第10話 「ひたむきな背中」
今回は2000字程度です。
――とは言ったものの、流石に分が悪いわね。
今セレナの前にいるゴブリンの大群は、少なく見積もっても三十から四十。
彼らのコロニーは通常十から二十なので、軽くその倍はいることになる。また手にしている武器もどこから手に入れたのかと悪態をつきたくなるほど多様で、近距離用、中距離用、遠距離用とバランスが良かった。
――正面突破は厳しそうね。第四級、いえ、第三級魔法で一掃。これが理想ね。
「そうと決まれば……」
セレナは右手に握る長剣を構えて牽制しつつ、左手に魔素を集中させる。
そして、詠唱を始めた。
「我を守りし風の精霊、穢れを憎む暴風の女神よ……」
その言葉に呼応するように、彼女の左手に魔法陣が浮かび上がる。
それは透き通るような緑色。
周りには魔法陣に吸収されなかった魔素が光球として浮かび、キラキラと輝いていた。
しかし幻想的な光景とは裏腹に、セレナの体内から生成された莫大な魔素は左手に集中しており、その一撃でゴブリンはもちろん、ここら一帯を吹き飛ばすほどの威力があることが分かった。
彼らもそれが理解できたのか、セレナが魔法陣を構築するのを見て数歩後退る。
「祈りに答え、その清き力をわが身に貸し与えよ……」
この魔法を完成させれば勝負がつく。
はやる気持ちを押し殺し、確実に、正確に詠唱してく。
そんなとき、ある人物の背中がセレナの脳裏に浮かんだ。
絶対的強者に立ち向かう見知らぬ男の子。
周りの誰もが勝てないと思う敵と、彼は一人で戦っていた。
まるで自分を守るかのように立ちはだかっていたその背中は、頼りなくも美しい。
セレナはあの瞬間、何もできなかった。
一緒に戦うことはおろか、無謀に飛び込んでいく彼を止めることすら出来なかった。
魔法を奪われた自分など、年端も行かぬただの少女なのだと痛感させられた。
勝てっこない。
そう諦めていたが、彼は違った。
未だ幼さの残る美しい栗色の瞳を輝かせた少年は、魔法が使えないことに嘆くわけでもなく、自分の無力さに絶望するわけでもなかった。
一直線に前へ。
一歩でも、半歩でも。
ただ今よりも、前へ、前へ。
ひたむきで優しい背中。
自分も彼のようになりたいと、あの瞬間セレナは思った。
どんなに周りが諦めていたとしても、どんなに自分が傷だらけになろうとも、決してあきらめず、勝利だけをどん欲に求める彼に、憧れを抱いた。
いつか隣りに並んでみせる。
彼が魔怪に勝利したとき、セレナはそう心に誓った。
そして、そのためには。
――このままじゃいけないわよね。
彼女は内心そう呟いて小さく笑うと、半ば完成していた左手の魔法を解除して腕を下ろし、反対に右手の長剣を構える。
何かの理由で魔法が失敗したと思ったのだろう。
先ほどまで怯えていたゴブリンたちは活気を取り戻し、武器を打ち鳴らしては各々雄叫びを上げる。
しかし彼女はそれに動じることもなく、一度深呼吸。
そして、
「行くわよ!」
地面を蹴って駆け出した。
「しっ!!」
胴体目掛けて振り切られたゴブリンの刃をセレナは跳躍して躱し、空中で体を一回転させると、その勢いのまま右手の長剣で相手の首を跳ね飛ばす。
――これで二十三体目。残り半分……。
「キツイわね……」
そう言いつつも、セレナは槍ゴブリンの突きを紙一重で躱し、一閃。胴を真っ二つにされたそいつはあっけなく絶命する。
しかし彼女は余韻に浸ることなく、その場から飛び退いた。
地面に突き刺さるは十数本の矢。
後方にいるゴブリンの援護射撃だった。地面に刺さった矢の数から、弓兵は多くて十体だと推測する。
弓兵自体を倒すことは簡単だが、その前方に近接戦の兵がいるならば話は別だ。今回の場合はまさしくそれで、弓兵を守るようにして前方に剣や槍を持ったゴブリンが立ちはだかっている。
通常ならば物量で押し切るか魔法で一気に殲滅するのだが、
「……面白いじゃない。せいぜい守ってみなさいよ!!」
セレナには関係なかった。
彼女は地面を蹴って一気に加速すると、剣や槍を構える前衛のゴブリンたちと一気に距離を詰め、跳躍。
ゴブリンたちの頭上を高々と飛び越える。
そして。
「『その風の歩み』」
目の前に足場を形成。
セレナはそれを蹴って、空中で踵を返すとゴブリンたちの背後を取った。
眼前には驚愕で目を見開く弓ゴブリン。
セレナは逸る気持ちを抑え、体内の魔素に意識を向ける。
それに呼応するように、彼女の背後に六つの赤い魔法陣が出現した。
「燃えなさい。『赤妖の舞!』」
魔法陣から出現した炎の玉が、弓ゴブリンに直撃、爆発した。
威力自体はそれほどではないが、予想外の攻撃と燃え盛る炎でゴブリンたちはパニックに陥る。
体の火を消そうと転げまわる者、混乱して武器を振り回す者、ただただ逃げまどう者。
先ほどの連携が嘘のようにゴブリンたちは混乱し、統率を失う。
そこからはセレナの独壇場だった。
燃え盛る炎で逃げることしかできない彼らに対し、セレナは一匹、また一匹と確実に屠っていく。
そして五分と経たずして、四十匹いたゴブリンたちはいとも簡単に全滅した。
その一匹を残して。
セレナは無造作に転がっているゴブリンの死体の中心で上がる息を整えつつ、唯一の生き残りであるそいつへと視線を向ける。
筋骨隆々で軽く三メトルを超える大きな体、額には立派な角が二本生え、口は耳まで裂けている。そこから覗く牙は針のように尖っていた。
ハイゴブリン。
ゴブリンの突然変異体であり、同種の中でもその実力は頭一つ抜きんでている強者。
「あんたで最後ね。さっさと片付けて、先に進ませてもらうわ」
セレナの言葉を理解しているわけではないだろうが、そいつはその言葉にニヤリと笑う。
そして、
「グルァァァァァァァァァァァァ!!」
そいつの咆哮で戦いの幕は切って落された。




