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第3話 「焦りという名の熱」

今回は2000字程度です。

「立てるか?」


「はい。何とか……」


 僕は師匠の手に掴まり、立ち上がらせてもらう。

 体のあちこちが痛い。


「最初よりは随分良くなったが、まだまだ詰めが甘いぞ、ハル」


「すみません……」


 まぐれでアーミーアントの魔怪まかいを倒せてから約一か月。僕は師匠と共に修行の日々を過ごしていた。

 幸いにも、ここは現世の地獄と称される魔樹海だ。修行相手である魔獣には事欠かない。現にここ一カ月、僕は毎日のように魔獣との戦闘を繰り返している。

 しかし。


「いてて……」


 僕は全くと言っていいほど進歩していなかった。

 魔獣との戦闘はいつもギリギリの勝利で、修行が終わったころには体は傷だらけ。それに加え、泥と返り血で僕の容姿は見れたものではない。

 確かに、師匠の意向で修行中は一切呪いの使用が禁じられているので、例えランクの低い魔獣と言えども苦戦するの仕方のないことかもしれない。

 だがそうだとしても、この有様はあまりに情けない。


――僕は本当に強くなってるのかな……。


 ここ一カ月、毎日のように魔獣と戦闘をしているが、未だに僕はゴブリンのような最低ランクの魔獣にも苦戦している。

その事実が、僕を焦らせる。

セレナさんなら、もっと強い。

師匠なら、もっとうまくできる。

これらの考えが頭から離れない。


――僕に才能があれば……。


「ハル?」


「え……って、おわ!」


 呼ばれて首を上げると、そこにはほぼゼロ距離で師匠の瞳が心配そうに揺れていた。

 鼻と鼻がくっつきそうなほどの距離に、僕はのけぞりつつ急いで離れる。

 いつの間にか自分の手を見つめて呆けていたらしい。

 二重の意味の恥ずかしさで、顔が一気に熱くなる。


「ぼーっとしてどうした? どこか痛いのか?」


「い、いえ平気です」


「本当か? なんか顔も赤いし、もしかして体調でも悪いのか?」


「あ、いえ……。これはその……何と言うか、恥ずかしいためというか、免疫力のなさというか……。とにかく大丈夫です!」


 必死で手と頭を振り回して否定する僕に、師匠は怪訝な表情を浮かべる。


「ハルが何をそんなに慌てているのかは分からないが、大丈夫ならそれでいい」


「はい! 大丈夫です! 大丈夫すぎて逆に心配になるくらい、大丈夫です!!」


 これ以上深堀されてはたまらない。

 話しを逸らすことにしよう。


「そ、それよりも、これからどうします? もう一回ぐらい戦っときますか?」


 我ながら下手くそだと思うが、そこは師匠だ。


「んー。そうだな……」


 うん、心配になるくらいチョロい。


「今日は朝から戦い通しだったし、昼も近い。少し早いが、今日はここで切り上げて帰ることにしよう。お腹も空いたしな」


 悪戯っぽく笑うと、師匠は踵を返して歩き出す。


「あっ! ちょっと待ってくださいよ!!」


 僕は投げ捨てられたナイフを拾うと、置いて行かれないよう急いで師匠の横に駆け寄る。

 これから食べる昼食を想像しているのか、彼女の横顔には楽しそうな笑みが浮かんでいた。ここだけを見れば、いたって普通の女性だ。

 でも僕は知っている。

 彼女は誰よりも強い。

 今まで出会ったどんな人よりも、圧倒的に。


 そんな彼女の隣りにいるため、僕には何が出来るのだろう。

 何をすればいいのだろう。

 どうすれば、師匠やセレナさんのように強くなれるのだろう。

 答えが出ないことばかり頭に浮かぶ。

 分からないことだらけだ。

 今日のこともそう。

 途中までは上手くいっていた。

 順調にゴブリンを倒し、ハイゴブリンとの戦闘でも終始有利だったはずだ。そのはずなのに、気づけば途中から立場が逆転していた。


――僕はどうしたら……。


「何か考え事か?」


 少しハスキーな声音に引かれて隣りを見ると、師匠が優しい笑みを浮かべて僕を見ていた。


「そんな思いつめた顔をして、何か気になることでもあるのか?」


「僕は……」


 一瞬迷う。

 聞くべきなのか、聞いてもいいことなのか。

 それとも、自分で考えるべき問題なのか。

 色々考えたが、結局僕は自分の胸の底にくすぶる焦燥の熱に耐え切れなくなり口を開いた。


「僕には、何が足りないんでしょうか? 何がダメだったんでしょうか?」


「……ハイゴブリンのことか?」


「――はい」


 師匠は、んー、と顎に細くて綺麗な指を添えて考える。


「そうだな……。今回の場合は、経験かな」


「経験……ですか?」


「そうだ。ハルはどこからハイゴブリンが優位になったと思う?」


「――それはやっぱりナイフを奪われた所からですかね」


「そうだろうな。普通はそう思うだろう。だが実際は違う。――答えは、最初からだよ」


「――!?」


 師匠は綺麗な紅の隻眼を真っ直ぐに僕へと向ける。


「最初から、ハイゴブリンが優位に立っていた」


「……どういう…………ことですか?」


「まだ家までは少しある。順番に話していこう」


 師匠はまたも優しい笑みを浮かべると、足を止めることなく解説を始めた。


 

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