51・そして、戦いは進んでいく
狙われるために配置していたとしか思えないパナイ号。
そんな想定外の事態によって、新たな戦争が始まる事になる。
今回、豪州は大人しくしている様だ。つか、暴れるのは無理だろうな。暴れた時点で焼きコアラ確定だもんな。
ルーズベルト曰く、支那への侵略姿勢が顕著で、満州への脅威が増大しているらしい。
その満州が脅威と思っているのはルーズベルト大統領なんだがな?
そんな訳で、極東総督府は今回も中立、もし米連邦政府が強権発動するなら独立すると逆に脅している。
当然の様に満州駐留米軍も動かない。
そらそうだろうな。今の満州はユダヤ人やロシア系、満州派の避難先になっているもんな。その実態を見て、ルーズベルトを信じろという方がおかしい。アイツは完全に狂ってるよ。
だが、今回、フィリピンは米国に従うという。
理由は簡単、フィリピン軍元帥閣下が活躍如何では将来の米大統領選出馬の切符を手にできるという空手形を受け取ったようだ。
そのおかげだろうか、早速大陸からフィリピンへと移動する航空機の群が確認されたという。
それから数日、星か太陽か分からない微妙な星形標識を付けた爆撃機が九州へ飛来した。どう見ても南京軍爆撃機だったモノを取り急ぎ米軍標識に塗り替えましたってバレバレなんだが。
この世界のゼロ戦、飛行速度はともかく、ションベン弾にならないからよく当たるらしい。発射速度の関係で25mmのような一撃爆散は無理だが、十分な威力を見せている。
九州防空戦は陸海軍共同なので問題なくやっていけている。
問題は台湾だった。
大陸とフィリピンから飛んで来るので対処するには逐次投入や分散が生じてしまう。
米国としても台湾からフィリピンへと爆撃機を飛ばせない様に妨害しているだろう事は予想できている。
だが、台湾から飛ぶ必要はない。
台湾からというのは航続距離を考えてなのだろうが、実際には沖縄から飛べる。帰路を台湾にすれば九州からでも可能。
と言っても、二宮や三菱が作った訳じゃない。流石にそんなノウハウはない。
川西が九八式大型飛行艇の陸上機案というものを持って来たので試作を許可した。
そこに、ドイツへ帰る事が叶わなかった者たちや米国へ帰ったが差別されて満州へ逆戻りしてきた者たちが日本へ仕事を探しにやって来た。
日本としては大歓迎な訳で、そんな彼らも参加した計画の一つがこの爆撃機計画。三菱の新型戦闘機にも参画しているらしい。
結局、胴体設計から変更になるので川西の手には負えなかったところをドイツ人や米国人の手を借りて何とか仕上げ、1940年には初飛行を迎えることが出来た。
そこから改修、改良を重ねて昨年何とか完成した。
東ロシアでもオムスク爆撃機などと呼ばれていて、シコルスキーも当然ながら参加していたりする。
生産を行うのは川西ではなく、なんと、満州にある元ダグラスの工場。満州に進出したは良かったが、あまりにも本国からの圧力が酷くてシコルスキーに搬入した設備もろとも投げ売りしてしまっていた。
ここがあるおかげで様々な技術が取得できたし、米国から技術者が満州へとやって来ることにもつながっている。
今ではシコルスキーもここを満州飛行機として米国人に再度任せるそうだ。
そこへと日露から仕事が来るのだから、先行きは明るい。
こうして新たに立ち上がる満州飛行機はいきなり大型受注となる。
さすが、ダグラスが建てた工場だけあって、生産性も良く、早くも50機も日本軍に爆撃機が配備できている。川西で製造となると飛行艇との並行生産だから未だ10機にも満たなかっただろう。
エンジンは飛行艇からさらに改良された誉を搭載しており、2200馬力を誇る。それでいて燃費も良くなり、この新型爆撃機深山は縁起の悪い名前なのに最高速度585km、爆弾2tを積んで4200kmも飛べてしまう。B29には負けるが、米国の想定をはるかに超える速度と航続距離と爆撃能力を持っている。
そんな、米国の想定外であろう爆撃機でのフィリピン爆撃、そして、ほぼ同時に蒼龍型4隻と第一艦橋前に内装式エレベータを設けただけの蒼龍改型2隻による攻撃を組み合わせて波状攻撃を行う事になった。
上陸部隊は神州丸の流れをくむ強襲揚陸艦である。
で、なんと、10cm砲を積む新型戦車が要求を吊り上げすぎた結果、まだ間に合っていない。砲軸スタビラザーだとかステレオ式照準器とか、それを装備した戦車って戦時中にあったっけ?
そんな訳で、ストップギャップとして、この世界におけるチヌたんが開発されて一式中戦車を名乗ることになった。
75mm野砲と10cm戦車砲の砲架を無理くり組み合わせて開発した75mm戦車砲を積むのだが、反動が少ない砲なので、後座長が30cm程度になった。南部さんが砲を弄ってエバキュエータなる装置を取り付けたのでベンチレータの無い欠陥砲塔でも問題ないと言う。
砲塔は九八式中戦車の砲塔をそのまま使おうとしたら狭すぎて継ぎ接ぎしたらベンチレータが付けられなくなるという事態に至り、喜々として南部さんが砲を弄った。
こうして完成した間に合わせ戦車だが、九八式中戦車の車体ではご不満の東ロシアは試作中の新型戦車の車体に乗せてしまおうと言い出した。
日本としては今ある設備がそのまま使える20t級が良かったので、九八式の一部を改造して採用となり、東ロシアに展開する部隊用に二式中戦車として東ロシアの言う車両を新たに採用するという手間な事態となった。
そんな事態となった理由の一つが、上陸用機材が25tが今のところ限界で、新型を開発こそしているモノの完成は来年以降という事にある。
まさか、ここまで戦車の発展スピードが速まるとは、俺や乃木さんら以外は全く考えていなかった。
ところが、欧州の戦争でドイツが予想外の速さでT34に対抗する戦車を作り上げており、当然のように米国が真似をしている。
その為、対抗上日本も新型戦車並みの攻撃力を持つ車両を緊急展開部隊に持たせる必要が出てしまった。
ホント、戦争ってこうも予想外の事ばかり起こるんだな。
1942年4月16日に空母と爆撃機による攻撃を開始し、翌日から上陸を行った。
フィリピンは元帥こそ本国との空手形でやる気になっていたが、支那ほど物資が届いている訳でもなく、6隻もの空母に張付かれて明らかに航空戦力が劣勢であった事から、4月25日にはマニラが無防備都市宣言を行い、あっけなく攻略に成功した。
その後、バターン半島へ撤退していく米比軍を追いかけ、一部は追い抜いてしまう速さで攻略が始まり、米比軍側は陣地に弱点を抱えた状態での交戦を余儀なくされて一気に突破してしまう戦車部隊。
結局、史実であった抵抗ほどの事はなく、コレヒドール島には未だ支援砲艦として海軍に在籍する安芸が現れると抵抗を諦めて降伏してきた。
こうしてフィリピンも極東総督府預かりとし、マッカーサーも大連送りとなったが、別に彼はルーズベルトからの切符でなくても良かったらしく、反ルーズベルトを訴えて本国帰還が出来るならと、満州派への転向を表明する始末だった。




