43・そして、事態は混迷を深める
辛勝に近い海戦が終り、米国は海軍戦力を大きく失った。
すぐさま再戦できるほどの余力がない事は確かだ。
だが、それは日本も同じ。主力戦艦6隻を投入してほぼすべてが修理に入った。いま日本にあるのは2隻の扶桑型、そして、旧式の安芸。
その為、日米ともに戦争状態なのに何も起きていないという状態になる。
そんな中でも激しく戦っているのが豪州だ。
豪州政府は湯水のように送られてくる米国からの武器弾薬に歓喜していた。
だが、それも1938年を迎えることなく事の重大さに気が付く。
すでに米国に払うべきものが無くなっていた。
喜々として武器を受け取っていたら、西豪州政府の権益や資産まで含めてすべて米国に渡さなければ支払いが出来ない状態になっている。
しかし、西豪州の頑強な抵抗と日本軍の介入によって戦線は一進一退どころか、完全に押され気味。西オーストラリア境界線で敵が止まっているから押し込まれていないだけ。
そんな現実を前に、豪州政府はとうとう英国に泣きついた。
だが、その内容がいけなかった。
英国はオーストラリアがどうなろうと構わなかった。
西オーストラリアが日系国家になっても、資本参入は約束されている。現在の豪系企業自体、排除されていない。しかし、自ら出ていく場合、その後釜として技術を持つ英国企業が入り込んでいける。
そんな事実を忘れて、日本に奪われると喚きたてた。
もちろん、英国は豪州が米国から支払限度を超える武器を輸入している事実を知っている。
バカ息子が大量の借金背負って実家に逃げ込んできたようなモノだ。
英国の行動は迅速だった。
さっさとシンガポールから艦隊を動かし、豪州の主要港を封鎖した。
そして、米国からの武器輸入を続けるか、このまま英艦隊に焼き尽くされるかを選ばせた。
そうなって米国に泣きついたが、今の米国では英国に勝てる見込みなどまるでない。戦艦の半数を失い、日本側の手にある。
しかも、満州では独立の動きすらある。
米国も動くに動けなくなった。
そこからの展開はあっけなかった。
1938年2月1日、西豪州の独立を認める日西豪講和条約が締結され、晴れて西豪州は独立した。
そして、日米戦争も終わる。
英国の圧力によって強制的に終わりを迎えてしまった。
しかし、そこはルーズベルト。
日米講和はなったが、反日姿勢を止めたわけではない。
上海派の支援によって勢いづき、対日講和を行わなかった南京政府はひとり、日本との戦争を続けている。
といっても、その主要なモノは台湾に対する嫌がらせのような襲撃程度で、これと言って大きな戦闘が起きている訳でもないのだが。
日本にとってはまるで訳の分からないままに戦争が終わった。
ただ、英国との交渉は乃木さんがうまくやったらしい。今回はおかしなものが押し付けられるようなことなく平穏に終わった。
そして、豪州への移住が本格的に始まる。
満州については日本人移民を極力送らない様にしたので、さすがのルーズベルトも何も言って来ない。
それどころか、反ルーズベルト派が満州に逃げてきている状態で、どうにも米国内は安定していない様だ。
そんな中、欧州では史実と変わらない状況が起こっている。
3月に入るとドイツがオーストリアを併合した。
これを歓迎、支援したのは当然ながらルーズベルトだった。
彼はさらにズデーテン地方問題に対してもチェコスロバキアに対し、ドイツへの併合を求める書簡を送る。
さらに、英仏に対して、もしドイツとチェコスロバキアが開戦した場合、中立を守るように要請、もし、参戦するようならドイツ側に立つことも明言する。
なんだか、ルーズベルトがおかしくなってることに俺たちは驚いた。
「なぜ、米国がここまでドイツの問題に肩入れしてる?」
乃木さんに問うてみた。
「きっと、対日戦で英国が威圧して来た事がよほど腹に据えかねたんでしょうね。豪州の債務も西豪州内の利権分を棒引きないし、豪州が別で代替するように変更しましたし、英国自身は一切豪州債務に関与しない事も認めさせています。挙句、満州での騒動ですよ。もう少し米国がごねれば、満州は独立する事になったでしょう。未だに火種は消えてませんし」
という事らしい。
そうした出来事があったので、元々対日政策で一致している米独が接近したらしい。
そこからは欧州の季節がやって来る。
ドイツとチェコスロバキアは戦争寸前になるが、米国のドイツ支持でフランスは動けない。
さらに、ソ連もフランス、チェコスロバキアとの条約はこの問題に適用しないとの声明を出す。
進退窮まったチェコスロバキアの暴発が懸念される中、米英間の緊張も高まっていた。
本当に戦争となった場合、英国は米国と戦う構えを見せる。公然と日本にも支援を要請してきた。
講和したばかりの国へとこちらから攻めていく。なんとも困惑するような話だが、米国に漏れる様に空母3隻によるハワイ空襲計画を立案した。
だが、一度開戦して戦時体制となった日本、はいそうですかと平時に戻る状況になく、本当に空襲計画とそれを実行するに足る戦力計画が持ち上がる。
H型16気筒エンジンは二宮だけでなく、液冷エンジンの開発を模索していた愛知、川崎にも提供され、生産が行われている。すでに独自改良にも取り組みだしているらしい。
愛知はボアアップによる排気量増加を狙い、川崎は何かよく分からない事をやり始めているらしい。
そうした中で、戦闘機だけでなく、艦攻、艦爆の全金属単葉化という流れとなり、艦爆は愛知が担当して、愛知改良型エンジン、アツタを装備した機体が進空している。
「えっと、艦上爆撃機。急角度での降下によって投弾時の命中率を高める爆撃法を採用した攻撃機?」
すでに九六式艦戦が60kg爆弾を4個懸架可能であることから、それ以上の能力が求められた。
とにかく、無謀、過大、夢想を要求しがちな海軍が当然の様にそう要求し、果ては何なら艦攻の替わりに水平爆撃もなどという始末だった。
そんな無茶振りを実現したのが、アツタエンジンである。
栄を排気量アップして1300馬力を誇るこのエンジンを使って、九六式艦戦ばりの綺麗なスタイルの機体に仕上げ、海軍の要求を上回る「魚雷も積めと言われれば可能です」な機体として完成させた。
結果として艦攻を開発していた二宮は自身の1000馬力の栄では見劣りするため、開発を辞退してしまう。
ただ、ボアアップしたは良いが、問題が多発するエンジンの改善に中島さんが招聘される事態になったのは、仕方がなかったのかもしれない。
「戦時下」の名の下にそうした開発が急ピッチで進む。
結果、九九艦爆を素通りしていきなり彗星が誕生してしまった。
いや、運用から見たら流星なのか?




