第24話 「束の間のひと時」
「ほれ、できたぞ。ストナリのナイフ改め、リベルスナイフだ」
「こ、これが……」
バギャックから差し出されたそれを、ガノンは両手で大事に受け取る。手の中のそれは、小さく、ハルが扱いやすい大きさになっている。しかし、刀身は漆黒のように黒く、何か小さな文字が刻まれていた。
「この文字は?」
「古代文字だ。遥か昔、まだ古種が存在していなかった頃のものだよ。その文字自体に特殊な呪いがかけられていて、所有者の力を増幅してくれる。今までは封印されていて見えなかったからな」
「封印?」
ガノンの質問に、バギャックは額の汗を拭きながら一度頷く。
「お前らは誤解していたかもしれないが、ストナリのナイフは錆びていたのではない。そもそもこのナイフは錆びない。刀身が黒ずんでいたのは、封印されていたからだ」
バギャックの言葉に、ガノンは思わず息を飲む。
封印されるほどの武器。それが今は解き放たれてしまった。これは本当に良かったことなのだろうか、と。確かに、打ち直して欲しいと依頼したのは自分たちだ。しかし、それが正しいことだったのかは分からない。
ガノンの逡巡を読み取ったのだろう。
バギャックが「ふん」と鼻で笑う。
「今さら怖くなったのか?」
「それは……」
彼の質問に、言葉を詰まらせるガノン。しかしそれを見たバギャックはもう一度笑うと「安心しろ」と一言。
「全ての封印を解いたわけじゃない」
「えっ?」
「確かに、刀身は磨いた。だが、我は封印自体を解いたわけではない。そのナイフを使ったとしても、実力は本来の二割といったところだろう」
バギャックの言葉に、ガノンはもう一度ナイフをに視線を落とす。一見しただけでも鳥肌が立つような禍々しい空気を放つナイフ。刀身は漆黒のように黒く、刻まれている文字は見る者を魅了してくるようななまめかしい雰囲気を放っている。
――これで実力の二割!?
その事実に、ガノンは驚きを隠せない。
バギャックが打ち直すのを拒んでいた理由が今分かった気がした。
「おいっ!」
バギャックのその掛け声で、ガノンは目が離せなくなっていたナイフから視線をあげる。
「見入る気持ちもわかるが、あまり入れ込みすぎるなよ。そのナイフは持ち主以外の古種や呪術師には毒だからな」
彼の言葉に、ガノンは思わず息を飲む。
「どういう意味ですか?」
「そのナイフはな、持ち主以外を誘惑するんだ。つまり、そのナイフが欲しくなるんだよ。遥か昔には、そのナイフをめぐって戦争が起こったぐらいだからな」
「ちょ、それを先に言ってくださいよ!!」
ガノンの突っ込みに、バギャックは呑気にガハハと大笑いする。
「すまんすまん。我や持ち主にはその呪いは効かんでな。忘れとったわ」
――笑い事じゃないでしょ。
「さて。世間話も良いが、そろそろ行かねばならないのではないかね?」
「あ、ああ。そうだった」
今ハルはパネッタを探しに魔樹海を捜索している。バギャックから貸し与えられた武器を持ってはいるが、やはり使い慣れているやつの方がいい。急いで彼にこのリベルスナイフを渡さなければならない。それが、今回のガノンの最重要任務であり、ここに残った理由だった。
「それでは、俺は今から急いでハルたちを追いかけます! 色々とありがとうございました!」
「ああ、申し訳ないが、我に出来るのはここまでだ。パネッタをよろしく頼む」
「もちろんです。では、失礼します」
ガノンはそれを最後に走り出す。大切な親友のナイフを握りしめて。
ハルたちが旅立ってから、時間にして四、五時間は経っている。もしその間ずっと移動していたと考えると、かなりの距離を離されたことになる。
だが……。
――鱗族をなめるなよ。
狩りを生業としている一族なのだ。体力には自信があった。
「洞窟を抜けたらぶっ飛ばすぞ。待ってろハル!」
ガノンは内心わくわくしながら、誰もいない洞窟で一人そう呟くのだった。
「そう言えば、セレナさんはどうしてここに?」
薄暗い洞窟の中。肩を並べて歩くセレナさんに、僕はそう問いかける。
通常、王国魔法騎士団の任務の中に魔樹海探索は含まれない。それは、名にもある通り、王国つまりは王と国を守ることが魔法騎士団の大きな任務に他ならないからだ。
そう考えたとき、セレナさんが一人で魔樹海にいること自体がイレギュラーだということになる。
僕の問いに、セレナさんは苦い表情を浮かべる。
「……実はね、ある貴族の息子さんが魔樹海に迷い込んでしまったのよ」
「えっ!?」
その言葉に、僕は思わず大きな声をあげてしまう。
「それってどういう……」
僕の疑問に、セレナさんは一つ一つ丁寧に説明してくれた。
ある貴族が襲われたこと。その時、その貴族の息子が逃げ出したこと。さらには、その逃げた先が魔樹海であることなど。
普通に考えれば、魔樹海に逃げた段階で捜索は打ち切られる。普通の人間が生き残れる環境ではないからだ。しかしそうはならず、セレナさんに捜索の依頼が出された。
その理由が。
「洞窟の外にいた化け物が持っていた武器よ」
彼女はそう言った。
あの武器は国が保有する第一級武器であり、魔法を無効化する能力を持つ貴重なものらしい。つまり、捜索は方便であり、本当の目的は武器の回収ということだろう。
しかしそこで、一つの疑問が浮かぶ。
「どうしてセレナさん一人なんですか?」
そこまで貴重な武器なら、国を挙げての捜索になるはずだ。それなのに、どうして今回はセレナさん一人なのか。彼女が強いといっても、それは人間の世界だけの話だ。魔樹海ともなれば、彼女より強い魔獣は腐るほどいる。
――なのにどうして……。
これではまるで何かを隠したいか、もしくはセレナさんを殺そうとしているかのようだ。
セレナさんもそこが分からないのだろう。
少し悩んだ後に、おずおずと口を開いた。
「……私にも分からないわ。それでも、ウェルゴ隊長には何か考えがあるのよ」
「ウェルゴ隊長?」
僕の疑問にセレナさんは、一つ頷く。
「私の所属してる隊の隊長よ。王国魔法騎士団の中でも随一の実力の持ち主で、魔法研究の研究者としても有名なのよ」
「凄い人なんですね」
「ええ。だから、そんな彼の考えなんて、私には分からないわ」
そう言った彼女の瞳は少し寂しそうだった。
少し重たい空気に、僕は話題を変えようと口を開いたその時。
「ヴォォォォッォォォ」
ものすごい咆哮が洞窟内に響き渡った。
「っ!!」
「なんなの!?」
驚く僕たちをよそに、咆哮は幾度かこだまし、そのなりを潜める。
しかしそれだけで十分だった。
「これってもしかして」
「ええ。洞窟の奥から聞こえてきました。きっとそこにパネッタさんがいるんです! 行きましょう!!」
「ええ!!」
僕とセレナさんは暗い洞窟の先、その最奥に向かって一気に駆け出した。
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