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第19話 「譲れないもの」

今回も6000字ほどです。

「さて、そうと決まれば、まずはお前の傷を治さないとな」


 師匠は指で僕に座るよう指示すると、腕まくりをする。


「いいか、ハル。今からかける呪いは、お前の傷を治すものじゃない。一時的に私が傷を肩代わりする呪いだ。紡呪ぼうじゅの力で私の傷はすぐ塞がるが、時間がきてお前にかえってしまうと、直ちに今の状態に戻るだろう。つまり、お前は二度同じ傷を負うことになる。それでもいいのか?」


 心配そうに見つめてくる師匠。

 きっと僕の選択は彼女を悲しませることになる。でも、それが僕の歩むと決めた道ならば、それを背負って歩き続けるしかないのだ。


「もちろんです。お願いします」


「……分かった。では包帯を外して、右手を出せ」


 僕が言われた通りにすると、彼女は目の前に座り右手を握ってくる。

 ちょうど握手するような形だ。


「この呪いの制約は、対象者から許可を得たうえで詠唱することだ。いいか?」


「お願いします」


「……分かった。では行くぞ」


 深呼吸すると、師匠は目を瞑り、言葉を紡ぎ始めた。


「〈奮い立て、若き戦士よ。勇猛ゆうもうたる証の傷を私に預け、再びその手につるぎを握れ。覚悟刻みしこの者に、ひと時の力を! 鐘の鳴るその時まで、儚き夢を! 残酷たる私を恨み、もう一度立ち上がれ!!〉」


 悲しきその詠唱うたを終えるのと同時に、師匠の呪核から触手が皮膚を這うようにして伸び、握った手から僕の体へと侵食してくる。

 そして、それを見届けた師匠はついにその名を口にする。


「『呪噤じゅごんたばかりし聖女の治癒』」


 突然、体中に激痛が走った。

 全身がきしむ。

 文字通り、細胞の一つ一つがうねるような感覚。

 今までに体験したことがないそれに、僕は思わず呻き声を漏らしてしまう。


「ぐぅ……あ、ああっ!!」


 痛い。苦しい。

 炎で焼かれているかのような熱に、刃で串刺しにされているかのような痛み。

 逃げれるのなら、今すぐにでも逃げ出したい。

 でも、それじゃダメなんだ。

 どんなに苦しくとも、どんなに辛くとも、僕には守りたい人たちがいるのだから。


「やめるなら今だぞ?」


 僕は痛みに歪む顔に無理やり笑顔を張り付ける。


「だ、大丈夫です……。こ、これくらい、なんともありません。……だから、続けてください!」


「ああ……。これで終わりだ」


 まるで師匠のその言葉が合図だったかのように、体中の痛みが一気に増す。

 瞬間、それは起こった。

 右腕の傷が塞がっていく。それだけじゃない。右足や胸、体中の傷が次々と塞がっていく。しかも、滲んでいた血も吸い込まれるように傷の中に戻っていき、まるで時間が遡っているかのようだった。


 そして僕の体中にあった傷が全てなくなると、次は師匠の体にその傷が刻まれていく。

 同じ場所に同じ大きさの傷が、まるで何か目に見えない刃に切りつけられているかのように生まれる。

 しかしそれは一瞬だった

 師匠の体に刻まれた傷は、生まれるのと同時に次々と塞がっていく。

 そして治癒が全て完了する頃には、師匠も僕も無傷の状態だった。


「ふぅ……。終わったぞ」


 触手が縮んで自分の体に戻ったことを確認すると、師匠は僕の手を離し立ち上がる。


「すごい……」


「まあな。――だが忘れるな、ハル。これは期限付きの処置だ。体をだましていると言ってもいい。時間がくれば、傷は元に戻る。今の状態で新たな傷を受ければ、それに加えてさっきの傷も負うことになる。最悪の場合、死ぬぞ。だから、無茶だけはしないでくれ」


 最後の言葉は注意というよりも、懇願こんがんに近い。

 本当に不安そうにする彼女に、僕は力強く頷く。


「はい、もちろんです! 僕は、僕として生きていくために行くんですから」


「そうか……。それならいい」


「そういえば、どれくらいの時間で傷は元に戻るんですか?」


 僕の質問に、師匠は難しい顔をしながら右の髪をかき上げる。


「普通の人間ならば最長八時間くらいなんだが、ハルの場合だと予測が出来ない」


 僕では予測が出来ないとは、どういうことだろう?

 何か他の人と違いでもあるのだろうか?


「いいか? 呪術とは、本来呪術師ではないものに呪いをかけることを前提としてる。だがハル、君は呪術師だ。基本的に呪術師が呪術師に呪いをかけることは出来ない。詳しくは分かっていないが、呪核じゅかくを所有していると、呪い自体に耐性が出来るらしい」


「でも今回はうまくいきましたよ?」


「そうだな。だが、これは対象者に害を及ぼすものじゃなかったからだ。呪術師にも、全く呪いがかけられないわけじゃない。傷を癒すものや身体能力を向上させるものなどは、対象が呪術師でもかけることが出来る。ただし、その効果や時間は普段のそれよりも悪くなるが」


――なるほど。


 確かに、今の話しだとこの呪いがどの程度効いていてくれるのかは分からない。


「まあ短くなると言っても、一時間や二時間ということはないから安心しろ。とは言え、準魔じゅんまは待ってくれない。急がないとな」


「王都へはどうやって向かうんですか?」


 僕の質問に、師匠は少し考えるとニヤリと笑う。


「魔法騎士団の馬よりも断然速いものだ」


「ええっ!?」


 にわかには信じがたい。

 王国魔法騎士団の馬は精鋭中の精鋭で、国中のどの馬よりも速いと言われている。

 それより速い生き物となると、それこそ魔獣ぐらいしかいないはずだ。


――途端に不安になってきたな……。


「とにかく、足は心配する必要はない。まずは、出発の準備を済ませよう。もうここには戻ってこないから、忘れ物はするなよ。準備が終わったら集落の出入り口に向かうぞ。ここじゃ大騒ぎになるからな」


 訳が分からない僕とズーシャさんそっちのけで師匠は楽しそうに笑うと、テキパキと身支度を始めるのだった。





 外は大慌てだった。

 集落の人々は忙しく走り回り、あちらこちらで巨大な木材を加工している。

 そんな中でも、準備を終えて出入り口に向かう僕と師匠に、彼らは声をかけてくれた。

 それは励ましや体を心配してくれる声がほとんどで、僕はその一つ一つに勇気をもらう。

 彼らの声を背に集落の出入り口に向かうと、そこにはこの集落の門番で昨日友人になったガノンがいた。


「あれ、ハル!? こんな所にどうしたんだ? というか、傷はどうした!?」


「まあ色々あってね。話すと長いんだ」


「なんだよ色々って。――まぁ治ったならいいけど……。というか、こんな時にどこに行くんだ?」


「王都だ」


 ガノンの当然の質問に、師匠はそうあっけらかんと答える。


「お、王都!? 王都ってあの王都ですか? いやいや、今あそこにはアーミーアントの大群がいるんですよ!? 危険です!!」


 驚いてたじろぐガノンに、師匠は「全くだ」とでも言いたげにため息を吐いた。


「私も危険だと止めたんだ。でもハルがどうしてもって聞かないんだよ」


「おいハル!」


 ガノンが僕の方をギロリと睨む。


「どういうつもりだ!? アーミーアントがどれほど危険な奴らか、お前なら知ってるだろ!!」


「お、落ち着いて」


「これが落ち着いていられるか!!」


 それは凄い剣幕で、彼の見た目と相まって詰め寄られると本当に恐い。


「俺たちでも警戒するほど、アーミーアントは本当に危険なんだ! 分かってるのか!? もしヒートドッグを倒したことで調子に乗ってるなら……」


「違うよ」


 僕は真っ直ぐにガノンの目を見て静かに否定する。


「違う。僕は僕の好きな人を守れるようになりたいんだ。今は無理でも、いつかは自分の力で僕の周りに居てくれる人を守れるようになりたい。だから、僕は行くんだ。今逃げたら、何か大切なものを失うような気がするから。それに、きっと僕はヒートドッグを倒せていなくても、今の状況になったら行ってたと思う。だって、これだけは譲れないことだから」


 ガノンは優しい。

 彼は心の底から僕のことを心配してくれている。

 行けば、僕が傷つくことを知っているから。

 それでも、これだけは譲れない。

 もう僕の代わりに他の人が傷つくのは見たくないから。

 彼は黙って僕の瞳を見つめると、諦めたように一つ嘆息する。


「……分かったよ。もう決めちまったって目をしやがって」


「ごめん……」


 ガノンはもう一度息を吐くと、頭をガシガシと乱暴に掻く。


「もういいよ! お前が決めた事なら、もう何も言わねぇ。ただ、絶対生きて帰って来いよ!!」


「もちろん!」


 僕とガノンは互いに握手する。

 その手は力強く、集落の人々とはまた違った勇気をもらう。


――絶対に生きて帰ってくる。


 彼と話して、僕は改めてそう思えた。


「それはそうと、どうやって行くんだ? 王都までは、早馬を使ったとしても四時間はかかるぞ?」


「それは……」


「秘策がある」


 僕が言いよどんでいると、後ろから胸を張った師匠がそう答える。


「秘策?」


 不思議そうにするガノン。

 それもそうだ。

 僕やズーシャさんだって何の事なのか未だに教えてもらってない。

 今聞かされたガノンなら尚更だろう。


「まぁ見てれば分かる。――少し離れていろ」


 師匠は僕たちの前に歩み出て、少し距離を取る。


「ちょっと持っててくれ」


「はい」


 師匠は上に羽織っているローブを脱ぐと、僕に向かって雑に投げつける。

 今の格好はお腹の見えるタンクトップに麻のズボンと、なかなかにラフだ。


―― 一体何をするんだろう?


 僕がそう思っていると、師匠は僕を見てあの悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「よーく見ておけよ?」


 そしてそう言ったかと思うと、

「よっと」

 彼女は何の躊躇ためらいもなく、上に着ているタンクトップを勢いよく脱いだ。


 そのたわわに実っている胸が、ブルンッと揺れて姿を現す。


「わっ! ちょっ!!」


 突然のそれに、僕は慌てて手に持っていたローブで顔を隠す。


「ちょ、ちょっと! 何してるんですか!?」


「何って、準備だが?」


「そ、それならそれで事前に言っといてくださいよ!」


「言ったら見てくれないじゃないか」


――ええぇぇ~~。


 この人何なの? 露出狂なの? 露出狂だったの!?


「そ、そうだとしても、男性の前ではやめてください!」


「ああ、シーフ族は人間には欲情しないから大丈夫だ」


「僕は!?」


「ハルは弟子だからセーフだろ」


 どういう基準なんだよ!

 こっちが大丈夫じゃないんですけど!?


「それよりもハル。私の体はどうだ? 自分ではなかなかだと思うんだが? ほれほれ」


 僕はローブの隙間から少し覗いてみる。

 するとそこには、全身生まれたままの師匠がいた。


「な、なんで全裸なんですか!? ズボンはどうしたんですか!!」


「んん? ああ、脱いだ」


 なんでそんなにあっけらかんとしてんの!?

 もう訳が分からないんですけど!?


「そんなことより、私の体はどうなんだ?」


 どうしてそんなに体を見て欲しいんだよ!

 本当に露出狂なの?

 そうなの?

 動揺してどうしていいか分からない僕に、またも救世主が現れてくれる。


「おい、ソフィア。何がどうなっているのか分からないが、弟子をからかうのもその辺にしておけ。時間がないんだろ?」


 ズーシャさんだった。

 この時以上に、ズーシャさんに感謝したことはない。

 本当に助かった。


「ん? それもそうか。じゃあそろそろ始めよう。――ハル、今度こそしっかり見ておけよ」


「は、はい……」


 僕は仕方なく、言われた通りにローブの隙間から師匠を見る。

 彼女はやっぱり全裸で、その立派な胸も丸見えだ。

 そして、何故か仁王立ちだった。

 本当いい加減にしてほしい。


「ではいくぞ」


 師匠は目を瞑り、

「来い」

 一言。


 するとかけ声と共に呪核から触手が伸び、全身に広がっていく。

 そして師匠は目を開けると、その名を口にした。


「『呪噤じゅごん人狼獣化じんろうじゅうか』の呪い」


 名を告げた途端、それは起こった。

 彼女の頭に獣のものとおぼしき耳が生え、お尻には尻尾が生える。さらにただでさえ長い髪は地面までその長さを伸ばし、師匠の体全体を覆う。

 しかし、本当の変化はここからだった。


 美しい深い青色の髪の毛が大きく膨らみ、どんどん姿を変えていく。

 髪の毛が足のようなものになる。それは計四つ。それぞれが地面を踏みしめる。

 そこから形を変えつつ、口ができ、牙が生え、瞳が現れる。

 そうして形が完成すると、ぼんやりしていた輪郭は少しずつハッキリとし、姿を現したのは、師匠ではない他の生き物だった。


「こ、これって……」


 狼だった。

 大きな四肢はしっかりと地面を捉え、深い青色の毛と真紅の瞳は神聖なほど美しい。

 大きさは普通のそれよりも大きく、もしかしたら大人のブラックベアーよりも大きいかもしれない。


 流石にたじろぐ僕に、そいつはゆっくり近づいてくると、

「ペロ」

 僕の顔を一なめした。


「うわっ!」


 それに驚いて、僕は思わず尻餅を着く。


「そんなに驚かなくても良いじゃないか」


「へっ?」


 目の前から師匠の声がした。


「しゃ、喋れるんですか?」


「当り前だろ」


「もう。驚かさないで下さいよ。中身まで狼になっちゃったかと思ったじゃないですか! というか、舐めないで下さい!」


 僕の言葉に、狼の師匠はいじけたような顔をする。

 器用だ。


「仕方ないだろ。この姿になると、少なからず狼の習性が出てしまうんだ。まあ、代償だから仕方ないが……」


「ちょっと触ってもいいですか?」


「おう、いいぞ」


 お言葉に甘えて触らせてもらう。


――うわぁ……。フカフカだ。


 その手触りは最高で、凄く気持がちいい。

 出来ることならずっと触っていたいくらいだ。


「師匠が王都まで運んでくれるんですか?」


「そうだ。この姿なら二時間くらいで行けるはずだ」


 はやっ。

 ガノンは早馬で四時間と言っていたから、師匠のこの姿がどれほど速いのか伺える。


「まさか、完全獣化が使えるとはな」


 そう言って近づいてきたのは、ズーシャさんだ。


「完全獣化?」


「ああ、こういった風に姿全部を変えることを完全獣化と言うんだが、この呪いは制御が難しく、使えるものも極稀ごくまれだ。いやはや、驚いたよ」


「ふん。私ぐらい長く生きていると、これぐらい使えて当然さ」


 なんでもないことのようにそう言う師匠だったが、そのフサフサの尻尾は右に左に大きく振られている。

 可愛い。


「さてハル。世間話も良いが、もうそろそろ出発しないと本当に手遅れになる。行くぞ」


「あ、はい」


 僕は師匠の脱ぎ散らかした服を回収し、しゃがんでくれた彼女の背中にまたがる。


「それでは、本当にお世話になりました。行ってきます」


「ああ、気をつけて行くんだぞ。今の王都はどうなっているか想像もつかないからな」


「はい」


「ハル!」


 ズーシャさんの後ろにいたガノンが、僕の所まで来て拳を突き出す。


「絶対生きて帰ってこい! まだお前とは話したいことがいっぱいあるんだ。だから……。だから絶対に帰って来いよ!! 男と男の約束だ!!」


「ああ、約束する」


 僕はガノンの拳に、拳で答える。

 必ず生きて帰ってくる。

 だって、僕には待っていてくれる人がこんなにいるのだから。

 もうあの頃の、魔法学院にいた頃の僕とは違う。

 生きる理由がある。

 守る人がいる。

 だから、僕はあんな奴らに殺されるわけにはいかないんだ。


「ありがとう、ガノン。必ず戻ってくるよ」


「ああ、待ってる」


 二人が師匠から離れるのを見届け、僕は真っ直ぐに前を向く。

 今から行くその場所を見失わないように。


「別れは済んだか?」


「はい、師匠。もう大丈夫です。お願いします!」


「よし、しっかりつかまってろよ!」


 師匠はその言葉を最後に、風のごとく走り出した。


 

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