第20話 「決断」
今回は2500字程度です。
風が頬を撫で、いくつもの大樹が前から後ろへと勢いよく流れていく。
呪いの力で巨大な狼に変身した師匠は、ここが樹海の中だということを全く感じさせないほどに速かった。まるで自分が疾風か何かになってしまっているのではと思えるほどだ。
僕と師匠はそんな調子でグングンと魔樹海の中を突き進み、そして二時間と少しが経った頃、それは見えてきた。
目が痛くなるほどの光。
太陽の日差し。
少しでも樹海に入ったことがある人間ならば、それが何を意味しているのかすぐに理解できる。
樹海の出口だ。
師匠はそれが見えてきても一切スピードを落とさない。
そして彼女が臆することなく、光の中に飛び込んだ瞬間、僕の視界は真っ白に塗りつぶされた。
眩しい。
しばらくぶりの光は強烈で、魔樹海の暗闇に慣れてしまった僕には何も見えない。感じるのは優しく僕の髪を梳く風に、触り心地のいいモフモフの毛、そして驚くほど高鳴っている自分の心臓の音のみ。
ある種の幻想的なその世界にしばらく身を委ねていると、少しずつ懐かしい景色は見えてきた。。
信じられないほど青い空に、そこをゆったりと流れる真っ白な雲。永遠に続くのではと思える広野には青々とした夏草が生い茂り、それらを勇気づけるかのように明るく照らす太陽。これらを見て、僕は改めて魔樹海から帰ってきたのだと実感する。
このルノス草原はパルス王国と魔樹海の間にある広大な草原で、この先に僕たちの目指している王都がある。
――僕に何が出来るかは分からないけど、やってやる。もう見てるだけなのは嫌だから。
僕は新たな決意を胸に刻み、どんどん加速する師匠に振り落とされないよう、彼女の柔らかい毛を今一度力強く握りなおした。
僕と人間の姿に戻った師匠(ちゃんと服を着ている)は、ある街の外壁の前に立っていた。
パルス国は大小様々なまちや村から構成されている。農業や狩りを生業としている村や町は辺境の地にあることが多いが、大きな街は基本的に王都や他の街と隣接している。しかし例外が無いわけではない。
その一つがこの街、観光都市ルコクだ。
ルコクは王都から見て南西に位置し、相乗り馬車で三日とかなり遠い距離にあるにも関わらず、その豊富で質の高い商品や幾多の娯楽、そして美しい街の景観からパルス国一の集客率を誇る。またその城壁も美しいことで有名で、それを見るためだけに他の街から観光客が来るほどだったのだが、
「これは酷いな……」
その城壁の一部は無残にも破壊され、今はあの芸術的なまでに美しかった面影は何一つない。
破壊された城壁に、街の中から聞こえる悲鳴と恐怖。
これらから導き出せる答えは一つだ。
「間違いない。――ここにアーミーアントがいる」
「くそっ!」
僕は師匠のその言葉に、拳を固く握りしめる。
気づけたはずだ。
いや、気づくべきだった。
ルコクは王都から南西に位置していて、僕たちがいた魔樹海から最も近い街だ。
腹を空かした彼らが一番近い街を襲うなんてのは、普通に考えれば分かるはずのことだった。
ガノンはあの時、王都の方に向かったと言った。
王都に向かったとは一言も言っていない。
勘違いしていた。
僕の失態だ。
王都を目指していなければ、もっと早く着けた。
師匠が気になると言って足を止めなければ、気づきすらしなかっただろう。
「僕は……。僕は何をしているんだ……?」
「ハル?」
「誰かを守りたいんじゃなかったのか? 誰も死なせたくないんじゃなかったのか?」
「おい、ハル」
「死ななくていい誰かを、また僕のせいで…………」
「ハル!」
その声でハッと意識を戻すと、僕の目の前には師匠の均一のとれた可愛らしい顔があった。
美しい真紅の隻眼が僕を真っ直ぐに見つめる。
「お前の気持ちは痛いほど分かる。だが今の状況は一刻を争う。選択しなければ」
「選択……?」
師匠は僕の言葉に、静かに頷く。
「一つはここから逃げるという選択だ。王都ではなかったし、ここの街とハルは何の関係もない。自分が危険を冒してまで助ける義理はないはずだ。それに、今頃は王国魔法騎士団が到着している」
確かに師匠の言う通りだ。僕はこの街に一度も来たことはないし、せいぜい魔法学院の授業の際に教科書で読んだくらいだ。僕が助ける義理はないし、何なら魔法騎士団の足手まといになる可能性の方が高い。
逃げるのもアリかもしれない。
「そしてもう一つは、このまま街に入り誰かを助ける選択だ。大勢を助けなくてもいい。戦わなくてもいい。今自分に出来ることをすればいいんだ。きっとハルにしか助けられない誰かがいるはずだ。だが、私がここで何と言おうが、それは私の考えだ。お前の考えではない。だからハル、君が決めろ」
「僕が……?」
「そうだ。君が決めて、君が自分自身の足で歩むんだ」
僕が決める?
そんなの出来るはずがない。
僕はこれまで、何も成すことが出来なかった。
そんな僕が決めたところで、どうにもならない。
僕にしか助けられない誰か?
そんな人いるわけがない。
僕なんかに何ができる?
何も出来ない。
確かに、叶うことならこのまま街に入って、一人でも多くの人を助けたい。
カムルのような人を増やしたくない。
でも、僕には何もできないんだ。
その力も、勇気もない。
師匠は俯く僕の顔を静かに上げると、優しく微笑む。
「ハル。私が最初お前に出会ったころ、言ったことを覚えているか?」
「出会ったころ?」
「そうだ。忘れたのか?」
『私は私に出来ることがあれば、全力でハルを助ける』
「っ…………!?」
「あの時と状況は違うが、想いは一緒だ。私はどんなことでもお前に力を貸す。だから、出来るか出来ないかではなく、自分がどうしたいかを言えばいい。そうすれば、私はハルがそれをかなえられるよう全力で助ける」
「…………」
もし…………。
もし叶うなら……。
わがままを言ってもいいのなら……。
「僕は……。僕は、助けたいです。例え僕には関係なくても、僕に出来ることがなかったとしても、叶うなら、僕はこの街の人たちを助けたいです!」
師匠は僕の言葉を聞くとニヤリと笑い、勢いよく僕の肩を叩いた。
「私はそれが聞きたかったんだ。よし! そうと決まれば、行動あるのみだ!!」
「はい!!」
そうして、僕と師匠の二人はその場所へと一歩踏み出した。




