いい加減な純愛②/少女を滴る水の美しさよ
「よし、まずは水がどんな物なのかを勉強しようか!」
「なんだよそれ、水は水だろ?」
清々しいまでに、物質について何も考えた事のなさそうな回答だな。
「それじゃあ、水とお湯の違いは何だ?」
「……水は冷たくて、お湯は温かくて、元は同じものだろ?」
「元は同じでも、温度の違いで名前が変わる。そして名前だけじゃなくて、形も変わる」
「…………」
「水を温めるとお湯に変化し、更に温めると湯気に変化する」
周りを漂う沢山の白い湯気も、風呂の醍醐味と言えるだろう。
俺は熱風呂が苦手で、温度を低めにしているから湯気が少なめだが、もしここがゲームの世界で、しかも視聴者が居たとしたら、間違いなく湯気が濃くなっているだろう。
何せ少女とおっさんが真っ裸なシーンだからな。
「そして、湯気は、空気に混じって見えなくなるが、無くなる訳じゃない」
「……見えないけど、いつも周りに小さな水が浮かんでいるって事だよな、あんちゃん?」
いいぞ、俺の話から連想して、ちゃんと考えているようだ。
魔法を上手く使うには、深く考える事が大事だからな。
「――――だったら、見えなくなった湯気を元の水に戻すには、どうすればいい?」
「えっと、逆だから…………、そうだっ、冷たくしてやればいいんじゃないか?」
「ザッツライツッ! よく分かったな!」
「そ、そうか……へへ」
コルトが珍しく照れている。
褒めて伸ばす教育方針は良いものだ。
そして照れる男装少女も良いものだ。
まあ、今は裸なのでばっちり少女なのだが。
周囲にお湯と湯気がある環境で説明したお陰か、コルトは直ぐに理解したようだ。
色々な仕事を手伝っているためか頭の良い子だし、『直感スキル』も持っているので察しがいいのだろう。
「魔法は大体何でも出来るが、ゼロから創り出すのは難しい。だから、水を創り出すイメージじゃなく、周りの空気を冷たくして水に変えるイメージで魔力を使ってみるといい」
「う、うん……」
おっ、ちょっと言葉遣いが可愛くなってる。
俺が珍しく真面目な顔でウンチクたれているためか、緊張しているのかな。
ニヤニヤ。
「えっと、冷たく、冷たく………………!?」
コルトが発した言葉に応じて。
掲げていた両手の周りの温度が変わり。
ぐにゃりと景色が変わり。
最後に質量が変わっていく。
――――ぱんっと、水が入った風船が割れるように、少女の目の前でバケツ一杯分の水が弾け飛んだ。
「なっ、なんだこれっ!?」
あまりの勢いに驚いたコルトがすっ転ぶ。
風呂の中で良かったな。
「こ、これ、オレがやったのか!?」
「ああ、ちゃんと成功したようだな。レベルと魔法ランクも上がっているぞ」
「レ、レベルがっ!? 嘘だろっ!?」
おーおー、混乱してる混乱してる。
パニクる裸の少女ってのも乙なものだ。
コルトのレベルは7から8へ、水魔法のランクは1から2へと上がっていた。
レベルの上昇は体感出来るため、実感した上で、今までの常識と重ね合わせて困惑しているのだろう。
しかし、この程度の科学的な知識に基づく認識の違いだけで強くなってしまうとは、今更ながら怖い世界である。
まあ、そのシステムのお陰で悠々と暮らせている俺は感謝すべきなのだろうがな。
「す、すすすっ――――」
好き? 告白かな?
「すっげーーーっ! 本当にレベルが上がってるのかよ! すげーっ! すげっーーっ!!」
感嘆詞を連呼しながら、踊るように飛び跳ねて喜ぶコルト。
子供みたいだな。いや、普通に子供なんですけどね。
それにしても、裸体で踊る少女を金も出さずに拝めるとは。
胸が熱くなるな。思わず合掌。
浴場を練習場所に選んだのは正解だったようだ。
「すげーよあんちゃん! あんまり期待してなかったけど、一応信じてみて良かったぜ!」
一度コルトが俺の事をどう思っているのか聞きたいな。
……いや、やっぱり怖いから聞きたくないな。
誰もが他人の目に映る自分を知りたいと思いつつ、その実、知るのを恐れているのだろう。
「あっ、でもさぁ、あんちゃん。水魔法のランクが上がっても、やっぱり戦いには役立たねーんじゃないのか?」
少し落ち着きを取り戻したのか、冷静に分析したコルトが問いかけてくる。
「そんな事はないぞ。水は汎用性が高いから、使い方次第で強大な力になるぞ」
「そうなのかっ!? それも教えてくれよ!」
水は、ある程度の量と速度があれば撲殺も可能だし、水圧を高めて細くすれば切断する事も可能だ。
地面に染み込ませてヌルヌルにすれば、相手の行動を制限する事も出来る。
このように応用次第で、水は大きな力を発揮するだろう。
だがしかし!
本気で冒険者を目指している者に、一から十まで教えてしまうのは本人のためにならないだろう。
科学的な知識が無くとも、有効な使い方は経験や発想で十分培えるはずだ。
ここは、有望な冒険者志望の少女のためだと想って、敢えて厳しくする必要があるのだ!
……あーあ、本当は、もっと良いとこ見せたいのに。見せつけたいのに。
そして惚れ直してもらいたかったけどなー。
「――――いや、それは自分で考えた方がいい。今回の練習でランクが上がったし、水の特徴も分かったはずだ。自分で考えて創り上げる方が、きっと凄い魔法になるぞ」
「…………うん、そうだな! あんちゃんが教えてくれたお陰でコツが分かった気がするし。あとは自分でやってみるぜ!!」
「ああ、今回みたいに、魔法の力は知識や使い方で大きく変わるものだ。これからは、よく考えながら使うようにするといいさ」
「うん、ありがとう、あんちゃん!」
最後に、少女の、満面の笑顔。
最高だな。
その笑顔から零れ落ちる水滴が、全身を流れ、背徳感を漂わせている。
最低だな。
「じゃあ、外で練習してくるぜ!」
そう言って、コルトは風呂を去っていく。
……そして俺は、一人残される。
「はぁ――――」
無意識に、ため息が漏れていた。
何故だろうか。
少女から笑顔を向けられ、感激する場面のはずなのに。
風呂の縁に後頭部を乗せ、天井を仰ぐ。
「……」
――――俺は、昔見た映画を思い出していた。
不器用な殺し屋のオジサマが、ある事件から一緒に住むようになった少女に乞われ、戦う力を与える、といった大好きな洋画である。
俺が少女にだけは紳士でありたいと思うのは、もしかしたらこの映画が影響しているのかもしれない。
『純愛』をキャッチフレーズとするこの映画、元の脚本では…………、まあ、それは置いといて。
もちろん俺とそのオジサマが似ているなんて冗談でも思わないし、悲痛な状況でもないのだが。
特殊な力を持つ中年男が少女に情を移すくだりは、まあ、ギリギリ似てなくもないと言ってもファンから怒られないだろう。
うん、ごめんなさい。
「……」
その映画の中で、殺し屋のオジサマは、少女に殺しの技術を授ける事を随分と躊躇っていた。
そう、今更だろうが、多少なりとも一介の少女に力を与えたという事実には、注意が必要なのだ。
今後のコルトの動向次第かもしれないが、これが切っ掛けとなり、彼女に害が及ぶ可能性もあるだろう。
「……」
俺の心境の変化にも注意が必要だ。
いくらコルコルが可愛いとはいえ、唯一の友達もどきとはいえ、深入りすると互いに困った事になるかもしれない。
でも、少女には嫌われたくないし。むしろ全力で好かれたいし。ほっぺをぷにぷにしたいし。
ボーダーラインが難しいところだ。
「……」
まあ、飽きっぽくて薄情な俺に、映画のようなドラマチックな展開と縁があるとは思えないが。
それはそれで淋しいものだなと矛盾した事を考えながら、無邪気に喜んでいたコルトを思い出す。
――――ああ、運命を司る気まぐれな女神よ。
さしたる理由も無く、少女の笑顔を奪わないでください。
もしも避けられない運命だとしたら、せめて、俺の手で――――。
「――――はぁぁぁ」
こうやって、露骨な肩透かしフラグを立てていれば大丈夫だろうか。
……あー、ダメだダメだ。
やはり俺が考え過ぎても碌なものじゃない。
無駄に細かい事を考えているようで、行き当たりバッタリな後先考えない行動が俺らしいのだろう。
とどのつまりは運任せ。
それがお似合いなのだろう。運が無いくせにな。
……上手く行けば喜び。
失敗すれば悲しむ。
そして、飽きたら忘れる。
それでいい。それで――――。
「いいよな?」
最後の独り言には、返事が無かった。




