第13話 「師匠と友人」
2500字です。
金属同士のぶつかり合った甲高い音が、静けさ漂う魔樹海に響き渡る。
戦っているのは、五匹のゴブリンと、一人の少年。
通常ならば、なす術なく惨殺される状況だが、その少年は右手に握ったナイフを駆使して敵の攻撃を必死にいなし、スキを見ては反撃していた。
少年の額には大粒の汗が滲み、苦しそうに呼吸を早めている。
誰がどう見ても危機的な一幕。
しかしそんな場面にも関わらず、少年から少し離れたところに座る二つの影は動こうとしない。
彼女らは家から持ってきたお茶を片手に、少年の勇士を眺めていた。
「いやー、この一か月で見違えるように強くなりましたね。俺たちの集落に来た時とは、まるで別人です。最低ランクの魔獣とはいえ、呪いなしであそこまで戦えるのは凄いですよ」
トカゲの姿をした青年ガノンは、思わず隣でお茶をすする女性、ソフィアにそう声をかける。
今目の前で戦っている少年の師匠であり、家族である彼女は、ガノンの言葉に嬉しそうに表情を崩した。
「ルコクの街での一件以来、ハルは一日も欠かさず努力してきたからな。あれくらい出来るようになって当然さ」
それを聞いて、なるほど、とガノンは納得する。
強くなりたいと願うものは多い。
しかし、夢に向かって努力できる人間は少なく、その大半が途中で挫折していく。ガノンは自分の住んでいる集落でそういう奴を大勢見てきた。
――お前は凄いよ、ハル。
純粋にそう思う。
自分の掲げる信念と目指す目標に向かってひたむきに努力することができる。それは口で言うほど簡単なことではない。
彼はそれを知っていた。
「俺も、ハルぐらい強くならないとな……」
ガノンの呟きに、隣に座るソフィアが小さく笑う。
「君ならなれるさ。ハルのことを知っている君なら。――なんなら、私が鍛えてやってもいいぞ?」
ソフィアのその最後の言葉に、ガノンは思わず苦笑いを浮かべる。
「勘弁してください。あなたの修行について行けるのは、ハルくらいのものですよ」
超の付くスパルタ、それがこの道中にハルから話を聞いて、ガノンがソフィアに抱いた印象だった。
午前中は実践、午後は基礎トレーニングに組手、薬草や魔獣についての座学。あんなにつらいと思っていたズーシャの修行が優しく思えるほどの内容だった。特に、実践訓練で呪いが使えないのは厳しい。
呪術師や古種にとって呪いとは、騎士にとっての剣だ。
凶悪な魔獣に対抗するための武器であり、絶望的な状況を逆転させる唯一の切り札。
そんなものを封じられた状態で魔獣と対峙するなど、ガノンには考えられなかった。
普通なら早々に死んでいるし、そうじゃなくても手足の一つでも失っている。
もちろん、ソフィアはいつでも自分が助けに行ける状況だからこそ行っているのだろうが、それを考慮しても異常だった。
「どうして、呪術を使わせないんですか?」
単純な疑問。
武器でも呪術でも、使いこなせるようになるまではかなりの時間を要する。特に呪術師になったばかりのハルにとって、一つ一つの戦闘が大事な経験の場だ。
多用する理由はあれど、渋る理由はないはずだった。
ソフィアはガノンの顔を一瞥だけして視線を前へと戻す。
そこには必死で戦う弟子の姿があった。
彼女はハルの背中を見つめたまま、静かに口を開いた。
「……あの子の呪術は、強力すぎるんだ」
ガノンはその言葉の意味を一瞬理解できなかった。
「それはどういう……」
「呪術は本来、宿主と共に成長していく。宿主が強くなれば呪術も強くなり、その力を増していく。ゆえに、宿主と呪術の力は常に釣り合っている状態なんだ」
「ハルはそうではないと?」
「ああ……」
ソフィアは視線を手元に落とし、飲み物に映った自分の隻眼を見つめる。
「……魔怪と戦ったハルの体はボロボロだったんだ。外側はもちろん、内側もボロボロだったんだよ」
「……!?」
「筋繊維や血管、神経までズタズタだった。まるで体の中から破壊されたみたいに……。多分、ハルの体が自分の呪術に耐えられなかったんだろう」
あまりの予想外のことに混乱しつつも、ガノンはなんとか言葉を紡ぐ。
「でも……そんなことあるんですか? 呪術が宿主の力を上回るなんて……」
「分からない……。だが、長尾族のザザムにも聞いてみたが、そんな前例は知らないと言っていた」
「あの森の賢者でも、ですか……」
「ああ。だからひとまず、ハルの体が呪術に追いつくまで、呪いを禁止することにしたんだよ」
「なるほど……。でもそれなら、最初は筋肉トレーニングなどに限定して、実践は呪術が使えるようになってからでも遅くないんじゃないですか?」
「…………」
彼女は顔をあげ、前を向く。
そこには懸命に刃を振るう少年の姿。
その愚直でひたむきな背中を見て、ソフィアは小さく息を吐き、ガノンの瞳を真っすぐに見つめる。
「――問題は他にもあるんだ」
「それって……」
ソフィアが悲しそうに顔をゆがめ、何とか口を開いたその時だった。
「二人とも何の話をしてるの?」
突然の声に、二人は前を向く。
そこには戦闘を終えた一人の少年、ハル本人が立っていた。
話に夢中になって全く気付かなかったガノンは、今話していたことをどう説明すればよいのか分からず、そのー、と口ごもってしまう。
しかしそこをソフィアがすかさず、何でもない、と言葉を繋いだ。
「それよりも、思ったより早く片付いたな。上出来だ」
「いえ、まだまだです。あらかじめ師匠がゴブリンを間引いてくれていたのに、手こずっちゃいました。弓ゴブリンの対処の仕方がいまいち分からないんです」
「それはだな……」
ソフィアがハルにお茶を渡しながら、どうすればいいのか説明する。
その光景は仲睦まじく、理想の師弟関係だ。
現に、師匠の話を聞く彼の顔には嬉しそうな、それでいて楽しそうな笑顔が浮かんでいる。友人として、そんな顔を向けることができる師匠に出会えてよかったなと、素直にそう思う。
そしてそれと同時に、彼の笑顔がいつまでも続いてくれればいいと、そう切に願わずにはいられなかった。




