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第17話 「事件は突然に」

今回は5000字程度です。

 闇が広がっていた。

 長尾シュルツ族の族長であるザザムさんに呪核を授けられたときに来たことがある。

 記憶に新しいここは、紛れもなく僕の中だった。しかし、前回来た時とは少し違う。暗闇の中に浮かぶ僕の目の前には一つの椅子が置いてあり、そこに僕の顔をした「何か」が足を組んで座っていた。


(やあ。お疲れ様。こんなに早く君に再開できるとは思ってなかったよ。もう少し時間がかかると思っていたんだけどね。嬉しい誤算だ)


 そう言って、本当に嬉しいそうに顔をほころばせる。しかし彼の笑顔はどこか僕に似ていない。

 やはり、姿形が似ていると言っても、根本的に僕と彼は違う存在なのだろう。


(少し助言したとは言え、あそこから勝つなんて大したもんだよ。君の中から見させてもらっていたけど、よくあんな無茶を思いついたね)


「ああでもしないと勝てなかったからね。ガノンのおかげだよ」


(ガノン? ……ああ、あの集落の若い門番のことか。確かに、いいアドバイスだった)


 彼はまた笑うと、立ち上がり、スッと僕に近寄ってくる。


(でも、本当に彼のおかげかな?)


 自分の顔をした「何か」はそうささやきかけてくる。

 彼が先ほどまで座っていた椅子は闇に溶け、この空間に僕と彼だけが残る。


(本当に、彼のおかげで勝てたのかな? 確かに、彼のアドバイスがいいヒントになったのは紛れもない事実だ。でも、それだけで勝てるほど、あの戦いは甘くなかった。そうだろ? あれは君が頑張ったから勝てたのさ。きっと、ヒントが無くても君なら僕の言葉だけで勝てたはずだ。君にはその才能がある)


「そんなことは……」


(本当に無いと言い切れるかい? 君に才能があったからこそ、勝てたんだ。この事実に、わざわざ別の解釈を加える必要があるのかな?)


 彼の言葉が、胸の中にゆっくりとしみこんでいく。

 あたかもそれが正しいかのように、真実かのように、何の抵抗もなく僕の中へと浸透していく。


(君はみんなから馬鹿にされ、弱いとさげすまれてきた。だが本当は違う。どんなに強い人間でも、どんなに才能のある人間でも、素手で猛獣に挑めば敗北以外に結果はない。君は今まで素手で挑んできたんだ。才能があっても、それを生かせなかったんだよ。だが、見てみろ。俺という武器を手にした君は、その才能をいかんなく発揮した。Hランクとはいえ、初戦で魔獣まじゅうに勝つなんてそうそう出来ることじゃない。これは、君が選ばれし者だという証拠だよ。その素晴らしい勝利を、才能を、君は自称友達とかいう訳の分からない存在でけがしてもいいというのかい?)


 頭が働かない。

 彼の言葉を聞いていると、不思議とそれが正しいことのように思えてくる。


(君には才能がある。強いんだ。そんな君が手にした勝利をけがしちゃいけないよ)


 勝利を汚す?

 ……確かにそうかもしれない。

 どんなにいいアドバイスや助言をもらっていたとしても、それだけで勝てるほど魔獣まじゅうとの戦いは甘くない。あの時勝てたのは、僕が頑張ったからだ。最後まで諦めなかったからだ。

 誰のおかげでもない。


「そ、そうだ……。僕は誰よりも強いん……」


 その言葉を口にした時、僕の真っ黒に塗りつぶされた頭の片隅である人物のある言葉が聞こえてきた。




『なあハル』

 誰だ?


『明日の試練、頑張れよ。俺は仕事で見に行けないが、応援してる』


『ありがとう』

 返事をしているのは僕だ。でも、僕に言葉をかけてくれている人物が誰なのか分からない。


『負けてもいい。弱いことを恥じる必要はない』


『それだと僕が負けるみたいじゃないか』

 僕の声は楽しそうだった。僕にこんな親しげに話せる相手なんていたのだろうか?


『そういうことじゃない。そりゃ勝つに越したことはないさ。でもな、勝つよりも大切なことがあるんだ』

 この声。どこかで聞いたことがある。


『それって?』


『生きることだよ。生き抜くことだ。生きていれば何度でもやり直すことが出来る。だがな、死んだらそこで終わりなんだ。だから、負けることは恥じゃない。だが、強いと虚勢を張ることは恥ずべきことだ。そういう奴は、決まって下らない所で死ぬ。俺は、お前にはそうなって欲しくないんだ』

 思い出した。この声は……。


『ありがとう、ガノン。僕頑張るよ』




 その名前を聞いた瞬間、僕の頭にこびりついていた黒いもやは綺麗に消え去り、徐々に思考がクリアになっていく。


「ガノン……」


(なんだって?)


「思い出した。彼の名は、ガノンだ」


 真っ直ぐに見つめ返す僕の瞳に彼は一瞬たじろぐも、すぐさまいつもの笑顔を浮かべ鼻で笑う。


(ふっ。そうさ。君の自称友人の名前はガノンだ。だが、それがどうした? たかだか数十分話しただけの奴だ。友人でも何でもない)


 彼の言葉が、もう一度僕の中に入ってこようとする。しかし、もうその言葉は僕には届かなかった。


「そんなことはない。友達は一緒に居た時間の長さで決まるんじゃない。どれほど、互いのことを思っているかで決まるんだ」


「だとしても……」


「黙れ。お前が僕のことをどう思っていようと構わない。でも、友達を馬鹿にすることだけは許さない。僕は彼の助言のおかげで勝てた。師匠に励まされて勝てた。僕一人だけの力じゃない。僕が今までに関わってきたどんな人が欠けても、あの戦いでは勝てなかった。お前がなんと言おうと、これだけは曲げられない」


 はっきりとそう言った僕に、彼は数瞬すうしゅん黙ると、面白そうに口を曲げる。そして僕から距離を空けると、いつの間にか現れていた椅子に最初のように腰かけた。


(まあいいさ。君が思いたいように思えばいい。……今はね)


 彼は僕とはどこか違う笑顔を浮かべると、指を組み肘をつく。


(ここは暇でね。ついつい長話をしてしまった。そろそろ本題に入ろうか。――ズーシャから授かった呪噤じゅごんについての話しを、ね)






「……ル。……ぶか? ……ハ……ル……しろ」


 真っ暗な世界で、声が聞こえた。

 少しハスキーで、聞いていて落ち着くような声音。

 その声に引き寄せられるように、少しずつ意識が覚醒していく。


 そして、

「……ハル、しっかりしろ!」

 僕は目を覚ました。


「んん……。し、師匠?」


 目を開けると、そこには僕の顔を心配そうにのぞき込んでいる師匠の顔があった。


「よかった。やっと目を覚ましたか。眠ってからずっとうなされてたぞ? 汗も凄いし、大丈夫か?」


「え……、ほんとだ」


 額を触ると、師匠の言う通りそこは汗でびっしょりだった。額だけじゃない。まるで雨に打たれたかのように体中汗で濡れていた。


呪核じゅかくと何かあったのか?」


「い、いえ別に。何もありません。多分少し疲れただけだと思います」


 正直あいつの態度や言っていたことは気になる。でも、ただでさえ試練で師匠に心配をかけてしまったのだ。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 僕は額の汗を拭い、体を起こす。


「そんな心配そうな顔をしないで下さい。本当に大丈夫ですから」


「本当だな? もし何かあったら遠慮なく言うんだぞ?」


「はい。そうさせていただきます。――それよりも、師匠はずっと僕の近くに居てくれたんですか?」


 僕の質問に、師匠は豊かすぎる大きな胸を目一杯張る。


「もちろんだ! 寝ているハルを一人にするわけにはいかないからな!」


 その姿は親にお手伝いを褒められた子どものように誇らしげで、僕はそんな師匠が面白くて少し笑ってしまう。


「なんだ? 何が可笑しい?」


「いいえ、何でもありません」


 この人も大概に無茶苦茶なことをする。

 窓から差し込む光はすでに夜の幻想的なそれへと変わっており、時計が無いので何とも言えないが、僕は少なくとも七、八時間は眠ったままだったはずだ。それなのに、この人は眠っている僕の傍にずっといたと言ったのだ。八時間ずっと。


 魔樹海の中とはいえ、集落にいるのだからそんなに警戒する必要もないのに、この人は本当に優しい。

 僕のことを心配し、師匠として出来ることを全てしてくれている。少し心配し過ぎなところはあるが、本当に僕のことを思ってくれているのが分かる。それが何よりも嬉しかった。


「……ありがとうございます」


「ん? 突然どうしたんだ?」


「いえ、何でもありません」


「なんだ、可笑しな奴だな」


 師匠は意味が分からないようだったが、僕はそれでよかった。

 今回の試練で自分が一人で戦ってるわけではないのだと知ることが出来た。ガノンはもちろんだが、一番近くで支えてくれたのは師匠だ。直接アドバイスをくれたわけではないが、それでも僕を信じてくれた。どんなに危険な状況でも、見捨てずに僕が勝つことを願ってくれた。師匠が僕を信じてくれたから、僕は自分を信じることが出来たのだ。


 そう思ったら何だがお礼が言いたくなった。

 ただそれだけだ。

 だから分からなくてもいい。

 いつかはちゃんと伝えたいと思うが、今は僕が師匠に感謝しているという気持ちだけ伝われば十分だ。

 いつか。

 いつか、僕が師匠を守れるくらい強くなれたその時、伝えようと思う。

 男として、それが正しい感謝の伝え方だと思うから。


「いつか必ず……」


 自分に言い聞かせるように小さくそう呟く。


 しかし、

「ん? 何か言ったか?」

 師匠に聞かれていた。


「ふぁ!? い、いえ、何でもありません!」


「言いたいことがあるなら遠慮なく言っていいんだぞ?」


「ほ、本当に大丈夫です! 何でもないです! ただの独り言です!!」


 は、恥ずかしいぃ!!

 聞いているとは思っていなかったから思わず呟いてしまったが、それが聞かれていたとなるとめちゃくちゃ恥ずかしい。

 耳まで真っ赤になっているであろう自分の顔を隠すように手をブンブン振り回しながら、僕は無理やりに話題を逸らす。


「そ、それにしても、お腹すきましたね。し、師匠は大丈夫ですか!?」


 我ながら下手くそだが、そこは師匠である。簡単に騙されてくれた。


「ん? 確かにな。私もペコペコだ。今ズーシャが夕食の肉を取りに行ってくれているんだが、遅いな」


 僕はそこで初めてこの家にズーシャさんがいないことを知る。

 師匠と話すことに夢中になっていて全く気付かなかった。


「夕食を取りに行ったって、どこに行ったんですか?」


「ああ、この集落には専用の食糧庫があってな。そこに取りに行ったんだが、そんな遠くないはずなんだ。少し見てくるか」


 師匠が立ちあがり、出入り口の大きな扉に向かうと、ドタドタという足音が聞こえ、扉がゆっくりと外側から開けられる。


「なんだ、ちょうど帰って来たのか」


 しかし、扉の向こうにいたのはズーシャさんではなかった。


「突然失礼します! 門番のガノンです!」


「ガノン!?」


 突然の登場に驚く僕をよそに、ガノンは家に入ってくるなり部屋を見回し何かを確認する。


「くそ! ズーシャ様はここじゃないのか!」


 ズーシャさんがいないことを知ると、彼はすぐにきびすを返す。


「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなに慌ててどうしたの?」


「ああ? ってハルじゃないか! すまん、今急いでて気づかなかったんだ。それより、ズーシャ様がどこにいるか知らないか?」


「ズーシャさん?」


「ああ。取り急ぎ伝えなければならないことがあるんだ!」


 僕は師匠を見る。


「あいつなら夕飯の肉を取りに食糧庫に行ったぞ」


「食糧庫か! ありがとうございます」


 そう聞いてすぐに家を出て行こうとしたとき、タイミングよくその人は帰ってきた。


「いやー、すまんすまん。遅くなった。いい肉がなかったんで、少し取りに行ってきたんだ。って、ガノン? どうした? どうして門番のお前がここにいるんだ?」


 呑気にそんなことを言いながら大きな肉の塊を持って入ってきたズーシャさんに、ガノンは片膝を着いて一礼すると、すぐさま姿勢を正した。


「大変です! 緊急事態です!!」


 そのただならぬ雰囲気に、ズーシャさんだけでなく、僕と師匠も何か事件が起こったことを悟る。


「どうした? 分かったから、少し落ち着け」


「落ち着いてなどいられません! 今すぐにでも集落中の男を集めて対処しなければ! そうでなければ手遅れになってしまいます!!」


「何があった?」


準魔じゅんまが現れました! アーミーアントです! アーミーアントの準魔じゅんまが現れたんです! しかも、大量の仲間を引き連れて!! そいつらは王都の方に向かいましたが、そこで食い尽くしたら今度はこちらに来ます! どうにかしないと!!」


 ガノンの報告に、僕たちは思わず言葉を失った。


 

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