第23話 「呪われし者」
「さっきは悪かったな。昼食の邪魔をしてしまって。だが、これで正真正銘もう邪魔は入らない。ゆっくりと狩りを楽しもうじゃないか」
ソフィアの言葉に、目の前のそいつは一度大きく唸ると立ち上がる。
――本当にでかいな。だが……。
こいつはきっとまだゴブリンキングに成りはしていない。
彼女はそう直感する。
ゴブリンキングの伝説は、古種と呪術師なら誰もが知っている。
其の者、五メトルを超える大きな体に、鬼のような形相。人語を話し、赤黒いその瞳は幾ばくかの未来を見通す。頂に上り詰めた其の者、まさに王者の風格あり。
これがゴブリンキングの伝説の一部だった。
しかしそいつは、人語を話してはいないし、体の大きさも足りない。それに何より、未来を見通してはいない。その証拠に、ソフィアが『魔邪苦返し』をしたとき、一瞬だったが驚いた表情を見せている。
「まだ頂を目指す途中といったところか」
これならば、まだ勝ち目はある。
ソフィアはそう確信する。
通常、ゴブリンキングともなれば、そのランクはSSにも相当し、国家を総動員して太刀打ちできるかどうかだが、ソフィアの直感では目の前の敵はせいぜいがAランク。武器が第一級だということを考慮しても、何とか倒せるレベル。
――のはずなんだがな……。
変な汗がソフィアの頬を流れ落ちる。緊張感が場を支配し、空気は鉛のように重い。
――これは一体何なんだ。
百戦錬磨のソフィアでも理解できない恐怖が彼女の体を満たしていた。
ソフィアは文字通り死なない。それはソフィアが保有している紡呪『永遠に続く断罪』の効果によるもので、傷を受ければ直ちにそれらは回復し、もし仮に欠損したとしても時間がたてばもとに戻る。いわば不老不死の呪いだった。この呪いがある限り、ソフィアに敗北という二文字はあり得ない。そのはずなのだが……。
――どうして私は目の前のあいつに恐怖を抱くのだろう。
恐怖。
久しぶりの感覚だった。
今まで、多くの魔獣を倒してきた。それこそ、Aランクの魔物なんぞは数えきれない。それでも、ここまでの恐怖を抱くのは久方ぶりだ。なぜここまでの恐怖を抱くのか、ソフィアには理解できなかった。
しかし、そんなソフィアの内心なの相手には関係ない。
そいつはもう一度大きな咆哮をあげると、目の前のソフィアに向かって突撃を開始した。
洞窟内はお世辞にも明るいとは言い難い。通路はでこぼこしているし、道幅は狭い。それでも魔樹海で鍛えたこの目で僕はセレナさんの腕を引きながら疾走する。
どれくらい走っただろうか。
十分か十五分か、それくらいの時間を走り続けたその時、セレナさんの手がするりと僕の手から抜け落ちる。
「セレナさん!?」
突然のことに僕は慌てて足を止めると、後ろを振り返る。
するとそこには、その場でへたりこむ少女がいた。
「ちょ、ちょっと待って。少しは休憩させて」
失念していた。セレナさんは魔術師であって呪術師ではない。呪術師は基本的に肉弾戦を得意としているため鍛えているが、魔術師はそうじゃない。魔素を消費として魔術を中心に戦う彼女らに体力はそこまで必要じゃない。僕とセレナさんの体力に差があることは当然だった。
「す、すみません。急いでいたものですから……」
「それにしてもよ。あなた化け物なの!? あんなに走って息も切れてないってどういう体力してるのよ」
セレナさんはそう憎まれ口をたたくが、僕なんてまだまだだ。師匠なんか一時間でも二時間でも走り続けることが出来る。化け物と言えば彼女が本当の意味で化け物だろう。もちろん誉め言葉だが。
僕は息が上がっている彼女の横に腰を下ろす。
「少し休憩しましょう。道のりはまだ長そうですから」
本当は今すぐにでもパネッタさんのところに駆け付けたい。でもセレナさんを置いていくわけにもいかない。
今師匠と対峙している魔獣が何であれ、洞窟内にはあいつの仲間であるゴブリンがいる可能性がある。そんな中でセレナさんを一人にするわけにはいかなかった。
魔術師は狭い場所での戦闘が苦手だ。
それは、強力な魔法で一撃必殺を得意とする彼らが、周りの環境ごと破壊してしまうことに他ならない。つまり、洞窟内で魔法を使えば、その環境を破壊してしまうということ。それは自他ともに生き埋めになるということだ。
――僕が彼女を守らなければ。
そう心に誓う。
いつかこういう日が来ればと思っていた。自分がセレナさんを守れる日が来れば、と。不謹慎だということは分かってる。それでも、セレナさんに助けられたあの日から、彼女のように誰かを守れるようになれれば、ずっと夢見てきた。
それが叶っている今が、少し嬉しい。
そんなことを考えていたとき、セレナさんが行き絶え絶えに口を開いた。
「さっき言っていたことってどういう意味?」
「えっ?」
突然の質問に、僕は思わずすっとんきょんな声をあげてしまう。
「さっき言ってたことって……?」
「呪術師のことよ。さっき突然現れた青髪の女。あいつは自分のことを呪術師と名乗ったでしょ。呪術師なんて聞いたこともないわ。一体何なの?」
彼女の質問に、思わず僕は言葉が詰まる。
どのように説明すればよいのだろうか。呪術師はその存在をほとんど知られていない。その理由は定かではないが、以前に古種狩りなるものがされていたことも考えてると、どこまで話していいのか分からない。
迷っている僕に、セレナさんは一つため息を吐くと、「わかったわよ」と一言。
「ここで聞いたことは他言しないわ。セレナ・オルテンシアの名に誓う。だから教えてちょうだい。――呪術師っていうのはなに?」
真っすぐに僕を見つめる金色の瞳。その瞳を見て、僕は決意する。
「呪術師っていうのは、魔法師、祈祷師に続く第三の力を持つ者のことです」
そこからは、僕が師匠から聞いた話をそのまま話した。古種から授かることが出来ること。代償があること。他人には認識できないこと。肉体強化や回復が出来る事など。
全てを話し終わると、彼女はもう一度ため息を吐いて、一つ頷いた。
「これで納得がいったわ」
「納得?」
「ええ。ずっと疑問だったの。どうしてあなたがアーミーアントの準魔を魔法なしで倒すことが出来たのか」
その言葉で、合点がいく。確かに彼女から見れば、アーミーアントと戦闘したとき、彼女から見れば肉体一つで倒したように見えたはずだ。
それがなぜかだましていたような気がして、僕は思わず謝ってしまう。
「なんかすみません」
僕の謝罪に、彼女はクスリと笑う。
「なんで謝るのよ。いいじゃない。呪術だろうが魔法だろうが、あなたがいなかったら、被害はもっと大きかったわ。だから……」
そこで彼女は一度息を吸うと、ゆっくりと頭を下げた。
「ありがとう」
感謝の言葉。突然のそれに、僕は目を丸くする。
「えっ? あっ……えっっっ!?」
「本来なら、王国魔法騎士団の私が街を守るべきだった。でもできなかった。だから、あなたに最大の敬意と感謝を」
「そ、そんな……。僕はただ当然のことをしただけで……」
「それでもよ。力を持ってるものは多い。それでも、それを人のために使える勇気を持っている者は少ない者よ」
彼女の言葉に、なぜか僕の胸は新たな熱を帯びるのだった。
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