第11話 「素晴らしい日」
今回は四千字程度です。
「なんだ二人とも。ずいぶん楽しそうじゃないか。何を話してたんだ?」
「内緒じゃ」
「ですね」
僕とザザムさんはもう一度目を合わせ笑う。
なんて事のない普通の出来事。
親や友達がいる人にとっては日常の一コマ。
でもこの日常が僕にとっては幸せなことだった。
経験したことがない幸せな時間。
僕はそれが嬉しくて、もう一度笑ってしまう。
しかし僕らの雰囲気に、師匠は頬を膨らませていじける。
「随分仲良くなったんだな」
「いいじゃろ?」
意地悪く笑うザザムさんに、師匠は鼻を鳴らして僕たちが座る茣蓙にドスンと乱暴に腰を下ろした。
「ふん。いいさ。どうせ私は除け者さ」
「そんなことないですよ。僕は師匠が大好きですよ?」
三百年は優に生きている人でも普通にいじけることを可笑しく思いつつ、このままだと可愛そうなので僕はすかさずそう言う。
すると、
「本当か……?」
突然、師匠は上目使いで僕を見てきた。
――か、可愛い……。
師匠のことだから素でやっているのだろうが、ほんとに困る。
僕はこういうことに慣れていない。
自分の顔が赤く染まるのを自覚しつつ、僕は微妙に師匠から視線を外す。
「ほ、本当ですよ」
「本当の本当か?」
「ほ、本当の本当です」
「……」
「…………」
「……ならいい」
突如、師匠は黙って僕の瞳を見つめたかと思うと、手のひらを返したかのようににっこりと微笑み、持っていたサンドウィッチを差し出してくる。
――えっ、えぇ~~。
その笑顔を見るに、やっぱりわざとだったのかもしれない……。
してやられた。
「あ、ありがとうございます」
態度の変化に動揺しつつも、抗う術を持ち合わせていない僕は大人しく受け取る。
それは葉野菜とお肉を挟んだシンプルなものだったが、香辛料のような香りが食欲をそそる。
「ほら、熱いうちに食べろ」
「はい。いただきます……」
釈然としないながらも、僕は師匠に薦められるがまま、その場で大きく一口。
――こ、これは……。なんと言うか、めちゃくちゃ美味しい!
野菜のシャキシャキとした触感に肉汁溢れるジューシーなお肉、そして何より香辛料が効いたソースは格別だった。
それぞれはしっかりと味がするのに、個々が主張し過ぎない絶妙なバランス。
――これなら何個でもいける。
その美味しさに、僕は思わずもう一口二口頬張ってしまう。
よく考えれば、この集落に来て初めてのちゃんとした食事だ。
それがこのサンドウィッチなのはずるい。
「こらこら、そんなに慌てなくても、食べ物は逃げないぞ? まだいっぱいあるからゆっくり食べろ。――ほら、お茶だ」
「ありふぁふぉうふぉふぁいまふ(ありがとうございます)」
僕は師匠にお礼を言って、竹筒に入ったお茶を貰う。
「ぷはぁ……!」
「落ち着いたか?」
「はい。ありがとうございます。――それにしても、このサンドウィッチ美味しいですね。野菜やお肉もなんですが、この香辛料の効いたソースが格別です」
感動する僕に、師匠はニヤリと笑う。
「そうだろ? その香辛料は魔樹海でしか取れないもので、新鮮なものほど香りがいいんだ。私もそれが好きで、どうしてもハルに食べさせたかったんだよ」
そんなことを照れながら言う師匠は、いつもとのギャップもあってやっぱり可愛い。
頬を赤らめながら言った日には、どんな男でも惚れると思う。
自分の師匠に可愛いっていうのもどうかと思うけど……。
「この香辛料、本当にいいですね。僕も好きになりました!」
「そうか? だったら今度一緒に取りに行こう。いい場所を知ってるんだ」
「本当ですか!? 行きます! 行きたいです!!」
「どれどれ、そんなに美味しいならわしも一口味見を……」
ザザムさんはそう言うと、師匠の前にある料理に手を伸ばす。
しかし、師匠はその手を勢いよく叩いた。
パチンという小気味いい音が広場に響く。
「いたっ!」
「何してんだ、このクソジジイ! これはハルに持ってきたやつだぞ!! というか、お前は食ったことあるだろ!!」
「こんなにたくさんあるんじゃから、いいではないか! このバカ娘!!」
「うるさい! クソジジイに食べさせるもんなんかないわ!」
「ケチ!」
「誰がケチだ!!」
「ケチはケチじゃ! ケチケチ!!」
「ケチじゃない! ケチっていう方がケチなんだ!」
「ケーチケチケチケーチケチ」
そう言いながら踊り出したザザムさんに、ムキになって怒る師匠。
――これはどういう状況!?
収拾がつかなくなりつつある現状に、しょうがなく僕が立ち上がって間に入る。
「二人とも落ち着いてください。師匠も、意地悪しないで分けてあげたらどうですか? 僕もこんなには食べれないですし」
「むぅ……」
「それに、大勢で食べた方が美味しいですよ?」
「んむ……。ハルがそこまで言うなら…………」
師匠は頬を膨らませて不貞腐れながらも、ザザムさんに僕と同じサンドウィッチを渡す。
「やっほい! やっぱりハル君は優しいのう。ありがとう。――それに比べて、わしの弟子ときたら……。バカ娘だけでなくケチ娘だったとはのう。わしは師匠として悲しいわい」
「…………」
僕は思わず頭を抱える。
――こ、この人ときたら……。
なんでわざわざ消えかけの火に油を注ぐんだろうね!?
仲良く食べればいいじゃない!?
え、嫌いなの?
犬猿の仲なの?
僕には全く分からない。
ほら、師匠が凄い目で見てるじゃないですか!
もう、怖い!
僕にはザザムさんが怖いです!!
あんな軽蔑の眼差しを向けられながら、よくそんなに美味しそうにサンドウィッチ食べれますね!?
僕だったら胃が痛くなります。
というか、もう痛いです。
「はぁ……」
僕はため息を吐いてしまう。
もう疲れた。
この人たちは仲が良いのか悪いのかよく分からない。
――ついて行けないよ……。
内心そう呟き、僕がその場に座り込むと、自分のお尻に硬いものが当たった。
「いてっ。……なんだろう?」
不意に僕はズボンの後ろポケットに入っていた物を取り出す。
するとそれは、布に包まれたナイフだった。
――昨日、ザザムさんから預ったやつだ……。忘れてた。というか、布に包んでいるとはいえ、こんな物騒なものをポケットに入れたまま忘れるって、なんて不用心な……。
あまりの間抜けさに自分で自分に呆れつつ、早くもサンドウィッチを食べ追わったザザムさんに僕はそのナイフを差し出す。
「すいません。忘れてました。遅くなっちゃいましたが、これはお返しします」
「ん? ああ、それか」
次は何を食べようかとご飯を選んでいたザザムさんはその錆びたナイフを一瞥だけすると、、すぐに興味を失ったかのように大量の食べ物に視線を戻す。
そしてその中からリンゴを選んで一口。
「それは、元々ハル君が試練に合格したら譲ろうと思っておったものじゃ。使うなり、捨てるなり、売るなり、好きにしていいぞ」
「え、ええっ……」
そんな感じ!?
これって長尾族に昔から伝わるナイフでしょ!?
そりゃ貰えるのは嬉しいけど、そんなに雑でいいのかな?
「言ってもただの古いナイフじゃ。ハル君がそこまで気にすることではない。それに、ナイフもこんな老いぼれの所で錆びつくより、ハル君のような人に使ってもらいたいじゃろうて」
「そ、そうでしょうか?」
悩む僕に、ザザムさんは食べかけのリンゴを置いて、まっすぐに僕と向き合う。
「そうじゃよ。道具は道具として使われ、初めて価値が生まれるんじゃ」
「そうかもしれませんが、壊しちゃったら大変ですし……」
「その時はその時じゃ。道具はいつか壊れる。人と同じじゃよ。大切なのは、どれほど全うさせることが出来たかじゃ。――まぁとは言っても、だいぶ錆びついておるし手入れも必要じゃろう。ハル君が要らぬと言うのなら、わしも無理にとは言わん。武器は自分に合ったものを使うのが一番じゃからのう。……どうする?」
僕はもう一度、自分の手の中にあるナイフを見る。
それは古いため錆びついていて、一見使えそうにはない。
魔獣と戦うどころか、これでは果物の皮すら剝けないだろう。
だが、何故か僕はこのナイフに惹かれていた。
理屈ではない何か。
それが何なのか、僕には分からない。
でも、僕にとってこれは必要なものに思えた。
僕は錆びたナイフを布に包みなおし、握りしめる。
「……分かりました。そこまで仰ってくれるなら、使わせていただきます。実を言うと、僕もこのナイフを気に入ってましたし」
ザザムさんはにっこりと笑う。
「そうか……。そう言ってくれてわしも嬉しいよ。きっとそれがハル君を助けてくれるはずじゃ」
「はい! 僕もこのナイフにふさわしい人になれるよう頑張ります!!」
「うむ」
ザザムさんは嬉しそうに頷くと、コップに並々入っていたお酒を一気に飲み干す。
「ぷはぁぁぁ! さて、難しい話しも終わったことじゃし、本格的に宴を始めるかのう。まずは乾杯じゃ!」
ザザムさんは空になったコップに再びお酒を注ぎなおすと、師匠には同じお酒が入ったコップを、僕にはお茶の入った竹筒を渡してくれる。
そして……。
「新しい呪術師が生まれたこの素晴らしい日に、乾杯!!」
「「乾杯!!」」
そこからはただ雑談をするだけの、本当に何の変哲もない楽しい宴だった。
僕たちは美味しいものを食べながら、色々な話をした。
魔法学院での生活のこと、ザザムさんの武勇伝のこと、師匠の魔樹海サバイバルのこと、本当に当たり障りのない普通の話。
それでも、それは僕が経験した中で、一番楽しい夜だった。
他の人が聞けば大げさだと笑うかもしれない。
もっと楽しいことがあると馬鹿にされるかもしれない。
でも、僕にとってはかけがえのない時間だった。
間違いなく、人生で一番楽しい思い出の一つ。
僕はその思い出を忘れることのないよう、深く心に刻む。
時間は流れる。
どんなに願っても、止まることはない。
永遠は、ない。
この場に居る誰もが、それを知っていた。
だからこそ、僕たちは夜通し話続けた。
それこそ、永遠を信じるかのように……。




