認められている。
「そうだろうけどよ……いい加減マーリン様を止めないと、あの子爵が死ぬぞ」
リオンが、じいちゃんに締め上げられて顔を真っ青にしているヘンケルを指差した。
さすがにこんな所で貴族を殺してしまったらまずいと思い、俺はじいちゃんを止めに行った。
「じいちゃん、取り合えずそいつを下ろそうよ。死んだらまずく……は無いかもしれないけど、めんどくさいから」
俺が止めに入ると、じいちゃんは渋々とヘンケルを投げ捨てた。
捨てられたヘンケルは、2m程飛んで尻から着地し転がっていった。
転がっていった先で動かない事から、どうやら頭でも打って気絶したようだ。
「それで、あいつが何をやらかしたの?」
すでにヘンケルが何かをしたと決めつけたが、周りの貴族達の反応からすると間違いではないだろう。
だって、周りの貴族達はヘンケルを睨みつけたり、嫌悪感をあらわにした表情で見ているのだから。
「うむ、わしがジン達とあそこの処理をしておると、この貴族達が駆けつけて来てくれての、その事の礼と後処理の事を話しておると、その後ろからこやつがやって来て、わしに代わってこの場を仕切る、とか言い出した上に、テンマとあやつの親戚の女子を結婚させようとか言いだしてのう」
との事だった。
そりゃあ、周りの貴族達も腹が立つだろう。あたかもヘンケルの為に集まったような扱いをされたのだから。
「まあ、今はあの馬鹿の事は置いておくとして、この人達は?」
ここに集まっているのは二十名程の貴族と、その後ろに五十名程の騎士達が控えている。
パーティー会場で見た顔もいるが、何故こんなに集まったのかがわからない。
俺に恩を売る為に集まったのなら相手が貴族とは言え、じいちゃんが礼を言って協力して貰おうとするとは思えなかった。
「おお、そうじゃった。この者達は『中立派』の貴族達じゃよ。なんでも、ジャンヌの父親に世話になったらしくての、その娘が攫われたと聞いて、会場から直接駆けつけたそうじゃ」
との事らしい。そういう事ならと納得し、俺からも礼を言おうとすると、じいちゃんの言葉の後で、一人の初老の貴族が前に出た。
「その事でテンマ殿に頼みがあるのだ。私は、アンダルシアン・フォン・マスタング子爵だ。以後よろしく頼む」
目の前のマスタング子爵は、すでに初老の域に入ってはいるが、まだまだ現役……と言うより、今でも一流の武人と言ってもいいくらいの肉体と覇気を身に纏い、鋭い眼光で俺を見ていた。
「頼みとは?まさかジャンヌを寄越せ、とは言いませんよね?」
俺の軽口に少しの反応を見せる事無く、マスタング子爵は『俺への頼み』を口に出した。
「どうか、あの子らを見捨てんでくれ。やむを得ず手放さなければならない場合は、まずは私に連絡をしてもらいたい。私が駄目なら、この場にいる中立派の貴族に連絡を頼む」
頭を下げるマスタング子爵に続いて、彼の後ろにいる貴族達も頭を下げた。
予想外の頼みだったので、少し困惑してしまったが、それに気が付いたマスタング子爵が説明をしてくれた。
マスタング子爵の話によると、ここにいる貴族達は、ジャンヌの父親である『アルメリア子爵』に世話になった者ばかりであり、ジャンヌ達が没落した時に何も出来なかった事を悔やんでいる者達だそうだ。
ただ、マスタング子爵は世話になったというより、むしろ世話をした方で、アルメリア子爵の兄貴分だったそうだ。
「アルメリア子爵家が没落した日、私は近くまで来ていたのだ。知り合いの商人から、アルメリア子爵領で不穏な動きがあると聞いたのでな。どこまで力になれるかは分からなかったが、会って話をしなければならないと思い、少数だが手勢を率いて向かったのだ……だが、それが間違いであった。少数とは言え戦力には違いが無く、そのせいで他の貴族の領地を通る時の手続きが複雑になり、間に合う事が出来なかったのだ」
マスタング子爵は、アルメリア子爵領まであとニ~三日と言う所で、反乱によりアルメリア子爵家が潰えた事を知ったそうだ。
それでもと、僅かな奇跡を願って子爵領へと駆けたマスタング子爵が見た物は、焼け落ちた屋敷と荒れ果てた庭園、そして跋扈する反乱軍であったそうだ。
怒り狂ったマスタング子爵は、僅かに引き連れた手勢で浮かれる反乱軍に突撃し、反乱軍を半壊させて、リーダーと思われる男の首を取ったそうだ。
反乱軍の中には、傭兵と思われる者達が過半数を占めていた事から、これがただの反乱ではないと分かり事情を探ったが、ポドロが関わっているかもしれないという曖昧な情報しか手に入れられなかったそうである。
「本音を言えば、このポドロの首も私が落としたかったがね……捕縛した後では手は出せんが、ここまでの事をしでかしたのだ、数十年ぶりの死刑は免れんだろう」
王家主催のパーティーの時を狙って誘拐騒ぎを起こした事で、王家に反意有りと取られるだけで無く、王家の顔に泥を塗り、さらに秘密裏にこれだけの戦力を王都に集めていたという所から、クーデターを画策していたとも考えられるので、ほぼ確実に死刑が遂行されるとの事だ。
ここで、『ほぼ確実』なのは、ポドロが自殺したり、誰かがポドロを暗殺する可能性もあり得るとの事だからである。
「何にせよ、テンマ殿が先ほどの頼みを聞き入れてくれるのならば、我々テンマ殿の味方となろう……中立派としてでは無く、個人として」
貴族としてでは無いという所がミソだろうが、それでも俺に損は無い取引だ。
元々ジャンヌ達の事は、家族として大切に思っているので、マスタング子爵の心配は今更な事である。
それに見た所、マスタング子爵はいろいろと頼りになりそうだし、その後ろの貴族達も有能そうな人達ばかりである。
半ばなし崩し的とは言え、俺も王族派の一員として見られているようなので、横の繋がりはこれから必要になるだろう。
そう考えて、マスタング子爵と握手を交わそうとした時、ヘンケルが意識を取り戻した。




