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46・そして、歴史は史実から乖離していく

 1939年、欧州はいつ大戦争になってもおかしくない状態だ。


 まず起きたのは、ハンガリーとチェコスロバキアの戦争だった。


 そして、そこに米国が大量の武器を供給した事で戦争が終わる気配がない。


 武器援助を受けたハンガリーが優勢に戦争を進め、チェコスロバキアから要求していた領土を奪い取るまで続く。


 完全に英仏は何もできなくなっていた。


 そんな中、この状況をどうにかしようと乗り出した英国はソ連に近づく。


 何とかソ連を説き伏せてこの状況を終わらそうとした。


 だが、ソ連側の要求は受け入れがたいモノだった。


 第一次大戦で失った領土、ロシア帝国の最大版図をすべて割譲することを条件として提示してきた。


 もちろん、それではさらに戦火が拡大するだけになる。


 英国はソ連を引き込むことを諦める。


 だが、そのスキを突くように、ドイツが独ソ中立条約の締結を発表し、大々的に調印式まで行った。


 これに危機感を持ったのは東ロシアだった。


 ドイツの脅威へ振り向けていたソ連軍が東へ向かう可能性が増したと警戒し、軍の動員を始める。


 それに呼応して、ソ連軍も東へと軍を差し向ける動きを見せる。


 そんな緊張が世界を覆いつくす中で、米国船籍の船がヘルシンキへと現れた。


 死の商人米国が差し向けた軍需物資ではないが、見慣れない装甲車両を陸揚げして去っていった。


 米国船籍なのでドイツも特に警戒もしていない。


 ちゃんと監視していたならば、その船が英国にも立ち寄っていたことに気が付いただろうが、盟友米国に対する警戒心が薄かったのだろう。


 米国はこの頃、大歓喜していた。


 ドイツから計画中の中戦車の設計資料を受け取り、ドイツ向けの生産を依頼されていたからだ。


 その依頼に沿うように大量生産を開始し、Ⅲ号戦車やⅣ号戦車をこれでもかと生産して送り届けていた。


 もちろん、その生産で得たノウハウを自国兵器にも採用し、M2戦車に代わる新型戦車としてⅢ号戦車をモデルにしたM3中戦車の生産にも着手した。支援戦車M4の生産も始める。


 こうして、あちこちに兵器をばらまくことで景気回復をモノにしたルーズベルトはご満悦である。


 そして、史実以上に軍備が整うドイツ、完全に援助先を失うポーランド。戦う力を錯覚したハンガリー。


 この混乱に乗じて4月には第一次大戦の約束履行のためにアルバニアへと侵攻するイタリア。


 すでに出来事が多すぎて何が何やら。


 独ソ不可侵条約までの大混乱はまずはバルカン半島で起きる。


 勢いに乗るハンガリーはドイツによる調停を無視してスロバキア併合に乗り出す。


 さらにはユーゴスラビアへも侵攻を開始し、完全に手が付けられない状態となった。


 暴走するハンガリーの行動にルーマニアが反応してドイツへと同盟締結を打診。


 それで焦ったハンガリーはさらにトランシルバニアへも侵攻する。


 その間、米国からの援助物資がどんどん注ぎ込まれていたのは言うまでもない。


 なぜか、ドイツも困っている筈なのに、援助物資の自国通過を全く妨害しなかったのだから、もう、どうなっているのか分からない。


 こうして戦火を拡げるハンガリー。


 ユーゴスラビアは英国に支援を求めるが拒否され、イタリアが「未回収のイタリア」を交換条件に支援を表明するが、ユーゴスラビアは拒否。


 だが、ハンガリーの脅威を理由にユーゴスラビアへと侵攻するイタリア軍。


 そして、激しく抵抗するクロアチア人ではなく、イタリア軍の侵攻を許容したセルビア人と共謀して、ダルマチア地域を占領下に置く。


 この行為に関係が冷却化していたドイツが猛反発し、イタリアへの宣戦布告まで匂わすが、完全に無視して占領政策を本格化させる。


 ただ、このイタリアの行為を英仏は半ば容認し、ハンガリーにも妥協点を探る交渉を始める。


 こうした状況下、史実とは異なり9月に入ってもドイツはポーランド侵攻をせず、バルカン問題に手を焼いていた。


 9月24日、何とか英仏独はハンガリーとの妥協点を見つけ、ハンガリーにスロバキア、トランシルバニア、イタリア占領地域以外のクロアチアの領有を認めることで合意した。


 その合意が発表されると、10月1日、ソ連軍が突如ポーランドへと侵攻、ベルサイユ条約の線への回帰だと主張してその行為の正当性を主張した。


 翌日にはドイツもかねてからのポーランドによるドイツへの侵害行為を理由に侵攻を開始。


 だが、体勢の整った進軍をするソ連とは違い、ドイツ軍はソ連の行動に反応しての侵攻であり、各所でポーランド側の抵抗に遭い、ソ連が2週間で主張する線に達し停止したのに対し、ドイツ軍は11月になっても戦闘を続けていた。


 表面上は和平を訴えるルーズベルトだが、ドイツ向け輸出を減らす気は一切なさそうだった。


 そのドイツへの輸出を行う船も、見知らぬ星条旗を掲げた船に遭遇する事があった。だが、企業が違えばすべての船を把握してるわけでもないので気にしていなかったのだが。


 英国やフィンランドへ出入りしていた米国籍船はその後を追えば極東へ、大連へ向かう船だと分かった事だろう。


 米東海岸から荷物を積んで大連へと向かい、大連から出た船は済州島で荷物を積み込んで欧州を目指した。


 積み荷は九五式軽戦車や九二式重装甲車を改造して47mm戦車砲を装備した駆逐戦車だった。


「まさか、戦前にホルを作る事になるとは思わなかった」


 そう南部さんが言っていたが、南部さん銃器メーカーでしょ?なんで戦車造ってんの。


 どうやら、対戦車砲や戦車砲も手掛けている関係で、改造車両の製作にも手を出しているんだとか。


 ホルというのは、史実では九五式軽戦車の車体を改造して47mm戦車砲を装備した車両であるらしい。


 この世界のホルは、史実九二式より大型で九五式軽戦車並みであることから、47mm砲を積んだ駆逐戦車として改造されることになったらしい。


 というか、名前だけを戦闘車と言い換えて九五式軽戦車が後継車両として騎兵隊に配備されただけなんだけどね。


 そこで余剰となった九二式を有効活用しようと、ウォッカ冶金技術やドイツから掻っ攫った技術で史実より高性能な47mm戦車砲を装備した車両として再生した訳だ。


 そして、それらは輸出へと回されたわけだが、買ってくれる国がなかなか見つからず、何とか契約が取れたのがフィンランドだった。


 整備部品の製造を英国企業に依頼したため、それら部品は英国での積み込みとなり、大連から英国、そしてフィンランドへの航路となった訳だが、帰路は何食わぬ顔で米東海岸へ寄って、大連行きの物資を運んだ。


 欧州で戦争は起きているが、まるで史実とは違うそんな状態の中、史実同様に11月下旬、ソ連軍はフィンランドへの侵攻を開始する。


 この開戦により、日本や東ロシアはさらにホルを製造して供与する在庫一掃バーゲンを行った。このバーゲン品は47mm砲と言っても、東ロシア好みの長砲身で62口径もある対戦車砲の砲身を戦車砲の砲身と挿げ替えたトンデモ仕様で生産された訳で、きっと使い難かっただろうに、フィンランド軍はそんな車両で大活躍しているんだから恐ろしい。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 〉見知らぬ星条旗 …そっかぁ、もう手遅れかぁ。まあ、これも民主主義の結果なので受け入れてもらいましょう。
[一言] 欧州情勢は複雑怪奇なり 正にこれ
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