表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/70

第32話 幸子の決意

ゴングと同時に、チャンピオンが低い体勢で一気に距離を詰めてきた。

「今までと雰囲気が違うぞ!」

沢村さんが腰を浮かせて叫んだ。


ズドンッ!


ズバンッ!!


容赦のない連続攻撃が放たれる。

レオさんは驚きながらも、冷静に見極めようとしている。

そして不意に、中距離から一歩踏み込んでの右ストレートを放つ。

これは…、直ぐに逃げられるように撃っている…


それは、つまり…


バンッ!


レオさんの拳が跳ね上げられた!


「パリィ!」


私は思わず叫んだ。


それは、つまり、チャンピオンがハンティングモードに突入したことを意味するから。


反撃に備えていたレオさんは、雪ちゃんとの練習で見せたカウンターは使わずバックステップで逃げようとする。


ドンッ!


しかし、相田さんも一歩踏み込んで当ててくる。

ダメージは少ないかもしれないけれど、チャンピオンの執念というか、気迫というか、そういった凄みを感じる…

思わずゴクリと生唾を飲む。


だってこれは…

狩人が獣をハンティングするんじゃない。

猛獣が小動物を全力でハンティングするスタイルだよ…

荒々しくて生々しい…

無意識に足が震える。

相田チャンピオンから放たれる圧倒的オーラによって…


『チャンピオンが久々に見せるハンティングモードだぁ!実に4年ぶりとなりますが、百獣の王のような圧倒的存在感は健在です!しかし!今日の獲物も獰猛さでは引けを取りません!』

アナウンサーさんの言う通りだよ。

まずはパリィ対策が決まるかどうか…


相田さんは様子見だとかまったく関係なく、躊躇なく無警戒とも思えるほどの勢いでレオさんの懐に飛び込む。

その速度は速い。

レオさんは見極めているけれど、手数が追い付かない。


ズドンッ!


ズドンッ!!


強烈なボディやストレートが、防御していようが関係なく吹っ飛んでくる。

その度にレオさんの体が揺れている。

衝撃の凄まじさを物語っているようだった。

「レオさぁぁぁぁぁあああん!!!頑張れぇえぇぇぇぇぇぇええ!!!」

精一杯叫んだ。


まるで私の声に反応するかのように鋭くジャブが飛ぶ!


バシンッ!


またパリィだ!


レオさんの目は、確実にカウンターを狙っている!





ドドンッッッ!!!






う…、嘘でしょ…






相田さんは、自身もダメージを負いながらも、関係なく反撃のストレートを撃ってきた…






両者共、フラフラッとしながら距離を置くけれど、相田さんは直ぐにダッシュして飛び込んでくる!

左フックをレオさんが掻い潜る。


ズドンッ!!!


渾身のボディが深々と刺さった。

間一髪入れず左フックを入れる!


バシンッ!


パリィで弾かれた!

だけど弾かれたパンチは中途半端な速度重視のダミーパンチ。

弾かれることが前提のもの。

直ぐに体勢を整え、相田さんの反撃にカウンターを…


バシンッ!!


「嘘でしょ…」


相田さんのフェイントがここにきて決まってしまった。

騙されたレオさんのカウンターパンチを再びパリィで弾き返した。

本気のパンチだったため、大きく体勢が狂ってしまう…


ドッドンッッッ!!!


ワンツーが綺麗に入ってしまった…


こ、これは…


相田さんの眼差しが…、完全に獲物を捉えた目に…






『ライトニングボルトだぁぁぁぁぁああああ!!!!』






ドフンッ………






…………






場内が一瞬にして静まり返る。






今………






今、目の前の状況を理解出来ていなかったから………






『チャンピオンのライトニングボルトに対して、挑戦者のジャベリンカウンターも炸裂ぅぅぅぅうううう!!!』






二人は弱々しく2,3歩ずつ離れる…






バタン…






『ダ…、ダウン!ダウンです!レオ選手がダウン!!!』






あぁ…、あああぁ………






「レオさん!レオさーーーーーーん!!!」






会場が一気にざわつき、そして爆発したかのように大歓声と絶叫が飛び交った。






相田さんは…






鬼のような形相で震える足を押さえ込み、腰を低くして、倒れないように辛うじて耐えているようだった―






『あぁーーーーっと!タオル!レオ選手のコーナーからタオルが投げ込まれたーーー!!!!』






私は…





何が起きたのか理解しないまま…





レオさんの元に駆け寄っていった…





担架が準備され、今だにピクリとも動かないレオさんを乗せていく。

「レオさん!レオさん!!」

心配そうに見つめる会長とこーちゃんと一緒に会場を後にした。

控室でそっと横に寝かせると、会長は直ぐにタクシーの手配をかけた。

目を覚まさないようなら病院へ、覚ましても家まで送っていけるようにとのことだった。


嫌だ…


レオさん…、目を覚まして…


急にレオさんが遠くに行っちゃうような気がして、心配で気が気ではなかった。


私は先輩の手を握りながら、泣いていた…


ボロボロとこぼれる涙は、繋いでいる手を濡らしていく。


「………」


不意にレオさんが目を開けた。


「レオさん!!!」


「んあ?あぁ、お前が新人か…」


「レオさん?」


「記憶の錯乱かも知れない。」


そう言ったこーちゃんは顔を上げて会長を見つめた。

会長はレオさんの隣にやってくると、

「よく帰ってきてくれた。」

と、優しい笑顔を向けた。

「何を言ってやがる、狸じじい…。」

「覚えてないかい?タイトルマッチ。」


「………」


タイトルマッチという言葉に、一瞬目をかッと見開いたレオさん。

暫く無言だったけれど、目を伏せながら短い溜息を付いた。

「そうか…、立てなかったんだな…」

「でも、帰ってきてくれました!」

「そう簡単に死んでたまるか。だけれど…、悪かったな…」

「………?」


レオさんは寂しそうな顔をした。

「ベルト…、届かなかったぜ…」

私は涙を撒き散らしながら首を振った。

「神様を後一歩のところまで追い込んだんです…。凄く、格好良かったです…」


でもレオさんは嬉しそうじゃなかった。

「それじゃあ…、駄目なんだよなぁ…」

むしろ辛そうだった…

「だがな…」

彼女の目が真剣なものになっていく。

「あいつの底は見えた。化物の底がな…」


そう言ったレオさんがニヤリと笑う。

ふぅーーーーー

そして大きく溜息をついた。


「しかし…、後一歩が…、遠いなぁ…」

「レオさん…」

「悲しそうな顔をするな。会長!次こそケリを付ける。次でラストだ。」

「わかった。だけどな、レオは俺の夢と希望まで背負ってくれている。俺の宝なんだ。体だけは大切にしてくれよ。」

「なにシケた事言ってやがる。」

「念の為、タクシーを呼んである。」

「大袈裟だぜ。歩いて帰れるわ。」

「いいから無理に体を起こすな。相当なダメージがあるはずだ。暫く休養だぞ。」

「チッ…、こっちは暴れたりねーんだよ。」

「さっちゃん、悪いけどレオをアパートまで送っていってやってくれないか?」

「ま、任せてください!」

「僕らは後片付けと、メディア対策してから引き上げるから。」

「分かりました。」


そうだよね…

凄い試合だったし、注目度も高かったしね。

『タクシー来ましたよ』

ドアの向こうから運営の人の声がかかる。

「よし、タクシーまでは俺が連れていく。」

「おい、やめろ!歩いていけるっちゅーの!」

「いいから大人しくしていろ。」


会長はレオさんに大きめのコートだけ着せるとおんぶした。

「さっちゃん、着替えはこのバックに入っているから、よろしくね。」

「分かりました!」

こーちゃんが扉を開けて会長とレオさんを外に出し、私が後を追う。

直ぐに記者達に囲まれるけれど、最後尾のこーちゃんがブロックして受け答えをしているようだった。


会長に見送られレオさんのアパートに到着する。

肩を貸して部屋へと連れていった。

コートを脱がすと、試合着のままベッドに横になった。

「大丈夫ですか?」

「あぁ。悪かったな。」

「と、とんでもない!」

「また1からやりなおしだな。」

「………」

「シャワー浴びてくるわ。」


お風呂場からシャワーの流れる音が聞こえた。

ドンッ!

突然壁を殴ったような音がした。

そうだよね…

悔しいんだよね…

拳に力が入る。


『幸子…』

「は、はいっ!」

『化物退治…、お前にも手伝ってもらう。』

「勿論です!私に出来ることがあれば…」

『そうじゃねぇ。お前も参加しろ。』

「えっ?」

『時間がねぇ…。だから、本気で化物退治、考えておいてくれ…』

「どういう…(ことなの?)」


ピンポーン


ん?

こんな時間に訪問者?

『チッ…、あのバカ…。タイミング悪りーなー…。すまねぇ、ちょっと中に上がってもらってくれ。』

「わ、わかりました。」

少なくともレオさんは、訪問者が誰だか分かっているみたい。

念の為、チェーンを掛けたままドアをそっと開けた。


「おや?鈴音さん?」

「!?」

あわわわわわ…

そそそ、そうだよね…

来てもおかしくないよね…

「ど、どうぞ…」

一度ドアを締めてチェーンを外し、中に入ってもらう。


慣れた感じで部屋に向かっていった…

それはつまり何度もココに来た事があるという訳で…

そう思っていた矢先、ガチャリとお風呂場の扉が開く。

ダッダッダッと駆け寄ってきたレオさんは、バスタオル1枚で来訪者である菅原さんに抱きついた。

優太ゆうた…」

「レオ…」


二人は名前を呼び捨てにする。

それってやっぱり…

付き合っているってことで…

カーッと顔が熱くなる。


「わ、私、帰りますね…」

二人には私の存在が消えているほど、強く抱きしめ合っていた。

鍵を持ってそっとアパートを出ると、鍵を締め、ドアに取り付けられている新聞受けに鍵を入れておいた。

これなら部屋の中から鍵が取れる。


その途端…

『後1秒!後1センチ足りなかった!』

『レオは頑張ったよ。』

『それじゃ、駄目なんだよ!』

『分かっている。』

『ちくしょう…』

レオさんのすすり泣きが聞こえてきた…


会長や私の前でも見せなかった涙を、菅原さんには見せていた―


私はそのまま歩いて家に帰ることにする。

夜空を見上げながら、今日起きた沢山の事を思い出していた。

私はクリスマスバトルで相田さんと戦うつもりで頑張ってきた。

でも…

それは負けても構わないというスタンスだった。

ボクシングを始めて1年も経ってない私が、チャンピオン、それも13年間も無敗、しかもその間1度もダウンしたことがない神様に勝つとか無理に決まっている。

なのに…

今は勝ちたいと、強く強く思っていた。


帰宅途中、こーちゃんから電話がかかってきて、レオさんは無事にアパートに着いた事を告げる。

記者達の質問攻めが凄かったみたい。

会長と一緒にこれから帰るようだった。


そうこう考えているうちに家に着く。

灯りが付いていた。

お母さん達の方が先に帰ってきていた。

中に入ると、お母さんが居間で待っていてくれたみたい。


「あっ、さっちゃん、お帰り。」

「ただいま…」

「レオちゃんなら大丈夫よね?」

「うん…」

お母さんの顔を見たら、色んな想いが噴き出して、気付かないうちに涙をこぼしていた。


ギュッ…


直ぐにお母さんが抱きしめてくれる。

「さっちゃんも悔しいのよね…」

「うん…」

「お母さんも悔しい…」


その言葉に衝撃が走る。


だって、普通の悔しいじゃなかったから…


あっ…


もしかして…


「………」

聞けなかった。

涙目で見上げたお母さんの顔は、物凄く寂しそうな表情だったから。

それを見て、私は確信した。


「ねぇ、さっちゃん。」

「ん?」

「チャンピオンに挑戦するんでしょ?」

「うん…」

「倒しなさい。相田さんを。」

「和ちゃんを、開放してあげて。」

「うん…」

「フフフッ…、その戦ってくれる気持だけでも、お母さん嬉しいよ。」


そう言ったお母さんは、今にも泣きそうな笑顔だった…


部屋に戻って膝を抱える。


どうして今まで気が付かなかったんだろう…


お母さん個人の幸せのこと…


レオさんと菅原さんを見て分かっちゃった…


会長の現役時代に、全部の試合を見に行ったって言っていたお母さん…


それって…


会長の事を、好きだったから…


だけど引退騒動から三森ジム立ち上げが絡んで、それどころではなくなってしまったと思う…


それに、お母さんは…


ちょっと待って…


私が…


私が来たから…


自分の幸せの事を考えることも出来ずに…


今までの時間、全部私につぎ込んで…




こーちゃんの想い―


会長の想い―


レオさんの想い―


お母さんの想い―






全部リングに持っていくから―――






沢山の想いが宿った、小さな拳に誓った―――






私が―――





神様を倒すと―――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ