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第15話 「無謀な希望と叶わぬ願望」

今回は四千字程度となっております。

『罪深き愚者ぐしゃの敗走?』

『そうだ。それが君に授けた呪術の名だ』

『どんな力なの?』

『これは俺に祈りを捧げることを代償にして、君の視覚・聴覚・筋力・脚力・思考速度などの身体能力を全体的に向上させるものだよ。とは言っても、今の段階ではせいぜい少し早く動けるようになる程度だが』

『よわっ!!』

『いいんだよ、これで。呪術師が強くなれば自然と呪術も強くなる。それに、ハルは自分の力で人を助けたいんだろ? ちょうどいいじゃないか』

『そ、そうかもしれないけど……。師匠みたいなカッコイイのが良かったなぁ』

『文句言うな。使ったら意外とカッコイイかもしれないだろ。それに、使いこなせるようになったら強くなる』

『本当?』

『ああ、もちろん。誰にも負けないくらい強くなれるさ』



――夢の中で会った「何か」はそう言ってたけど、全然強くないじゃないか!


 僕は迫りくるヒートドッグの体当たりを紙一重でかわしながら、彼に悪態をつく。


 の時よりも多少早く動けるようになりはしたが、それでも強いとは言い難い。呪術は魔素まそを消費しない代わりに、体力を必要とする。そういう意味では、僕の呪術は効率が悪い。

 目の前にいる魔獣に殺されるか、呪術に体力を持っていかれて動けなくなるか。今の状況ではこの二択しかない。


「グルガッ!!」


 ヒートドッグは僕の油断をあざとく見抜くと、鋭い爪を構えて飛びかかってきた。


「くっ!!?」


僕はそれを右手に握っているナイフでかろうじて弾き返す。


――あ、危なかった。集中しないと……。


 深呼吸をして心を落ち着け、僕はもう一度相手に集中する。

 体長は一メトルと半分ほどで、大型犬ぐらいの大きさ。動きも早くなく、攻撃のパターンも爪でひっかいてくるか、かみついてくるかのワンパターンだ。


――これなら時間を稼げる! 今はとにかく様子を見るしかない。


 そこからは僕と相手の我慢比べだった。互いににらみ合い、一方が距離を縮めれば、他方が距離を空ける。そうして数分が経過した時、それは突然にやって来た。


「ワォォォォン!!」


 いきなりの遠吠え。思わず驚いて動揺してしまう僕をよそに、敵はそれが終わると今度は勢いよく空気を吸い込んでいく。どんどん膨らんでいく敵の腹。


――ま、まさか……。


 それが何を意味しているのかを理解した刹那せつな、僕は考えるよりも先に地面を蹴って思いっきり横に跳んでいた。

 瞬間、僕が今まで立っていたところに炎がける。


「っ!!」


 その炎は凄まじい威力で、地面は黒く焦げ、かわしたはずの僕にまで熱波が来る。僕は受け身も取れず無様に地面を転がったが、かわせたことを確認してすぐさま敵の姿に目をやる。


――だ、大丈夫だ。襲ってこない。


 それにしても、今のは危なかった。直撃していたら、後悔する暇もなく死んでいただろう。

 あれは吸い込んだ空気を熱と炎に変え、口から吐き出すヒートドッグの得意技なのだが、今までの戦闘で使ってこなかったのですっかり忘れていた。


――まずは体勢を立て直さないと……。


 そう思って立ち上がろうとしたとき、僕の右足首にジリリとした痛みが走る。


「くっ!」


 思わぬ痛みに一瞬よろけてしまう。

 その刹那せつなの時間が、大きなスキになった。


――しまった……。


 ヒートドッグはそれを見て駆け出すと、一気に僕との距離を詰める。

 均衡が崩れた。

 敵は隙だらけの僕に飛びかかると、勢いそのままに僕を地面に押し倒す。そして、黒光りする鋭い爪で、容赦なく僕の左腕を突き刺した。


「ぐああああああぁぁぁ!!」


 熱のような痛みが腕を貫き、僕は両目を限界まで見開く。そこにいたのは、凶悪な牙を光らせる恐ろしい魔獣だった。

 目一杯開かれた口。それがゆっくりと僕の顔に近づいてくる。


――やられた……。これは、もう逃げられない……。痛みで思うように力が入らないし、完全に左腕を持っていかれた。動けない……。僕はここで死ぬのか? こんな最低ランクの魔獣に食い殺されるのか?


 極限まで引き延ばされた時間の中で、僕は自分が詰んだことを悟る。


「ふっ……」


 思わず笑みがこぼれた。


――それもいいかもしれない。弱い僕が、弱い魔獣に殺される……。


 体から一気に力が抜ける。

 不思議なもので、覚悟を決めた瞬間にあれほど自己主張してきていた痛みと恐怖心は消え去り、僕は冷静さにも似た諦めを抱いていた。


――呆気ない最後だったな。結局僕は誰も守れず、何もなすことが出来なかった。でも、こんな僕にはふさわしい末路かもしれない。それどころか、僕の人生は恵まれてすらいた。カムルに出会い、師匠に救われた。こんな僕には勿体ないほどいい人たち。そんな人たちに出会えただけで、僕は幸せだった。


 迫りくる現実から目を逸らすように、僕は瞼を閉じる。すると、突然頭の中にあいつの声が響いてきた。



『いいのかい?』

 何が?


『このまま死んでもいいのかい?』

 しょうがないじゃないか。


『何がしょうがないんだい?』

 僕じゃここから逃げ出せない。


『どうして分かる? 未来でも見てきたのか?』

 そうじゃないけど、どう考えても無理じゃないか。


『俺はそうは思わない』

 例え逃げれたとしても、僕じゃあいつには勝てない。


『それこそどうして分かるんだ? まだ負けてないだろ?』

 お前は僕にどうして欲しいんだよ。


『俺はただ、君がどうしたいのか知りたいんだ』

 僕がどうしたいか?


『そうだ。君はまだこの戦いが始まってから、一度も自分がどうしたいか言ってないだろ?』

 …………。


『最初から厳しい戦いになることは分かっていただろ? だったら絶望にうつむいて諦めの現実を拾うより、無謀な希望を抱いて叶わぬ願望に手を伸ばす方がいいと思わないか?』

 それは……。


『言ってごらん。君は、君自身はどうしたいんだい?』

 僕は……。


『僕は?』

 僕は、あいつに勝ちたい。


『…………」

 あいつに勝って、生きたい。これから出会う人を、師匠を守りたい。師匠と一緒に生きていきたい。だから……。


『だから?』

 だから、もう一度立ってやる。あいつを倒して、生き抜いてやる。


『そう、それだ。僕はそれが聞きたかったんだ。さあ、リベンジだよ。無謀な希望を抱いて叶わぬ願望に手を伸ばせ! 目覚めの時間だ!!』



 僕は目を見開く。そこには先と変わらず、鋭い牙が光る大きな口が迫ってきていた。先ほどと同じ場面。しかし、もう諦めない。叶わぬ願望に手を伸ばすと決めたのだ。だったら、それを全力でやらなければ。そうしなければ、僕を生かしてくれた親友に合わせる顔がない。

 僕はなけなしの力を振り絞り、右手のナイフを相手の脇腹に容赦なく突き刺す。


「グガッ!!?」


 突然の反撃に、ヒートドッグは僕への攻撃をやめて悲痛な鳴き声を上げる。

 圧倒的なスキ。

 生きるための唯一にして一度きりのチャンス。


 それを見逃すほど僕は甘くない。

 渾身の力で相手の腹に膝蹴りを入れ、間髪入れずに引き抜いたナイフの柄で相手の顔側面かおそくめんを打ち抜く。

 左手に刺さっていた爪は抜け、横に転がる魔獣。

 その隙に僕は魔獣とは反対側に転がって距離を取ると、すぐさま立ち上がり再度臨戦態勢を取る。


――た、助かった!?


 何とか死の淵から抜け出せた安堵から、緩みそうになる緊張の糸を半ば無理やり張りなおすと、まずは自分の体の状態を確認する。


――大きな傷は左腕と右足だけだけど、それが致命的だ。左腕は痛みで全く動かせないし、右足も火傷がひどい。これじゃさっきのようには躱せない。


 どうする?

 どうしたらいい?

 僕は必死で頭を回転させる。


――この絶望的な状況をどうしたら打開できる? 一発逆転の秘策じゃなくていい。無様でも、泥臭くてもいい。僕があいつに勝つにはどうしたらいい?


 高速で思考を巡らせていると、僕は唐突にあることを思いついた。


「っっ!!?」


 昨日、ガノンから聞かせてもらったある物語。


――そうだ……。これだ。僕が勝つには、これしかない。……やってやる。どちみちこのままじゃ先に倒れるのは僕だ。なら、やるだけやってやる!


 僕は逆手から順手じゅんてにナイフを持ち替え、臨戦態勢の半身から自然体に立ち方をシフトする。


「さあ、もう一度勝負だ!!」


「ガルガァァッ!!」


 そいつは一直線に僕へと突進してきた。





「っ……!」


 ソフィアは満身創痍まんしんそういのハルを見て拳を握りしめ、歯を食いしばる。

 弟子の試練に師匠は手を貸せない。それが呪噤じゅごんを授かる試練に共通する絶対にして唯一の規則ルールだ。だからこそ、今の今まで黙って見守ってきた。

 しかしそれも限界。


 ハルは左腕が使えなくなり、右足も負傷している。これでは満足に戦えない。立っているのもやっとだろう。

 試練はやり直せるが、死んでしまっては元も子もないのだ。

 ソフィアはハルに怒られるのを覚悟で、意を決して止めに入ろうとしたその時、左腕を誰かに掴まれる。


「待て」


「くっ! 離せ!!」


 ソフィアはハルから目を離さずに自分の腕を掴む誰かの手を振りほどこうとするが、相当な力で掴まれているのか一向にほどけない。


「離せ! 私はあいつを助けてやらないといけないんだ!!」


「だから、それを待てと言っているんだ」


「うるさい!」


 ソフィアが振り向いた先にいたのは、この集落の族長であるズーシャだった。


「貴様……」


 いつの間にかソフィアの隣に来ていたズーシャは、腕を掴んだまま真っ直ぐに彼女の真紅の瞳を見つめる。


「落ち着け、ソフィア。まだ試練は終わっていないぞ?」


「これが落ち着いていられるか! よく見てみろ!! ハルはもう限界だ! 左腕は動かず、右足もまともに使えない。これではただ死なせるようなものだ!! お前が試練を中止にしないなら、私がハルを助けに行ってやる!!」


「落ち着け。お前こそ彼をちゃんと見てみろ」


「……?」


 ソフィアはもう一度ハルに目を向ける。

 そこには、限界ながらも必死で戦う弟子の姿があった。

 右足に傷を負っているため、躱すことを諦めて致命傷になるような攻撃だけを最小限で防ぎ、常に相手との距離を詰めている。

 そうすることによって、戦える状態を維持し、あの炎を使わせないようにしていた。


「あれは……」


「ああ。彼はまだ諦めていない。戦い方もそうだが、瞳がまだ勝利を見失っていない」


 致命傷だけを防いでいるため体は傷だらけになり、体力も限界。しかし、ハルの瞳はヒートドッグを捉え続け、諦めの色を写さない。


「ハル……」


「ソフィア、あの子が諦めていないのにお前が諦めていいのか? お前は誰よりも、あの子を信じてやらないといけないんじゃないのか?」


「…………」


「いいか、ソフィア。師匠とは、弟子に自分の技術や知識を教えるだけではダメだ。誰よりも、自分の弟子を愛し、自分の弟子を信じてやらなければならない。例え周りが無理だと言っても、本人が不可能だと叫んでも、お前だけはその子のことを信じ、傍に居てやらなければならない。それが師匠として、お前があの子にしてあげなければならないことだ」


 ズーシャはソフィアの左腕を離すが、彼女はもう助けに行こうとはしない。

 ただ自分の弟子を見つめ、勝利を祈るように拳を握りしめていた。


 

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