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第12話 「強者の条件」

今回は5000字程度です。

 セレナと対峙するそのハイゴブリンは、この世に生れ落ちた時から強者だった。生後一週間で当時のおさだった自分の両親を殺してその座を奪い、強者も弱者も関係なく気の向くままに殺しまくった。

 気に食わない奴を殺し、自分に従わない奴を殺し、歯向かう奴を殺した。

 そして仲間はもちろん、ほかの魔獣ですらそいつを恐れるようになった頃、彼は確信する。


 自分は強くて、特別なのだと。


 強者とは自分のことであり、弱者とは自分以外の全てだと。


――最高だ。


 彼は一人、王座で笑みを浮かべる。

 周りには弱い奴らばかりで、思い通りにならないことなんて一つもない。欲しいものはメスだろうと食べ物だろうといくらでも手に入る。

 気に食わないなら殺せばいい。自分に従わないなら殺せばいい。

 周りが生きていられるのは、自分が殺さないだけ。

 その他人の命を握っている感覚が、彼はこの上なく好きだった。

 強い自分が好きだった。


 しかし永遠に続くものなどない。


 突如として自分の目の前に現れたそいつ。

 同じハイゴブリンにして、自分よりも二回りは大きい体。長く立派な角に、自分では扱えないような大きな武器。

 悪夢だった。

 自分は強く、特別な存在だと思っていたのに、実際はそこら辺の雑魚となんら変わらなかった。

 そんな事実、受け入れるわけにはいかない。

 なぜなら、自分は強者なのだから。

 彼は武器を手に取り、手下を従え、そいつへと戦いを挑んだ。

 徹底的になぶり殺してやるつもりだった。


 しかし、結果は惨敗。

 多勢に無勢で挑んだにも関わらず、たった一人のそいつにかすり傷一つつけることができなかった。それどころか、殺す価値すらないと言わんばかりに相手にされなかった。


 人生で初めての屈辱くつじょく


 許しがたい侮辱ぶじょく


 いつか必ず殺す。

 殺して、ぐちゃぐちゃにして、食ってやる。

 一片の骨すら残さず平らげてやる。

 その思いを胸に、彼はその日から何かにとり憑かれたかのように殺戮さつりくを始めた。

 しかし、そこで思わぬ問題に直面する。


――弱すぎる。


 今までは優越感を感じることができた周りの弱さも、強さを求める今ではただの苛立ちしか感じることができなくなっていた。


――弱い……。弱すぎる。


――あいつはもっと強かった。


――あいつはもっと恐ろしかった。


――このままじゃ……。


 ある種の焦りを感じながらも、無慈悲な殺しを続け、そして周りの生物を狩りつくした頃、彼は気づいてしまった。

 自分はこれ以上強くなれないのだと。

 強くなるためには、強い者を殺さなければならない。それはこの魔樹海では常識であり、法則であり、ことわりだ。

 しかし、今自分の周りにいるのは、自分よりも弱い者だけ。

 もちろん、樹海の奥地に行けばハイゴブリンよりも強い魔獣など数えきれないほどいる。だが、それは生物としての本能が許さなかった。


 あそこに足を踏み入れれば、強くなる以前に一瞬で殺される。

 殺し合いにすらならない。

 あの場所にあるのは、ただ一方的な虐殺ぎゃくさつだけだと、彼の本能が告げていた。

 限界。

 これ以上強くなることはできない。生物として限界があることを、彼は生涯が始まって以来初めて知った。

 そして彼は、誰もが恐れる怪物からただの魔獣に戻るべく、自分のテリトリーに帰ろうとしたその道で、出会ってしまった。

 強い意志を宿す瞳に、薄暗い魔樹海でも光り輝く美しい髪を有した人間の少女。

 この時、彼は理解する。

 この娘を食えば強くなれると。

 この娘を殺し食らうことで、自分の限界を超えることができると。

 これも、生物としての本能だった。


 消えかけていた野望の火種が勢いを取り戻し、自分の胸を熱くする。

 確かに、その目の前にいる少女は明らかに自分よりも強い。それこそ、周りにいる自分の手下たちと取り囲んでも勝てないほどに。だがそれでも、この森の最奥に比べれば可愛いものだ。これが最初で最後のチャンス。このまま屈辱と怒りを抱えたまま生きるくらいなら殺すヤルべきだ。

 例え死ぬことになっても、逃げ帰るよりはずっといい。

 そう考えた彼は、意を決して彼女に襲い掛かった。






 一瞬で殺される。交戦どころか抵抗すら許されず跡形もなく消される、そう思っていた。

 しかし実際はどうだろうか。

 使えない手下は殺されたが、自分はまだここに立っている。いや、立っているだけではない。目にも止まらぬ速さで移動し、刃を振るってくるそいつの猛攻を防ぎきっている。

 自分があの強そうな人間を追い詰めている。

 強者と対峙したことによる急激な成長。


 目では追えていないのに、そいつがどこからどのタイミングで仕掛けてくるのか、手に取るように分かる。

 今までに感じたことのないその感覚に、彼は戸惑いつつも歓喜に震え、思わず声を上げて笑ってしまう。

 自分はまだ強くなれる。

 ここから先、まだまだ強くなれる。

 あいつにだって勝てるようになるかもしれない。


 そしたら。

――次は自分が蹂躙じゅうりんする番だ。


 その思いが、図らずも彼を強者の高みへと押し上げていた。


――これなら殺せる!!


 研ぎ澄まされた感覚と無尽蔵に湧き出る力でそう確信した彼は、次の攻撃で返り討ちにしようと全神経を集中させた。

 相変わらず少女の姿を目で追うことはできない。それでも、今どこにいるのかは分かる。何をしようとしているのか分かる。あえて懸念を上げるとするならば、それは左手に集まっている得体のしれない何かだが、それも最初に見せられたものに比べれば大したことはない。


――次で仕留める。


 思わず斧を握っている右手に力が入ってしまう。

 その時だった。


――来た!


 まるでそのりきみを見抜いたかのように、少女が彼の後ろから奇襲をかける。しかし、今の彼には見えていた。


――勝った。これであいつを……。


 ハイゴブリンは右手に握る大斧おおおのを持ち上げると、振り向きざまに一閃いっせん。だが予想に反してそこには誰もおらず、彼が握る斧は空しくくうを切った。

 驚愕と困惑。

 確かに感じた殺気と、完璧なタイミング。

 自分を勝利に導く振り向きざまなの一撃は、誰も捉えることはできなかった。


――は?


 何が起こったのか。

 自分はあえてスキを見せ、相手はそれに釣られた。

 自分の攻撃が読まれていたとは思えない。


 なのに……。

――なのに、なぜあいつはここにいない!?


 逡巡しゅんじゅん

 いつものそいつならすぐに気づけただろう。

 しかしあまりの想定外なことに、冷静な判断ができなくなっていた。

 だからこそ気づくのが一瞬遅れてしまった。

 獲物が自分の頭上にいることに。


「怪物でも驚くのね」


 その声に上を仰ぐと、そこには額に汗を滲ませ苦しそうな笑みを浮かべる彼女がいた。

 左手には真っ赤に燃える三つの火球かきゅう


「勝負よ! 『赤妖の舞ファイア・ボム!!』


 彼女の掛け声とともに左手の火球はハイゴブリンへと降り注ぎ、爆発と同時に火炎が彼を包み込む。

 しかしそこは強者と呼ばれるハイゴブリンである。

 手に持っていた巨大な斧を盾に直撃を防いだ彼は、炎と黒煙の中、神経を研ぎ澄まし思考を巡らせていた。

 どこだ?

 どこから来る?

 武器を持っていない左側か、無防備な背後か。

 いや、武器を持ち死角の多い右側も、あえての正面もある。


――さぁどこから来る!?


 視覚も聴覚も封じられたこの状況に、感覚は今までにないほど研ぎ澄まされ、彼は自分でも実感できるほどの進化を遂げていた。

 四方のどこから彼女が来ようと、今の彼なら視認した瞬間に対応することができる。

 殺すことができる。

 その自負と確固たる確信が、彼にはあった。

 しかしそれゆえに、彼女と瞳があった瞬間、彼は目を見開くことしかできなかった。

 満月を彷彿とさせる美しき金色こんじきの瞳。それが、彼が見た最後の光景だった。

 





「はぁ……はぁ……はぁ……」


 驚愕の表情で転がる生首の横で、勝者セレナたたずみ、天を仰ぎながら息を整える。

 ギリギリだった。

 横に転がる首が自分の可能性もあった。

 それほどまでに、追い詰められていた。

 魔素は枯渇し、精神的にも身体的にも限界。

 一つでも選択を誤れば死ぬ。

 そんな状況下でもなんとか勝てたのは、あの時ウェルゴのアドバイスを思い出したおかげ。


 ハイゴブリンの最後の一振り。

 あれを躱せたのは、ただ運がよかっただけ。

 注意は全て前方と左右に向けられ、体もりきんでいた。

 いつもの自分なら背後から勝負を仕掛ける一幕。

 そんな場面でも一歩引けたのは、自分が弱いと知っていたから。

 セレナは緊張をほぐすように一つ息を吐くと、近くの木にもたれかかって腰を下ろす。

 そして目を瞑り、あの時の光景をもう一度思い出していた。







『生き残るための極意とは、自分が強くないと知っていること、です』


 悪戯っぽい笑みを浮かべながらのその言葉を、セレナは一瞬理解できなかった。


『えっ?』


『あれ? 聞こえませんでしたか?』


『い、いえ。聞こえてはいます。ただ……ちょっと意味が…………』


 狼狽するセレナに、ウェルゴは優しい笑みを浮かべて彼女の横に腰を下ろす。


『いいですか、セレナさん。強い者が生き残り、弱いものが死ぬ。確かにそれはこの世のことわりです。言い訳のしようがない事実です。――では強い者とは、いったいどんな人でしょう?』


 そんなの決まっている。

 誰にも負けない者だ。

 守りたいものを守り、どんな敵でも打ち破る、そんな人だ。

 これ以外に何があるというのだろう。

 セレナがこれらの言葉を口にしようと彼の顔を見ると、そこには優しい笑みがあった。

 どんな思いでも受け止めてくれるような、どんな答えでも受け入れてくれるような、そんな柔和で優しい笑み。

 それを見て、セレナは自分の答えに疑問を持つ。


 強さとは、本当にそういうものなのだろうか、と。

 今の自分の理論でいえば、負けた者はみんな弱者になってしまう。

 守りたいものを守れなかった者、強敵に敗れてしまった者、これらの人々も弱者になってしまう。

 王国魔法騎士団は、入れ替わりが激しい。

 それは危険で過酷な訓練や任務についてこれずに辞めていくという理由もあるが、大半は命を落とすからである。

 自分が最年少で魔法騎士団に入団できたのも、前任者が任務で命を落としたからだ。

 魔法騎士団に入った者は、一般市民と同じように年を取ることはできない。

 大半の団員が三十代後半までは生きられない。

 つまり、今セレナの隣で優しく微笑んでいる彼も、そう遠くない未来にいつか……。

 ウェルゴ隊長は間違いなく強い。

 これは、セレナの中で揺るぎない事実。

 では彼が死んだとき、それは彼が弱者だったということになるのだろうか?

 守るべき人を守れなかったとき、彼が弱かったということになるのだろうか?


『…………』


 それは絶対に違う。

 そう頭では分かっていても、言葉にすることができない。

 正解を見つけることができない。

 隣に座るウェルゴは微笑みを浮かべたまま、迷い俯く少女の頭に優しく手を置く。


『強者とは、最後まで生き残った者のことであり、生き残るためには自分が弱いと知らなければなりません』


 セレナは顔を上げ、隣を見る。

 そこには少し悲しそうな表情を浮かべて真っすぐに前を向く彼がいた。


『それってどういう……』


『いいですか? この世に絶対的強者などいません。自分より強い者など、この世には数えきれないほどいます。そんな中で生き残るには、自分の弱さを直視し、受け入れることが大切なのです』


『常に相手が自分よりも強いと考え、努力し、工夫し、方略を巡らせる。身体的、能力的に強い者が生き残れるのではありません。自分の弱さを受け入れ、それでもなお強くあろうとする者が本物の強者であり、勝者なのです。――最後まで立っているのは、そんな人なのですよ』


 そう言った彼の顔には、いつもの優しそうな笑みがあった。







「……やっぱり、ウェルゴ隊長はすごいですね」


 あの時の自分は、隊長が言っていることの半分も理解できなかった。

 でも今なら分かる。

 自分の弱さを知ること、受け入れることがいかに大切か。

 もし隊長のアドバイスがなかったら、自分はあの時死んでいただろう。


 あいつを背後から襲ったとき。

 感じたのは、これならイケるという確信だった。

 圧倒的なスキ、今までにないほどの好機。

 だから背後から一気に攻めた。

 でも読まれていた。


 あの時、隊長の言葉を思い出した自分は空中へと回避、その後自分を見失ったハイゴブリンに頭上から『赤妖の舞ファイア・ボム』を放った。

 相手の視覚を奪い、そして、正面でも背後からでもなく、相手の盲点である頭上から攻めた。

 自分がやったことは、ルコクの街であの少年がやったことと同じ。

 自分の頭上に『その風の歩みスカイ・ステップ』を展開し、それを足場にして()()に急降下したのだ。


 重力と加速でスピードはいつもより増す分、チャンスは一瞬しかなかった。

 しかも地面に向かって加速するため、どうしても体制が逆さまになってしまう。

 一か八かの賭けだったが、相手も予想してなかったのだろう。

 驚いたためか、反応が少し遅れていた。

 すれ違いざまのセレナの一閃は、見事ハイゴブリンの首を跳ね飛ばした。


「それもそうよね。まさか頭上から逆さまの女が降ってくるとは誰も思わないもの」


 彼女は小さくそう笑うと、一つため息を吐く。


――少し疲れたわね。


 連戦になりうる魔樹海で、本来ならばこんな無謀な戦いはするべきではない。

 それでもそうしたのは、彼女にとってこの戦いが自分を成長させる絶好の機会だと思ったから。


 しかし。

「流石に、無茶が過ぎたかしらね」


 魔素は底を尽き、体力も精神も限界。

 もう一歩も歩けないほどに、彼女は疲弊していた。


――選択の余地はなさそうね。


 セレナは、ポーチの中から瓶に入った回復薬を取り出して一気に飲み干す。


 そして、

「少し……。少しだけ……休憩しよう…………かしら」

 セレナはそう言って、静かに瞼を閉じた。


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