第16話 「依頼」
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「お待たせしました」
そう言ってズィーゴさんが再び僕たちの前に現れたのは、あれから三十分ほどが過ぎた時だった。
「族長の準備が出来ましたので、ついてきてください」
彼に促されるまま、客室を後にした僕たちが案内されたのは歩いて五分ほどの大広場だった。
そこは岩壁を円形にくり抜いただけの簡素な作りで、むき出しの天井からは水が滴っている。しかし、その大きさは先ほどの客室とは打って変わって広く、少なく見積もっても直径八十メトルはくだらない。また、置かれている家具も絢爛という言葉がふさわしいほど豪華だった。細かい装飾が施されている長机に、宝石がちりばめられている椅子、天井には部屋をきらびやかに照らす魔核石のシャンデリアがつるされている。これらだけに目を向ければ、ここが洞窟だということを忘れてしまいそうなほど美しい。
まさに手先が器用と言われる古種らしい素敵な広場だった。
そんな場所の最奥、そこにその人はいた。
筋骨隆々の大きな体に、お腹まで伸びた長いひげ。一目で族長と分かる彼は、王座のような豪華な椅子に腰かけ、その切れ長のキリッとした目で僕たちを真っすぐに見つめていた。
しかしそんな王さながらの彼に師匠はおもむろに近づくと一言、
「私の弟子の武器を直せ」
いきなりそう言い放った。
「ちょっ!? 師匠! 何言ってるんですか!!」
あまりに失礼なそれに、僕は思わず師匠に対して声を荒げてしまう。
けれども彼女は何がまずかったのか分かっていないようで、けろっとした顔で首をかしげる。
「何って……。頼んでるんじゃないか」
「どこがですか! それは頼んでるんじゃなくて、命令してるって言うんです!!」
「ハルは細かいな」
「師匠が雑すぎるんですよ!!」
「まぁ私に任せておけ」
師匠はそう言うと、彼に向き直る。
「お前が族長で間違いないな?」
そのあまりに不遜な態度に、彼の鋭い眼光がさらに険しくなる。
「いかにも。我が岩肌族族長のバギャックだ。貴様らは何者だ?」
「私はソフィア。魔樹海に住む呪術師だ。そして私の後ろに隠れているのが、弟子のハル」
「私は鱗族の門番でガノンと申します。ここまでの道案内を担当させていただきました」
それぞれの名乗りを聞いて、彼は一つ頷く。
「それで、貴様らは何しにここに来たのだ? 先ほど武器を直してほしいということだったが」
――来た!
いきなりの核心に、僕は思わず身を固くする。魔樹海一の腕を持つという岩肌族に直してもらえれば、僕としても嬉しいが、もし断られれば振り出しに戻ってしまう。ここ一か月の記憶が走馬灯のように巡り、僕の心臓は鼓動をはね上げていた。
「いかにも。私の弟子の武器を直して欲しい」
「それは、その少年の腰に刺さっているナイフのことか?」
バギャックさんは視線を僕の腰に向け、そう問う。
「その通りだ。――ハル、そのナイフをこちらへ」
僕は言われた通りナイフを引き抜き、恐る恐るバギャックさんに手渡す。
「直せるか?」
彼は師匠の問いに答えることはせず、ナイフに光に当てたり、刀身に触れたりと何かを確かめる。
そして。
「これはストナリのナイフだな。今は長尾族が管理していたはずだが、譲ってもらったのか?」
「は、はい。長尾族族長のザザムさんが、僕が持っていた方がいいと言って……。このナイフを知っているんですか?」
「もちろんだ。なんせ、このナイフを作ったのは私なんだからな」
「なっ!?」
その驚きの事実に、僕は思わず声をあげてしまう。
「まぁ作ったと言ってもだいぶ昔だが……」
「直せるのか?」
師匠の再度の問いに、バギャックさんはゆっくりと頷く。
「もちろんだ。自分の作ったのものを直せない刀匠がいてたまるか」
「じゃあ……」
「断る」
師匠の言葉を遮るようにして、彼はそう言い放った。
そしてバギャックさんは手に持っていたナイフを僕の足元に投げ捨てると席を立つ。
「どういうつもりだ?」
怒気をはらんだ師匠の低い声が洞窟内に響く。
だがそれに動じる彼ではなかった。バギャックさんは鼻からゆっくりと息を吐きだすと、呆れたように師匠に目を向ける。
「どういうつもりも何も、そのままの意味だ。我はそのナイフを直すことは出来るが、直すつもりはない」
「どうして……」
「そのナイフは我がまだガキだったころに作ったものだ。簡単に言えば失敗作なのだよ。そんな生き恥のようなものは直さない」
「……考えなおさないか?」
「ああ。たとえ殺されようともそのナイフだけは直さない」
彼の言葉を聞いて、師匠が一度深呼吸。
そして、ゆっくりと緊張が増していく。空気は張り詰め、肌にはピリッとしびれるような感覚。
――本気だ。師匠が本気で怒ってる。まずい!
僕は師匠を止めるため、彼女に近づこうした時だった。
「なんで直してやらないんだよ、おやじ!!」
声が響くのと同時に、洞窟の奥からその人物が姿を現す。
「えっ?」
「「なっ!?」」
彼の姿を見て、僕だけでなく師匠やガノンも驚きの声をあげた。そこに現れたのは、僕よりも少し年下の人間の少年だった。
彼は凄い剣幕でバギャックさんに近づくと、岩肌族族長のひげを乱暴につかみ自分に引き寄せる。
「直してやれよ! おやじならすぐにでも出来るだろ!!」
「お前は出てくるなと言っただろ!!」
「関係ねぇ!! 俺は実家で、自分を殺して親の言うことを素直に聞いてきた。ここでもそうするつもりはねぇし、しなくていいと言ったのはおやじだろ!」
「それとこれとは話が……」
「うるせぇ!!」
バギャックさんのことをおやじと呼ぶ彼は、倍近く違う体格差をものともせず、怒鳴り散らす。まさに親子喧嘩だ。
――僕なら絶対に出来ないな。
そんなことを考えていると、少年は僕たちの方に視線を向けた。
少し青みがかった綺麗な瞳に、つやのいい金髪。この洞窟内がひどく似合わない彼は、僕たちの方に近づいてきて手を差し出した。
「おやじが大変失礼しました。私は岩肌族族長の一人息子、パネッタと申します」
「えっ……。ええっ!?」
「息子? でもお前は人間だろ? 古種と人間の間に子供はできないはずだが……」
師匠の疑問にも彼は嫌な顔一つせず、そのようですね、と笑顔で答える。
「息子と言っても養子です。魔樹海で迷っているときにおやじに助けられ、そのまま養子になりました」
「なるほど……」
古種と人間の間に子供が出来ないのは初耳だったが、きっと関係としては師匠とザザムさんみたいなものなのだろう。師匠もザザムさんに対して父親のように接しているし、ザザムさんも師匠のことを子供のように思っている。そこに血筋や種族は関係ないのだろう。
「話は全て聞かせていただきました。もしよければ私にハルさんのナイフを直させてもらえないでしょうか?」
「い、いいんですか?」
「もちろんです」
その突然のありがたい申し出に、僕は思わず彼の手を取ってしまう。
しかし。
「ならん!!」
先ほどまでとは比べ物にならないほどの怒号が洞窟内に響き渡った。
その声の主、バギャックさんはドンドンと大きな足音を響かせながら近づいてくると、パネッタさんの首根っこを掴んで僕と引き離した。
「何すんだよ! 放せ!!」
「うるさい! いきなり出てきて勝手なことを言うな!! 前にも言ったが、お前を鍛冶場には入れないぞ!!」
「どうしてだよ!」
「どうしてもだ! 親の言うことを聞け!!」
じたばたしていた彼もそう怒鳴られて大人しくなる。
そして、
「……俺が人間だからか?」
静かに一言。
「俺が人間だから、鍛冶場にいれてくれないのか? 俺が人間だから、何もやらせてくれないのか?」
バギャックさんの顔がわずかに悲しそうにゆがむ。
「そんなことは……」
「もういい! おやじなんて、大っ嫌いだ……」
彼はそれだけ言うと、バギャックさんの手を振りほどき、洞窟の奥へと姿を消した。




