第18話 「捜索依頼」
早朝。僕と師匠は固い岩の上で、喧騒の中目を覚ました。
「いったいどうしたって言うんだ?」
師匠が、体を起こしながら、誰に問うでもなくそう口にする。
するとその時、ガノンとズィーゴさんがちょうど部屋に入ってきた。
「大変ですよ、ソフィアさん。パネッタ君が……」
開口一番、ガノンの言葉に僕は嫌な予感を覚える。
「パネッタさんがどうしたの?」
「いなくなったのです」
ガノンの言葉を引き継ぐようにして、ズィーゴさんがそう言う。
「いなくなったって……。深夜に抜け出したってこと?」
「見張りはどうした? 洞窟に守られているとはいえ、見張りぐらいいただろ?」
師匠の言葉に、ズィーゴさんが苦い顔をする。
「それはそうなのですが……」
「全員の食事に睡眠薬を入れていたらしい」
なるほど。そういうことか。
確かに、昨日はパネッタさんからもらったパンを食べてすぐに、強烈な眠気に襲われて寝入ってしまった。それも、睡眠薬が入っていたと考えれば辻褄が合う。
そして、みんなを眠らせて向かった先は、十中八九試験のための鉱石が取れる鉱山だろう。
「師匠まずいですよ」
「分かっている。ひとまず、バギャックに会わなければ」
師匠の言葉に、ズィーゴさんが頷き、
「お願いします」
そう頭を下げた。
昨日、初めてバギャックさんと対面した大広間に行くと、そこも例にもれず大騒ぎだった。岩肌族の皆さんが部屋中をかけずり周り、大声を上げていた。その部屋の一室、そこで岩肌族族長のバギャックさんは椅子に腰替え頭を抱えていた。
「大変なことになっているようだな」
「貴様ら……」
師匠の言葉に、バギャックさんは苦悶の表情を浮かべる。
「状況は?」
「……芳しくない。今、パネッタの目撃情報を集めているが、最後に彼の姿を見たものは、夜中の十二時だと証言している。つまり、そのあとすぐにここを出ていたならば、かなりの距離を離されていることになる」
「なるほどな。捜索隊の編成は?」
師匠の問いに、バギャックさんは再度表情を歪めた。
「どうした?」
「問題はそこなのだ」
彼はひげを一撫でする。その動作は今までの強い彼ではなく、年相応の老いた印象を受ける。
「我々は長年ここで暮らしてきた。外界に出ることなどほとんどないのだ。ゆえに、捜索隊の編成に難儀している」
それはそうだろう。捜索隊は様々な状況を考慮して編成される。多すぎれば移動速度が遅くなり、少なすぎれば見つけ出すことが出来たとしても連れ帰るのが難しくなる。魔獣が蔓延るこの森では、思いのほか捜索隊の選出は難しいのだろう。
師匠は一瞬考え込むと、ニヤリと笑って口を開く。
「私にいい考えがある」
「いい考え……ですか?」
ズィーゴさんの呟きに、師匠はそうだと頷く。
「私たちがお前の息子を探しに行こう」
「貴様らが……?」
それは僕も考えたことだった。僕たちなら、魔樹海を歩くことに慣れているし、師匠なら問題なく連れ帰ることが出来るだろう。まさに適任のような気がした。
しかし、その先の言葉は僕の想像の斜めを上を行っていた。
「その代わり、ハルのナイフを直してくれ」
「!?」
「師匠!?」
突然の申し出に、僕は驚く。この状況で交換条件を出すなんて何を考えているのだろうか。これでは脅しと変わらない。
「師匠、そんなこと言ってる場合じゃないじゃないですか! パネッタさんがいなくなったんですよ? 一刻も早く探さないと……」
「ハルは分かっていない。呪術師たるもの、ただで何かをすることなどありえない。代償は何事にも必要なんだ。世界のバランスを保つためにも」
何を言っているのだろう。確かに普通なら交換条件を出しても咎められるものではない。ものを買うときはお金を払うし、お世話になったならお礼をするのが普通だ。それでも今は緊急事態で、そんなこと後で話し合うべきことではないのだろうか。
僕はその思いが拭えず、師匠にもう一度抗議しようとしたときだった。
「……分かった。貴様の弟子のナイフを直してやろう」
バギャックさんがそう言った。
「えっ?」
「契約成立だな」
師匠が満足そうに頷いているのを無視して、僕は思わず聞いてしまう。
「本当にいいんですか?」
「ああ、古種にとっても代償は大切なものだ。代償を払わなければ、後から大きな痛手を負うことになる」
「ではすぐに準備を始めよう」
師匠はいまだに驚いている僕の腰からナイフを抜き取ると、バギャックさんに投げる。
「ナイフは任せたぞ」
バギャックさんはナイフを受け取ると、それに視線を移す。昨日にはなかった懐かしの友人に向けるような視線。
僕はそれを見て、少し嬉しくなる。
「では、旅立ちの準備をしよう。食料はそちらで用意してくれるということで間違いないかな?」
師匠の問いに、バギャックさんは視線をあげると、頷く。
「もちろんだ。こちらからお願いしているのだ。当然だろう」
それを聞いて師匠も頷くと、捜索の準備をするため部屋を後にしようとする。
しかし、それをバギャックさんが止めた。
「待て。こちらからも一つお願いがある」
「お願い?」
「ああ、そこの鱗族の若造を置いていけ」
その意味の分からない要望に、僕たち三人は首をかしげる。
「どういうことだ?」
「ナイフがないと困るだろ? 一時的に我のナイフを貸してはやれるが、それでも使い慣れている方がいいだろう。直り次第、そこの若造に届けさせる」
なるほど。つまり、僕たちがパネッタさんを探している間にナイフを直してくれて、直り次第ガノンが届けに来てくれるということらしい。
「――分かった。それでいい。よろしく頼むよ」
師匠はそう言うと、今度こそその場を後にした。
自分たちの部屋に戻ってきた僕たちは、急ピッチで旅支度を準備していた。
「師匠、パネッタさんは大丈夫でしょうか?」
僕の問いに、師匠はうーんと唸る。
「正直なところ、五分五分といったところだろう。運が良ければ道中で見つけられるはずだ」
運が良ければ。その言葉に、僕の心臓が鼓動を早める。魔樹海は本当に危険だ。魔獣の強さもそうだが、問題はその量。どんなに倒しても次から次へと魔獣が現れる。物量に押しつぶされる。師匠のような強い人間ならいざ知らず、パネッタさんや僕のような普通の人間にはかなり危険な場所だった。
「絶対に見つけましょうね」
「もちろんだとも」
師匠がそう言って微笑んだその時、一人の人物が現れた。
「少しよろしいでしょうか?」
そこに立っていたのは、神妙な面持ちのズィーゴさんだった。
「どうした?」
「いえ、バギャック様にこれを渡してこいと言われまして」
彼はそう言うと、おもむろに布に包まれた何かを取り出す。
「これが先ほど言っていたナイフです」
僕はそれを受け取ると、布を空けてみる。するとそこには、綺麗に研がれた一本のナイフが入っていた。綺麗なカーブを描いたナイフは約二〇セトルで、その刃は磨かれた鏡のように覗き込む僕の顔を映していた。
「凄い……」
「これは、バギャック様が初期のころに作った業物の一つです。名を刀竜といいます」
「刀竜……」
名に竜が付くものは、王都でも数少ない。それは王が竜の名を勝手につけることを禁止死しているということもあるが、大半はその伝説が関係している。
昔、まだ国や王がいなかった時代。二匹の竜がいた。彼らは兄弟だったが、性格は真逆だった。一匹は清純で律儀、人類の尊敬を集めていたが、もう一匹は邪悪で狡猾だった。二匹の竜はいつしか対立し、争うようになった。そして、世界は一度滅んだというものだ。
この物語から、竜と名付けられた武器は、二匹の竜のような性格になると考えられている。僕は武器に性格というものがあるのかは分からないが、王都のほとんどの職人や王は信じていた。また、竜と名の付く武器が、その持ち主を含め多くの人を屠ってきたというのも、この伝説に拍車をかけていた。
そんな経緯もあって、竜と名が付く武器は総じて国宝級のものばかり。
この武器も間違いなく国宝級に分類される類のものだろう。
僕はある程度ナイフを眺めると、鞘に納める。キンッという鋭い音がした。
「本当にこんなすごい武器を一時的とは言え、僕が使っていいんですか?」
「もちろんです」
彼はそう言うと、一瞬悲しそうな表情を浮かべ、次の瞬間には頭を下げていた。
「パネッタ様をどうかよろしくお願いします。バギャック様は一見厳しそうな方ですが、本当は誰よりも民のことを考え、パネッタ様のことを考えていらっしゃるのです。だからどうか……」
ズィーゴさんの悲痛なその叫びに、僕は力強く頷くのだった。
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