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第18話 「己の道と最初の一歩」

今回は6000字程度です。

 魔樹海には魔獣と呼ばれる生物がいる。彼らは獣や昆虫など多種多様な容姿をしているが、そのどれもが通常よりも巨大か、特殊な力を持っている。そして、それを可能にしているのが、魔獣の命とも言われている『魔核石まかくせき』だ。


 人が魔法を使う際、体内で生成された魔素まそと呼ばれるものをエネルギーに使っているが、魔獣はこの魔核石まかくせきをエネルギーとして使っており、これは生き物を殺せば殺すほど、大きく強力になっていくのである。そしてある一定以上生き物を殺し魔核石まかくせきが成長すると、魔獣は魔怪まかいと呼ばれる全く別のものへと進化する。魔怪まかいになると、彼らの容姿は別の物へと変わり、さらに巨大化する。また性格も一層凶暴になり、今まで仲間として共に行動していた同族の魔獣をも襲うようになるのだ。強さも魔獣だった頃と比べると、最低でも二つはランクが上がると言われている。


 しかし、そんな魔怪まかいにも二つの対処法がある。

 まず一つが魔怪まかいになったばかりの時を攻める方法だ。魔獣は魔怪まかいになった当初はその変化に自分自身対応できず、一瞬ではあるが魔獣だった頃と比べてランクが一つ下になるほど弱体化する。故に、魔怪まかいはこの時に叩くことが出来れば、普通の状態のときよりも容易に倒すことが出来る。


 そしてもう一つが、魔怪まかいになる前に倒す方法だ。生物を大量に殺し、魔核石まかくせきが成長すると魔怪まかいに進化するが、いきなり魔獣から魔怪まかいになるわけではない。魔獣と魔怪まかいの間にはもう一つ段階があり、それが準魔じゅんまと呼ばれるものである。準魔じゅんまは〈魔獣〉以上〈魔怪まかい〉以下の存在で、その容姿は魔獣よりも大きく、強いのが特徴である。また性格も凶暴となり、同種族以外の魔獣を襲うようにもなる。しかし一方で、行動が活発化するため見つけやすく、また魔怪まかいでもないため、ある程度の力があれば低いランクの準魔じゅんまを倒すことも可能である。

                               『魔獣の生態 三巻』 引用 




 僕は魔法学院の授業で習ったことを思い出していた。

 〈魔獣〉以上〈魔怪まかい〉以下の存在、準魔じゅんま。大きさ以外は普通の魔獣だが、強さは同種よりもワンランク上。

 当然、実際に見たことはないが、見つけ次第討伐対象となるほど王都では準魔じゅんまという存在を恐れている。


 いや、準魔じゅんまの「魔怪まかいになるという可能性」を恐れている。


魔怪まかいともなれば一大事だ。彼らは本能で生物を殺すため、それはとどまるところを知らない。もし魔怪まかいになってしまったら、街規模で被害が出るのだ。それが分かっているからこそ、この場にいる全員が言葉を失ったのだろう。

 しかし、僕が言葉を失ったのはそういう理由からではなかった。


「……今、アーミーアントって言った?」


「あ、ああ。それがどうかしたか?」


 手が震える。いや、手だけじゃない。脚も体も心も、僕の全てが震える。


――僕は、そいつを()()知っている。


 アーミーアント。

 中型犬ほどの大きさをしたアリ型の魔獣。赤黒い色をしており、鎧を引き裂けるほど鋭い牙と剣をも弾く頑丈な体が特徴。しかし彼らの本当の恐ろしさはその数だ。アーミーアントは常に集団で行動を共にし、必ず数で優位になるよう獲物に襲い掛かる。彼らのランクはGランクとヒートドッグのランクと一つしか変わらないが、これは単体でのランクであり、集団ともなるとあのブラックベアーと同等のFランクに匹敵すると言われているほど連携に特化した魔獣だ。


 あの時、カムルが殺された時もそうだった。

 あいつらは六歳の子どもに対して圧倒的な数で襲い掛かってきたのだ。

 僕はあいつらのことを何も知らなった。


 だからこそ魔法学院に入ってから、アーミーアントのことを徹底的に調べ上げた。

 しかしそれは彼、僕の親友であるカムルの仇を取るためではない。

 怖かったからだ。アーミーアントが怖く、何も知らないのが怖かったから相手を調べ、あいつらのことを知った。そして確信した。

 僕にあいつらを倒すことなど出来ないということを……。


「おいハル。ぼーっとしてどうした? さっきから顔色もよくないし、大丈夫か? 体調が悪いなら休んでいても良いぞ?」


「い、いえ大丈夫です……。少しアーミーアントに思う所があっただけです」


「思う所? 前に戦ったことがあるのか?」


「いえ……。僕の親友はアーミーアントに殺されたんです」


「「…………!?」」


 その場にいる全員が息を呑むのが分かった。それもそうだ。突然親友が殺されたなどと言われたら、誰でも驚く。

 僕は無理やり明るい調子で話しを続ける。


「でも大丈夫です。まだ僕が小さかった頃の話ですし、仇を討つつもりもありませんから」


「その親友とは、前に話してくれたカムルという少年のことか?」


「……はい」


「「…………」」


 またも沈黙がこの場を飲み込む。

 三者三様それぞれ思うものがあるのか誰も口を開こうとしない。重い空気が空間に満ちる中、この状況を打開してくれたのは他ならぬ師匠だった。


「安心しろ。 もう二度と、そんな悲しい思いをお前にさせはしない。お前やお前の周りに居る奴らは、みんな私が守ってやる。それに今回はズーシャだっている。だから大丈夫だ!」


 ドンッと胸を張りそう言い切ってくれる師匠は、僕のことを思って無理やり明るく言ってくれているだけにも見える。それでも、師匠が僕のことを考えてくれているという事実が、僕には何よりも嬉しかった。


「さて、ズーシャ。残された時間は少ない。今後の方針を決めよう」


 師匠とズーシャさんは目を合わせると、力強く頷く。


「そうだな。あいつらが街を襲撃してこちら側に戻ってくるのに、早くても二日はかかるだろう。それまでに集落中の男手を使ってバリケードを作る。そうすれば、仮に襲いに来られても時間を稼げるはずだ」

「確かにそうですね。じゃあ俺は集落の奴らに声をかけてきます!」


 ガノンは一礼すると、男たちを集めるため家を飛び出す。


「私たちはどうすればいい?」


「バリケードを作るのは私たちに任せろ。力だけはあるからな。それよりも、今はハル君の方が心配だ。お前はここで彼の傍に居てやれ。――その代わり、準魔じゅんまが襲ってきた時は力を貸してもらうぞ?」


 ニヤリと牙を覗かせながら笑うズーシャさんに、師匠は肩をすくめる。


「今回ばかりはしょうがないな。しばらく世話になりそうだし、それぐらいお安い御用だよ」


「契約成立だな」


 二人は契りの握手を交わす。


――また僕は何もできなかった。


 あの時と同じだ。カムルがアーミーアントに殺されたあの瞬間。僕は今のようにただ見ていることしかできなかった。

 いつもそうだ。

 何か起こるたびに、僕はまるで他人事のように傍観し、傷つくのはいつも僕の隣りに居てくれる人たちだ。


 彼らのために僕は何もしてあげられないのに、彼らは僕のために傷ついてしまう。

 本当にこれでいいのか?

 本当に僕に出来ることは何もないのか?

 こんなのはただ逃げているだけじゃないのか?


「さて、今後の方針も決まったことだし、私も準備をしてくる。すまないが夕食は二人で食べててくれ」


 ズーシャさんは手に持っていた肉の塊を師匠に渡すと、部屋の中にある武器や水筒代わりの革袋を準備し始め、それが終わると大きな扉から出て行こうとする。


「…………」


 本当にいいのか?

 問題を放棄し、すべての責任を彼らに投げ出してしまっていいのか?

 確かに、今の段階で僕にできることは何もないかもしれない。

 それでも……。

 それでも、僕は一歩踏み出すべきじゃないのか?


「では行ってくる。……後のことは頼んだぞ」


 扉に向かうズーシャさん。

 その背中は大きく、まさにこの集落を背負っている者の背中だった。

 僕も、彼に背負わせてしまっている。問題も責任も、本来は僕が自分で背負い歩んでいかなければならないものを、僕は何一つ持っていない。


 彼と、他ならぬ師匠が僕の代わりに背負ってくれているから。

 本当にこれでいいのか?

 外と内をへだてる大きく重そうな扉。それはまるで覚悟を決めたものにしか開けられないのでは思えるほどに、荘重そうちょうとしているように見えた。


 ズーシャさんはそんな扉のドアノブに手をかけ、それを開けようとしたその時、

「待ってください!!」

 僕は彼を呼び止めていた。


「「…………?」」


「あ…………」


 二人の視線が僕に突き刺さる。

 このままではいけないということは分かっている。

 だが、どうすればいいのかが分からない。

 自分がどうしたいのかが分からない。


「ハル、どうした? 何か気になることでもあるのか?」


「い、いえ、そういうわけでは……」


 どういう風に答えればいいのだろう。

 僕は師匠を、僕の周りに居てくれる全ての人を守りたい。セレナさんのように強くなりたい。その想いで呪術師になった。でも現実はどうだ? 戦うすべを身に着けても、言い訳ばかりが頭に浮かぶ。あの頃から何も変わっていない。


 最初の一歩が踏み出せない。

 こうして、また僕は誰かを死なせてしまうのだろうか?

 何もしないまま言い訳だけを並べて、一歩が踏み出せずにまた後悔するのだろうか?


「……」


 僕の異変に気付いたズーシャさんが、ドアノブから手を離し、僕の前へとゆっくり歩いてくる。

 そして、その大きくたくましい手で僕の肩を優しく叩いた。


「ハル君。言いたいことがあるなら言うべきだ。例えそれが困難でも、身の丈に合わぬ願いでも、それをやりたいのなら口に出して言うべきだ」


 僕はズーシャさんの目を見る。それは爬虫類の見た目から想像できないほど人間らしい瞳で、それが真っ直ぐに僕を見ていた。


「君が正しいと思うなら、やるべきだ。君がやりたいと思うなら、やるべきだ。君の道は、君自身で決めろ。私たちは、それを全力で助けてやる」


 僕の肩に置かれたズーシャさんの手は、人のそれよりもひんやりしている。でも確かにその手から、熱い何かかが僕の中に流れ込んできていた。


「僕は……」


 二人の視線が僕に突き刺さる。

 でも、僕はもう迷わない。

 僕に何が出来るのかは分からないけど、だからって何もしなくていい理由にはならないから。

 もう守られるだけなのは嫌なんだ。


「僕は……。僕は、準魔じゅんまを追いかけようかと思います」


「なっ!?」


 僕の言葉に驚く師匠。

 それでも、僕は言葉を紡ぎ続ける。


準魔じゅんまは王都へ向かったとガノンは言ってました。僕の出身も王都です。このまま見過ごすことは出来ません」


「そ、そうかもしれないが、王都には王国魔法騎士団がいるだろ!? わざわざハルが行く必要はない! それに、今の怪我の状態じゃ戦えないだろ!?」


「確かに、そうですね」


 僕の今の状態は、控えめに言っても酷い。左腕はまだ動かせず、右足も引きずってやっと歩けるほどだ。

 それでも……。


「それでも、僕は王都に行こうと思います」


「だからなんでだ! どうしてわざわざ自分から殺されに行くような真似をするんだ!!」


「……これが、僕の歩むと決めた道だからです」


「っ……!?」


「もうカムルのような人を出したくない。僕は守りたいんです。僕の周りに居てくれる人を、僕のことを思ってくれる人を、そして師匠のことを、僕は自分の手で守りたいんです。そのためには、ここで逃げてたらダメなんですよ。何もできないと分かってても、一歩踏み出さなきゃダメなんです」


「そ、そうかもしれないが……」


「それに、街には戦うことが出来ない子どもやお年寄りがたくさんいます。アーミーアントがどれくらいの規模かは分かりませんが、魔法騎士団だけじゃ足りないはずです。だったら、僕に何が出来るか分からないけど、行くべきだと思うんです」


「…………」


 師匠が反対するのは分かっていた。この人は誰よりも僕のことを考えてくれている。死ぬかもしれないのに、この人が首を縦に振るとは思っていなかった。それでも、これだけは譲れない。

 師匠はなおも納得できずに口を開こうとするが、彼が見方してくれた。


「良いじゃないか」


 ズーシャさん。

 師匠とは別の意味で、この人も僕のことをよく考えてくれている。

 さっきはああ言ってくれたが、なんだかんだ言ってこの人も師匠と同じことを言うと思っていた。


「何がいいんだ!? 今のハルではただの足手まといだ! わざわざ危険な場所に行かせるわけにはいかない!!」


「確かにな。今のハル君が行けば、死ぬ危険すらあるだろう。だが、今行かなければ、彼は彼ではなくなってしまう。ある意味、死ぬよりも残酷な死を迎えるんだ」


「…………」


「彼は自分が歩むべき道を見つけた。ならば、それを応援してやるのが師匠ではないのか?」


「そ、それはそうだが……」


「それに、お前には傷を癒す呪噤じゅごんがあるだろ?」


「貴様……」


 悪戯っぽくウィンクするズーシャさんに、師匠が射殺さんばかりの視線を向ける。


「あれは最後の手段だ。傷が癒えると言っても、それは見かけ上だ。本当に治るわけじゃない!」


「そうだとしても、ハル君は行ける手段があるなら行きたいんじゃないのか?」


 二人が僕を見る。

 覚悟を問うように、僕の想いを確かめるように。

 僕にもう迷いはなかった。


「もちろんです。もし方法があって、そのために代償が必要だというのなら、甘んじて払います」


「はぁ……」


 しばらく見つめ合っていた僕と師匠だったが、最終的に折れたのは師匠だった。


「分かったよ……。好きにしろ。ただし、私も行く」


「えっ!? 師匠も来てくれるんですか?」


 シーフ族のこともあるし、てっきり一人で行くものだと思っていた。


「当り前だ。お前を一人で行かすわけにはいかないだろ。――はぁ……。まさかここまで頑固だとはな」


「すいません……」


 呆れたようにため息を吐く師匠に、僕はただ謝ることしかできない。

 それでも、一緒に来てくれる師匠の優しさに、顔は自然と緩んでしまう。


「という訳だ。悪いがズーシャ、私もハルと王都に向かうことにするよ」


「ふん。気にするな。もともとは私たちの問題だ。お前は弟子について行ってやれ。――とは言ったものの、足はあるのか?」


「あっ……」


 すっかり忘れていた。ここから王都までどれくらいの距離なのかは分からないが、ニ・三時間で着くということはないはずだ。


――どうしよう……。


 しかし不安がる僕をよそに、師匠は何故か大きな胸をこれでもかと張る。


「ふっ。その点は安心しろ。そこらの馬よりも速い乗り物がある」


 そう言って浮かべた笑みは、少女のようなあの悪戯っぽいものだった。


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