第5話 「既視感の日常」
今回は2000字程度です。
「着いた……」
今日の修行場から約一時間半かけて師匠の家に帰ってきた僕は、着替えもせずにそのままの足でベッドに倒れ込む。
「――疲れた」
午後からの修行は筋トレや柔軟、師匠との組手が主な内容で、実践訓練はいつも午前だけなのだが、それでも滅茶苦茶に疲れる。
寝ろと言われればすぐにでも寝られるが、そこは修行の身だ。昼寝などという贅沢品を貪るわけにはいかない。
とは言え。
「気持ちいいなぁ」
この寝床には逆らい難い魅力があるのもまた事実。
僕は枕に顔を埋め、モフモフする。
――最高……。
師匠の家でお世話になり始めて、約一か月。最初は閑散としていた家も、だんだんと僕のものが増えていき、今では師匠が作ってくれた僕専用のベッドまである。
このベッドがまた最高で、骨組みは強くしなやで有名な黒綿大樹を使い、シーツは暖かく通気性のあるレイルー草の繊維、毛布は最高級と名高いCランク魔獣「クラウドバード」の羽毛をこれでもかというほど詰め込んだ特別性。王都で買えば白金貨十枚はくだらない。正真正銘、貴族や王族しか買えないような超のつく高級品だ。
最初これを聞いた時、僕はあまりのことに使うことを辞退した。しかし一度使ってしまったが最後、この魅力の虜となってしまい、今では大切に使わせてもらっている。というか、このベッドから離れられなくなってしまった。
僕はもう一度、顔で枕の感触を確かめる。
――あぁ……。やっぱり最高。滅茶苦茶気持ちいいよー。疲れたときはこのベッドだよね。なんだか眠くなってきちゃった……。
あまりの心地よさに僕がうとうとし出し、あと十秒もあれば寝てしまうという時、この家の主である彼女から声をかけられた。
「こらこら。ハル、そんな恰好で寝るんじゃない」
重たい瞼を無理やりに開けると、極端に短い麻の短パンにお腹と胸の谷間が見えるタンクトップを着た師匠が、腰に手をついて立っていた。
「師匠……」
「気持ちは分かるが、まだ昼間だぞ。それに固まっているとはいえ、そんな血と泥にまみれた格好じゃベッドが汚れるだろ。――私が昼食の準備をしておくから、お前は外で水浴びでもしてこい」
「分かりました……。でもあと五分だけ」
「全くお前という奴は……。困った弟子だ」
師匠は困り顔で頭を掻くと、ベッドに寝転んでいる僕へとその顔を近づける。
彼女の整った顔が僕の目と鼻の先に急接近すると、困り顔から一変、悪戯を思いついた少年のそれへと変わった。
「仕方ない。そこまで疲れているというのなら、この私がさっき施した元気の出るおまじないをもう一度してやろう!」
「元気の出るおまじ……」
そこまで口にしたところで、さっきの体験が頭の中で強制的に再生される。
フワフワの感触に、なんとも言えない甘い香り。
窒息死しそうな危機と、生まれてこのかた感じたことのない安心感。
その全てを思い出したところで、僕は恥ずかしさのあまり脳が覚醒した。
全ての血液が急上昇し始め、顔は赤く染まるのと同時に頭部から煙が立ち上るほどの熱を発する。
恥ずかしさのあまり僕は飛び起きると、師匠との距離を空けるためベッドの端までお尻を引きずったまま後ずさった。
「な、な、なにを……!? 師匠は何を言ってるんですか!?」
僕の気持ちを知ってか知らずか、師匠はベッドに上がりニヤケ顔のまま四つん這いで近づいてくる。
「いやなに、疲れている弟子を元気づけるのも師匠の役目だ。それに、あれは効果てきめんだったからな」
「いや……そんなことは…………」
僕はそう否定しつつも、師匠の顔の下へと視線が行ってしまう。
タンクトップからはその豊満過ぎる胸が激しい主張を行い、師匠が一歩一歩近づいてくるごとにユッサユッサと揺れる。
――今日は一体どうなってるんだ!?
このベッドとはまた違った逆らい難い魅力のあるそれから目を逸らし、近づいてくる彼女を押しやる。
「分かりました! 分かりましたから!! 僕が悪かったです。すみません! 行ってきます! 今すぐ、水浴びに行ってきます!!」
僕は師匠の返事も聞かずにベッドから降りると、ダッシュで玄関へと向かう。
そこでお声がかかった。
「おいハル」
強い既視感を覚えつつも、僕はそれを気のせいだと自分に言い聞かせ、ぎこちない動きで彼女の方を見る。
ベッドにペタンと座った師匠は、一見その見た目よりもさらに幼く見える。しかし一方で筋肉質だが異性的な体のラインに妖艶な輝きを放つ隻眼は、彼女が紛れもない女性であるということを僕に再認識させる。
幼さと大人っぽさ。
彼女にはこの相いれない二つが共存している。そしてだからこそ、彼女には言葉では言い表せない美しさがあるのかもしれない。
僕はその魅力に、思わず息を呑む。
「…………」
「ハル、どうした?」
「え……、あ、いえ。別に何でもありません。それより何ですか? 早く水浴びしたいんですが…………」
たじろぎながらも問い返す僕に、師匠は浮かべた楽しそうな笑みをさらに深めた。
「もしよかった私が背中を……」
「結構です!」
何を言うのか途中で分かった僕は師匠の言葉を強制的に遮り、タオルと着替えを持って家を飛び出した。




