第25話 「旧友との再会」
今回は4000字程度です。
「詳しく聞かせてよ。――僕が勝つにはどうしたらいいの?」
そいつは自分の出した椅子に座りなおすと、笑みを浮かべたまま足を組む。
(まず、君はこのままでは自分が勝てないことを理解しているよね?)
「それは……もちろん…………」
(では、なぜ勝てないと思う?)
「えっ…………」
その分かりきった質問に、ハルは困惑する。
そんなの決まっている。
相手が魔怪だからだ。最強かつ最悪の化け物だからだ。
魔怪は他の魔獣や準魔とは格が違う。
それこそ、弱い魔獣がいくら束になっても勝てないほど、圧倒的に強い。
だから勝てないのだ。
ハルのような昨日今日戦いを覚えたような奴が勝てる様な存在ではない。
こんなの魔怪を見たことない子どもでも知っている。
だからハルは、これらのことをそのままそいつに伝えた。
しかし、
(はぁ…………。君は何も分かってないな)
ハルの顔をした「何か」は呆れたようにため息を吐き、肩をすくめた。
「…………それはどういう意味?」
(どういう意味もなにも、そのままだよ。君は何も分かってない。だってそうだろ? 魔怪が強い? 確かにそうかもね。でも、全ての魔怪が強いと誰が決めた? 君が魔怪には勝てないと、誰が決めたんだ?)
「それは……」
(確かに魔怪は強い。魔獣だった頃とは別格だろう。でも、魔獣だった頃と全く別の生き物になったわけじゃない)
「それって…………」
そいつは笑みを浮かべる。
しかしそれは先ほどまでの醜悪なものではなく、純粋で、それでいて楽しそうな、悪戯を考えている子どものような笑みだった。
(いいかい? 魔怪の強さは、魔獣だった頃のランクに影響を受けている。例えば、魔獣だった頃のランクがCだった奴とGだった奴が同時に魔怪になったとする。そいつらの強さが同等かと問われれば、違うだろう。Cランクだった奴の方が圧倒的に強いはずだ。さらに、魔怪は進化した直後はランクが一つ下になる。つまり……)
「つまり、今外にいるアーミーアントの魔怪の強さはGランク以下だってこと?」
(ご名答。まぁとは言っても、魔獣のGランクと全く同じとはいかないだろうけどね。それでも、今のあいつは他の魔怪に比べて圧倒的に弱いはずだ)
そう言うと、そいつは椅子から立ち上がって一歩一歩ゆっくりハルに近づく。
(ではなぜ、君はあいつに勝てないのか? それはね…………)
そいつはハルの胸に自分の人差し指を突き立てた。
(それは、君が呪術を使いこなせてないからさ)
「僕が、呪術を…………?」
(そうだ。呪術だけじゃない。紡呪もナイフも、何もかも使いこなせていない。だから勝てないのさ)
ハルは自分の胸に刻まれているひし形の黒い痣に目を落とす。
呪核。
ソフィアと出会い、自分が強くなるために手に入れた新しい力。
大切な人を守るための、唯一残された方法。
――僕はこの力を……?
ハルは一度深呼吸し、もう一度自分と同じ顔をしたそいつを見る。
「ど、どうすれば、あいつに勝てる? どうすれば、僕は強くなれるんだ?」
微かに揺れる瞳。
そいつはそれを見て、一瞬怪訝な表情を浮かべる。
(お前……。まさかこの期に及んでまだ…………)
「えっ……?」
「いや…………、何でもない」
彼は乱暴に頭を掻くと再度椅子に腰かけ、さっきとは打って変わって真剣な表情になる。
(お前がやるべきことは二つある)
そう言うと、そいつは指を一本立てる。
(まず一つ目は、しっかりと紡呪を使うこと。試練の時は呪術一つしかなかったが、今は呪噤もある。今の君にはあれが必要だ。戦いが始まったら一番最初にズーシャから受け取った呪噤を使え)
「分かった」
ハルが頷いたのを見て、二本目の指を立てる。
(そして二つ目、これが最も重要だ)
「呪術……のことだね」
(そうだ。今から俺が言うことをしっかり覚えておけ。これが、今回の絶望的な戦いを逆転させる唯一の切り札になる)
そいつはそう言うと、嬉しそうに顔を綻ばせた。
暗闇の中を、歩いていた。
微かな光すら存在しない、闇。
どこが出口なのかも分からないその中で、僕はひたすら足を動かしていた。
ただ前へ、前へ。
ここを歩いていると、不思議と全てがどうでもよくなる。
もしかしたら、ずっと迷っていたのかもしれない。見ず知らずの人を助けることに。自分の命を懸けることに。
どんなに努力して強くなっても、どんなに命を懸けてあがいても、失った人は二度と戻ってこない。
それなのにどうして、僕は強くなりたいのだろう。
どうして、あがき続けるのだろう。
いいじゃないか。
戻ってきて欲しい人が戻ってこないなら、努力もあがく必要もない。
魔樹海のあの家で、師匠と楽しく暮らすのもいい。
師匠と美味しいものを食べて、夜にはバカ騒ぎして、たまにザザムさんやガノンに会いに行くのもいい。
素敵じゃないか。
カムルとの約束は破ることになるけど、それでも僕の欲しかったものが全て手に入る。
これの何がいけない?
素晴らしいじゃないか。
平和で、ごく普通の生活。
美味しいご飯に、安心できる家。最近あったことを話せる友人に、相談できるおじいちゃん。そして、僕の帰りを待っていてくれる家族。
どれもこれも、僕がずっと欲しかったものだ。
これ以上望むべきではないのかもしれない。
昔からの、それこそ子供じみた夢は捨てるべきなのかもしれない。
僕は次第に歩む足を止め、その場に立ち尽くす。
そして一歩、また一歩と後退り、ゆっくりと後ろを振り返った。
闇。
そこには何もない、ただの暗闇が広がっているだけだった。
それでも、僕にはそこが魅力的な所に見えた。
もう二度と、戻りたくない。
あの寂しい日々には。
今はいい。周りには多くの人がいてくれている。
ただ、それがいつまで続く?
僕が夢を追いかけ続ける限り、いつか失ってしまうだろう。
他ならぬ、僕の弱さによって。
もう嫌だ。
一人になるのは、もう嫌なんだ。
また一人になるくらいなら…………。
僕は、その場所に向かって一歩を踏み出す。
不思議なもので、最初の一歩を踏み出すと、次からは足が軽くなった。
二歩三歩と歩みを増やすごとに、どんどん足は軽くなる。
そして全てから逃げ出すため走り出そうとした時、それは聞こえた。
『ハル』
優しくも力強いそれ。
『ハル』
もう二度と聞けないと思っていたそれ。
『ハル』
僕の家族であり親友だった人のそれ。
『ハル』
その声は間違いなく、カムルその人のものだった。
「カムル? カムルなの!?」
『ああ。久しぶりだな』
「久しぶりだなじゃないよ! 僕がどれだけ…………。それよりもどこにいるの? 出てきてよ!!」
『…………』
カムルの姿は、どこにも見えない。それでも、あいつが僕の言葉に困っていることは分かった。
あいつはいつもそうだ。自分に都合の悪いときは、だんまりを決め込む。そして少し困ったような、それでいて優しい笑顔を浮かべるんだ。
「出て……来れないんだね…………」
『悪いな』
「…………べ、別にいいけどさ。そ、それより聞いてよ。色々なことがあってね。カムルには話したいことがいっぱいあるんだ」
『ハル』
「どこから話せばいいかな。カムルは何から聞きたい?」
『ハル』
「そ、そうだよね……。そんなこと言われても、分からないよね…………」
『ハル』
「えっとね……えっと…………」
『なあ、ハル』
「……………………な、なに?」
『お前にはやるべきことがあるんじゃないのか?』
「カムルより大切なものなんて…………」
『本当にそうか?』
優しい声音だった。
『なあ、ハル。俺は知ってるよ。お前がどれだけ努力してきたのかも、どれだけ苦しんできたのかも。だから、やっと手に入れた大切なものを、俺はお前に失ってほしくないんだ』
『もう二度と、お前に同じ悲しみを背負ってほしくないんだ』
「っ……!?」
そうだ。
そうだった。
カムルの言う通りだ。
僕は何をしてるんだ?
強くなると決めたんじゃなかったのか?
みんなを守ると決めたんじゃなかったのか?
前に進むと、決めたんじゃなかったのか?
僕は何をしてるんだ?
僕は馬鹿だ。
大馬鹿だ。
僕の弱さで、全てを失う?
アホか。
弱さで全てを失うなら、それ以上に強くなって全てを救えばいい。
どんな問題も一掃できるほど、強くなればいい。
こんな所で、時間を無駄にしてる場合じゃない。
僕には守るべき人たちがいる。
やるべきことがある。
「……ありがとう、カムル。やっと、決心がついたよ」
『いいさ。お前が弱虫なのは昔からだからな』
「そうだね……」
僕は一度深呼吸すると、振り返って真っ直ぐに前を向く。
そこには一点の光。
「もう行かないと……。君に会えてよかったよ、カムル」
そしてそこに向かって歩き出そうとしたその時、
『ハル!!』
カムルの声に後ろを振り向く。
『――――、――。――――――――――――――』
そこには誰も居なく、先ほどまでと同じ闇しかない。
でも確かにそこに、その言葉を叫んでいる親友が立っていた。
僕は彼の言葉を胸に、今度こそ前を向いて走り出す。
もう振り返らない。
あの光目掛けて、ただ真っ直ぐ。
ただ前へ、前へ。
そして僕は、その光の中に飛び込んだ。




