第21話 「親の心」
ハルとソフィアが旅立った岩肌族の洞窟内は、控えめに言っても喧騒に包まれていた。様々なところで様々な人物が右往左往しており、皆忙しそうに駆けずり回っている。そんな中、二人の人物が洞窟の最奥に向かって進んでいた。
「さっきから黙って進んでますけど、こんな洞窟の奥に何があるって言うんですか?」
洞窟内で唯一違う種族であるガノンが、この集落の長であるバギャックに向かってそう問う。
彼は不機嫌そうにちらりとガノンを横目で見ると、口を開く。
「鍛冶場だ」
たった一言。しかしその言葉にガノンは驚く。
「もしかして、族長自らハルのナイフを打ち直してくれるんですか?」
「当たり前だ。パネッタの野郎を見つけてもらう代わりに打ち直すんだ。いわばこれはプライベートだ。種族を巻き込むわけにはいかない。それに、元々このナイフを作ったのは我だからな」
その言葉を聞いても、ガノンは驚きを隠せなかった。そもそも、ハルのナイフを打ち直すのに反対していたのは、他の誰でもないバギャックその人だ。それが今は一変して本人が打つという。もちろんありがたい話ではある。鍛冶を得意とする種族の長を務める人に打ってもらうのだ。成功は約束されたも同然。しかし腑に落ちなかった。
「どうしてあそこまでそのナイフを直したくなかったんだ?」
ガノンから見ると、ただの錆びれたナイフだ。何も特別なものではない。なんなら、バギャックが渡した代わりのナイフの方が、何十倍もやばい代物に見えた。
そのことをバギャックに伝えると、彼は一つため息を吐く。
「このナイフは、私が最も尊敬する人物のために作った、最初の一振りだ。そして、この武器は特別だ」
「特別? どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。このナイフは、持ち主の力を増幅させ、還元する。その能力を持っている」
増幅? 還元? ガノンは彼の言っている意味が分からなかった。この世には数多の武器がある。その中には特殊な能力を持つ武器がいくつもあるが、持ち主の能力を増幅させ還元するものなど聞いたことがない。そもそも、武器はしょせん武器に過ぎず、持ち主に干渉することなど不可能なはずだ。
ガノンの疑問に、彼はもう一度ため息を吐くと、立ち止まり、ガノンに向き直る。
「いいか? よく覚えておけ小僧。お前の族長であるズーシャを含めた古種の族長は、みな共通の秘密を持っている。それはこの世界の秘密であり、このナイフの秘密だ。そしてその秘密は契約の楔で守られている。誰にも話すことは許されない」
族長は共通の秘密を持っている。その言葉にガノンは心臓が鼓動を早めたのが分かった。確かに、思い当たる節はある。一度、呪術師の始まりについて、ズーシャに聞いたことがある。その時彼は、何も言えないと言っていた。今思えば、きっとこのことが関係しているのだろう。古種は制約によって縛られながら生きている。無償で何かをしてもらうことが出来ず、相手に何かを与えられれば、それと同等の何かで支払わなければならない。そうやって古種はこの世界に生かされている。だから、誰にも言えない秘密を持っていること自体は理解できた。しかしだからこそ、分からない。秘密にかかわるそのナイフを、代償とはいえどうして直す気になったのか。
彼がそれを問うと、バギャックは背を向けて再び歩き出し、そして語り出した。
「パネッタとは、魔樹海の浅部で出会った。初めて会った時、あいつは傷だらけでな。魔獣に襲われたのだろう。心身ともに弱っていた。ここまで弱い生き物がいるのかと、驚いたよ。その時、この子を守らなければと思ったよ。気まぐれだったかもしれない。それでも、この子を守りたいと、誰かを守りたいと、その時初めて思った」
彼はそこで一呼吸置くと、もう一度振り返る。その瞳は、子を持つ親の優しいそれだった。
「だから、我は何を引き換えにしても彼を守りたいのだ」
「あなたの言うことも分かる。一人の親として当然だ。でも分からない。それなら、我が子だと思っているのなら、どうして鍛冶場に入れてやらない?」
ガノンの質問に、彼の表情が一瞬曇る。
「それは、私の弱さだ」
彼はそう言うと、まるで表情を見られたくないというように背を向けた。
「鍛冶場に入るためには、試練が必要だ。これは古種としての制約であり、大切な代償だ。だが、人間のパネッタには荷が重すぎる。私は……。私はパネッタを失いたくないのだ」
初めて、彼の本音を聞いた気がした。親なら誰もが経験する子を失う怖さ。それに怯えてしまったと、彼は言ったのだ。
もちろん、ガノンにも理解できる。もしガノンに子供がいたら、きっと同じことを思っただろう。しかし。
「古種の子供として生きていくというのはそういうことではないのですか? あなたはそれを選んだのではないですか? 分かっていたはずです。自分がその子を助け、息子として育てると決めたときから」
「ああ。分かっていた。いや、分かっているつもりになっていた。種族が違うということが、ここまで苦しいことだとは思っていなかった。――しょせん私は、親になれなかったのだろうな」
確かにその通りかもしれない。親が子供を心配するのは当然だ。子どもには傷ついて欲しくないし、失敗して欲しくない。出来れば安全に過ごして、大人になって欲しい。でもそれだけでは駄目なのだ。時に失敗し、傷つき、挫折することも必要なことなのだ。挑戦させ、成功すると信じて遠くから見守り、そして失敗したときに手を差し伸べる。それが親としてするべき責務なのだ。
だからこそ、今からでも遅くない。
親は子が生まれたときに親になる。子が一歳なら親も一歳だ。そこで意地を張る必要はない。胸を張って親を名乗り、失敗したときは頭を下げればいい。だって、親と子は切っても切れない絆で結ばれているのだから。
今からでもやり直せる。
「確かにそうかもしれないな。我は今まで親ではなかった。親のまねごとをしていた、ただの老体だった。だから、ここから親になって見せる」
そう言った彼の顔は、まさに親のそれだった。
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