28・そして、次への飛躍が始まる
1930年の政治の世界は海軍軍縮が話題をさらった。
航空機は中島さんが雪辱に燃えていた。
次の大会にはマッキMC72が出てくるはずだという乃木さん、その機体の速度記録が700kmを超えていたはずだという南部さん。
そんな曖昧な記憶を繋ぎ合わせてみると、その機体は水冷V型12気筒エンジンを二基繋ぎ合わせたモンスターで、最高出力3000馬力ほどだったハズという事になった。
中島さんはそれを聞いて唖然とした。
そりゃあそうだ、普通の機体で500馬力あたり、レース用で1500馬力かそこら。マージンを詰め切って2000馬力に届いていない程度。
そんなところに3000馬力というのは桁が違う。
最高速度700km、最大出力3000馬力。
そんな怪物を相手にするにはこちらにもそれ相応のエンジンが必要だ。
そう考えた中島さんは、まずは持てる知識を生かして現在のエンジンを更に煮詰めてみた。
だが、それでは無理だった。
まだ足りない。
そう言えば、第二次大戦最優秀機は700km出ていたのでは?と、俺も思ったが、シュナイダートロフィーは水上機なので抵抗になるフロートを付けたまま飛ぶ事になる。
それだけの抵抗があるので、戦闘機よりも確実に馬力を上げて、フロートの抵抗分を翼や機体で帳消しにしないといけないらしい。
だが、中島さんはレーシングカーとしての空力なら分かるので、機体は何とかアドバイス可能だが、翼やプロペラは専門外なので、馬力で克服する道を探るしかないらしい。
大出力エンジンを作るには、排気量を増やせばよい。そのためにはエンジン自体が大きくなる。
だが、速度記録を狙うレース機だから、エンジンをどこまでも大きく重くして良い訳ではない。
そうなると、色々な制約があるという。
そこでまず、燃料開発に乗り出した。
よく燃える燃料にすれば、その分出力を出せる。
すると、その爆発力に耐える金属が必要になる。
レシプロエンジンは往復運動を回転運動に変えなければ力を使えないので、回転運動に変えるクランクシャフトが爆発力に耐えられないのでは意味がない。
そうやってエンジンが動くようになれば、冷却や潤滑も考えなければいけない。
どこまでも温度上昇するようでは、金属が耐えられなくなる。金属の強度を保持するには適切に冷却してやらなければいけない。金属同士をつなぎ合わせ、すり合わせているのだから、潤滑がしっかりしていなければ、摩擦や摩耗で壊れてしまう。
エンジン一つ作るのに様々なモノが必要になった。
こうして、水ではない冷却材、これまでの潤滑油よりも高性能な潤滑剤の開発も行われた。
だが、壁に突き当たってしまった。
「今の技術では限界ですね。マッキと同じ方法を採らなければ3000馬力は無理そうです」
という中島さん。
二宮では水冷V型も開発しているが、主力は水平対向空冷エンジンだった。
もちろん、今の技術で3000馬力の空冷エンジンは無理だという。
かといって、V型12気筒では壁に突き当たった。
そうかといって、マッキの様に2基を繋ぐのはやりたくない。
という事で、水平対向エンジンを2基積み重ねてしまう事になった。H型エンジンである。
「昔、と言っても今からは未来ですが、1966年にF1でH型16気筒というエンジンが走ってます」
という中島さん。
そして、乃木さんや南部さんが、英国に第二次大戦を戦ったH型24気筒があると言い出した。
「なるほど、気筒数で排気量を稼ぐエンジンはあるんですね。やろうとしているのは同じ事だと思いますよ」
と、中島さんが言う。
エンジン出力が欲しければ回転を上げればよいらしいが、おのずとエンジンの摩擦や強度上の限界があるらしく、そこを克服するのが難しいらしい。
「エンジンは大排気量になれば、摩擦や強度の壁に突き当たるので回転数は落とさざるを得ません。技術的に無理が出てきますからね。ただ、排気量の小さなバイクは車よりも高回転まで回りますよね?F1も排気量は時代に拠りますが、1気筒辺りはバイクと大差ない排気量です。それを8個、12個と増やして高級車並の排気量にしていたんですよ」
細かい部分ではそうとも言えない部分があるとしながらも、おおむねそう言う事らしい。
「なので、24個の小さな部屋であれば、その分回転を上げて行けます。現状、普通は2500回転あたりですが、3000回転を超えて回せば何とかなるでしょう」
少々怖い話をしている気がしなくも無かったが、そう言う事らしい。
そして、乃木さんには別の思惑もあるという。
この時代、1930年頃というのは、一般に双発機の方が単発機より速い。
単発機はパイプを組んで布張りにしたか、ようやくアルミで骨組みが出来るようになった段階。
そんな心もとない小型機には大型エンジンなど乗せることが出来ない。
その上、後の空戦フラップなどで有名な機体をより効率よく浮かせる高揚力装置が未発達で、翼自身が大きい。
そうすると、どうしても抵抗が大きく馬力が低い機体しか作れないので、速度が出せない。
対して、双発機というのは元から強度を持たせて大きな翼を持った機体に大馬力のエンジンを複数取り付けられるので、速度が出やすくなるそうだ。
さらに言えば、いくら戦闘機の最高速度が出ていても、双発機はまっすぐ飛ぶだけ、対して攻撃しようとする戦闘機は旋回や宙返りなどをやるので速度が落ちてしまう。
よほどの速度差が無ければ、戦闘機の攻撃は双発機に振り切られるので意味がない。
この時代はそう言う時代だった。
「このエンジンはその考えを覆せる可能性がありますよ」
という。
しかし、中島さんはそれに苦笑する。
「レースで使うエンジンとしてなら自信はありますが、戦闘機に積むとなると、早くて5年は見てもらわなければ、耐久性を持たせることはできませんよ。ただ、その時の出力は2000馬力も出せれば良い方です。3000馬力を実用化するには10年は見てもらいたいですね」
だが、それでも十分だと乃木さんは言う。
「10年以内に2000馬力越えのエンジンが実用化出来るという言質はとりましたよ。その希望さえあれば今は十分です」
さて、今後の日本の飛行機はどうなるんだろう?




