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第28話 幸子が感じた愛情

冷静に…

冷静に…


リング中央では、私を中心にして周るように、常磐さんの軽やかなステップが続いている。

飛び込む素振りを見せると、直ぐに左が飛んでくる。

ハァ…、ハァ…

足が重い…

いや、体の全部が重い…

どうしよう…


「さっちゃーーーーーん!!!」

「頑張れーーーーー!!!」

私を応援してくれる声が聞こえた。


そうだ。


私らしいボクシングをするんだ。


私のボクシングを、見に来ているのだから―


グッと集中力が増していく。

常磐さんに注目する。

時々足を止めている…

足を休めているんだ…


その間は私も休めるけれど、相手の方がダメージが少ないはず。

だったら…

懐に飛び込む素振りを、何度も何度も見せていく。

常磐さんは、いつ本当に飛び込むのかわからないからか、どんな些細な動きにも過剰に反応していた。

こうやって、精神的に休ませないようにするんだ。




私だって、刺さる様な視線と陰口だけで凄く疲れたから―




心理戦が続く。

常磐さんは、何もしていないのに息が上がってきている。

私はシャドウ アサルトの出すタイミングを考え始めた。

左で止めて右で刺しにきた直後、交わして空振った後に狙いを定める。


そんな時だった―


!?


突然常磐さんが攻めてくるけど…


左のジャブが眼の前で止まった。

スウェーで上体を後方に反らしつつ交わそうとしたけれど、左拳が眼の前から動かない…


あっ…


ガツンッ!!!


突然視界と体が揺れる。

強烈な衝撃が顎を直撃した。

視界を奪って、下からすくい上げてきた…


グラグラと映像が震えるのは、ギリギリ耐えた足が震えているから…


ヤバイヤバイヤバイ…


頭を揺らしながら常磐さんが突っ込んできた!




今こそ冷静になれ!!!




自分にそう言い聞かせ、グッと耐える。

また左…

いや違う!

フェイントからの右アッパーを狙っている!


雪ちゃんとの試合を思い出した。

刺し違えてもいいから、強引スマッシュにもっていけ!

クリスさんが教えてくれた防空網対策!

フェイントから一気に距離を詰めるんだ!

左のフェイントを入れる。


!?


今度は引っかかってくれた。

警戒心が一気に跳ね上がっているのがわかる。

常磐さんはアッパーを諦めて、あからさまに撃たれようとしている私のスマッシュに耐える準備を始めた。




またクロスアームガード!




構うもんかぁぁぁぁぁぁああ!!!




ズドンッッッ!!!!!




『強烈ぅぅぅぅううう!!強固なガードごと吹っ飛ばす、鈴音選手のスマッシュが炸裂だぁぁぁあああ!!!』

常磐さんは一気に距離をとってきた。

今こそ…




シュッ―




!?




ズドンッ!!




『クリーンヒットォォォォオオオ!!!深々とボディが決まったぁぁぁあああああ!!!!常磐選手が苦しそうだ!それにしても、物凄いダッシュ力!一瞬見失ったかと思うほどでしたぁ!』


足が止まった!

直ぐに追撃しようとしたけれど、冷静になっていたからこそ気が付いた。

アッパーがくる!






集中しろっ!!!






まるでスローモーションでも見ているかのように、常磐選手のアッパーの軌道がゆっくり見えた。

左足に体重をかけ、少しだけ体を左斜めに傾ける。

そしてそのまま、目一杯バネを引っ張ったかのように後方へ振り上げた右手を、一気に反動を付けて解き放つ!





ドゴンッッッ!!!





常磐さんのアッパーが顔面スレスレを通過するのとほぼ同時に、私の右フックが炸裂した!

そのまま腰の回転を利用して、全体重を乗せて振り抜く!






バタン…






常磐さんが頭からマットへ倒れる…






……………






ッワァァァァァァァアアァァアアアアアアア!!!!!






一瞬静まり返った会場に、叫びにも近い歓声が上がった。






レフリーが両腕を大きく振りながら試合を止めた。






私の右手が高々と持ち上げられる。






常磐さんの赤コーナーからは、タオルが投げ込まれていたから―





「さっちゃん!!」

直ぐにこーちゃんが駆け寄ってきて、強く強くハグしてくれる。

「よく耐えたね!凄く頑張った!!」

優しく頭を撫でられると、ポロポロと涙が零れてきた。

「私らしいボクシング…、出来たぁ…?」

「あぁ!!いいボクシングだった!!さっちゃんにしか出来ないボクシングだった!!」


そう言われると、嬉しくて…、嬉しくて…

一気に力が抜けて、彼に体を預ける。

もう、足に力が入らないから…

会長がグローブを外してくれる。

なすがままに、こーちゃんの肩に顔を埋める。


あぁ…

こーちゃんの匂いがする…

落ち着く…


『さぁ、勝利者インタビューです!』

いつの間にか隣に来ていたアナウンサーさん。

顔を上げて、辛うじて自力で立つ。

『3勝目!おめでとうございます!』

「あ…、ありがとうございます…」

グイグイ来られると、ちょっと怖い。


『前回は重戦車対決に勝利し、今回はスピードスターとの対決を制しました!』

「とても…、苦しかったです…。でも、沢山の声援に支えられて、倒れずに済みました。」

『途中、常磐選手のフィニッシュブローを何度かもらいましたが、耐えていましたね。』

「声援が耳に入る度に、足に力が宿りました。ありがとうございます!」


ワァァァァァァァアアァァアア………


凄い…

熱気が私にも伝わってくる…

大喜びのお母さんの顔も見えた。


『今後の豊富などお聞かせください!』

「あの…、あの…。今年の目標であるクリスマスバトルに向けて、兎に角挑戦し続けます!それと!同じジムのレオさんが、今度タイトルマッチをします!なので私達の声援!これからもよろしくお願いします!!」


ワァァァァァァァアアァァアアアアアアア!!!!!


大歓声に包まれ、私達は花道を後にする。


控室―

「どうだった?今日の試合は。」

こーちゃんがマッサージをしながら聞いてきた。

「私…、まだまだだって思い知らされた…」

「勝ったのにそんな事言って。」

「んーん。勝ったからって喜んでばかりいられない。」

「それもそうだね。だけどね、これだけは言っておく。」

なんだろう?


「倒れなければ戦えるって言っていたけれど、これはとても危険な考え方だよ。」

「!?」

だって…、だって…

「倒れたら負けちゃう…」

「言っただろ?さっちゃんのボクシングをしろって。勿論勝ちたいさ。俺だって負ける為にさっちゃんをリングに上げたりしない。だけどね、無理して踏ん張りすぎて、例えその試合で勝っても、選手生命が終わっちゃったら、もうボクシングは出来なくなるんだ。」


………

今…、私から…、ボクシングが無くなったら…

そんなの嫌!

ドス黒い、不安な気持ちに潰されそうになる。


「パンチをもらい過ぎて、所謂パンチドランカーって病気もある。将来そんなことになったら…」

「そうなっても、私は後悔しない…」

「何を言っているんだ。記憶障害になったら、今頑張っていることすら、思い出せないかも知れないんだ。」

「それでも…、後悔しない…。それよりも、今頑張らない方が後悔するから。」


少しの沈黙。

「分かった。でも、駄目だと思ったら、俺は迷わずタオルを投げる。さっちゃんを守る為に。」

「こーちゃん…」

「さっちゃんを待っている人も、沢山いるんだからね。俺はそういった人達に対して、さっちゃんを無事に帰す責任もあるんだ。いいね?」

「分かった。」


彼の言葉を聞いて、最初はやっぱり守られているって感じた。

けれど…

これは…

違う…

大切にされているというか…

愛されているって思っちゃった…


そう感じた瞬間。

止められそうにない勢いで涙が零れてきた。

グズ…、グズ…

「さっ…、さっちゃん?」

「違うの…、嬉しいの…」

彼は軽く溜息をついて、やれやれといった表情をしていた。


「えーっと。俺はいつまで二人がいちゃついているのを見ていればいいのかな?」

「親父!!」

「………」

顔がカーッと熱くなる。

決していちゃついていたわけじゃ…

そもそも、何をもっていちゃいちゃしていたなんて…


混乱するなか、会長が話を続ける。

「それよりも、相談したいことがあるんだ。次の試合に関係することなんだが…」

えっ!?

もう次の試合の予定あるの?

そう言えば挑戦状が一杯届いているって言っていたっけ。


「マントは流石に持ち運びに不便だから、タオルにスケルトンフードをくっつけた物を売ろうと思うのだけれど、販売個数を50個にするか100個にするか迷っている。どう思う?」

「………」

「………」

真面目に期待した私がバカだった。


「30個で様子見はどう?」

こ、こーちゃん?

「あぁー、その線がいいかもなぁ。次の試合次第で売上にも影響あるかもね。」

「ちょ、ちょっと待ってください。まるで売上に貢献する為に勝てって言われているようで…」

「ん?そんなつもりはないよ。赤字がかさんじゃうだけだから。」

「赤字で売るんですか…」

「もちのろんだよ!!」

もう、何が何やら…


コンコン

そんな時だった。

突然の来訪者のようだ。

雪ちゃんかな?

でも、今日は用事あるって言っていたし…


こーちゃんがドアを開けて覗くと、そこには常磐さんがいた。

「よっ!」

何だか物凄く軽い感じで挨拶される。

「ど、どうもです…」

そう言えば、午前中の試合前インタビューでも、受け答えは凄く軽い感じの人だった。


「ちょっと話してみたくなってさ。深い意味はないけど、いいかな?」

爽やかな笑顔で言われる。

断る理由もないかな…

「ど、どうぞ…」

彼女はヒョイヒョイと入ってきて、私の近くに置いてあった椅子に座る。


「いやー、すげぇパンチだった。何が起きたかわからなかったよ。」

「私こそ…、アッパーの威力が凄くて…、意識が飛んでも可笑しくなかったです。」

「フハハハハッ!まぁ、さっちゃんのパンチに比べれば可愛いものさ。あっ、さっちゃんって呼んでいい?」

「あ、えっと、どうぞ…」

「フフフッ、本当にリング上とは別人だね。あー、いいのいいの。ギャップに萌えてるだけだから。」

「は、はい…」


凄くフレンドリーな人だ…

「試合のことなんだけどさ、あのダッシュ鍛えてきたの?狙ってあの場所に突っ込んできた?」

「あれの練習ばかりやってきました。一応名前もついていて、シャドウ アサルトって言います。」

「ほぉほぉ、名前までついているんだ。そっかー、敢えて危ないけれど無警戒なところへ躊躇なく飛び込んで行くか…。すっげー度胸だと思う。」

「女は度胸だって、アルバイト先の人に言われました。」


一瞬キョトンとした常磐さん。

「アハハハハハハッ!そりゃぁ、いいわ。私はさ、どうしても言いたい事があって来たんだ。」

な、なんだろう…

「すげー面白かった。さっちゃんとの試合。久しぶりに、神経すり減らすぐれーの緊張感があった。またやろうな!」


ぎゅーっと胸が締め付けられる。

苦しいんじゃない。

泣いちゃうほど嬉しかったから。

「はいっ!是非またやりたいです!」

「すげー自信だな!」

「そ、そういう意味じゃ…」

「フフフ、分かっているよ。」


「沢山勉強させてもらいましたから。」

「だな!焦ってフェイント失敗したもんな!」

「えーと、えーと、その…、そうです…」

「まっ、私も焦っていた。それと同時にゾクゾクした。こんなすげー奴を倒したら、一段上にレベルアップ出来るんじゃないかって。そしたらあの化物にも手が届く…。そう思ったら焦っちまった。」

化物…

それって間違いなくチャンピオンのことだよね。


「私も…、挑戦してみたいです。」

「いいねぇ。チャレンジ精神ってのは常に必要さ。そういう意味では目標には困らないな。でもな…」

常磐さんが真面目な表情をした。

「さっちゃんなら倒せるんじゃないかって感じた。可能性の話しだけどな。」

「常磐さんにそう言ってもらえると、自信になります。」

「フハハハハハッ!私はまず、レオさんに挑戦させてもらいますわ。でも彼女、今度タイトルマッチやるらしいな。応援してるし、練習相手に困るようなら付き合いますから、三森会長さん、是非呼んでくださいよ。私もチャンピオンを倒す片棒を担がせてくださいよ。」


「面白い事言ってくれるねぇ~。体休めたら、遠慮せず来て頂戴。歓迎するよぉ。」

「ありがとうございます!まっ、3人で化物対峙頑張ろうな!」

「あの!クリスさんも一緒に…」

「あいつは駄目だ!」

「え、えぇぇぇぇぇ…?」

ギャハハハハハと笑いながら退室していく常磐さん。


そっか…

みんな打倒チャンピオンなんだね…

でも…

レオさんがその偉業を成し遂げるから。


相田チャンピオンとレオさんのタイトルマッチは、少しずつ緊張感が増していきながら近づいてきていた。


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