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第23話 「挑戦」

今回は5000字ぐらいです。

 ハルは一気に加速する。

 それは宿敵、アーミーアントが近づいて来ても緩めることはなかった。

 そいつが持つ鋭く大きな牙を躱し、怪物の顔に近づくと、ハルは勢いそのままにそいつの下をくぐり抜ける。


 一歩間違えれば死んでしまう、無茶苦茶な力技。


 しかしハルはそれを成功させた。

 広場へと抜けたハルは、すぐさま方向転換してそいつを確認。


――よし! かかった!!


 牙の届かない獲物よりも巣から飛び出してきた馬鹿なエサに標的をシフトしたそいつを見て、彼は心の中でガッツポーズを決める。

 しかし問題はここから。


――僕の実力じゃ絶対に勝てない。もし少しでも確率をあげるなら、速攻しかない!


 ハルは中腰でナイフを構えると、すぐさま詠唱を始めた。


「〈我が名は愚者、敗者にして憐れな道化。心と体をメッキで覆い、救世主を名乗るその姿は、ハリボテの案山子。憧れを抱き、涙を流しながら笑うそれは、まさに道化。叶わぬと知りながら諦めぬその背中に、人々は嘲笑と共に指をさす。傲慢にして強欲の我は、今、歩む!!〉」


 ハルは一呼吸おいて、その名を口にする。


「『呪術・罪深き愚者の敗走』」


 呪核が一気に熱を帯び、ハルはそれから伸びた触手のようなものが自分の皮膚を這って体中に巡るのを感じる。

 熱は次第に体全てを覆い、彼の力へと変換されていく。


――まずは情報収集からだ。


 彼は駆け出した。

 先ほどよりもわずかに速い速度で、正面に立たないよう一定の距離を空けながらそいつの周りを走る。

 ガノンに言われたことを忠実に守るように、ハルはそいつの体を観察する。


――大きさは七メトルから九メトルほどで、普通のアーミーアントより明らかに大きい。けど、その分動きも遅い。注意すべきは、あの鋭い牙。あれをまともに喰らったら、たぶん僕じゃ即死だ。そして普通のそれと同じように硬い甲殻に覆われている。あの甲殻を貫通させるのは、僕のナイフじゃ無理だろう。つまり……。


 ハルはある一つの結論を導き出すと、背後からそいつに向かって一気に距離を縮めた。

 一瞬にしてなくなる両者の距離。

 彼はトップスピードを維持したまま、手に持っていたナイフを相手の足関節に向かって振り抜く。

 確かな手ごたえ。

 背後で飛び散る体液。

 錆びついたナイフは、見事そいつの足を切断した。


 アーミーアントは硬い甲殻に覆われている。しかし、関節だけは違う。可動域を確保するため、その一部分だけは甲殻に覆われていないのだ。

 大きさ以外は他のアーミーアントと同じ体の構造をしていると考えた、ハルの作戦だった。


「ギィィィィィィィィィイ!」


 これにはさすがのアーミーアントも悲鳴を上げ、バランスを崩す。

 それを見逃すハルではない。

 彼はすぐさまもう一度そいつに近づくと、逆側の前足を同じように切断。


「よし!」


 そこからは一方的だった。

 ハルはさらに加速すると、二本の足を失って自由に動けないそいつに対して次々と攻撃を繰り出す。

 流石に先ほどのように足を切断することは出来なかったが、それでも確実にそいつの関節に傷を負わせていく。

 そしてものの数分でアーミーアントはしゃがんで完全に動かなくなり、その瞬間ハルは確信した。


――これで勝ちだ!


 ハルはとどめを刺すため、一直線にそいつの首元へと駆け出そうとする。

 しかしこれが致命的なミスとなった。

 とどめの一歩を踏み出そうとしたその時、突如左腕に激痛が走る。左腕だけではない。胸や右足、体全体に次々と痛みが走った。


――まさか……。

 ハルが自分の左腕に視線を落とすと、そこには見覚えのある傷。

 ソフィアにかけてもらった呪いのタイムリミットだった。


「ぐぅ……あ、ああぁぁ!!」


 あまりの激痛に、思わず声が漏れる。

 こうなってしまった以上、彼にはどうすることもできない。ハルは痛みに歯を食いしばり、その場に立ち尽くす。

 しかし、それを見逃してくれるほどそいつは甘くなかった。

 アーミーアントはそれを待ってたとばかりに立ち上がると、残り四本の足を器用に使ってその巨体を一気に加速させる。


「しまっ…………」


 気づいた時には、すでに遅かった。

 驚異的なまでに加速された巨体は無慈悲にもハルに直撃し、彼の華奢で傷だらけの体を後ろの家まで吹っ飛ばす。

 壁に激突し、うつぶせで地面に落ちるハル。

 満身創痍の彼は、それでも重い頭を上げ、そいつを視界に捉え続ける。


 しかし、そこで見たものはさらなる絶望だった。

 独特の紫色の光を放つアーミーアントの体。与えたはずの傷は塞がり、奪ったはずの足まで再生する。さらに、背中には今までなかったはずの一対の羽が生成され、牙はより大きく鋭く生まれ変わる。

 魔獣を少しでも勉強したことがある人なら誰でも知っている。

 進化。

 魔獣から準魔じゅんまへ、準魔じゅんまから魔怪へと一つ上の生物になる現象。

 ハルはそれを見て、全身の力が抜けた。


――間に合わなかった……。


「ギイイイィィイィィィィイイイイイィイ!!」


 進化した喜びか、強者の余裕か。

 紫色の強烈な光がなりを潜めると、魔怪まかいへと進化したアーミーアントが奇声を上げる。それは凄まじい音量で、周りにある木造の家がギシギシと軋んだ。

 そいつは体の具合を確かめるように牙や羽を一通り動かした後、まだ息のあるハルに近づく。

 絶対的な強者の余裕からなのかそいつの足取りは遅く、ゆっくり一人と一匹の距離が埋まっていく。


 万全の状態なら、逃げられたかもしれない。

 しかし、ハルは動けなかった。

 もう限界だった。


――すいません、師匠。僕は……ここまでみたいです。精一杯やったけど、ダメでした。やっぱり、僕なんかじゃどうにもなりませんでした。こんな弱い弟子で、すみません。でも……。でもこんな僕でも……最後にわがままを言ってもいいのなら…………。叶うなら…………。


「叶うなら……、もう一度…………みん……な…………に………………」


 ハルはその言葉を最後に、意識を失った。







「はぁ……。全くもって面倒だな」


 ソフィアはそうぼやくと、自分に飛びかかってきたアーミーアントを回し蹴りで打ち払い、勢いそのまま右の手刀を振り抜く。

 同時に五、六体の敵を真っ二つにした彼女だったが、目の前の光景に思わずため息をもらした。

 五百から六百匹はくだらないアーミーアントの軍勢。次から次へと数を増やしたそいつらは、今やソフィアの視界を埋め尽くすほどになっていた。


「よくもまあ、こんなに集めたもんだな。流石の私も嫌気がさしてきたぞ」


 しかしそんなソフィアの想いとは関係なく、アーミーアントは襲ってくる。彼女はそれに対して左拳や回し蹴りで打ち払いつつ、次々と右の手刀で切り捨てていく。その姿はまるでダンスを踊っているかのように優雅で、そこには美しさすら感じる。

 そうして十分以上踊り続け、流石の彼女も逃げようかと考え始めたとき、その咆哮は聞こえた。


「ギイイイィィイィィィィイイイイイィイ!!」


「なんだ……?」


 戸惑うソフィアをよそに、アーミーアントは動きを止め、聞き入るようにその声の方向を見る。


 そして……

「「ギギッ! ギギッ! ギギッ! ギギッ!」」

 彼らは一斉に触覚を震わせ、牙を打ち鳴らす。


 まるで何かを喜ぶかのように。

 そいつらの行動に、ソフィアは今の状況を悟った。


――まさか…………。いや、あり得る。ここに来るまで多くの生き物を殺してきているはずだ。このタイミングでなってもおかしくない。つまりこの声は……。


 魔怪まかい

 その結論にソフィアは拳を握りしめる。


――クソッ! まずい!! こんなに早く魔怪まかいに至るとは思っていなかった。こうなってしまった以上、一刻の猶予もない。ハル…………。


 焦る気持ちを押し殺し、ソフィアはゆっくりと深呼吸をする。

 そして、自分の中の()()()()()()()()

 彼女は右手の呪術を解除し、真紅の隻眼せきがんでそいつらを見下す。

 彼女の視線は先ほどまでとは打って変わって冷たく、強者が弱者に向けるそれだった。


 アーミーアントもその変化に気づき、喜びの声をひそめる。

 そして理解した。

 今ここでこいつを倒さなければ、自分たちが生きていられないということを。

 全員の視線がソフィアに突き刺さる。しかし、彼女は慌てる素振りすら見せずに、ゆっくりそいつらに向かって歩き始めた。


「お前らに構っている余裕はなくなった。悪いが…………お前らには早々にここで死んでもらう」


 それを合図に、一方的な戦いは始まった。

 ソフィアを囲み、一斉に襲い掛かるアーミーアント。

 しかし彼女の余裕は揺るがない。

 目の前に飛びかかってきたアーミーアントを蹴り上げ、そいつの奥に隠れていた奴をかかと落としで叩き潰す。さらに、ソフィアの死角を狙って背後から襲い掛かってきた奴らを回し蹴りで吹っ飛ばし、身近な二匹に手を伸ばして頭を掴むと、その二匹をぶつけ合わせそいつらの体液をぶちまける。

 その姿は、先ほどの優雅なものとはかけ離れた、猛々しいものだった。

 ソフィアはそんな高度な攻防を繰り広げながら、それを始める。


「〈殺戮さつりくの幕は切って落された〉」


 詠唱。

 魔法や呪術に関わらず、通常、詠唱には多大な集中力を要する。敵の攻撃を躱しながら行う者はいれど、ソフィアのように戦闘をしながら出来る者はそういない。

 これをやってのける事こそが、ソフィアの強さを証明していた。


「〈弓を構え、立ちはだかるは蛮族。我らの地を汚す略奪者〉」


 呪核が熱を帯び、彼女の両手に触手を伸ばす。


「〈おごり高ぶるあの者らに、絶対なる破滅を。圧倒的な絶望を〉」


 手のひらの触手が、まるで生きているかのようにその姿形を蕾へと変える。


――くっ! 流石にキツイな……。


 ソフィアの顎には玉のような汗が滴っていた。

 呪術は体力を消耗する。この街に来る途中、さらには着いてからもずっと呪いや呪術を行使していたたため、流石のソフィアも体力の限界。

 しかし、彼女にはどうしても守りたい人がいた。

 その子のため、ソフィアは拳を振るい、詠唱を紡ぎ続ける。


「〈悪しきいとしき力、呪いすくいの恩恵〉」


 逃げてしまえば楽かもしれない。

 それでも、彼女がその選択肢を取ることはない。

 なぜなら、このままこいつらを放置すれば新たな犠牲者が出てしまい、それはどんな結末よりもあの子を悲しませることになるのだから。

 それが分かっている彼女は、悲鳴を上げる己の体に鞭を打ち、止まることなく歌い続ける。


「〈矮小わいしょうなるこの身に悪魔かみの力を宿し、一条の光とならん〉」


 ソフィアの体から黒いオーラが漂う。それは禍々しく、低俗の魔獣であるアーミーアントも、流石に身の危険を感じる。

 しかし、彼らにそれを止める術はない。

 血だらけの拳を振るい続け、彼女はついにその歌を完成させた。


「〈高らかと打ち鳴らし、全てを無にせ!〉」


 ソフィアの両手に刻まれた蕾が、美しき花へと姿を変える。

 それが詠唱完了の合図だった。

 彼女はそれを見るや否や、大きく飛び退いてアーミーアントから距離を空ける。


 目の前には、数百の軍勢。

 この場面だけを見れば、誰もがソフィアの死を覚悟する場面。

 しかし、彼女の隻眼せきがんはすでに勝利を見据えていた。

 ソフィア目掛け一斉に飛びかかってくる数百のアーミーアント。

 彼女はその様子を他人事のように眺めつつ、大きく一度深呼吸。


「これで終わりだ」


 そして、

「『呪噤じゅごん・願い叶わぬ無情の柏手かしわで!!』

 その勝利の名を口にし、まるで何かの神に頼むかのように両手に刻まれた花を打ち合わせた。


 彼女の柏手かしわでがパンッッ!!と乾いた子気味いい音を鳴らした瞬間、そこから黒く禍々しい衝撃波が放たれる。

 一瞬にして辺り一帯にいる全てのアーミーアントに直撃するそれ。

 そして、その衝撃波はそこにいた数百の敵を一瞬にして消し飛ばした。

 文字通り、一片の欠片も残さずに。

 圧倒的勝利。

 ソフィアはしばらく周りを見回し残党がいないことを確認すると、静かに片膝を着いた。


「はあ……はあ……はあ…………」


 荒くなる呼吸。

 動かない体。

 正真正銘の限界だった。

 早くハルを助けに行きたいとは思いつつも、体が言うことを聞いてくれない。


――流石にキツイ。少し休まなければ…………。


 そう思いその場に腰を下ろそうとした時、そいつは現れた。


「いやはや、化け物じみた君でも、この数は厳しかったかな?」


 人をあざけるような男の声に、ソフィアは勢いよく顔を上げる。


 そして、

「な……!?」

 その人物を見て、思わず言葉を失う。


「どうかしたか?」


「どうしてお前が…………。なぜ生きてる!!」


「酷いなぁ。お前と私の仲じゃないか」


 ほくそ笑む男の顔を、ソフィアはよく知っていた。




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