ドラドラとドラキン 1/3
幼少期の体験を記憶し続けるのは難しい。
だけど、それに関係することは、今でもはっきりと思い出せる。
それほどまでに、玩具を使った遊戯との出会いは衝撃的で、面白かったのだ。
その面白さを知って以降、自由にできる時間はずっと、玩具と共にあった。
一人で遊ぶ時も、友人たちと遊ぶ時も、家族と遊ぶ時も、玩具さえあれば退屈しない。
さほど裕福な家庭ではなかったので、買ってもらえるのは安価な物ばかりで、品数も少なかったが、それでも絶対に飽きなかった。
玩具とは、別の世界だ。
思考だけでなく、世界そのものが切り替わる。
一人で遊ぶ時は、自分と別世界との戦い。
誰かと遊ぶ時は、別世界同士のぶつけ合い。
より別世界に没頭し理解している者が勝者となる。
自身が暮らしているこの現実世界は、様々な別世界を生み出す装置なのだ。
――そんな体験と性質を持つ彼が、大人になった際に、玩具屋を開店したのは、必然であったのだろう。
別世界で遊び惚けつつ理解を深め、世界各地のさまざまな別世界を収集し、他者へ販売することで同志を増やすといった、まさに趣味が高じた仕事の極地。
彼は、夢を叶えたのである。
だけど、大人になって俯瞰できるようになり、現実世界への理解も深まったことで、気づく。
自身が住まう世界には、玩具の種類が少ないことに。
そして、玩具に興味を抱く者も、そう多くないことに。
玩具の種類の少なさは、仕方ない。
人類同士が戦争していた時代は過ぎて食糧問題がだいぶ改善されたものの、魔族との対立問題が残っているから、玩具を考えて作り出す余裕が無いからだ。
新しく発展した玩具が世に出なければ、その魅力に気づく者も少なくて当然。
玩具が少なければ、遊び手は増えず。
遊び手が少なければ、新たな玩具も増えない。
完全なる悪循環
一番の問題は、それに気づき憂いている者がごく少数である点。
だから彼は、自身が経営する玩具屋にうきうき顔で入ってきて、店内をざっと一周した後、これ見よがしに不満げな顔へと変化させた中年男に、目を奪われてしまったのだ。
「いらっしゃいませ。お客さんは、どのような玩具を探しているのですか?」
「……むろん、ダンディなこの俺に相応しい知的で心躍る玩具だ」
気になって声をかけてみると、不満顔の客は、不満げに振り向き、しかし視線は合わせず下を向いたまま、返事をしてきた。
具体性に欠ける返事だが、少なくともこの店に自分を満足させる玩具は置いてないと、暗に言っているのだ。
「これはどうですか? 子供に人気がある玩具ですよ」
「ふん、まさに子供騙しだな。それとも、プレゼントする子供のいない独身男への嫌味か?」
「では、こちらは? 子供には難しい大人向けの玩具ですよ」
「ほうほう、妻も子供もいなくて時間を持て余している独身男には、パズル系の玩具がお似合いってことか?」
不満顔の客は、視線を下に向けたまま、ふざけた自虐ネタをかましてくるが、商品に不満があるからこそ拒否しているのだろう。
それは、一目見ただけでどんな玩具なのか判断できる知識を持っているということ。
つまり、この店に置いてある世界各地から集めたはずの玩具で、一度は遊んだ経験があるということ。
「……申し訳ありません。世界中から玩具を集めたつもりでしたが、お客さんを満足させる商品はなかったようですね」
「まったく、料理だけでは飽き足らず、遊び道具にまで手を抜くとは、相変わらずこの世界は面白味がないな。まあ、レベルを上げ魔法で魔物を倒すといったリアルRPGな世界だから、現実世界の刺激が強すぎて、玩具への関心が低いのかもしれないがな」
「あーるぴーじー?」
「ファミコンは無理でも、せめてトランプのようなカードゲームはあってもいいと思うのだが。精巧なカードを作る技術が無いとしても、麻雀や将棋のようなボードゲームは可能だと思うのだが。やはり、根本的にこの世界は――」
もはや視線どころか、会話さえまともに交わす気がないようで、不満顔の客はぶつぶつと独り言を繰り返している。
ただの厄介な客であれば放っておけばいいのだが、その独り言の中には、無視できない単語が含まれていた。
意味不明だけど、文脈的に、未知の玩具だと思われる単語が、いくつも。
「お客さん! もしかして、ここに置いてない玩具で遊んだことがあるのですかっ!?」
「……ふむ、料理のレシピ作りと同じで、ゼロから始めてみるのも一興か。遊戯だけに」
「?」
「あんたは、この玩具屋の店主なのか?」
「はい、そうですが……」
「ならば、この玩具の遊び方が分かるか?」
そう言って、不満顔の客は、少しだけ和らげた顔を上に向け、懐から取り出した手の平サイズの品を差し出してきた。
「四角い紙に数値が書かれている……? 形や色が違う4種類のマークがあるってことは、数以外にも優劣がつけられるってことで……。裏面が全て同じ模様なのは相手に中身を知られないためで……。もしかして、決まった遊び方はなく、自由なルールで遊べるのでは……。しかも、人数も自由で……」
「なるほど、玩具屋の店主を名乗っているのは、伊達じゃなさそうだな」
「この玩具は、どの街で買ったのですかっ!? どこの誰に頼んだら買えるのですかっ!?」
「残念ながら、ここから遠く離れた場所でしか売ってないぞ。だが、そんなに気に入ったのなら、この街の職人に頼んで同じ物を作ってもらえばいいじゃないか?」
「それはできるだけ避けたいのですっ。玩具とは生み出された地域の文明であって、特産品でもあるのです。だからできるだけその地で買って、その地の利益に還元すべきなのですっ」
「随分とご立派で耳の痛い話だが、元リーマンとして出張先で積極的に土産を購入し地元に還元する精神には共感するぞ。ならば、俺がその地で買ってきて、この店に卸すとしよう。俺の地元であるその地には、面白い玩具がたくさんあるから期待するといい。こう見えて俺は、商人の真似事もしているのだよ」
「おおっ、それは願ってもないお話でーー」
「だが、条件がある」
「は、はい、どんな条件でしょうか?」
商売に条件はつきもの。
遠方にあるらしい未知の地から、未知の玩具を運んできてくれるのだ。
高額な報酬を求められてもおかしくない。
「条件は、ただ一つ。俺と玩具で勝負して、勝つこと。あんたが負けたら、この商談は無しだ」
「どうして、そんな勝負を?」
「これは俺にとっても金と時間を消費する商売になるだろう。そして商売とは、誠実さや堅実さだけでなく、商運がなければ上手くいかない。だから、パートナーとなる相手の商運を見極めたい。商運を持っていない俺に負けるようなら、お互い借金が増える結果になるから、やるだけ無駄だ」
「……はい、わかりました」
不満顔の客が言わんとしていることは、理解できる。
玩具が創り出す別世界のように、この現実世界も遊戯であれば、商売もまたその一つ。
現実世界の遊戯に勝てない者が、別世界そのものである玩具を扱う資格なんてない。
少なくとも、その気概が無ければ、商売なんてやっていけない。
「よし、では勝負の方法は、チンチロリンにしよう。ルールは簡単。このサイコロという玩具を三つ同時に、床に置いたお椀の中に投げ入れ、その合計の値が大きい方が勝ち。ただし、三つとも1は例外で最強としよう。何か質問は?」
「いいえ、ありません」
「グッド! では、俺が先行しよう。――この勝負に、俺の魂を賭ける!!」
不満顔の男は、そんな意味不明の宣言をして、無駄にカッコいいポーズを取りながら、三つのサイコロをお椀の中に放り投げた。
その結果は――――。
「ふむ、5のゾロ目で計15か。そこそこだな」
そこそこどころか、最高値に近い結果。
この15に勝てる数値は、16と17と18、そして3の4種類だけ。
三つのサイコロが全部5という異様さも加わり、イカサマを疑いたくなる。
「…………」
だけど、絶望的というほどではない。
もしも本当に、不満顔の男がサイコロの目を自由にできるのであれば、最強の目を出せばよかったのだ。
それをしなかったということは、この15の数値は、不満顔の客が商売のパートナーとしてに選ぶに値するボーダーラインなのだろう。
それに相応しい商運を、気概を、運命を切り開く力を示して見せる!
「では、いきます!」
「そうそう、言い忘れていたが、サイコロを投げる際には『魂を賭ける』と宣言するのがマナーだからな」
「あ、はい……。では、改めて、この勝負に、オレの魂を賭けます!!」
「グッド!」
気概は十分。
流れも悪くない。
なにより、玩具を大切に想う気持ちは、誰にも負けていない。
その想いが紡ぐ結果は――――。
「5と4と1で、計10か……。まあ、その、惜しかったな?」
「………………」
何とも面白味のない平凡な結果で、対戦相手から慰められる始末。
玩具屋の店主は、あまりにもあっけなく不甲斐ない結末に、膝の力が抜け、床に座り込んでしまう。
ああ、自分には、玩具を愛する資格もなかったのか。
「それで、どうする?」
不満顔の客が、床にへたり込んだ敗者に視線を向け、語りかけてくる。
でも、もう決着はついてしまった。
格付けが済んでしまったのだ。
もしも、再勝負を許されたとしても、15以上の数値は出せないだろう。
それが自分の商運の限界なのだ。
「――――あたしがやる!」
そう言って、後ろから伸びてきた小さな手が、お椀の中に転がるサイコロを掴み上げた。
客に挨拶もできない恥ずかしがり屋で、でもさみしがり屋だから、父親の後ろにずっと隠れていた少女。
そんな玩具屋の娘が、三つのサイコロをぎゅっと握りしめて、決意を込めた視線を上に向ける。
その視線の先は、父親の仇である客。
ずっと不満げな顔だった中年男は、口元を歪める。
不満顔だった客は、今まで、床を見ていたわけではない。
父親の足にぎゅっとしがみつく娘に、ずっと不満げな視線を向けていたのだ。
「いいぞいいぞ、お嬢ちゃん! この勝負に参加したければ、大きな声で宣言するといい!」
「このしょうぶに、あたしのたましいをかける!!」
「グ~~~ッド!!」
……この奇妙な勝負が終わって、しばらくした後、玩具屋の店主は考えた。
店側が勝てば、商品を卸してくれるという約束だったが、負けた時の取り決めはしていなかった。
負けてもペナルティーが無い勝負なんてない。
では、本当に負けてしまったら?
不満顔の客にそそのかされて宣言した「魂を賭ける」とは、どんなペナルティーを意味したのだろうか?
もしかしたら、不満顔の客の真の目的は、自分の娘だったのかもしれない。
だがそれも、今となっては確かめようのない仮説で――――。
「ほうほう、よりにもよってピンゾロとはな。三の字信者であるこの俺に、三を叩き付ける豪胆と豪運。まだ発現もしていなかった潜在スキルをここ一番で解放させるとは、恐れ入ったよ」
「潜在、スキル?」
「あんたは俺と同じ凡人だが、あんたの娘さんは大した運の持ち主だったってことさ。もっとも、娘さんが持っているのは商運ではなく、ギャンブル運のようだけどな」
その言葉の真意を確かめるように、愛娘へと視線を移す。
商談の成立なんてそっちのけで、勝負に勝った事実を無邪気に飛び跳ねて喜ぶ姿を見ると、自然と納得してしまう。
同時に、賭け事で無双する未来の娘を想像してしまい、不安になった。
「では約束どおり、この店に俺が持つ玩具を卸すとしよう」
「本当によろしいのですか? 店主であるオレは負けて、娘も遊びで参加しただけなのに?」
「出た目が息子じゃなく娘だった時点で、あんたの勝利は決まっていたのだろうな。いやそもそも、こんな趣味丸出しの仕事なのに嫁をゲットしている時点で人生の勝ち組なのだが」
「はあ、その、申し訳ありません」
「独身男への憐憫は暴力と同じだからな? 次謝ったらぶん殴るからな?」
「は、はい、気をつけますっ」
「正直な話、卸した商品が売れなくても困りはしない。でも、玩具がその使命を全うせず朽ち果てていく姿を見るのは忍びないから、精々頑張って売り込んでくれ」
「はい! ……正直、厳しいとは思いますが」
「この世界は大人も子供もワーカーホリックばかりだからなぁ。コルコルも俺の部屋以外で遊んでいる所を見たことないし。逆にお嬢様は働いている所を見たことないけど。――よし、ならば俺も販促を手伝うとしよう。ちょうど面白い企画もあるし。人生勝ち組のあんたはともかく、この俺を負かした娘さんが路頭に迷う姿は見たくないからな」
「でも、そこまでしていただくわけにはっ」
「いいさいいさ、今の俺は少女にコテンパンにされて、とても気分がいい。新しい扉が開きそうだ! ……それに、あんたの実益を兼ねない趣味は嫌いじゃない。それはきっと、道楽と呼んでも差し支えないものだから――――」
こうして、玩具だけを取り扱う、世界でも珍しい玩具専門店に入荷されるようになった、やはり珍しい新商品は、この街と近隣を中心に大ヒットすることになる。
不満顔であった客が最後に言った「面白い企画」という名の荒業で。
そして、実益を兼ねない趣味の店から、趣味と実益を兼ねる店へとクラスチェンジした店主は、またもや考える。
実益を兼ねない趣味が「道楽」で。
実益だけを求めるのが「仕事」だとしたら。
実益を兼ねた趣味は、いったい何と呼ぶべきであろうか?
何はともあれ、新商品を起爆剤に、玩具そのものの価値が見直され、遊戯を楽しむ同志が増えただけで僥倖なのだ。
これからの現実世界は、たくさんの別世界を内包し、そして寛容する、余裕に溢れた素晴らしき世界へと変容していくだろう。
後はそう、自身の中に眠る異才に気づいてしまった愛娘が、不満顔がよく似合う客にそそのかされ、遊戯の中でも異彩を放つギャンブルの世界に取り込まれないよう、祈るばかりである。




