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第4話 「遠い背中」

今回は3000字程度です。

「最初からハイゴブリンが優位だったってどういうことですか?」


 そんなことはあり得ない。だって、僕は終始あいつを圧倒していたはずだ。攻撃の手を緩めず、あいつに反撃のスキも与えていない。

 それなのに、どうして最初からあいつが優位だったと言えるだろう。


「そう慌てるな。まずは、一つ君に質問しよう」


 師匠は楽しそうにニヤリと笑う。


「ハル。あの戦いで勝者と敗者を分けたのは、たった一つのものだ。君になくてハイゴブリンにはあるもの。それは何だと思う?」


――僕では持たず、ハイゴブリンが持つもの……?


 そんなの沢山ある。数えきれないほど。恵まれた体格、木々をなぎ倒すほどの怪力、類まれなる戦闘センス。

 あいつは間違いなく、生まれつきの強者だった。

 そんなあいつと戦って僕がいまだに立っていられるのは、ほんの少し運が良かっただけ。僕が師匠の弟子だったという、ただそれだけだ。


 僕に足りないもの。

 そんなもの決まっている。全てだ。僕には何もかも足りない。足りていない。だが、もしそれを一言で表すのなら……。


「やっぱり……才能、ですかね」


 この言葉になってしまうのだろう。

 体格も、力も、戦闘センスも、その全てが自分ではどうすることも出来ない。持って生まれたものに大きく影響され、自我が生まれたその瞬間には、すでに運命はある程度決められている。



 僕には才能がなく、故に勝てない。



 そう結論づけた僕に、師匠は少し考えて、笑みを浮かべたまま首を横に振った。


「違う。そんなものではない。さっきも言っただろ? ――経験だよ」


「経験……」


 確かに言っていた。足りないものは経験だと。

 でも僕には信じられない。


「お前の言い分も分かる。だが、事実だ」


 師匠は道端に生えていた香草を摘み取り、匂いを嗅ぐと満足気に頷いて、それを背負っている革袋に放り込む。


「いいか? あいつはゴブリンと戦うお前の姿と自身の経験を照らし合わせ、驚くフリをすることが最善だと判断したんだ」


「驚く……フリ?」


「ああ。あいつは……。ハイゴブリンは、きょを突かれてなどいなかった」


 頭を思いっきり殴られたような衝撃が僕を襲った。

 視界は歪み、耳鳴りが警報のように鳴り響く。

 思考がぼやける。


「そんな……。まさか…………」


「嘘じゃない。実際、あいつの心臓の鼓動はお前と戦う前後で変化はなかったし、混乱してる際に見られる不自然な動作のブレもなかった。――あいつは、ハルがああすると()()()()()


「……もしそれが本当だとしたら、どうしてあいつは僕をさっさと殺さなかったんですか?」


「確実に殺すためだろうな」


 師匠は唖然とする僕を尻目に、淡々と木の実や香草を収集しては、背中の革袋に入れていく。


「覚えているか? あいつはお前の攻撃を受けつつ、後退していただろう? あれは、ハルをあの場所まで誘導するのが目的だ。あそこには最初に倒したゴブリンの死体と、その血液でぬかるんだ地面があったからな。ハルに圧倒されるフリをして、その場所まで後退。左手を後ろに着いたスキにゴブリンの死体を掴んで盾にした。――そこからは、ハルも知っての通りさ」


「…………」


 僕はあいつの手のひらの上で踊らされていただけということか。

 拳を握りしめ、下唇を噛む。

 悔しい。

 そして、馬鹿だ。

 誘導されているとも知らずに、自分が優位だと妄想し、あまつさえ勝てるかもなどと考えた僕は愚かで、救いようのない大馬鹿者だ。

 馬鹿過ぎて擁護のしようもない。


 噛んだ下唇からは血が流れ、地面に滴り落ちる。

 しかしその痛みは僕を冷静にさせるどころか、怒りの熱を加速させた。



『何が足りないんでしょうか?』



 笑わせる。

 何もかも、今の僕には足りていない。

 いや、足りていないのではなく、何も持っていない。

 強さも、センスも、才能も。

 僕はこれら全てを持っていない。

 何もない。

 そんな僕がこれから本当強くなんてなれるのだろうか。


――もしかして僕は…………。


「おい、ハル」


「あ、はい」


 顔を上げると、いつの間にか香草などの取集を終えた師匠が目の前に立っていた。

 彼女の顔には少年のような悪そうな笑みが浮かんでいる。


――嫌な予感が……。


「な、なんでしょうか?」


「なんでしょうか、じゃない! なんだその浮かない顔は!!」


「い、いや、そんなつもりは……」


「落ち込んだ弟子を元気づけるのも師匠の役目だ!」


 彼女はそんなことを言うとローブの前を開け、いつもの露出度の高い服をあらわにする。


「ちょ、ちょっと何を……!?」


「ええい、うるさい! 問答無用!!」


「おわっ!!」


 師匠は困惑する弟子を無視して僕の頭を両手で掴むと、そのまま自分の胸に押し当て抱きしめてきた。

 少し汗ばんだ胸から立ち昇る何とも言えない甘い香りに、僕は頭が混乱する。


「ちょ、師匠!?」


「元気になるおまじないだ。ほれほれ」


 ただでさえ柔らかいのに、師匠が僕の頭を無理やり押し付けるため、胸がその度に形を変え、顔にダイレクトで彼女の感触が伝わってくる。


――どういう状況!?


「も、もう大丈夫です!」


「遠慮するな、ほれほれ」


「し、してないです! ほ、本当に元気になりました!!」


「そうなのか?」


「そ、そうです! だからもう大丈夫です!!」


 師匠が手を止めたスキに、何とか胸の谷間から顔を上げ、彼女の顔を見上げる。

 しかしそこにあったのは、あの笑みだった。


「そうか。元気になってしまったか。だが……」


 僕の頭を掴んだ師匠の手に力がこもる。


「うそでしょ……っておわっ!?」


 そして、僕の頭は再度彼女の胸の中に押し込まれた。


「な、なんで……」


「いやなに、やってるうちに楽しくなってきてな。ほれほれ」


「師匠!?」


「なんか変なテンションになって来たぞ」


「ちょま……」


「これはハマるな。クセになりそうだ」


「し……」


「ん?」


「師匠の……」


「ハル?」


「師匠のバカァァァァァァァァァァァァァァァ」


 今日も、魔樹海に僕の声がこだました。




「はぁ……はぁ……はぁ……」


 四つん這いで荒い呼吸を整えつつ、僕は師匠を見上げる。が、彼女は僕の方を見ないように明後日の方向を見て、下手な口笛を吹いていた。


「何てことするんですか、師匠!! 窒息死するかと思いましたよ! というか、誰からこんなエセおまじない教えてもらったんですか!?」


「エセではない。ちゃんと効いただろ?」


 何故かその大きな胸を張って答える師匠に、僕は立ち上がって迫る。


「これは誰にでも効くわけじゃなくて、僕みたいな男にしか効きません!!」


「えっ!? そうなのか? だってザザムが…………」


――あの爺さんか! 今度会ったらヤコさんに告げ口して……。


「よかったよ」


「えっ……」


 突然の柔らかい声音に、思わず声が漏れる。


「よかったよ、ハルが元気になって」


 彼女は先ほどの悪戯っぽい笑みではなく、弟子を思いやる優しい師匠のそれだった。


「慌てなくていいんだ、ハル。確かに君には経験も才能もない。でも、それ以上に大切なものを持っている。私はそれを知っている」


 師匠はそれだけ言うと、何事もなかったかのように歩き始める。


――経験や才能よりも大切なもの……?


 そんなもの、本当にあるのだろうか。

 僕には分からない。

 でもきっと、師匠もセレナさんも僕の持っているものを含めた全てを持っている。

 センスも、経験も、才能も、それより大切なものも、僕にはないが二人にはある。

 それがどうしようもなく悔しくて、どうしようもなく情けない。


――僕は、このまま師匠の隣りにいれるのかな……。


 この問いに答えなどなく、意味もない。

 それでも僕は、師匠の遠い背中を見て自分自身に問いかけられずにはいられなかった。


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