第24話 「己の企み」
今回は3000字程度です。
眼前の光景を、ハルはよく知っていた。
トタン屋根のボロ小屋。床はむき出しの地面で、小屋にあるのはベッド代わりに使っていた少量の藁と、腰を落ち着けるための小さな石のみ。
王都の貧民街外れにあるその小屋は、幼少期のハルがカムルと過ごした懐かしの秘密基地だった。
もう二度と見られないと思っていた光景。
幾度も恋焦がれた情景。
目の前のそれに、ハルは思わず小屋に歩み入る。そして、それに触れようと手を伸ばすと、そいつの声が聞こえた。
(それには触らないことをおすすめするぜ、相棒)
入り口から聞こえてきた声に、ハルは勢いよく後ろを振り返る。
そこに立っていたのは、紛れもなく自分の顔をした「何か」だった。
(この空間は不安定なんだ。まだ君が干渉できる段階にはない。残念だけれどね)
「……もし触れたら?」
(多分、一瞬のうちに崩壊するだろうね。そうなったら、君は永遠にこの世界に閉じ込められる)
その「何か」はあっけらかんとそう言い放ち、立っているハルを押しのけて小屋の中央へと歩み出る。
そして彼はどこからともなく現れた椅子に腰かけた。
足を組み、指を絡ませるそいつの姿に、ハルはここが昔懐かしいその場所じゃないことを悟る。
「ここは……僕の中?」
彼がニヤリと顔を歪ませた。
(ご明察。さて、ここがどこか思い出せたところで、早速話しをしようか)
「話し?」
(そうだ。まずは、君がここに来る前、自分が何をしていたか思い出せるかな?)
彼の言葉に、ハルは記憶を探るが、思い出せない。頭の中に靄がかかっている。
(慌てることはない。順番に思い出すといいさ)
「順番に…………」
ハルは言われた通り、ここ数日の記憶を順に辿っていく。
魔法学院を飛び出したこと、魔樹海で自分が死にかけたこと、師匠であるソフィアに出会ったこと、呪術師になったこと、色々な人に出会ったこと、初めて魔獣と戦ったこと、準魔が現れたこと、そして……。
全てを思い出した。
「そう……。そうだ。僕は準魔と戦ってて、でも負けちゃって、しかもそいつは魔怪になって………………。行かなきゃ!!」
ハルは踵を返すと、なりふり構わず外に出ようとする。
しかし小屋の出口にはいつの間にか彼が立っていた。
(まあ、待てよ。まだ話は終わってない)
「でも……!」
(いいから俺の話しを聞け。このまま戻っても、またやられるだけだろ?)
「だけど…………」
(それに、外の時間とここの時間は違う。一、二時間居たぐらいじゃどうにもならない。安心したらいいよ)
そう言うと、そいつは煙のように姿を消し、次の瞬間には先ほどの椅子に同じく腰かけていた。
(さて、本題といこうか)
「……その前に、一つ聞かせて欲しい」
真剣な表情で自分を見つめるハルに、そいつは笑顔で先を促す。
「……師匠から呪核のことを聞いたよ。呪核が、手に入れた呪いの使い方や効果を教えてくれるって。でも、これは聞いてないんだ。師匠なら言わないはずがない」
ハルの顔をした「何か」は、楽しそうに口を歪める。
(どういうことだい?)
「師匠は新たな呪いを授かったとき、呪核がその効果や代償を教えてくれると言っていた。そして今までのことを考えると、それはこうやって君の世界に呼ばれることなんだと思う。でも、今は違う。新しい呪いを手に入れたわけじゃない。ただ死にかけただけだ。確かに、ヒートドッグと戦った時も君からアドバイスはもらった。けど僕の中じゃない。これはどういうこと?」
呪核であるそいつとの接触は、新しい呪いを手に入れたときのみ。
ソフィアの口ぶりから、ハルはそう判断していた。
しかし実際は違う。
ハルが命の危険に晒されるたび、助言などで何だかんだ助けてくれている。それはありがたいことだったが、ハル本人としては何故か腑に落ちない。それに何より、そんな大事なことを師匠であるソフィアが自分に教えないはずがなかった。
だからこそ、ハルはそいつの考えを知る必要があった。
ハルの真剣な表情をしばらく見つめていたそいつは、徐々に顔を歪める。
そして、
「くっくっくっ…………、あはははははははははは」
自分の額に手を当て、椅子が倒れるのではと思えるほどのけぞって大爆笑する。
動揺するハルを尻目にしばらく笑い続けたそいつは、涙を拭って目の前に立つ彼にその顔を向ける。
そいつの表情に、ハルは息を呑んだ。
醜悪に歪んだ表情。彼の顔は紛れもなく自分のもののはずなのに、ハルにはそいつが自分と同じ存在だとは思えなかった。
(なぁんだ。君は頭が回らないタイプだと思っていたんだけど、違ったみたいだね)
そいつは突然椅子から立ち上がると、両手を広げる。
(その通り!! 君が考えていることは正しいよ。この状況はイレギュラーだ! 普通の呪術師には起こりえない!!)
「そ、それって……」
困惑するハルに、そいつはオリジナルとは似ても似つかない笑みを向け続ける。
(僕にも目的があってね。君に死んでもらう訳にはいかないのさ)
「目的……?」
(悪いが、それを教えることは出来ない。ただ、この絶望的な状況を打開する方法なら教えることが出来る)
「……お前を信じてもいいのか?」
ハルの質問にそいつは茶化すように肩をすくめると、楽しそうに笑う。
(さっきも言ったろ? 俺はお前に生きていてもらわないと困るんだ。これから話すことは信じてもらって構わない。とは言っても、俺を信じるかどうかは君次第だけどね? これは君の人生だ。君が好きなように決めたらいい)
(まぁ、このままであいつに勝てるとは思わないが……)
「…………」
そいつの言う通りだと、ハルも思う。
このまま外に出ても、あいつには勝てないだろうことは、当の本人が一番よく理解していた。
魔怪の強さはけた外れだ。体は硬く、知性もある。決定打に欠けている今、先ほどまでの付け焼刃的な戦い方では勝負にすらならない。
――強く……なりたい…………。
ハルは心の底から、そう思う。
強ければ、誰も怪我をすることはなかった。
危険に晒すこともなかった。
自分が強ければ、どんな問題も解決することが出来た。
今も昔も、全ては自分が弱いから起こったこと。
ハルにはそう思えてならなかった。
――きっとこの想いは、自分のエゴだと思う。自分が強ければ全てを救えるなんてのは、子どもの見る幻想だ。物語の中にしかない、妄想だ。でも……。それでも、僕は思ってしまった。夢見てしまった。自分が強くなって、昔救えなかった人たちを、これから救える人たちを、全て救うと。だから…………。
「だから、僕は魔怪に、あいつに勝たなくちゃいけないんだ。君が何を考えているのかは分からない。何かを企んでいるのかもしれない。それでも僕は、君に力を借りてでも強くなりたい」
そいつはまたも大声を上げて笑うと、両手を広げて楽しそうに回る。
(素晴らしい……。素晴らしいぞ、ハル・リベルス! 君は俺が見込んだ以上の男だ!! 自分の予想を上回る、これ以上愉快なことはない!! ――いいだろう! 俺が、君を勝利という名の頂に連れて行ってやる!!)
そいつはハルを見つめ、笑みを深めるのだった。




