第8話 「今朝の出来事」
今回は3500字程度です。
魔獣蔓延る現世の地獄。
魔樹海。
巨大な樹木は空を完全に覆い隠し、昼間にも関わらず辺り一帯を闇で満たしていた。明りといえば、微かに光る草花だけ。
その光景は夜空に輝く星々のようで、幻想的だと言えなくもない。しかし、ここ魔樹海に至っては、その美しい景色を楽しんでいる余裕などない。
この樹海に足を踏み入れた者は、皆無事では済まされないのだから。
四方を闇に囲まれ、いつどこから魔獣が襲い掛かってくるか分からない。大抵の者は襲ってきた魔獣に殺され、そうでない者は恐怖で精神を殺される。
まさに魔樹海は、現世の地獄だった。
出たいと願うものは数多く居れど、望んでこの森を突き進む者はそう多くない。
しかしそんな魔樹海を、猛スピードで疾走する一人の少女がいた。
噂を信じなかった者、自分の実力を試そうと思った者、親に捨てられた者、樹海を見くびり安易に足を踏み入れた者、そう言った者たちが敗走する姿は、この強者のみが生き残れる魔樹海においては時たま見られる光景だったが、彼女は違った。
一切の迷いを見せず、魔樹海の中心部へと一直線に走り抜けていた。
美しい白銀の長髪は風になびきながら草木の光を浴びてキラキラと輝き、透き通った金色の瞳はこれから向かう闇を一心に見つめている。
もし仮に、何も知らない人間が彼女を見れば、きっと気が狂った可哀想な女の子だと思っただろう。
しかしそうでないことは、王都の人間ならば一目で分かる。
動きやすさを重視した白銀の防具に、腰にはさやに収められた細身の長剣。
さらにその上から羽織っている青いマントの首元には、パルス国のエンブレム。
見間違いようがない。
パルス国最高戦力である、王国魔法騎士団のものだった。
とは言え、いくら最高戦力と言われていても、魔樹海に一人で飛び込むなど自殺行為以外の何物でもない。それは、王都の人間のみならず、本人たちですら自覚していることだった。しかし、こと今に至っては、それは問題にならない。
なぜなら、今魔樹海を疾走しているのが他ならぬ彼女、王国騎士の中でも指折りの実力者であるセレナ・オルテンシアその人なのだから。
パルス国には多種多様な人間がいる。体格や身長はもちろん、髪や瞳の色まで千差万別だ。しかし、その中でもセレナは珍しかった。パルス国では銀髪金眼は寵愛の証、神に愛された者が持つとされていた。実際、セレナは魔法の才能はもちろん、普通の人間ならば持ちえないほどの莫大な魔素を有して生まれてきたのだ。
これらのおかげか、セレナは歴代最年少で騎士団への入隊を果たし、今では王国魔法騎士団五番隊副団長として、皆の期待を一身に背負っている。
セレナ自身、自分が他の団員よりも実力が頭一つ分抜きんでていると自負しているし、客観的に考えてもそれは間違いではない。
だからこそ、一人で魔樹海の中を探索するというこの危険な任務に自分が選ばれたのだと、セレナは納得していた。
しかしその一方で、腑に落ちないこともある。
彼女はトップスピードを維持し、乱立する大樹を次々とよけながらも、頭の中では今朝のことを考えていた。
「ウィンチェスター卿のご子息様が消えたって、一体どういうことですか!?」
思わず声を荒げてしまったセレナにも動じることなく、ウェルゴは真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ返す。
「事の始まりは二月前です。ウィンチェスター卿が仕事から帰宅すると、使用人たちが一人残らず眠らされていました。状況を理解した彼は、すぐに息子の部屋へと向かいますが、そこには誰もいなかった。犯人の目的は息子の誘拐、そう結論付けたウィンチェスター卿は王国軍に報告し、彼らはすぐさま秘密裏に捜索を開始しました。しかし一週間経っても発見の知らせは届かず、誰しもが諦めかけたとき、情報が入ってきたのです。事件の晩、ウィンチェスター卿のご子息、パナム様と同じ年頃の少年を王都城壁外で見たと」
「それは朗報ではないですか」
「問題はここからです」
ウェルゴは椅子の背もたれに体を預け、眉間の皺を揉む。
「証言者曰く、パナム様は魔樹海の方に向かって走っていたらしいのです」
「……!?」
セレナは思わず言葉に詰まる。
例え誘拐だとしても、王国軍の人数で人海戦術を行えば、城壁内なら二日、城壁外でも五日あれば探し出せる。しかし、そこが魔樹海となれば話は別だ。魔獣がうようよしている樹海で、子どもが生き残れる可能性など万に一つもない。もし仮に生き残れていたとしても、捜索隊が探し出せない。それは、魔樹海が広大だという理由もあるが、それよりも捜索隊の人間が魔樹海で生きていられないという理由に他ならない。
だからこそ、本人の意思かどうかにかかわらず魔樹海に足を踏み入れた者の捜索は行われないという決まりになっている。
しかし、今のウェルゴの悩みようから見て取るに、その決定はされなかったらしい。
「捜索は続行されたのですね?」
「ええ、そうなのですよ。王国軍は捜索を打ち切りましたが、ウィンチェスター卿だけは諦めなかったのです」
「…………」
ウェルゴは大きなため息を吐くと、机に両肘をついて指を組む。
「彼は捜索が打ち切られたのを知ると、自軍を魔樹海へと向かわせました。人数は一個小隊程度で、隊長以外のほとんどが新米兵士です」
「……戻ってこなかったんですね?」
彼は静かに頷く。
「そうなのです。彼らは一人として戻ってきませんでした。――ですが、それは大した問題ではありません」
「それはどういう……?」
「問題は、小隊を率いていた隊長の武器です」
「…………?」
「ウィンチェスター卿は、パルス国から預かっていた第一級武器を隊長に持たせていたのですよ」
「なっ……!?」
彼の言葉に、セレナは息を呑む。
この世界の武器や防具には、その強さに応じてランクが与えられている。例外を除けば、最も強い武器である第一級から始まり第七級まである。
作れる鍛冶師は少なく、その強さと貴重性から第一級武器を売買する際は必ず国を通さなければならない。
しかしそれゆえに第一級武器はそのほとんどが国保有なのだが、強力なため、だれかれ構わず売ることが出来ず、国の宝物庫を圧迫していた。そこで考え出されたのが、上位貴族への貸し出しである。貴族は通常では手に入れることが出来ない武器を使用することができ、国は相応しい人間が現れるまで武器を保管することが出来る。
これによって国は場所を、貴族は武力を手に入れることが出来るのだ。とは言え、契約には必ず条件が存在する。その条件とは、主に三つ。
一つ、国が要請したときは速やかに返還すること。
二つ、国の許可なく国外に持ち出さないこと。
三つ、紛失または売却を行わないこと。
つまりウィンチェスター卿は、二つ目と三つ目の条件を破ったことになる。これが公になれば、国の戦力を著しく低下させたとして、打ち首になるだろう。それどころか、この世からウィンチェスター卿という貴族そのものが消滅するかもしれない。
セレナはその事実に困惑しながらも、ウェルゴの言わんとしていることをくみ取る。
「……つまり、私にその第一級武器の回収をして来いとおっしゃるのですか?」
ウェルゴは困ったように小さく笑う。
「察しがいいですね。その通りです。無茶を言っているのは分かっているのですが、頼まれてくれますか?」
彼の言葉に、セレナは背筋を伸ばし敬礼する。
「もちろんです、ウェルゴ隊長。その任務、このセレナ・オルテンシアが拝命しました!」
「よろしくお願いします」
「はい。お任せください。それでは早速ですが、すぐにでも魔樹海へと向かいます。失礼します」
セレナはウェルゴに一礼すると、背を向けて扉へと向かい、ドアノブに手を伸ばす。
その時だった。
「ああそうだ。忘れていましたよ」
彼は何かを思い出したように声を上げると、椅子から立ち上がり振り返ったセレナの前に来る。
「もし……。もし仮にですが、パルム様を見つけたら連れ帰る前に私に連絡をくれないでしょうか?」
「ウェルゴ隊長にですか?」
「ええ、そうです」
「それは構いませんが……。もしよろしければ理由を聞かせていただいても?」
「私にも色々と事情があるのですよ」
「そう……ですか…………。分かりました。では見つけ次第、ウェルゴ隊長にご連絡します」
「助かります。ではこれを」
ウェルゴから手渡されたのは、小さな手鏡。
「これは通信用の魔道具です。魔素を通すことによって対となっている私の鏡と通信することが出来ます。これでこまめに連絡してください」
「分かりました。定時報告は忘れないようにします」
彼女はもらった手鏡を胸に抱き、今度こそその部屋を後にした。




