第21話 「交錯」
今回は5500字程度です。
師匠と共にルコクの街へと入った僕は、あまりに酷い光景に思わず歩みを止めてしまった。
「っ……!?」
美しかったいくつもの建物は壊され、街のあちこちで血を流した人が倒れている。
ここがかつてパルス王国一の観光都市と呼ばれた街だとは、今の状態からは想像できない。
それほど街の状態は酷かった。
まさに地獄絵図だ。
「いいか、ハル。少しでも助けるのが遅れれば、準魔に襲われた街は例外なくこうなる。一般市民は片っ端から殺されて彼らのエサとなり、長い時間をかけて築き上げてきたものは一瞬にして跡形もなく破壊される」
「……教科書で読んで知っていましたが、こんなに酷いんですね」
「ああ。だが、ここはまだいい方だ。魔怪に襲われた街はもっと酷い。なんせあれに襲われた街は原型を留めていないからな。そこに住んでいた人は皆殺され、建物は破壊しつくされる。あれは酷いものさ」
僕は師匠の方を見るも、彼女は明後日の方を向いたまま動かない。
まるでその視線の先に何かが見えているかのように。
「だからこそ、ここで奴らを止めなければ」
「師匠……?」
僕の呟きに彼女は目を瞑って静かに微笑むと、こちらを向いて僕の頭を乱暴に搔き乱す。
「そんな顔をするな。大丈夫だ。これ以上あいつらの好きにはさせないさ。必ず私が止めてみせる。――さぁ行こう」
師匠は一方的にそう言うと、一人でスタスタと歩いて行ってしまう。
――そういうことじゃないんですよ……。
僕が心配しているのはそういうことじゃない。
ここではないどこかを見る師匠が心配なのだ。
いつかその視線の先にあるどこかに行ってしまいそうで。
言ってあげたかった。
「一人で抱え込まないで下さい」
「僕がどうにかしますから」
「少しは頼ってください」
「何があっても、僕が師匠を守ります」
でも言えなかった。
声をかけることはおろか、寄り添うことすらさせてもらえなかった。
僕はまだ弱い。
たった一人を守ることも、助けることもできない。
――いつか必ず……。
師匠のあの顔と共に決意を胸に刻み、僕は彼女の小さな背中を追いかけた。
「「ギギィィィィ」」
鋭い牙を不気味に震わせて仲間とコミュニケーションを取りながら、目の前にいる二匹のアーミーアントは僕に突進してくる。
大きさは中型犬ほどで、全身を覆っている甲殻は気味の悪い赤紫色。牙は鋭く、まともな防具を身に着けていない僕があれに捕まればひとたまりもないだろう。
しかし幸いにしてあいつらの足は遅い。
「行くぞっ!」
僕は遠い方のアーミーアントに標的を絞ると、一気に駆け出す。
少し迂回して前にいるアーミーアントを躱し、後ろにいる奴に側面から接近する。
そして、
「しっ!!」
僕はそいつの頭と体の僅かな隙間にザザムさんからもらったナイフを滑り込ませ、そこを切断した。
アーミーアントの甲殻は非常に硬い。それこそ、攻撃したらこちらのナイフが折れてしまうほどだ。
しかし弱点が無いわけではない。
それが部位と部位を繋ぐ関節。
ある程度の可動域を確保するため、その部分だけ甲殻に覆われていないのだ。
僕の技術でそこにだけナイフを当てることは本来難しいのだが、流石に慣れた。このルコクの街に入ってからかれこれ三十分はアーミーアントと連戦続きなのだから。
慣れない方がおかしい。
「ギィィ!」
先ほど迂回して躱したアーミーアントが飛びかかってくる。
しかしそれも想定済みだ。
僕はさっき切断したアーミーアントの頭部を蹴り上げる。
それは襲い掛かってきたアーミーアントに見事直撃し、そいつはひっくり返って背中から地面に落下。
こうなったらこっちのものだ。
アーミーアントは体の構造上、逆さまになるとしばらく起き上がれない。
僕はそいつへと駆け寄ると、先ほどと同じように素早く体と頭部の間を切断した。
切断面から緑色の体液が溢れ出し、アーミーアントはあっけなく絶命する。
僕はそれを確認すると、すぐさま視線を辺りに巡らして状況を確認。依然僕らの周りには大量のアーミーアントがいる。その数、ざっと見ただけでも八十から百。
しかしその数は着々と減っていた。
「全くもって面倒だな」
師匠だ。
彼女は固有の呪術『恩讐の手刀』で、硬い甲殻などものともせず次から次へとアーミーアントを屠っていく。
奴らと戦う定石としては、基本的に一対一なのだが、彼女には関係ないらしい。
現に師匠の周りだけでも四十近く群がっているが、一匹として彼女に傷をつけられたものはいない。
圧倒的な強さだ。
――まぁ、そのおかげでこの状況でも僕は生きていられるんだけど。
アーミーアントは、仲間を殺した者に群がるという習性を持つ。つまり、師匠がアーミーアントを殺せば殺すほど、奴らは彼女にしか集まらなくなるのだ。
そのおかげで、こんな状況にも関わらず僕は一対一で彼らと戦うことが出来ている。
――また師匠に助けられちゃったな。
出会った時も、長尾族の集落に向かう時もそうだった。
結局、僕はいつも師匠に迷惑をかけている。
――少しでも師匠の負担を減らせるように、今は僕も頑張らないと!
そう思い、新たな標的を探そうとしたその時、街の奥で巨大な土煙が上がり、大地が揺れるほどの轟音が鳴り響いた。
――この揺れ……。もしかして準魔!?
もしそうだとしたら大変だ。まだ逃げれていない住民がいる中で、このまま暴れられては被害が増える一方だ。
どうにかしないと……。
僕は師匠の方を見る。
すると師匠もちょうど僕の方を見ていて、目が合った。
真紅の美しい隻眼。
その瞳が困ったような、呆れたような、そんな色を浮かべていた。
きっと彼女には僕の考えなどお見通しなのだろう。そして、きっとやめて欲しいと思っているに違いない。
でも、これだけは譲れない。
だって、僕はこのために一歩踏み出したのだから。
師匠と僕は視線だけでしばらく攻防していたが、先に折れたのは彼女だった。
師匠はあからさまに大きなため息を吐くと、戦う手を止めることなく頭を乱暴に掻く。
「たくっ! 仕方のない弟子だな! 分かった。行ってこい! ただし、無茶だけはするな。こいつらを片付けたらすぐに追いかける! それと、準魔とは絶対戦うなよ! 何があってもだ! 死んだら破門だからな!!」
「はい! 師匠も生きててくださいね!」
「ふっ。バカ言え。私は死なないよ」
師匠の声を背に、僕は全速力で走り出した。
時は少し遡り、ルコク郊外。
瓦礫に囲まれた小さな広場に、胸当てなどの動きやすい防具を身に着け、その上からお揃いの青いマントを羽織った十二人の男女がいた。
マントの首元にはパルス国のエンブレムが縫い付けられており、その下には五の数字が刺繍されている。
国の人間ならば、この特徴的なマントを見て彼らが何者なのかすぐに察することが出来る。
パルス国王国魔法騎士団。
国内の凄腕魔法師だけが所属することが出来る騎士団。
彼らは精鋭中の精鋭で、その強さから彼らが動けば運命も変わると言われており、まさに国民の救世主的存在。
魔法騎士団は役割別に七つの隊に分けられており、この五番隊は高い機動力を有する魔法師のみで構成された遊撃隊として知られていた。
そんな彼らは今、ここ観光都市ルコクに集っていた。
規則正しく並んだ十人の隊員に、彼らの前に立つ二人の男女。
一人は一八〇セトルはあろうかというスラっとした体躯に、エメラルドのような瞳と同じ色の輝きを放つ長髪を後ろで一本に縛った容姿端麗の青年で、その見た目はまるで絵画から出てきた貴公子のようである。
そしてもう一人。
星屑を編み込んだかのような美しい白銀の髪に、月を彷彿とさせる金色の瞳を有した彼女もまた容姿端麗で、年齢は十六、七歳ほど。
しかし目の前に整列しているどの隊員よりも堂々としており、そこから放たれるオーラは他と一線を画す。
高まる緊張の中、エメラルドの瞳を有した彼が静かに一歩前に歩み出ると、おもむろに口を開いた。
「皆さん分かっていると思いますが、このルコクで緊急事態が発生しました。皆さんにはその問題の即時解決と住民の避難の手助けをして欲しいのです。標的はアーミーアントの準魔。周りには大量のアーミーアントもいると思われるので、そちらも討伐してください。また、逃げ遅れた住民がいた場合は、討伐と同時にそちらもお願いします」
「「「はっ!!」」」
男の声に隊員は勢いよく返事をするが、一人銀髪の少女だけ静かに手を挙げていた。
「質問してもよろしいでしょうか、ウェルゴ隊長」
「あなたは相変わらず硬いですね。はぁ……。いいですよ、セレナさん。質問を許可します」
セレナと呼ばれた少女は一礼すると、口を開く。
「今この街にいるのはウェルゴ隊長率いる我々王国魔法騎士団五番隊だけだと思うのですが、援軍はいつ到着するのでしょう? 流石に我々十二人だけで敵も倒し住民を避難させるのは辛いと思うのですが?」
セレナの質問に、ウェルゴはあからさまに困った顔をして静かに嘆息する。
「私もセレナさんと同意見です。しかし援軍はいつになるか分かりません」
「えっ?」
「いいですか? ここはルコクです。王都から最も離れた街で、王国魔法騎士団が愛用している早馬を使っても王都からは四時間はかかるでしょう。我々が早く着けたのは、偶然ここの近くで実践訓練をおこなっていたからです。つまり、最低でも四時間以上は我々だけで対処しなくてはいけません」
「でもそれじゃ……」
「ええ。これでは被害は増える一方です。しかし方法がないわけではない」
「「…………?」」
困惑する部下の顔をそれぞれ見渡し、ウェルゴは静かに口を開く。
「早々に準魔を倒すのです。もともとアーミーアントのコロニーにはリーダーが存在します。そして通常のアーミーアントだった場合、そのリーダーを倒すことによって、彼らは統率を失って逃走することが知られています。つまり、今回はそのリーダーと思われる準魔のアーミーアントを倒すことで形勢が一気に逆転するのですよ」
ウェルゴはそこで一度大きく深呼吸すると、一気に声を張り上げる。
「そこでこれを踏まえたうえで、今回の作戦を伝えます! まず私と副隊長のセレナさん以外は二人一組になり、魔獣の討伐及び住民の救出にあたってください。もし住民がいた場合は、一人が敵を引きつけ、もう一人がその住人を避難させてください」
「「「はっ!!」」」
彼らの返事を聞き、ウェルゴはセレナへと視線を移す。
「そしてセレナさん。あなたは上空から彼らに指示を出しつつ、準魔を探してください」
「わ、私がですか!?」
「そうです。あたなの風魔法は一級品です。頭もいい。問題なくこなせるはずです。任せましたよ」
セレナはしばらく戸惑っていたが、最後は決意したように力強くうなずいた。
「分かりました。お任せください!」
「はい、頼りにしてますよ」
ウェルゴはもう一度声を張り上げる。
「一応ここは街の中です。威力の高い第四級以上の魔法はくれぐれも使わないようにしてください。それと、例え準魔を見つけても、一人では相手にしないで下さい。見つけた場合は私に連絡するようお願いします」
「「「はっ!!」」」
「それでは任務開始!!」
ウェルゴのその掛け声を合図に、それぞれが一人でも多くの人を助けるため広場から出て行く。
しかしそれ故に、
「ふふふっ。これから、面白くなりそうですね……」
彼の喜びを含んだ呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。
街のあちこちで爆炎が上がっているのを、セレナは遥か上空から眺めていた。風魔法『そよ風の歩み』は、空中に一瞬だけ足場を形成する魔法で、連続使用しつつジャンプし続けることによってセレナのように空中にとどまることもできる。
彼女は上空から見た情報を『届く声』という風に声を乗せて任意の人物に届ける魔法を使って地上にいる仲間に伝えていた。この魔法は通常、数分から数時間のインターバルを必要とするが、セレナは相手が目視できるほどの距離ならばほぼ瞬時にやり取りすることが出来る。
これによってセレナの指示は迅速に伝わり、刻一刻と変化する状況にも関わらず、今のところ大きなミスやけが人などは出ていない。
そのおかげもあって、魔獣の数は着々と減り、けが人の救出も今のところは順調だった。
しかし彼女は焦っていた。
――やっぱり十二人じゃこの広い街を守るのは厳しいわ。体力の消耗が激しすぎる。このままじゃ……。
敵を倒しつつ、けが人を避難させなければならない。しかも第五級以下の魔法しか使わずに。
今地上で戦っている魔法師は最低でもゴールドランクだが、高ランクになればなるほど、使う魔法は一撃必殺の高火力のものが多くなる。
今回の実践訓練でも第五級以下の魔法はほとんど見なかった。
本来なら第三級魔法で一掃できるのだ。
いつものとは違う戦闘スタイルに、地上で戦っている騎士団メンバーの体力も限界だった。
――早くどうにかしないと。このままじゃみんなが……。
その時だった。
街の奥から巨大な土煙が上がる。
――もしかして……。
セレナは水魔法でそこを拡大して自分の想像が正しいことを確認すると、すぐさま『届く声』でウェルゴに連絡を取る。
しかし……。
「どうして出ないの……!?」
彼から応答はなかった。
――どうすればいいの?
未だ敵は多く、助けなければいけない人もいる。しかし、五番隊のメンバーも限界だ。
これ以上この戦いを長引かせるわけにはいかなかった。
セレナは『届く声』で地上部隊に一時任務を離脱することを伝えると、その場所に向かって一直線に降下を始めた。




