表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/60

第26話 「人外の怪物」

 一瞬の反応だった。そいつはソフィアが拳を放つその瞬間、体を大きくそらし躱していた。

 ソフィアの拳は空を切るが、観測不可能なまでに加速された拳からは衝撃波が放たれ、数メトル離れた魔樹海の大樹に大きな風穴を開ける。

 普通の生物なら躱すことなど不可能な速度で放たれたそれを躱せたのは、やはり強者だから。未来予知にも似た第六感をフルに生かした刹那の攻防だった。しかし未来を見通すことが出来たとしても、完璧に反応できるかは別である。

 躱したはずのハイゴブリンの脇腹は衝撃波でえぐれ、大きく欠損していた。ハイゴブリンがそれに気づくのに要した時間は約一秒。その刹那の時間で状況を理解したそいつは、もう一度大きく飛びのいてソフィアとの距離を空けた。

 しかしソフィアはそんなことを気にする素振りすら見せず、自分の右手を見て一つため息。


「私もまだまだだな。あの一撃を外すとは……」


 この『孤独な武王の寂然せきぜんたる正拳』は、詠唱しながら相手との距離を歩いて詰めることを代償に、音速の拳を放つ呪いだ。

 通常ならば、必中必殺の一撃。それを外したのは相手が第六感の鋭いハイゴブリンという理由の他に、自分の実力が衰えているからだとソフィアは確信する。

 以前の自分、魔樹海の深部にまで足を踏み入れていたころの自分と比べると雲泥の差だ。復讐に身を焦がし、執念に燃えていたあの頃と比べると、今の自分は見る影もない。それもこれも全て、ぬるま湯のような優しい時間に浸かっていたせいだった。

 平和で幸せな時間。

 魔樹海でゆっくりと流れていく時間に、いつの間にか流されていた。

 通常なら、問題はない。

 幸せの方がいいし、人外のような強さも必要ない。

 でも、今は違う。

 守るべきものが出来た。失いたくない者がいる。

 それら全てを両手からこぼさないためには、あの頃の強さがいる。


「これじゃだめだ」


――あの頃を思い出さなくては。


 ソフィアは大きく深呼吸すると、自分の中のギアを一つ上げた。


「悪いがリハビリに付き合ってくれ。『恩讐おんしゅう手刀てがたな』」


 ソフィアはそう言うと、右手の親指を噛み、それを発動させる。右手側面には漆黒の刀が形成され、その禍々しい雰囲気にハイゴブリンが一瞬たじろぐ。

 隻眼せきがんの瞳は光を反射して鈍く光り、片腕は闇をまとっている。

 まさに人外の怪物だった。







 ハイゴブリンは、気づけば雄たけびを上げながら地面を蹴っていた。

 理由は定かではない。もしかしたら、こいつを野放しにしたらまずいと感じたのかもしれないし、今勝負に出なければ勝ち目がないと考えたのかもしれない。

 理由は何にしろ、ハイゴブリンはその怪物との距離を縮め、大剣を構えていた。


――死ねぇぇぇ!


 その思いを込めて、大剣を横に薙ぎ払う。これで大抵の生き物は動かなくなる。しかし、そこまで甘くはなかった。

 薙ぎ払った大剣はいともたやすく右手の闇にはじき返され、その刹那で二、三こちららの体に切り傷を入れてくる。

 大剣を振るえば振るうほど、こちらの体の傷は増えていき、また相手の右腕の闇も大きくなっていく。

 訳が分からなかった。攻撃が通じないこともそうだが、なぜ自分が大剣を振るうと体に傷が刻まれるのか。もちろん理屈は分かる。大剣を弾き、もう一度振るうその間に、目の前のメスが攻撃を仕掛けてきているのだ。それは分かる。だが、なぜそうなっているのかは分からない。

 いつもなら、自分が大剣を振れば大抵の相手は反応もできずに動かなくなる。もし仮に反応できたとしても、相手は吹っ飛んで動かなくなる。過程は違えど結果は同じだった。


 それなのに、なぜだ?

 なぜこのメスは目の前に立ち続けているのだ?

 そればかりか反撃までしてくる。訳が分からなかった。

 自分は強者だ。

 生まれつき、強き者の側に立っていた。

 体は周りの仲間の三倍近くあり、力も強かった。生まれたときから、弱き者を従えてきた。しかし何者にも限界はある。

 その日は突如として訪れた。


 今まで生き物を殺すと、死体からは不思議な光が飛び出していた。それを体に取り入れると、高揚感と共に自分の力が増していたのがわかった。

 だが、ある時を境に、それが起こらなくなったのだ。どんなに生き物を殺しても、どんなに弱き者をいたぶっても、あの現象は起こらなくなった。

 魂の限界だった。

 自分はしょせんハイゴブリンで、その器は成長しきってしまったのだと、本能的に悟った。

 自分は王の器ではなかったのだと、気づいてしまった。

 そんな時だった、その男が現れたのは。

 ローブに身を包んだその男は、いともたやすく自分をねじ伏せると言った。


「強くなりたいか?」


 もちろん人間の言葉なんぞ分からない。

 しかしなぜか意味は理解できた。


――ああ、強くなりたい。


 心の中でそう答えると男は笑い、続けてこう言った。


「ならば、七日目の夜、私が今から伝える場所まで来なさい」


 信じたわけではない。自分は限界を迎え、どんな方法でも強くなることができないと知っていたから。

 でも、男の言葉にすがるしかなかった。

 男に負け、自分に負け、そして種族に負けた自分には、不可能だと分かっていても男の言う通りにするしかなった。

 しかし、だ。

 男の言葉の通りにするとどうだろうか。

 目の前に人間の軍隊が現れ、しかもそいつの手には見ただけでも分かる強い武器が握られていた。


――これを奪えば、高みへと行ける。


 そう確信した。

 人間自体は弱かった。

 魔樹海の中でも、人間はとりわけ弱い。

 負ける道理などなかった。

 そして、全員を皆殺しにして武器を手に入れた。

 触れた瞬間に、力がみなぎるのがわかった。


――これなら……。これなら、どこまででも強くなれる!


 そう確信した。


――どんな敵でもうち滅ぼせる。これなら王にだってなれる!


 そう思っていたのに、実際はどうだろうか。

 その頂を目指す途中で、本物の化け物に出会ってしまった。

 目の前のメス。

 出会った男ほどではないが、その雰囲気は人外の怪物そのもの。


「ヴォグォォォォオォ」


 ハイゴブリンはもう一度雄叫びおあげると、その怪物に向かって大剣を振り上げた。


 最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。面白いと思っていただけた方は、ブックマーク、評価、感想等いただけると大変励みになります。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ