第27話 「呆気ない決着」
ソフィアはそいつが大剣を振り上げるのを、じっと見つめていた。ゆっくりと振り上げられた大剣は、これまたゆっくりと振り下ろされ、自分に迫ってくる。
これを受ければ、確実に致命傷となる一撃。しかしソフィアは慌ててはいなかった。それは彼女が不死であるという他に、全て見えているというのが理由だった。相手の視線、筋肉の動き、呼吸の仕方、全てが緩慢に見えていた。
ソフィアは導かれるように右手を動かすと、その振り下ろされた大剣をはじき返す。大きく開く相手の体。ソフィアはそこに右手の刀で切りかかる。同時に三つ。相手の体に傷口を増やす。
右手側面に形成された刀が喜ぶのがわかった。
大きくうねり、そして膨らむ。
これが『恩讐の手刀』の能力だった。
ソフィアの固有呪術『恩讐の手刀』は、血を吸えば吸うほど巨大化し、威力を増していく。まさに魔剣と呼ぶにふさわしい力を有する。
それを知らないハイゴブリンは、またしても大きくなった闇に恐れおののき、でたらめに攻撃を繰り出す。
完全にソフィアのペースだった。
ハイゴブリンは攻撃を繰り出し、それに対してソフィアは守りつつ反撃する。
これの繰り返し。
そのたびに、ソフィアの刀は大きくなっていった。
そして、刀がソフィアの身長と変わらないほど大きくなった時、彼女は動いた。
右足を一歩引き、体を大きく開いて刀を構える。
何かを感じたのだろう。ハイゴブリンはそのタイミングで一気に飛びのき、ソフィアとの距離を十数メトル離した。
しかしソフィアは距離を縮めるようなことはせず、そのまま言葉を紡ぐ。
「『呪術・恩讐の手刀・一の型』」
――これはやばい
ハイゴブリンがそう感じたときには、もう遅かった。
「『断罪断頭!』
その言葉と同時に振りぬかれた手刀は、ヒュッという風切り音を響かせ空を切る。
するとハイゴブリンの首筋に一直線の光が入り、次の瞬間、そいつの首は跳ねとんだ。
呆気ない決着。
圧倒的な実力の前に、王の頂を目指していたハイゴブリンは、虚しくも敗北した。
ソフィアはそいつの体が大きな音を立てて倒れるの確認した後、恩讐の手刀を解除する。
そして。
「はぁはぁはぁ……」
片膝を地面についた。
孤独な武王の寂然たる正拳に恩讐の手刀の長時間使用。流石のソフィアでも体力の限界だった。
本当なら今すぐにでもハルのところに駆けつけたかったが、体が動かなかった。
「少しだけ……休もう…………」
そしてソフィアは目を瞑るのだった。
時は少し遡り、鉱山の洞窟内。
ハルとセレナは狭い道を猛スピードで疾走していた。
額には大粒の汗が滲み、心臓は悲鳴を上げている。それでも、二人には止まれない理由があった。
大量のゴブリン。
それが後ろから押し寄せてきていた。
「ちょっとこれどういうことよ!?」
「僕に聞かないでください!!」
二人は後ろも見ないで、真っすぐに走り続ける。それでも自分たちを追ってきていることだけは分かった。後ろから聞こえるドドドドドという足音。セレナの上級魔法が使えない今、こんな狭い道で出くわせばその物量に押しつぶされてしまう。
ゆえに二人は逃走を選択していた。
「セレナさん助けてください!」
「無茶言わないでよ!!」
「何か策はないんですか!?」
「あるにあるけど、愚策なのよ!!」
ダッシュしながら大声でそう叫ぶセレナに、ハルは「そんなこと言ってられないですよ!!」と叫ぶ。
二人が走り続けて、すでに十分は経っている。体力の限界だった。このままではゴブリンの大群に押しつぶされる。そう覚悟した時だった。
視界が一気に開け、少し広い広場に出た。
このタイミングでセレナは立ち止まり、振り返る。
「セレナさん?」
「本当に愚策だけどいいの?」
確認の一言。それにハルは、
「この際、仕方ありません。お願いします」
そう言った。
「どうなっても知らないからね」
セレナはそう言うと、右手に魔素を集中させる。
そして。
「『赤妖の舞』」
魔法陣から出現した炎の玉が、合計六つ。
それらが左手の周りに出現する。
「何をするんですか!?」
「こうするのよ。踊りなさい『赤妖の舞!!』」
左手から放たれた合計六つの炎の玉は、それぞれがクルクルと回転しながら細い通路、今まさに通ってきたそこの天井に直撃し、爆発する。
すると天井はその直撃に耐えられず、轟音と共に崩れ落ちた。
ふさがる通路。ほのかに香る炎の香りと共に、洞窟内は静けさを取り戻した。
「帰る道がなくなっちゃいましたね」
「仕方ないでしょ! そうしなかったら、あのままゴブリンの餌食よ」
「それはそうですけど……」
この後どうしようかと、困り果てる二人に、後ろから声がかけられた。
「誰かいるの?」
その声に、後ろを振り返る二人。
そこにいたのは。
「パネッタさん!!」
「パナム様!!」
二人同時に、別々の声をあげた。
「パネッタって誰よ?」
「えっ? セレナさんこそパナム様って誰ですか?」
「前に説明したでしょ? 貴族の息子の名前よ。彼がそうなの」
「えっ……。ええっ!?」
状況がうまく理解できないハルに、セレナは一つため息を吐くと、彼をほったらかしてその少年に近づこうとする。
しかし。
「来ちゃだめだ!!」
洞窟内にパネッタの声が響き渡ったその時、そいつは現れた。
最初に見えたのは、赤黒い二つの光。それが揺れ動いたかと思うと、そこから少しずつ輪郭を表していく。
そして広場の奥、パネッタがいるさらに奥から、闇から生まれたかのようにするりと姿を現したのは、二メトルを超える巨体のハイゴブリンだった。
「なっ!?」
「ここにも!?」
呆気に取られる二人をよそに、パネッタは声を張り上げる。
「逃げて!! こいつの狙いはあなたたちです!!」
パネッタの言葉の意味。
それが理解できず、突然の出来事に固まる二人。
それを見て、ハイゴブリンがニヤリと笑う。
そして。
「ヴォオオオオオォォオォォオオオ!!」
洞窟が崩れるのでは思えるほどの咆哮をあげた。
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