第12話 「別れ」
今回は五千字程度となっております。
鳥のさえずりが響き、草木がその光を幻想的な白銀から明るい白色へと変えた早朝。
僕と師匠は長尾族集落の出入り口、立派な塀の建てられている場所に立っていた。
「お世話になりました!」
僕は入り口に立っているザザムさんに深々と頭を下げる。
長尾族がまだ眠っている早朝、目を覚ました僕と師匠は、話し合って早々に集落を出て行くことにした。
というのも、僕はここにのんびりするため来たわけではない。
呪術師になり、強くなるために来たのだ。
それをここで改めて、ザザムさんに教えられた。
時間を無駄には出来ない。
それに、ここは居心地が良すぎる。
このままだと、ズルズルと時間を引き延ばしてしまいそうだった。
だから申し訳ないとは思いつつ、こうして朝早くに出発することにしたのだ。
本心を言えば、もう少しここに居たい。
まだ話していない集落の人たちもいるし、ザザムさんに教えてもらいたいことが山のようにあった。
それでも、僕は前に進まなければならない。
それが呪術師になった僕の責任だと思うから……。
「本当にありがとうございました!!」
僕はもう一度、頭を下げる。
「気にするでない。わしらも、ハル君たちと過ごせて楽しかったわい。またいつでも遊びに来てくれ」
「はい!」
「それはそうと、これからおぬし達はどうするつもりなんじゃ? 一旦、家に帰るのか?」
「いや、このままどこかの街に行こうかと思ってる。ハルにはちゃんとした装備をさせたいしな」
ザザムさんは長い顎髭を撫でながら何かを思案すると、突然ニヤリと笑う。
「じゃったら、そのついでに〈鱗族〉の集落に寄ってみてはどうかのう? あそこなら街に行く途中にあるし、ハル君の呪術を増やすことも出来る。一石二鳥じゃ。あの種族の呪いなら相性も良いじゃろうしな」
「なるほど……。確かにな。じいさんにしては良い考えだ」
「じゃろ?」
ザザムさんは得意げにそう言うと、師匠から僕へと目を移す。
「ハル君、これから君には多くの出来事が起こるじゃろう。それは楽しいことだけではない。辛く悲しいこともある。じゃから、逃げたくなったときは、いつでもここに戻ってきていいんじゃぞ? ここはもう君の家じゃ。いつでも帰っておいで」
ザザムさんはにっこりと微笑むと、それにと付け加え僕の耳に顔を寄せる。
「ソフィアの相手は大変じゃろうしな」
ザザムさんはそう言って悪戯っぽくウィンクする。
「はい!!」
「なんだ?」
小声だったため師匠にはザザムさんの最後の言葉は聞こえなかったようで怪訝な表情を浮かべるが、彼は昨夜と同じように「内緒じゃ」と言って、師匠に似たその悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
師匠は納得いかないようだったが、諦めたようにため息を一つ。
「はぁ……。まさかお前たちがここまで意気投合するとはな……。まぁいい。それじゃあ、私たちは行くよ」
「ああ。気をつけて行くんんじゃぞ」
「世話になったな」
「本当にありがとうございました」
僕たちはそれぞれザザムさんにお礼を言って歩き出す。
その時、ザザムさんが何かを思い出したように、そうだと言って僕たちを呼び止めた。
「危うく伝えるのを忘れるところだったわい。――ここ最近、この近辺の魔獣の数が少ない。理由は分からんが、何か異変が起こっているのかもしれん。注意するんじゃぞ」
ザザムさんの忠告に、師匠は一瞬不思議そうな顔をする。
「魔獣の数が少ない? いいことじゃないか」
しかしザザムさんの表情は優れない。
頭では分かっているのにうまく言葉に出来ない、そんな表情。
「そうなんじゃが……。何か引っかかるんじゃよ。はっきり何かあるという訳ではないんじゃが……。嫌な予感がするんじゃ」
「…………分かった。心にとどめておくよ。――ありがとう」
最後の言葉は小さく、きっとザザムさんには届いていないだろう。
それでも、師匠が言ったその言葉に、師匠と彼の関係性が現れているようで、僕は嬉しかった。
僕はもう一度ザザムさんに一礼すると、恥ずかしさからかいつもより早歩きの師匠の背中を急いで追いかけた。
喧騒に包まれる魔樹海。
しかしそれは魔獣が騒いでるからではない。
鳥が歌い、獣が走り回っているからである。
師匠曰く、こんな魔樹海は珍しいらしい。
というのも、普段の魔樹海は魔獣が結構な数いるため、何の力も持たない普通の獣は身を隠していることが多いらしい。
ここまで鳥や獣たちが賑やかだということは、ザザムさんの言っていた魔獣が少なくなっているという情報は確かなようだったみたいだが、危険な感じは全くしない。それどころか、動物たちが生き生きしていてまるで普通の森みたいだ。
「それにしても、今日は賑やかですね。僕は普段の魔樹海よりこっちの方が好きですけど、ザザムさんは何が気になってたんでしょう?」
「さあな。でも、いい環境がいい状態とは限らない。普段とは違うということは、それ相応の何かがあるということだ」
「確かにそうですよね。気を引き締めないと」
師匠は小さく笑うと、僕の髪を乱暴に搔き乱す。
「わっ!?」
「まあな。でも、あまり気を張りつめ過ぎると疲れるぞ? 鱗族の集落まではまだあるからな」
「そ、そう言えば、鱗族ってどんな種族なんですか?」
師匠は僕の頭から手を離し、顎に添えて考える。
「そうだな。長尾族と違って文化水準はそんなに高くない。薬草を見分けることや果物を見つけるのも不得意だ。――まあ、だからあのじいさんはこれを持たせてくれたんだろうけどな」
師匠は背負っていた背嚢を僕に見せるように親指で指す。
それは僕たちが長尾族の集落に行くとき薬草を入れて持って行ったもので、今朝ザザムさんに返されたのだが、 僕は中身が何なのかを教えてもらってない。
「それは何が入っているんですか?」
「ん? そう言えば、ハルは知らなかったな」
師匠は歩きながら背嚢を自分の前に持ってくると、口を開けて中身を見せてくれる。
「これは……」
そこに入っていたのは、大量の果物や薬草で、どれも魔樹海で取れた新鮮なものだった。
確かにこれなら、喜んでくれるだろう。
でもこの背嚢を返された時、まだ僕たちは鱗族に行くと決めていなかった。
つまり、ザザムさんには全てお見通しだったってということになる。
さすが森の賢者だ。
「でも、果物も薬草も見つけられないとなると、鱗族は何で生活してるんですか?」
師匠は僕の疑問にニヤリ。
「それはな、狩りだよ」
「狩り?」
「そうだ。鱗族は強靭な肉体を持っていてな。彼らは動物を狩りで仕留めて、それで生活しているんだ」
それは凄い。
今日みたいな異常な状態でなければ、魔樹海で獣を探し出すのは難しい。それこそ、果物や薬草を見つける方が何倍も簡単だ。
「どうして果物や薬草は見つけられないのに、隠れてる動物は見つけられるんですか?」
「見つけられないのではなく、見分けがつかないんだ。鱗族はとても目がいいんだが、色を識別できないんだよ。全ての色が白か黒に見えるらしい。魔樹海の果物や薬草は形や香りが似ていても、毒を持つ物が多くある。それらを見極めるときに最も役に立つのが色なんだ。だから彼らは自分たちで果物や薬草を探せないんだよ」
「なるほど……」
確かにそれなら厳しいかもしれない。
僕が魔樹海を歩き回ったのはカムルと入ったときを除けば今回しか経験がないが、それでもリンゴなど食べられる果物によく似たものを多く見た。そのどれもが、色以外では識別できないようなもので、もし白黒にしか見えていないのだとしたら、そんなものは怖くて食べれたものではない。
「とういうことは、捕まえた獣の肉だけで生活してるんですか?」
「まあそういうことになるな。あとは、近くに住んでいる古種の集落で肉と果物などを交換したりしているらしい」
――なるほど。
自分の所で余った物と、他所で余った物を物々交換して足りないものを補っているということか……。
王都近くの村でも似たようなことをしている所を知っている。ある村では狩りが盛んで、もう一つの村では農業が盛ん。それぞれの村は自分たちだけでは生活していけず、近所の村々と物々交換をすることによって生計を立てる。
大抵小さな村では常に人手不足だ。この方法なら少ない人手を効率よく回すことが出来る。
僕はそんな生活を営む鱗族に会えることが楽しみで、胸を躍らせながら魔樹海を進む。
そして師匠の背中を追いかけて四時間ほどが経過したとき、それは見えてきた。
何の変哲もない魔樹海の木々が生い茂るある一画、それを囲うようにして立てられているのは木枠で出来た低い柵で、何も知らない人が見ればここが集落だとは気づけないだろう。しかし、集落の前に立っている二人の人物。その人物たちが、ここが鱗族の集落であることを証明していた。
百九十セトルはあろうかという巨体に、全身を覆う頑丈そうな鱗、そこら辺の木々には引けを取らない太い尻尾を有する見張り役は、まさしくトカゲの姿をしていた。
手には先端が石でできた木製の槍を持っており、その雰囲気と相まって相当怖い。
楽しみにしていた気持ちは急激に萎み、不安が積もる。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だ。見た目はあれで少し口下手だが、悪い奴らじゃない。まぁ、何かあったら私が守ってやるから安心しろ」
師匠はそう言うと、怯える僕を置いてスタスタと彼らの方へと歩いて行ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください! 一人にしないで下さいよぉ!!」
僕は急いで師匠を追いかけ、その背中に引っ付く。
情けないとは思うが、こればっかりはしょうがない。足手まといになるわけにはいかないし、今は師匠を頼らせてもらおう。
「貴様ら何者だ! ここに何しに来た!!」
二人は槍を交差させ、目の前に歩いてきた僕たちに向かって、声を張り上げるようにそう問う。
「私はソフィア。この後ろに隠れているのは私の弟子でハルという。鱗族の族長であるズーシャに面会を求めたい」
「ズーシャ様に?」
「ああ。授印のことだ」
「…………」
品定めするように、彼らの眼光が容赦なく師匠を射抜く。二人の視線は凄まじく、それだけで人を射殺せそうなほどに鋭い。しかし当の本人は全く気にした様子もなく、それを真正面から受け止めていた。
あからさまに友好的ではない彼らの視線に、僕はもう駄目だと頭を抱えたくなる。長尾族の時のようにひと悶着あるに違いない。
よく考えれば突然魔樹海の中から現れた人物など怪しい以外の何者でもない。しかもそれが他種族ならば尚更だ。僕だって警戒する。
この状況に、僕が最悪の場面を想像したその時、
「……分かった。今、族長を呼んできてやる。少しここで待ってろ」
「えっ……?」
意外にもすんなりと認めてくれた。
彼は呆気に取られる僕をよそに、静かに集落の中へと消えていく。
「ほらな、言った通り良い奴らだろ?」
「は、はい……」
ドヤ顔でそう言ってのける師匠に、僕は釈然としないものを感じつつその場で大人しく待たせてもらう。
そしてそれからしばらくして、彼はその人物を連れてきた。
「おお、本当にソフィアではないか! 久しいな!!」
「なっっ……!?」
集落から現れた族長と思われる人物、ズーシャさんを見て、僕は失礼だとは分かりつつも言葉を失ってしまう。
「百年ぶりくらいか? 全く変わらないな」
師匠とズーシャさんは、驚く僕には気づかず握手を交わす。
「ん? その後ろにいるのは誰だ?」
「ああ、紹介が遅れたな。こいつはハル。私の弟子だ」
「なんと! ついにソフィアにも弟子が出来たか!! そりゃめでたい」
ズーシャさんは膝を着き、未だに師匠の背中に隠れている僕へと手を差し出してくれる。
「私はこの鱗族の族長をやらせてもらっている、ズーシャというものだ。よろしく」
「…………」
しかし僕は彼の手を握るどころか、声が出せず口をパクパクさせることしかできない。
「彼はどうしたんだ?」
そこでようやく師匠は僕の異変に気が付いたのか、ああと言って小さく笑う。
「きっとお前の大きさに驚いたんだろう」
そう。それだ。彼、鱗族の長であるズーシャさんの大きさは他の人とは比べ物にならないくらい大きい。多分、優に二百五十セトルはある。ここまで大きいと、もはや魔獣と区別がつかない。
「大丈夫だ。取って食われりゃしない」
そうだと分かっていても、怖いものは怖い。
「すまんな。ハルはまだ長尾族にしか会ったことがないんだ」
師匠はそう僕の代わりに謝ってくれるが、ズーシャさんは少しも気分を害した素振りは見せずにその体同様、豪快に笑い出した。
「ガハハハハハッ。結構結構。誰でも、こんな姿を見たら怖いさ。気にするな。正直なのは美徳だ。――いい弟子を持ったな、ソフィア」
「まあな」
ズーシャさんは固まる僕と握手することは諦め、静かに立ち上がる。
「さて、こんな所で立ち話もなんだ。まずは私の家に案内しよう。話はそれからだ」
彼はそう言うと、もう一度その豪快な笑い声をあげた。




