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お嬢様とメイドの奮闘記⑤/お嬢様と似顔絵




 オクサード街の通りにて。

 お嬢様と俺が対峙している。

 いつものように、自分にも絵を描いてくれとねだる少女と、もったいつけて出し渋る中年男との醜い争いが勃発しているのだ。


 権力者である領主の娘が相手とはいえ、ほいほい素直にプレゼントしていては意地悪おっさんの名が廃る。

 けっして、若い子に構ってもらおうと目論んでいる訳ではない。

 ……そうだな、今回の勝負はシンプルに、にらめっこ対決にしよう。


「よし、お嬢様がにらめっこ勝負に勝ったら要望を聞こう」

「にらめっこって、どんな勝負なの?」

「方法は簡単。相手を笑わせた方が勝ちだ」

「えっ、それだけ?」


 お嬢様が拍子抜けしたように聞いてくる。

 本当にそれだけだから、何とも言いようがない。


「そう、それだけ。ただし、相手に触れるのは無しだ。先手はお嬢様に譲ろう」

「くすぐったらダメなの?」

「ああ、反則負けになるぞ」

「でも、他にどうすればいいの?」

「面白い話をしたり、物真似したり、変な顔をしたり、とにかく相手が笑いそうな事をすればいい」

「あっ、それなら私にも出来そうね」


 ルールを理解したお嬢様が、自信ありげに頷く。

 にらめっこは、多少の慣れと技術に左右される部分もあるだろうが、基本的に披露するネタの強さと忍耐力との対決だ。

 初心者のお嬢様でも、大して不利にはならないだろう。

 さあ、デュエル開始だ!


「よし、どんとこい!」

「それじゃあ、エレレの物真似をするわね。

 ――お嬢様、ワタシが本気になれば、恋人の一人や二人、簡単につくれますよ。得意顔」


「――――っ」

「あっ、いま笑った? 笑ったんじゃないの!?」

「ノーノー。声を上げていないから、セーフセーフ」

「えーー」


 お嬢様め、初心者なのに中々いいところを攻めてきやがる。

 メイドさんネタなんて、笑いどころ満載じゃないか。

 自分の趣味ではなく、相手のツボを刺激するといった勝負のコツを理解しているようだな。


「まあ、かなり危なかったのは認めよう」

「そうよっ、もうちょっとだったのにっ」

「正直、お嬢様を見直してしまったよ」

「……こんな事で見直されるなんて、旅人さんの私への評価が気になるわ」


 お嬢様は、外見などのプラス要素も一応あるのだが、それを塗りつぶして余りあるマイナス要素があるからな。

 慣れてくれば、近所の噂好きなおばちゃんみたいに、テキトーにあしらっていればいいのだが。


「いや実際、見事な物真似だったぞ。表面だけじゃなく、内面まで表現した渾身の出来だったな」

「そうでしょう、そうでしょう! エレレの事は、いつも観察しているからね!」


 少しも罪の意識を持たず、さも当然のように自分の行いを誇るお嬢様。

 メイドさんの苦労が偲ばれるな。

 もしかして、長年の付き合いで培った信頼関係の一種かもしれない。

 部外者の俺が口出しする事じゃないだろう。

 ……むしろ、お嬢様のターゲットに、俺も含まれてそうで恐いのだが。



「――よし、次は俺の番だな」

「きなさいっ。絶対笑わないわよっ!」


 お嬢様、人はそれをフラグと呼ぶのだよ。


「それでは、俺もメイドさんの物真似をしよう。

 ――わだぁじぃエレレぇぇ。さぁいきぃん、からだぁがぁぁ、おもぐぅなぁったぁ、きがぁずるぅのぉぉぉ」

「――ぶふっ!!」


「はい。俺の勝ち」

「ちょとっ、でぶエレレの真似は、反則じゃないのっ!?」

「そんなルールは、ありませーん」


 大声で抗議してくるお嬢様を一蹴する。

 ふふん。お嬢様と同じメイドさんネタだが、ネタの新鮮さと、頬を膨らませたデブ声が決め手だな。

 長年テレビを見て研究していたから、お笑いの年季が違うのだよ。


「俺の勝ちだな、お嬢様?」

「うぐぐっ……」

 

 中々自分の負けを受け入れられないお嬢様が、悔しそうに歯ぎしりをする。

 その顔が見れただけで、大満足だな。


 ……んん、あれは?

 どうやら、もっと面白い事態になりそうだ。


「プレゼントはお預けみたいだな、お嬢様?」

「そ、そんなっ!?」

「約束は守らないと、駄目だよな?」

「もうっ、これも全部、太ったエレレが悪いのよ! このっ、でぶエレレ!!」  

「――――ワタシが、何ですって?」


 まいったな……。

 人に死相が現れる瞬間を、はじめて見てしまったよ。


「…………」

「…………」

「…………」

「ね、ねえ、旅人さん? も、もしかして、私の後ろに、エレレが居るの?」

「グリン様に尋ねずとも、自分で振り返れば分かると思いますよ、お嬢様?」


 冷や汗が止まらないお嬢様は、怖くて後ろが振り向けないようだ。

 無理もない。

 メイドさんと向き合っている俺には、その懸念が良く分かる。

 あれは、人を殺した事がある目だ。

 チーン。南無阿弥陀仏。


「込み入った話になりそうだから、俺はお暇させてもらうぞ?」

「うえっ!? こんな状態で旅人さんが居なくなったら、エレレが手加減しなくなるじゃない!?」


 逃げるに、決まっているだろう。

 このままでは、俺にまで、とばっちりが来てしまうからな。


「あぢゅー!」


 お嬢様の冥福を祈りながら、俺は全力で走り去るのであった。



 その後、お嬢様の姿を見た者は居ない――。 


「勝手に殺さないでよ!」




◇ ◇ ◇




「もうっ、昨日は旅人さんのせいで、酷い目にあったじゃない!」

「……いや、俺は悪くないよな? 完璧に自業自得だよな?」


 翌日、またもやお嬢様に絡まれた俺は、理不尽な糾弾を受けていた。

 人は何故、己の罪を認めず、人の所為にしようとするのだろうか。


「すっごく痛かったんだから! 恐かったんだから!」

「…………」


 『泣く子と地頭には勝てぬ』とは、まさにこの事。

 感情的に行動し、道理の通じぬお嬢様は、これ『泣く子』。

 領主家の娘であり、権力を持つお嬢様は、これ『地頭』。

 一つでも厄介なのに、双方を併せ持つ彼女は、まさに最恐。

 お嬢様の二つ名を『百害一利姫』から、『泣く地頭姫』に変更すべきだろうか。


「――――」


 男相手なら即座にはっ倒しているところだが、涙目の少女を見るのは、嫌いではない。

 なにより、ポンコツお嬢様の情けない姿を見るのは、とても嫌いではない。


「――――」


 しかし、泣き喚く少女といつまでも対峙するのは、世間体が悪い。

 お嬢様の後ろに控えている護衛の人は申し訳なさそうにしているが、事情を知らない通りすがりには、少女に罵倒されているダメな男に見えるだろう。

 初対面の時のように、あらぬ噂が立っては困る。

 俺は、この街では、善良な一市民として、静かに暮らしたいのだ。


「……分かった分かった。お嬢様にも似顔絵を描けば、機嫌を直してくれるんだよな?」

「そうそう、そうなのよ。そうすれば、全て丸く収まるのよ!」


 お嬢様は、泣き怒っていたかと思えば、一瞬で笑顔になる。

 この切替の早さだけは、見習うべきかもしれんな。



 ……俺は、仕方ないと諦め、スケッチブックを取り出す。


「――――よし。ほら、描けたぞ」

「あらっ、本当に早いわね。早すぎるわね」


 女性に「早い早い」と言われると、へこむよな。

 い、いや、別に早くなんてねーし!


「ねえねえ、早く見せてよ、早くっ」

「……そう慌てるな。ここで見ると、砂埃で絵が汚れてしまうぞ。だから閉じたまま持ち帰り、家でゆっくり見た方がいい」


 女性に「早く早く」と言われると、興奮するよな。

 い、いや、別にお嬢様なんて眼中にねーし!


「絵って、そういうものなの?」

「そうだ、絵はとても繊細なんだ。手でも触らない方がいいぞ」


「分かったわ。せっかく旅人さんが素直に描いてくれたのだから、帰ってからのお楽しみにするわ」

「ああ、それじゃあ転ばないように、気をつけて帰るんだぞ」


「もうっ、そんなにそそっかしくないわよっ」


 こうして、五月蠅いのは去って行った。

 さてさて、俺からの渾身のプレゼント。

 気に入ってくれればいいのだが。




◇ ◇ ◇




「ほらっ、見てよエレレっ。私も旅人さんに描いてもらえたのよ!」

「…………」


「ねっ、可愛いでしょっ、私可愛いでしょ!」

「……はて、こんな風に慎ましい淑女は、この屋敷には居ませんが?」


「悪かったわねっ。私だって絵の中では大人しくするわよ!」

「何の自慢にもなりませんね」


「でも、本当に可愛く描けているでしょ。部屋にでも飾ろうかしら」

「自分の絵を自分の部屋に飾るのは、どうかと思いますが?」


「なによ、エレレも同じ事をしているじゃない?」

「……見たの、ですか?」


「ふふんっ、私に隠し事なんて、お菓子以上に甘いわねっ!」

「…………」


「毎晩、自分の絵を見ながら、ニマニマしているのも知っているんだからっ!」

「――――失礼、足が滑りました」


「むぎゃーっ!」

「淑女は大声を上げたりしませんよ、お嬢様」



「……もう、酷い目にあったわ」

「酷い目にあわされたのは、ワタシの方です」


「わ、分かったわよっ。もう勝手に部屋を覗いたりしないからっ」

「最初からそうしてください」


「……」

「……」


「そ、そういえば、私が貰った絵にも二枚目があるのかしら?」

「……気をつけた方がいいですよ、お嬢様」


「大丈夫よ。エレレと違って、私には描かれて困るものは無いからね」

「…………」


「あら? 二枚目には文字だけ書いてあるわね――――って、なんでっ!?」

「これは……」


「なんでっ、なんで一枚目の絵がバラバラになっちゃったのっ!?」

「どうやら、最初から切り分けられていたようです。あまりにも鋭い切り口だったので、今までくっついたままだったのでしょう」


「なんで私の絵をバラバラにするのよ! そんなに旅人さんから嫌われているの!?」

「その可能性も否定出来ませんが、二枚目にはこう書かれています」


『俺の地元には、分解した絵を元に戻して楽しむジグソーパズルって遊びがある。

 パズル好きなお嬢様のため千ピースに切り分けたから、長い時間を楽しめるはずだ。

 いやいや、礼は不要だぞ。俺とお嬢様の仲じゃないか。

 ああ、そうそう。ちゃんと完成するまで見張っててくれよな、メイドさん?』


「こ、これが、パズル? こんなに沢山のデコボコな紙きれを、全部繋ぎ合せるの?…………」

「良かったですね、お嬢様。嫌われているどころか、随分と愛されているようですね?」


「違うわよね!? 愛されていないわよね!? ただの嫌がらせよね!?」

「グリン様の愛が籠もったプレゼントです。ちゃんと完成させてくださいね、お嬢様?」


「いーやーーー!!」



 ――――その日から、絵が元通りになるまでの十日間余り、お嬢様の外出は禁止されたそうな。





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