第22話 「思わぬ再会」
大きな根を飛び越え、草木をかき分け、僕と師匠はただひたすらにあの場所に向かって走る。
爆発音がしたその場所へ。
どれくらい走っただろうか?
五分か十分か。それほど長くない時間走り続け、その場所が見えてきた。薄暗い魔樹海の中でも、異質に明るいそこ。大樹がそのなりを潜め、魔樹海の中で唯一太陽の光が当たるそこは、フィールドと呼ばれているところだった。
視界が一気に開ける。目の前を塗りつぶすほどの光が僕の瞳に一気に突き刺さり、視界を白一色に染める。目が慣れるのに、そこまでの時間はかからなかった。
「ここは……」
まず初めに飛び込んできたのは、草一本生えていない岩肌だった。一面岩で覆いつくされたそこは、一見魔樹海とは似ても似つかない。しかしそこがまぎれもない魔樹海の一部だと、そいつが証明していた。
ハイゴブリン。
しかしそいつは、僕の知っているハイゴブリンではなかった。
優に三メトルを超える体に、頭には一本の大きな角。赤黒い瞳は、まさに鬼を彷彿とさせ、手には自分の体と同じくらいの大剣を握る。通常のハイゴブリンとは似ても似つかぬ容姿だった。
そいつは僕たちには目もくれず、目の前の何かに近づいていく。
それはかなり小さく、そして弱弱しかった。
――一体なんだろう?
僕は目を凝らして、ハイゴブリンと対峙するそれを見る。
体は小さい。人だろうか。でも大人ではない。髪は長く、光を反射するそれは綺麗な白銀。
そこまで観察して、その人が誰かすぐに分かった。
僕の憧れにして、目指しているその人。
セレナ・オルテンシア。
「ハル! やめろ!!」
気づけば走り出していた。師匠の静止の声は聞こえている。それでも、僕には止まれない理由があった。セレナさんを助けられるなんて思っていない。ましてや、その異質なハイゴブリンに一矢報いることなど不可能だろう。
それでも。
「やめろぉぉぉ!!」
僕はハイゴブリンとセレナさんの間に体を滑り込ませ、そいつと対峙する。
「あなた……。どうしてここに…………」
セレナさんの驚いた声が背後から聞こえるが、今はそれどころではない。
間近で見たそいつは、まさに怪物だった。
三メトルを超える体格に、それと張り合えるほど大きい大剣。牙と角は鋭く、赤黒い瞳からの視線は死を意識させられる。
僕は直感した。
今目の前にいるこいつに勝つのは不可能だと。
そいつも直感したのだろう。
こいつは敵になりはしないと。
そいつは僕が現れたのを気にも留めず、ゆっくりとその大剣を振り上げる。
動けなかった。
逃げなければ、武器を構えなければ死ぬと分かってはいても、僕の体は指先一本も動かない。
――ああ、死ぬ。
大剣が振り下ろされ、そう感じたその時、その人は現れた。
大きくはない背中。それでも、誰よりも頼りになる背中。
師匠だった。
彼女はその大剣に向かって左手を突き出し、それを紡ぐ。
「『呪噤・魔邪苦返し』の呪い!!」
瞬間、大剣を師匠の左腕が受け止め、金属と金属がかち合ったかのような鋭い音を響かせる。そして次の瞬間、大剣は弾き返され、ハイゴブリンが後方に吹っ飛んだ。
唖然とする僕に師匠は振り返ると、
「このバカ弟子が!!」
げんこつを一発頭にお見舞いする。
「っっっ!!」
あまりの痛さに、僕は声にならない声をあげ、その場にうずくまる。しかし、師匠の猛攻は止まらない。
「何をやっているのだ、このバカ者!! いつも口を酸っぱくして言っているだろ! 敵を見てから動け!! 私が助けに入らなければ、お前は今の瞬間で死んでいたんだぞ!!」
「す、すみません」
謝る僕に、師匠は一つため息を吐くと、前に向き直る。
「説教は後だ。まずはあいつをどうにかしなければ」
師匠の視線の先にいるそいつは、一瞬驚いた素振りを見せるも、すぐにこちらにその赤黒い瞳を向けた。
顔に浮かぶは凶悪な笑み。
獲物を見る表情だった。
師匠は一度息を飲むと、顔だけをこちらに向ける。
「いいか。一度しか言わないからよく聞け。――ここはたぶんバギャックの言っていた鉱山だろう。パネッタはここにいるはずだ。彼をお前たちが探すんだ」
「僕たちが……ですか?」
師匠は緊張した面持ちでゆっくりと頷く。
「そうだ。多分だが、パネッタは洞窟内にいる。それをお前たちが探してこい」
「師匠は……?」
「私はあいつの相手をしなければならない」
師匠の声は、いつもの落ち着いたそれではなく、緊張していた。ここまで緊張した師匠を見るのは初めてだった。
僕は意を決して、大きく頷く。
「……わかりました。行きましょうセレナさん」
「行くってどこに?」
「この鉱山の洞窟にです。この洞窟のどこかに人間の男の子がいるはずなんです」
僕の言葉に、セレナさんは目を丸くする。
「ど、どういうこと? よく状況が分からないわ。それに、あいつはどうするのよ!?」
目の前のハイゴブリン。それをどうするのかと、セレナさんは言っている。
しかし、それに関して言うならば心配はいらない。
「私が相手をする」
「あなたが!? 私でも敵わなかったのにどうやって……。無理よ。あいつの持ってる武器は特別なの」
「特別?」
師匠の言葉に、セレナさんが息を飲む。
「……あれはね、国が所有している第一級武器なの。名を『ボルフェウスの大剣』。魔法の類を無効化する能力を持つ、まさに伝説級の武器。そんな武器を持った敵にかなうわけないわ」
セレナさんの言葉に、師匠は小さく笑う。
「それならば問題ない」
「問題ないってそんなわけ……」
「私は魔術師ではないからな」
師匠のその意味を彼女は理解できなかったのだろう。小さく息を飲むと、言葉を失う。そんな彼女に、師匠はニヤリと笑うと、
「私は呪術師だ」
一言そう言った。
「……呪術師?」
「さぁもういけ。私が気を引いている間に」
「行きましょう、セレナさん!」
僕と師匠の呼びかけに、彼女は「もー!」と叫んで髪を掻くと、勢いよく立ち上がる。
「全て終わったら、ちゃんと説明してもらうから!!」
「分かったよ。――さぁ行け!!」
師匠の掛け声と同時に、僕はセレナさんの手を引いて走り出した。
一瞬で最大まで加速して、一気にハイゴブリンの横を通り過ぎる。
しかし彼の瞳には、もう僕たちの姿は映っていなかった。彼の瞳に映っているのはただ一人。
師匠はそんな殺気を一身に受けながらも、僕たちに視線を向け
――頑張れよ
その意思を伝えてくる。言葉にはしていない。それでも僕はその意思を受け取り、洞窟に向けて懸命に足を動かすのだった。
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来週お休みをいただきまして、次回投稿は1月10日となります。




