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第13話 「鱗族と友人」

 今回は六千五百字程度となっています。

 ズーシャさんに案内されて入った集落は、魔樹海の大樹以外は何もない、一本道が延びているだけでの場所で、景色は入る前と後で大差はない。あのさくと見張り番がいなければ入ったことにすら気づかなかっただろう。

 僕たちはそんな道をひたすらに歩く。

 そして、しばらくすると道の先に木製の大きなアーチが見えてきた。


「あれって……」


「あれが、集落の本当の入り口だ。我々は手先が不器用でな。頑丈なへいや門を作ることができない。だからこうして、柵から少し離れた場所に集落を作った。――疲れているのに歩かせてしまって申し訳なかったな。さぁ、やっと到着だ」


 僕と師匠はズーシャさんに続いて集落へと足を踏み入れる。


 そして、

「わぁ……」

 木製の門を抜けて視界に広がったのは、まさしく集落の風景だった。


 長尾シュルツ族と同じように森の開けた場所に建てられた建物は、彼らとは違って木とわらだけで作られた簡素なものだったが、そのどれもが普通のものより一回りか二回りほど大きい。見渡した限り、シーフ族は例外なく皆体が大きいので、家も大きくないと駄目なのだろう。子どもだと思われる人でさえ、僕と同じかそれ以上に体が大きい。家が巨大になるのも頷ける。


 集落の人のほとんどは、族長と一緒に居るからなのか僕たちに友好的な視線を向けてくれている……と思う。イマイチ古種こしゅの人たちの表情は分かりにくい。長年、付き合いがある師匠は微妙な表情の変化を読み取れるみたいだが、僕にはまだ難しい。と言っても、これから先分かるようになるかと言われれば自信はないが……。


 そんなことを思いながら歩いていると、それは見えてきた。

 集落の最奥にある家、その家は他のものより明らかに大きく、扉や窓まで普通のそれとは違う。家のどれもこれもが普通の二倍から三倍は大きくて、まるで巨人が住んでいるような家だった。


「でかい……」


「ガハハハハッ! この家を初めて見た人間は皆そう言う。私の体はこの通りだからな、普通の家では住めんのだ。さぁ、中に入ろう。大したもてなしは出来ないがな」


 ズーシャさんはその巨大な扉を難なく開けると、僕たちを招き入れてくれる。

 家の中は部屋などなく簡素な作りで、戸棚やかまどのサイズがおかしいという点以外はいたって普通だった。


「適当にそこら辺に座ってくれ。今お茶を入れよう」


 ズーシャさんは家に着くなり、慣れた手つきでお茶の準備をする。かまどに薪をくべて火をつけ、お湯を沸かす。そうしてあっという間にお茶を淹れたズーシャさんは、それぞれのコップにそれを注ぎ、僕と師匠に渡してくれる。


 ちなみに、コップは来客用のものがあるらしく、僕たちはその普通サイズのコップだった。


「さて、待たせたな。本題に入ろうか」


「あ、あの……その前に良いですか?」


 手を挙げそう切り出した僕に、師匠だけでなくズーシャさんもキョトンとする。

 それはそうだ。さっきまでずっと黙っていたのに突然手を挙げて話の腰を折ったのだから。

 それでも、これだけは言っておきたかった。


「先ほどは、本当にすみませんでした!!」


 僕はそう言って床に頭をこすりつける。


「…………」


 ズーシャさんは優しい。それは僕に対する態度や集落の人たちに接する様子から分かる。そんな人に、僕は自分の常識に当てはまらないというだけで固まってしまった。見た目で判断してしまった。

 古種こしゅの人たちが悪い人ではないと分かっているのに、どうしても一度疑ってしまう。怯えてしまう。


 僕は何をやっているのだろう。

 これでは王都や街で暮らす普通の人たちと何も変わらない。

 こんなんじゃ駄目だ。

 僕は師匠に救われ、ザザムさんに教えられて呪術師になった。

 きっとこれからも多くの人に助けられて生きていくだろう。それなのに、僕は何一つ変わっていない。カルムを失ったあの時から、何一つ変われていないのだ。


 変わらなければ。

 力を身に着けるだけでは駄目だ。

 僕は一人でここまで来たわけではない。

 周りの人に助けられ、ここまで来ることが出来た。

 でも、僕は何も返すことが出来ない。

 僕なんかがしてあげられることは何もない。

 だからこそ、相手に対しての尊敬と敬意だけは失くしちゃ駄目なんだ。


「本当にすみませんでした」


 僕はもう一度頭を下げる。

 一度やってしまったことを無かったことには出来ないからこそ、誠心誠意謝罪した。


 しかしそんな謝る僕を見てズーシャさんは、

「ガハハハハハハハハッ」

 豪快に笑い出した。


「え、ええっ!?」


 呆気に取られる僕をよそに、彼はひとしきり笑うと涙を拭う。


「いやー、すまんすまん。君の謝罪に対して笑ったわけではない。あまりに愉快でな」


 彼は笑顔を浮かべ、その大きな手で僕の肩を優しく叩いた。


「私の姿を初めて見た人間は皆、君と同じような反応をする。だが、それを謝ってくれたのは君が初めてだ。私はそれが嬉しい」


 ズーシャさんはそのままの表情で、僕の隣に座る師匠に視線を移す。


「ソフィア、本当にいい弟子を持ったな」


「当り前だ。ハルがいい子なのは私が一番よく知っている」


 当然だと言わんばかりにその豊満な胸を張る師匠を見て、彼は一瞬キョトンという顔をしたかと思うと、次の瞬間にはまた大口を開けて笑い出した。


「ガハハハハハハハハッ! そうか! 確かにそうだな!! この子のことを一番よく知ってるのはお前だ!」


 嬉しいやら恥ずかしいやらで、僕はどうしていいか分からない。


「相変わらずよく笑うな。まあいい。そろそろ本題に入ろう」


「すまんすまん。すっかり本題を忘れておったわ!」


 師匠の一言でやっと辱めから解放された僕は胸を撫でおろす。


「さて、だいぶ本題からズレてしまったな。――今回は、授印じゅいんの件で来たと聞いたが?」


「ああ。ハルにシーフ族の呪いを授けてやって欲しいんだ」


「ふむ。なるほどな」


 ズーシャさんは真剣な面持ちで僕の顔を真っ直ぐに見つめると、一つ頷く。


「確かに、この子と私たちの呪いは相性がいいだろう。だが分かっているのか? 呪いを授けるには対価が必要だぞ?」


「分かっています」


 目を逸らさず答える僕を見て、彼は少し考えるとゆっくりと立ち上がる。


「なるほど。覚悟は出来ているようだな。……いいだろう。ついてこい。見せたいものがある」


 彼はそれだけ言うと黙って家を出て行き、僕たちもそれに続く。

 家を出た僕たちが向かったのは、すぐ隣にある少し小さめの小屋だった。


「こ、ここは……?」


「入れば分かる」


 ズーシャさんはそれだけ言うと、扉にあったカギを外し、薄暗い小屋の中へと入っていく。

 訳の分からない僕と師匠は互いに顔を見合わせるが、それで答えが出るわけでもない。僕たちは黙って彼の後に続いた。

 小屋の中はロウソクの明かり以外何もなく、少し薄暗い。何かにつまずかないよう慎重に進む。


「ここは何なんでしょう?」


「さあ。私にもわからない。初めて入った」


 シーフ族と交流がある師匠でも知らないらしい。

 少しずつ目が慣れてきた僕は辺りを見回してみるが、見えるのはロウソクの微かな明りだけ。本当に何もない。ズーシャさんはこんな所に僕たちを連れてきて、何を見せたいのだろう。


 そう思った時、小屋の中に音が響く。

 金属と金属がぶつかり合う独特の音。ガシャガシャと鳴り響くその音は次第に大きくなる。


――な、なんだ!?


 突然のことに怯えつつも、小屋の中央に立っているズーシャさんの隣へと行く。


「ここは一体何なんですか? というか、この音は?」


「見れば分かる」


 そう言って、彼は視線を前に固定したまま顎をしゃくる。


「えっ? それはどういう…………うわっ!!?」


 彼の視線の先のものを見て、僕は驚きの声とともに尻餅を着いてしまう。

 そこに居たのは、鉄製の檻に入れられた魔獣だった。


「大丈夫だ。こいつは何もできない。よく見てみろ」


 そう言われ、僕は立ち上がり勇気を振り絞って少し近づいてみる。

 そいつは燃えているような赤毛が特徴のヒートドッグと呼ばれる犬型の魔獣だった。大きさは大型犬ほどで口からは炎を吐き攻撃するが、強さ自体はHランクと低い。


 さらに目の前にいるヒートドッグは、自由に動けないよう四足しそくと首に鎖がつけられ、顔には口輪くちわをはめられていた。

 さっきの音はこの鎖が擦れたときのものだったのだろう。

 確かにこれなら襲ってきたり炎を吐いたりは出来ないが、そもそもどうして集落の中に魔獣がいるのだろうか?


「こいつは子どもたちの訓練相手だ。私たちシーフ族は狩りで生計を立てている。だが、魔樹海では獣と出会うよりも魔獣と出会う方が圧倒的に多い。だから、小さい頃から魔獣との戦闘に慣れるため、こうしてこいつのような弱い魔獣を定期的に捕まえては子どもたちに相手をさせるんだ。――君には、この魔獣を倒してもらう。それが対価だ」


「えっ!? 僕が……?」


「そうだ。この魔獣を倒すことが出来れば、君にシーフ族の呪いを授けよう」


 僕はその言葉に思わず隣に立つズーシャさんを見るが、彼の表情は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えない。


「で、でも、僕はまだ魔獣と戦ったことがないんです……」


「誰にでも初めてはある。それに、初めてなら尚更、普通の戦闘よりもこうした試合形式の方がいいんじゃないか?」


「確かにそうかもしれないですけど……」


 そこまで言われても未だに迷う僕を見て、ズーシャさんは優しい微笑みを浮かべる。


「もちろん強制はしない。君の人生はこれからだ。他の種族からいくつか新しい呪いを授かってから、また改めてこれに挑戦してもいい。――どうする?」


 僕は改めて彼の瞳を見る。キラリとロウソクの炎を移す瞳は綺麗で、僕を真っ直ぐに見つめている。

 それを見て、僕は決心した。


「――わ、分かりました。やります。やらせてください!」


 頭を下げる僕にズーシャさんはニヤリと笑うと、

「やっぱり君は愉快だな! うむ、分かった。ドンと任せておけ!!」

 そう言って容赦なく僕の背中をバシバシ叩いてくる。


 めちゃくちゃ痛い……。


「さて、そうと決まれば早い方がいいな。――明日の早朝とかはどうだ?」


「は、はい、それで大丈夫です。よろしくお願いします」


「おう、任された! なに、心配いらない。いざという時は私が助けてやる」


 彼はそう言うと、あの豪快な笑い声をあげるのだった。







「はぁ……。どうしよう」


 僕は大きくため息を吐くと、魔樹海の木々で覆われている空を見る。

 勢いでやると言ってしまった以上、今更撤回は出来ない。が、かと言って勝てる気もしない。最低ランクのHとはいえ、魔獣は魔獣だ。経験のない僕にどうやって勝てというのだろう。


「はぁ」


 勝てる想像が出来ない僕は、もう一度ため息を吐く。ズーシャさんにやると言ってしまってから、ずっとこんな感じだ。もう魔樹海はとっくに夜で、今集落を歩いているのは僕だけ。家々からは楽しそうな笑い声やロウソクの光が漏れているが、それを見ても僕は帰る気になれず、かれこれ二時間はこうして集落の中をグルグルと歩いている。


 何をすればいいのか、どうするべきなのか、僕には分からない。

 その場の勢いで返事をしてしまったが、もう少し考えるべきだったかもしれない。


「はぁ…………」


 今日何度目か分からないため息を吐いたその時、

「おや、君は今朝の……」

 後ろから歩いてきた一人の古種こしゅに声をかけられた。


「集落の中とは言え、こんな時間に歩き回っていては危ないぞ? 何をしているんだ?」


「え、えっと……、あなたは…………」


――僕のことを知っているみたいだけど、一体誰だろう? どこかで会ったっけ?


 困惑する僕を見て、彼は小さく笑う。


「そうか、人間は俺たちの顔を識別できないんだったな。――ほら、今朝君たちがこの集落に来た時に、見張り番をしていた奴だよ」


「見張り番……。あ、ああ。ズーシャさんを呼んで来てくれたあの……」


「そうだ。やっと思い出してくれたみたいだな」


 思い出した僕に、彼は屈託なく笑う。シーフ族の人たちは、目が鋭いし顔も無表情に見えるため一見怖そうだが、話してみると意外と気さくで優しい。それによく笑う。本当にいい人たちだ。


「それで? お前は何に悩んでいるんだ?」


「えっ?」


「そんなに驚くことか? あんなにため息を吐いていれば、誰だって分かると思うぞ?」


「………」


 僕は一瞬迷いながらも、この際だからと今思っていることを聞いてみることにした。


「あの……実は明日、授印じゅいんの対価で魔獣と戦うことになったんですけど、僕は魔獣と戦ったことがないんです。剣術も体術も得意ってわけじゃないし、今は不安しかないんです」


「なるほどな」


 僕の愚痴に彼はふむと頷いて少し考える。

 シーフ族は子どもの頃から魔獣と戦い、将来立派な狩人ハンターになれるよう訓練をしている。そんな人たちから見れば僕の悩みなど取るに足らないものだろう。魔物とはいえ、Hランクはそこら辺の主婦ですら魔法を使って退治できるレベルだ。そんな低ランクの魔獣にすら怯えている僕。


 自分でも本当にどうしようもないと思う。

 自分から相談したとはいえ、途端に申し訳なさが湧いてくる。

 しかし、彼の反応は僕の想像していたものとはだいぶ違った。


「確かに、最初に魔獣と戦う時は怖いよな」


「えっ……?」


 怖いという一言。

 シーフ族は生粋の狩人ハンターだ。僕はてっきり大丈夫だよと声をかけられるものだと思っていた。


「ん? なんだその微妙に驚いた顔は……。何か変なことでも言ったか?」


「い、いえ……。怖いっていう言葉が出てくるとは思わなかったので」


「ガハハハハッ。俺たちを何だと思っているんだ? 怖いものは怖いさ。それが初めてのことなら尚更な」


「えっと……、見張り番さんも最初の頃は怖かったんですか?」


 彼は鼻で笑うと、その何も見えない魔樹海の空を見上げる。


「当り前さ。前日なんか怖くて眠れなくてな。大好物の森牛のステーキが夕食に出てきても、まったく喉を通らなかった。何度逃げようと思ったことか……。そんなとき、父さんが色々教えてくれたんだ。気が紛れるって言ってな」


 彼はそこまで話すと、そうだと言って魔樹海の天井から僕へと目を移す。


「こうして出会ったのも何かの縁だ。俺が父親から教わったことを教えてやろうか?」


「ほ、本当ですか!?」


「もちろん。役に立つかは分からないが、俺に教えられることなら何でも教えるよ」


「ぜひお願いします!」


「よし! そうと決まれば、場所を移そう。ここだと座れる場所もないし、ゆっくり話せないからな」


 そう言って歩き出した彼を見て、僕は一つ大事なことを忘れていることに気がついた。


「すみません」


「ん? どうした」


 振り向く彼。

 そんな彼に、僕は右手を差し出す。


「僕はハル・リベルスと言います。ソフィアさんの弟子で、どんな人も守れる呪術師になるのが夢です。これからよろしくお願いします!」


 彼は僕のそれを見て数舜キョトンとすると、次の瞬間には腹を抱えて笑い出した。


「ガハハハハハハッ……。そうか、俺たちは自己紹介もしてなかったのか! お前とは古くからの友人のような気さえするのにな。――では、改めて。俺の名前はガノン・シーフ。ガノンと呼んでくれ。このシーフ族の集落で見張り番をさせてもらっている。よろしく」


 彼はそう言うと、僕の差し出した手を握ってくれる。

 お互いそれが妙に気恥しくて、少し笑ってしまった。


「これからよろしくお……」


「なあ、ハル。俺たちはもう友達だろ? 敬語はよせよ」


 視線を逸らして照れながらも、そう言ってくれたことが嬉しくて、僕はさらに力を込めて相手の手を握り返す。


「ありがとう、ガノン。これからよろしく!」


「ああ、よろしくな」


 彼は恥ずかしそうに頬を掻くと、まるで今の表情を見られたくないというように、すぐさまきびすを返した。


「さ、さて、自己紹介も終わったことだし、そろそろ本当に行くか! このままだと夜が明けちまう」


 そう言って再び歩き出すガノン。

 カルムが死んで以降、初めてできた友達。

 彼の背中は大きく、僕とは見た目からして違う。だが、そんなもの関係ない。僕は彼と友達になって、初めて心の底からそう思えた。


 大きくて力強く、優しいその背中。

 僕はその背中を見て、彼にバレないよう静かにニヤけるのだった。


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