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第17話 「諦める理由」

 岩肌ハザーブ族族長バギャックさんとひと悶着あった後、僕たちはズィーゴさんの案内で再度あの客室に案内されていた。その道中は空気が重く、誰も口を開かない。まるでダンジョンの中を歩いているような気分だった。

 そしてあの簡素な客室に到着したとき、おもむろにズィーゴさんが口を開いた。


「先ほどは、申し訳ありませんでした」


 突然の謝罪。彼の言葉に、珍しくも師匠がいや、と否定する。


「気にするな。君が謝ることじゃない。それに、君は最初から期待にそえないかもと言っていたしな」


「それはそうなんですが……」


 それでもなお申し訳なさそうにする彼に、僕は気になったことを聞いてみることにした。


「どうして、バギャックさんはこの武器を直してくれないんでしょうか?」


「それは……」


 僕の質問に彼が何かを言おうとした時。


「他部族が嫌いだからですよ」


 ズィーゴさんの言葉を遮るようにして、その人物は洞窟の暗闇から現れた。

 空のような青い瞳に、綺麗な金髪。バギャックさんの一人息子であるパネッタその人だった。


「夕食をお持ちしました」


 突然現れたことに驚く僕たちを気にする様子もなく、パネッタさんは手に持っていたバンを一人一人に手渡してくれる。

 彼は全て渡し終えると、少しいいですかと切り出す。


「ど、どういう意味ですか? 他部族が嫌いって……」


「そのままの意味ですよ。おやじは、岩肌ハザーブ族以外が好きじゃないんです」


「どうして……」


「理由は私にもわかりません。それでも、おやじは嫌いなんですよ。だって――おやじは俺を本当の意味で息子とは思ってくれていないんですから」


 彼の言ったことに、僕たちが言葉を失っていると、ズィーゴさんが彼を否定する。


「そんなことありません! バギャック様はあなたを本当の息子のように思ってらっしゃいます!」


 しかしズィーゴさんの言葉にも、パネッタは弱弱しく首を横に振るだけ。


「慰めはいいよ。自分が一番よく分かってる。おやじは人間が好きじゃないんだろ?」


「そんなことは……」


「だったらどうして、俺を鍛冶場にいれてくれないんだ?」


 悲しそうな瞳。今にも泣きだしそうな、それでいて諦めているかのような絶望の色。

 その色が浮かんだ瞳を向けられ、ズィーゴさんは思わず口をつぐむ。

 またも重い空気が場を支配する。

 親子関係は複雑だ。他人が口をはさむことはおろか、本人たちですら難しいものがある。特に僕には両親というものがいたことがないから分からない。親子というものが実際にはどのようなものかすら知らない。それでも、僕は彼に気になっていることを聞いてみることにした。


「さっきから鍛冶場にいれてもらえないって言ってるんですが、それはどういう意味ですか? それが親子関係にどういう意味があるんですか?」


 僕の質問に、パネッタさんは弱弱しく笑う。


「普通なら関係ないでしょう。でも岩肌ハザーブ族にとっては重要なことなんです」


 彼はそう言うと、おもむろにその場に腰を下ろす。


「皆さんもご存じの通り、岩肌ハザーブ族は鍛冶を得意とする古種こしゅです。そして、彼らはある儀式をして初めて一人前、岩肌ハザーブ族の一員として認められるんです」


「ある儀式?」


「はい。ここから約五キトルの場所にある鉱脈。そこで鉱石を採取してきて、自分の武器を作る。その鉱石を武器に加工する場所のことを鍛冶場と呼んでいるのですが、その一連の儀式のことです」


 つまりはシーフ族のところで言う狩りのようなものだろうか?

 パネッタさんはそれを族長である父親に止められていて、認めてもらえないと感じているらしかった。


「でもそれは……」


「それは、バギャック様にとって、あなたが何よりも大事だからです」


 僕の言葉を引き継ぐように、ズィーゴさんが口を開いた。


「魔樹海は危険です。ここから五キトルも先にある鉱脈に行こうとすれば、その道中魔獣に出くわすことになる。そんな危険をあなたに侵させたくないのです」


「でもみんなはしたんだろ?」


「それは……」


「俺にとっては同じだよ。例え俺のためを思ってくれているのだとしても、人間だからという理由は、俺にとって理由にはならない」


 彼の言葉を聞いて、僕はその通りだと思ってしまった。

 僕は魔法が使えない。しかし、それは王都に住んでいた僕にとって、大きな問題だった。王都ではそのほとんどの人が魔法を当然のように使え、当然のように生活の中に馴染んでいる。また魔獣を退治する王国騎士団や魔法師も同様だ。セレナさんに憧れを抱いている僕にとって魔法が使えないことは死活問題だった。それでも、魔法が使えないことが僕に強くなることを諦めさせる理由にはならなかった。

 彼も同じなのだろう。

 厳しいと、難しいと分かってはいても、それが諦める理由にはならない。

 彼と僕は根本的に同じなのだ。

 だから。


「俺は諦めないよ。どんな手を使っても、おやじに認めさせる」


 彼はそれだけ言うと、立ち上がり、この部屋から出ていった。







 誰もが寝静まる深夜。洞窟内の松明はその本数を減らし、薄暗いそこをさらに落ち着かせる。そんな場所を一人の少年が歩いていた。薄いブルーの瞳に金糸を思わせる綺麗な金髪。パネッタ。彼は静まり返る洞窟内をひた歩き、その場所に向かう。洞窟の西方、出入り口。

 しかし誰も彼がそこに向かっていることを知らなかった。いや、知れなかった。なんせ、全員眠りに落ちていたのだから。


 通常ならば、深夜といえど、交代で見張りが憑くことになっている。だが今日に限って言えば、彼らはいない。

 そのことを知っているパネッタは、軽い足取りで出入り口に向かう。

 目指すは外のさらに向こう側。

 彼を止める者は、もう誰もいなかった。


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