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19・そして、会議は終る

 ロシアに火種と火薬を放り込んで盛大に爆発させ、肩の荷を降ろそうとしたドイツだったが、そんなうまい話は無かった。


 なにせ、東部戦線は史実よりも損害が大きく、皇帝が直接乗り込んだ対オーストリア戦線の場合、ブルガリアやルーマニアへの対策のために英国から攻勢を控える様に言われていたために攻勢に出なかっただけで、オーストリア軍の損害はあまりにもデカくなりすぎていた。


 ドイツ軍も東部戦線に拘束されて思うようにオーストリアを支援しに行けず、損害をどうやっても埋め合わせることが出来なくなっていた。

 

 オーストリア・ハンガリー帝国はそんな状態で内部崩壊をきたした。


 もう、どうしようもなかった。


 それに対してロシア軍の損害は史実ほど多くは無かったのだが、レーニンの甘言に乗る兵士が多く、結局のところ、赤軍優位となりソビエトの手に落ちたわけだ。


 東部戦線のドイツ軍も悲惨だった。


 自分たちがMP18を思いつく前からフェドロフ小銃を持ったロシア兵に塹壕へ飛び込まれ、軽迫撃砲で機銃を潰され、奇声を発するサムライが居ない以外、日本軍を巨大化した悪夢が展開されていたんだもの。


 幸いだったのは、犠牲こそ無視できないが、誘いに乗って罠にかかってくれるロシア軍部隊が多く、その点だけは助かっていた様だが。


 が、それでも許容できない犠牲を出すような罠に何かメリットがあるのかと聞かれれば、作戦参謀の自己満足以外に回答はないだろう。


 ロシア軍の侵攻は多大な犠牲によって押し留めたが、それに見合うものは何もない。


 そして、そんな東部戦線から兵員を回せない西部戦線をどうにかこうにか作戦の妙だけで支えるという苦し紛れ。


 こんな我慢比べが続けば嫌気がさすのは当然だ。


 自分が送り込んだ火薬が爆発してロシアがソビエトへと政権転換が行われ、停戦にこぎつけたまでは良かった。


 そこは作戦勝ちだろう。


 だが、その結果、緊張が切れてしまったような状態となり、ドイツ国内では不満が溜まり、中には内戦で苦しんでいるはずのロシアが天国といった根も葉もないうわさまで飛び交いだした。


 そう言った不満が溜まりに溜まって1918年8月以降、兵士の抗命事件や工場でのストなどが相次ぎ起こり、最後には反乱にまで至ってしまい、相手を戦争から蹴り落とすはずの策で自分までもが転げ落ちてしまった。


 そして、講和会議に連れていかれたかと思えば、戦勝国の席にちゃっかりロシアが座っている。


 それはあまりの衝撃だった事だろう。


 ドイツ側は紳士的に抗議し、受け入れられなければ、今度はマフィアのごとき態度で脅しに掛かったが、切り返され、最後には罵詈雑言を並べ立てたモノの、涼しい顔をするロシア代表にとうとう根負けした。


 会議の席上、どこまでも搾り取ろうとするフランスと、それをなだめすかす英国。しかし、英国の取り分は単にロシアに付け替えられただけだったという顛末に、ドイツは乾いた笑いを浮かべることになった。


 日本は借りてきた猫の様にただ行儀よく座っているだけだったし、豪州は日本を射殺さんばかりに睨んでいたし、米国が対華21か条要求を突き付けた民国が喚き散らしたしで、まあ、正直何の会議か分からない状態だった。


 民国が喚き散らしたのには訳がある。


 テーハンでの反乱鎮圧に動いた米軍は満州の山岳地帯でも大規模に作戦を行い、多数の村を地図から消していった。


 もちろん、そんなことをすれば満州を支配しているはずの張作霖が怒るのは当然で、米国側へ抗議するため遼東半島へと向かった。


 ところが、遼東半島へ到着する以前に列車が襲撃され、側近もろとも殺害されてしまったのである。


「ワリィ!反乱軍と間違えちゃった。テヘペロ♪」


 という、米軍の回答に張軍が怒り、米軍を攻撃した。


 待ってましたとばかりに張軍を殲滅して満州を手中にしていった米軍。


 当然、民国政府がそれに抗議するが、逆に21か条の要求を突き付けて来たのだから、怒って当然だった。


 だが、誰も相手にしなかった。


 逆に、英国などは張軍閥によるアヘン密売を非難した程だ。


 どの口が言うとんねん!(笑


 そんな中で、日本は賠償金よりも現物や技術情報、技術者派遣による賠償を強く望んだ。


 というのも訳がある。


 1917年。


 欧州派兵されていた中島知久平さんが飛行機事故で重体となるのだが、意識を取り戻した後は別人のような振る舞いだったという。


 乃木さんが自ら確認に行って、自分と同じだと判断し、日本へと後送して俺たちへと対面させるというので会ってみた。


 どうやら、技術者であるらしく、エンジンや変速機に興味があると訴えていた。


 そこで、入り浸っていた二宮飛行機を斡旋して入社したのだが、すぐさま成果を上げる大活躍だった。


 彼の入社でいきなり欧州と肩を並べるエンジンが開発され、見事、二宮飛行機の汚名は返上された。


 が、中島さんがアレが足りない、コレが欲しいと色々要求しているので話し合った結果、それら素材や技術を有するドイツから賠償として分捕れば良いという話になった。


 まだない技術なら、優秀なドイツ人技術者を掻っ攫って研究してもらおうというのだ。


 こうして、ドイツから飛行機や発動機、自動車に石油化学製品などの技術や工作機械にそれらに関わる技術者や職人を日本は手に入れることと相成った。


 中島さんはほくほく顔で製品や技術情報を眺め、技術者とアアダコウダ研究するらしい。


 もちろん、ちゃっかり南部さんもそのビックウェーブに乗ってたらしいよ。 


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