第38話 幸子の歩む道
3ラウンド目―
こーちゃんの予想通り、ファン選手はガンガン前に出て猛攻をしかけてきた。
ガシッ!
バンッ!
しっかり防げているけれど、ガード越しからでも威力が伝わってくる。
冷静に見てみると、ファン選手は同じパンチでも何通りかに撃ち分けている。
例えば同じストレートでも、スピードに重点を置いて威力が弱いものと、その逆でスピードを殺す代わりに威力が高いもの、その中間のパンチも使ってる。
これらを見極め交わすのは、普通に考えたって難しい。
威力重視だと思っていたらスピード重視だったりすると、直ぐに追撃が来て連打で押されてそのままフィニッシュ…、なんてことも十分に考えられるから。
それらの幾通りもの攻撃を、一瞬で組み立て臨機応変に戦えるファン選手は、まさに天才型のボクサーなのかも。
でも、だからと言って、100%勝てるってことはないはず。
機械じゃない、人間だもの。
今日の試合では、もう二度と撃ち返す機会が無いかも知れない。
けれど諦めない。
チャンスと思える瞬間が見えた時こそ、カウンターを撃ち込む最大で最高で最後のチャンス。
それを逃すようなら、もう私は絶対にチャンピオンにも勝てない!
猛攻を辛うじて防ぎながらも、数発に1発はくらってしまう。
「さっちゃん!」
こーちゃんが思わず叫ぶほど、一方的に打ち込まれる。
まるで弾丸の雨のよう…
それに、私が反撃しようとする瞬間、ファン選手は少し位置を移動したりしつつ、瞬時に反応して警戒度がかなり高い。
これでは反撃が…
あっ…
このままだと、攻撃しなさすぎてレフリーに注意受けるかも…
無理やり手を出すけれど、逆に反撃の糸口になってしまう。
カウンターなんかもらったら、それこそ致命傷になっちゃう。
そうでなくても、体が重たくなってきた…
酸素が…
足りなくなってきている…
「鈴音!頑張れ!!!」
伊藤さんの声だ…
自分では気付いていなかったけれど、集中力が増していくのがわかる。
2ラウンド目のラストで交わした時、何が見えたんだっけ…
あの時は体が勝手に動いたようにも感じた。
あれ…?
どうやって交わしたんだっけ…?
ズバンッ!ズバンッ!
会長は目からの情報って言ってた…
ズバンッ!!
左右から揺さぶられ、ストレートがモロに入ってしまう。
まずいまずい!
悠長に考えている余裕がないよ…
まずは一度反撃に出る!
!!
シャドウアサルトで一気に懐へ。
直ぐにウェービングで体を揺さぶっておく。
私に好きにさせまいと、必ず反撃を入れてくるはずだから。
シュッ…
交わせたのと同時に、ボディを深くえぐっていく。
ドスンッッッ!!!
直ぐに離れて、再度反撃から逃げていく。
やっと猛攻をリセットすることが出来た。
ファン選手はやはり無表情を保っている。
いや…
汗が尋常じゃない…
こーちゃんの指摘通り、弱点なんだ…
その証拠に、ガードがほんの少し下がっている。
ボディへ注意が向いているんだと思う。
もしかして…
この場面でカウンターが決まれば…
今度は私から…
シャドウ…アサルト!!!
ドスンッ!!!
ガードの上から、これでもかと力を込めてボディを叩き込む。
バッバシンッ!!
ファンさん反撃のワンツー…
バンッ!バンッ!ズバンッ!!
続いて2連続ジャブからの右フック…
あぁ…
視界が揺れる…
膝が砕ける…
ヤバイ…
絶対フィニッシュブローを叩き込みにくる…
「幸子!反撃だ!!!」
レオさん…
「さっちゃん!チャンスなんだよ!!!」
雪ちゃん…
「おねえちゃーーーーーん!!!」
ナナちゃん…、マー君…
「がんばれーーーーーーーー!!!!!」
お母さん…
グワッ!
視界が一気に戻って、震える足に力を込める。
ファンさんはコンパクトな構えから、何かを狙って撃ち込もうとしていた。
目と目が合う―――
拳が交錯する―――
『流れ星―――』
ドッ…ゴーーーーーーーーーーンッ………
ダッ…ダンッ………
『ダ…、ダウーーーーーーーン!!!!!ベトナムの天才少女が、死神の大鎌の餌食になった!!!アッパーでフィニッシュさせようとしたファン選手の右手を完璧に交わし、まるで流れ星のように天空から降り注いだ、強烈な一撃でした!!!』
ハァ、ハァ、ハァ…
そっか…
答えは相手の目の中にあったんだ…
視線から無意識に攻撃の情報を読み取れたんだ…
ニュートラルコーナーのポストにしがみつく。
足が震えて、自力で立っていられない。
ハァ…、ハァ…
正直なところ、何がどうなったのか正確にはわからなかった。
だけれど、皆の夢が宿った右拳からは、確かな手応えを感じていた。
『カウントが続いています!』
セブン…、エイト…、ナイン…
テンッ!!!
………ッァワアアアアアアアアァァァァァァァァッァァァァアアアアアア!!!!!
まるで会場が爆発したかのように大歓声があがった。
レフリーに右手を上げられ、拍手が巻き起こる。
一気に体の力が抜けて、大きく震えだし倒れそうになる。
グッ…
強く抱きつかれたおかげで、倒れなくて済んだ。
そして、その人が誰か直ぐに理解した。
「こーちゃん…、私…、勝ったの…?」
「あぁ…、勝ったんだよ。」
「ウゥ…、グズッ…」
「よく頑張ったね…」
「うん…、皆の応援する声が聞こえたから…」
「うんうん。」
「こーちゃんの声も聞こえているよ。」
「うん…」
こーちゃんの匂いに包まれ、ようやく緊張から解き放たれていく…
『さぁ!勝利者インタビューです!』
あぁ、これがあったんだっけ…
でも応援してくれた人に、ちゃんとお礼しなくっちゃ。
拍手の中、辛うじて自力で立つ。
『勝利!おめでとうございます!』
「あ、ありがとうございます。」
『途中、ファン選手の猛攻が激しかったですが、耐えましたね。』
「何度も膝が折れそうになりました…。けれど、応援が耳に入る度に力を分けてもらえました!それに大量のスケルトンさん達、私を応援してくれているって分かっただけで勇気をもらえました!」
ワァァァァァァァアアアアアアアアアア…
『ラスト、パンチが交錯するなか、ファン選手のアッパーを交わし、カウンター気味に打ち下ろしのパンチが決まりました!狙っていましたか?』
「えっと…、アッパーの軌道が見えた…、ような気がしました。なので、思い切ってシューティングスターを打ち込みました。」
『シューティングスター…?流れ星…、あのパンチの名前ですね?』
「はい!下からのスマッシュ、上からのシューティングスター、これからは二つのフィニッシュブローで、クリスマスバトルの…」
大きく息を吸い込んだ。
「優勝を狙います!!!皆さん!これからも応援!よろしくお願いします!!!」
ワァァァァァァァァァアアアアアアァァァァアアアアァッ………
花道でも沢山の拍手と、声援に囲まれて戻っていく。
途中、お母さん、ナナちゃん、マー君、委員長さん、伊藤さん、レオさん、雪ちゃんとハイタッチしていった。
満面な笑みのレオさんと、真剣な表情の雪ちゃんが印象的だった。
控室―
「いやぁ、若いって武器なんだねぇ。」
会長は、本当に参ったみたいな顔をしていた。
「まっ、今だから言うけれど、半分は賭けだったよ。」
苦笑いのこーちゃん。
「さっちゃん、どんな気分?」
「うーん…、凄く強かった…。だって私、10発も当てられなかった…」
「フフフッ…。それ、ファンさんが聞いたらがっかりするよ。」
「?」
「たった10発でダウンもらったってね。」
「えっと、そういう意味じゃないし…」
「わかっているよ。」
「同じストレートなんか、3種類ぐらいあったし、こんなボクシングもあるんだって驚いてばかりだった。」
「凄い相手だったね。」
「うん、でも…。真似する必要はないと思った。」
「そりゃそうさ。さっちゃんは、さっちゃんだけが出来るボクシングをすればいいんだよ。前から言っているようにね。」
私はギューと胸の前で両手を握った。
私だけが出来るボクシング…
やっと、実感出来たかも…
「それに、防御のコツというか…、そういうのも何となくわかったかも。」
「本当?」
会長がくいついてきた。
「ちなみに、どんな感じだったの?」
「えっと…、相手がどう動くか…、答えは目の中にありました。」
「視線を感じた?」
コクリとうなずく。
「最後のパンチも、目を覗いていたら右アッパーがくるって、威力重視でも速度重視でもない、トドメを刺すためのフィニッシュブローがくるって。」
「………」
会長は黙っていた。
「会長…?」
「そうかぁ…。そうだったのかもなぁ…」
「?」
「わかった。レオが言った通りだった。打倒相田は、レオとさっちゃんと2枚看板で撃ち落としにいく。幸一!」
「お、おう!」
「今日さっちゃんが見つけた防御、徹底的に磨くように。」
「あったりめーよ!」
「それから、さっちゃん。」
「はいっ!」
「スケルトンフード、量産するからね。」
「えっ!?」
「大量生産でね、原価が下がって利益も出るようになりそうなんだ。ガンガン勝って、どんどん売るぞぉ~」
「親父…」
「会長…」
こーちゃんは苦笑いしていた。
私はきっと、呆れた顔をしていたと思う。
コンコンッ
不意にノックされ、こーちゃんが対応した。
「うわっ」
驚いた声の後に入室してきたのは、ファン選手だった。
「ハジメマシテ。」
少し片言だったけれど、どうやら日本語は話せるみたい。
「こ、こんばんわ。初めまして…」
私も挨拶を交わす。
彼女は通されるまま椅子に座った。
「ちょっと、いいですか?」
「は、はい。」
「私は今日、勝利を確信していました。どこにも負ける要素がありません。どうしてあなたが勝ったか、わかりますか?教えてください。」
丁寧な日本語で、そう言われた。
「えっとえっと…。」
ストレートに聞かれると、返答に困っちゃう。
「では、質問を変えましょう。あなたは、何のために戦いましたか?」
「うんと、自分の幸せのためです。」
「幸せ?自分の…?」
「はい!」
私の答えに、こーちゃんも会長も不思議そうな顔をしていた。
「だって、私が結果を出せば、お母さんも幸せに、兄妹も会長もトレーナーも、アルバイト先の人達も、学校のクラスメイトも、ファンの人達も、皆みんな幸せになって、それが結果的に私の幸せになります。」
「そうですか…。私も自分の為に戦っていました。お金があれば家族は楽な暮らしが出来る。弟や妹を学校に行かせてやれる。私達は自分の為に戦いました。けれど、その内容はまったく違ったようです。」
「違わないですよ。」
「ん?」
「だって、ファンさんが勝てば、家族の人や、ジムの関係者、友人、知人、ファンの人も喜ぶじゃないですか。きっと幸せを感じてくれています。」
ファンさんは驚いた顔をした後、フフフッと笑った。
「そうですか…。私とあなたでは、ボクシングに向き合う姿勢すら違っていたようです。」
「そ、そんなこと…」
「いえ…。まぁ、良いでしょう。どちらにせよ、あなたとは将来再び戦うことになりそうです。」
「………」
世界でってこと?
「その時まで、今日のエキシビジョンマッチはしっかりと胸に刻んでおきましょう。私はベトナムでチャンプになったら直ぐに世界に挑戦します。待っていますよ。鈴音さん。」
「………、はい。」
「では、また会う日まで、ごきげんよう!」
手をりながら、ファンさんは部屋を出ていった。
「さっちゃんが世界戦か…」
こーちゃんが遠いところを見るような素振りを見せた。
「そ、その前に、今年のクリスマスバトルだから。」
「そうだね。先を見てもわからないしね。今は眼の前の階段を、一段ずつ登っていこうか!」
「うん!」
後から振り返ると、今日の勝利が私のボクシング人生において、一つのターニングポイントだったように感じる。
クリスマスバトル…
日本チャンピオン…
そして世界へ…
私の歩く道が、どんどん伸びていく―
広がっていく―――
どこまで行けるかわからないけれど、私は、私の幸せの為に、これからも歩み続けていくんだと、強く強く心で感じ取っていた―




