◆記念日に修羅場を/スリー・オン・スリー+1◆
軽いジャブを交えた挨拶が終わり、いよいよ本番、という流れであったが――――。
「「「…………」」」
「「「…………」」」
強い意気込みとは裏腹に、両陣営とも言葉に詰まる状態であった。
料理店チームは、これまで料理一辺倒で頑張ってきた。
奴隷館で暮らしていた暗黒時代以降は、まさに料理ばかりを作り続ける日々。
女性が最も輝く青春時代に、婚活そっちのけで花嫁修業ばかりしていたようなもの。
奴隷という特殊な立場もあって、同僚以外にはまともな友人もいない。
端的に言って、コミュ力と女子力には自信が無い。
口喧嘩とはいえ、初対面のやや年上相手に、イニシアチブを取るのは難しい。
勇者チームも、これまで訓練と戦闘に明け暮れてきた。
学園時代の前半はぼっちで、後半と卒業後は自主訓練と魔物退治に没頭する日々。
女性が最も輝く青春時代を、丸ごと棒に振ったようなもの。
勇者という特殊な立場もあって、同僚以外にはまともな友人もいない。
端的に言って、コミュ力と女子力には自信が無い。
腕っ節は誰にも負けなくとも、年下の非戦闘員に殴りかかるわけにはいかない。
「……その、身体的な接触は、どれくらいなの?」
このため、本番が始まったのに、まるで初めてのお見合いみたいに簡単な質問を繰り返すことしかできない。
「私には、直接触れられた記憶がありません。むしろ、腫れ物を扱うように距離を取られていた気がします」
「わたしは! 訓練中に胸やお尻をけっこう触られたよ!」
「わたくしも訓練中によく接触しましたわっ。……お腹や腕の贅肉をつままれただけですけど」
「私はたまにだけど、添い寝したり髪を触られたりしているわね」
「わ、わたしも頭を撫でてもらったくらいですっ」
「あたしは触ってなんかほしくないけどっ。……あれ? お姉ちゃん? どうして慌てているの?」
身体的接触については、チーム内の個々でも差があったようで、対戦相手だけでなく隣の仲間を見て驚いている者もいる。
ただ誰も一線は越えていないので、ドングリの背比べである。
自己申告が本当に正しければ、の話だが。
――――出自についてはどの程度知っているか?
「私は科学や小説に関連することで、多少お聞きしています」
「あたしも! 漫画について聞いてるよ!」
「わたくしも医術を理解する上で必要な関連知識をお聞きしていますわ」
「直接には、何も聞かされていないわね。ただ、故郷の料理についてよく聞くから、ある程度推測できるわ」
「はい、わたしもベルーチェちゃんと同じです」
「あたしもお姉ちゃんと同じだけど、あの人のことだから、きっと知っても仕方ないと思いますよ」
――――個人的なプレゼントは?
「私は、この眼鏡に多くの小説、それに卒業の証をいただきました」
「あたしも! バトル漫画と卒業の証だよ!」
「わたくしも似たようなもので、医療関係の本と訓練時の服と卒業の証ですわね。……改めて考えると、色気の無さにビックリしますわ」
「嗜好品はいっぱいあるけど、後に残る物は、無いわね……」
「でもっ、毎月福利厚生費をいただいているので、服やアクセサリーは自由に買えていますっ」
「奴隷に物を与えず、金を与えるってのが、そもそも変だけどね」
チーム戦では、優劣がつくジャンルもあるようだが、やはり五十歩百歩で、決定打に欠ける。
ならば、個人戦では、どうだろう?
――――本の虫ことリーディと、カフェの店長ことベルーチェの会話。
「センセイが購入した奴隷ということは、一緒に住んでいるのですか?」
「いいえ、私たち奴隷だけで暮らしていて、ご主人様は用事を探して呼び出さない限りやってこないわ」
「それは、なんと言いますか、もったいない関係ですね」
「これでも頑張っているのよ……。それにしても、あなたも本が好きなのね。ご主人様もこのカフェでは、本ばかり読んでいるわ」
「センセイから譲り受けた恋愛小説は、とても素敵な物ばかりです。ありきたりな学生同士だけでなく、農民とお姫様、教師と教え子、主人と奴隷、果ては人族と魔族による禁断の恋愛模様まで、面白おかしくも美しく綴られているのです」
「それを実践できる立場にあるくせに、どうして当の本人は料理ばかりで積極性に欠けるのかしら、ね」
――――剣の虫ことエーチェと、兎族の姉ことリエーの会話。
「料理作り以外で! 特訓はしてないの?」
「料理に関する知識だけでレベルはけっこう上がって、旦那様が魔法で創った護衛もいるから、特訓しなくても問題ないよ」
「すごい! その護衛と一度戦ってみたいな!」
「ふふっ、護衛のレベルは50相当らしいから、いい勝負になるかもね。……ところで、旦那様はそんなに強いのかな?」
「うんっ! 卒業後もいっぱい頑張ってレベルも50を超えたけど! まだぜんっぜんシショーには勝てる気しないよ!」
「やっぱり、そうだったんだね。旦那様は色々と凄すぎて釣り合う人がいないようだから、どうにかしないと……」
――――腹の虫ことワーグァと、兎族の妹ことコニーの会話。
「この中であなただけは、コーチとの仲を深める気がなさそうに見えますわね?」
「あたしは騙されて買われたから当然なんですっ。そう、仕方なく一緒にいるだけなんですっ」
「なるほど、これがツンデレというやつですわね。コーチが気に入るわけですわ」
「意味は分からないけど、あの人が言ってたなら絶対違いますから! ……それにそっちこそ、あの人から特別扱いされてる感じに見えますけど?」
「そうなのですわっ。コーチはわたくしやあなたのように、ちょっと変わった女の子が好きなのですわっ。……あっ、自分で言ってて悲しくなってきましたわ」
チーム戦のみならず、個人戦でも白黒はっきりさせるのは難しいようであった。
会話を重ねるにつれ、勝負というよりも、情報交換の意味合いが強くなり、終いには愚痴が混ざるようになった。
もはや、女子会の雑談といって差し支えない。
「「「…………」」」
「「「…………」」」
これまでの会話で、相手側の事情を理解した両陣営の間に、再び沈黙が流れる。
情報は、出揃った。
片や料理人、片や勇者。
お互いの立場は全くと言っていいほど違うが、その中心にいる人物が秘密主義かつ奥手なので、そもそもの情報量が少なく、把握するのは容易であった。
本戦の後は、クールタイムを設け、お互いの情報と今後の方針について、頭の中で整理する必要があるのだ。
料理店チームの考察――――。
自身の最大の強みは、主人と奴隷という法的に有効な関係であること。
1年にも満たない短い付き合いで捨てられた勇者チームとは違い、法律上の契約と、個々に交わした契約による束縛力は強固。
たとえ中年男が逃げ出したいと思っても、重い足枷となって未来永劫付き纏う。
最大の弱みもまた、主人と奴隷の関係であること。
お金と報酬に基づく関係なだけに、それ以上の発展を望むのが難しい。
中年男にとって彼女たちは、いつまで経っても、料理が得意な子供の奴隷に過ぎない。
勇者チームの考察――――。
自身の最大の強みは、人類の最高レベルに達し、勇者に認定され、確固とした社会的地位を得ていること。
それでもまだ師と仰ぐ中年男には及ばないだろうが、少なくとも強さで、自分たち以外に並び立つ者はいない。
他に隠れた弟子がいなければ、の話だが……。
最大の弱みは、一度捨てられている点。
中年男は、強さや美しさに、さほど興味を持っていない。
それこそ、この店で出される極上料理の方がまだ、興味を引くだろう。
「「「…………」」」
「「「…………」」」
双方のチームが、お互いの強みと弱みについて熟考した結果。
「「「「「「仲良くしましょう!」」」」」」
和解に至った。
両チームの評価値が、ほぼ互角だと判断されたからだ。
それに、お互いの長所短所が重複していない点も高く評価された。
面と向かって敵対するより、表面上は仲良くしておき、虎視眈々とチャンスを待つ方が得策だと思われるからだ。
それ以上に、潰し合わない大きな理由は、親密度の低さにある。
優良物件が6つも揃っているのに、現状、本命どころか愛人枠にも入り込めていない。
下手したら、最も繋がりの薄いウエイトレスが、最も女として意識されている始末。
どのような人物なのかは想像できないが、おそらく、本命に近しい女が別にいるはず。
本命に比べたら、自分たちなんてまだまだ。
どんなに料理が上手になろうと、どんなにレベルが高くなろうと、けっして敵わない強さがあるのだ。
まだ見ぬ強大な敵を前に、二番手の女同士が争っている場合ではないのである。
「それでは、本日は懇親会にしましょう」
ベルーチェの言葉を皮切りに、宴会へ移行する運びとなった。
調理スタッフも参加するため、料理の提供が心配されたが、こんなこともあろうかとたくさんの料理が収納用アイテムにストックされているので、問題なく進行された。
契機とばかりに中年男が度数の強い酒を並べたので、盛り上がるのと同時に、どんどん収拾がつかなくなっていった。
懇親会とは名ばかりの愚痴大会が繰り広げられたのである。
「センセイは昔からそうでした。好き勝手に与えられ、何もお返しできないまま放っておかれる者の気持ちが分からないんです!」
「「「そうだそうだ!」」」
「でもシショーは! たまに思い出したように! エッチな視線を向けてくるよね!」
「「「そうだそうだ!」」」
「口では散々セクハラしてくるのに、手を出そうとしないコーチが悪いのですわ!」
「「「そうだそうだ!」」」
「私たちはいつまでも子供じゃないのよっ。身体はあまり大きくならなくても、心は立派な大人なのよ!」
「「「そうだそうだ!」」」
「旦那様はきっと、結婚して子供ができれば落ち着いて、いい父親になると思うんです!」
「「「そうだそうだ!」」」
「そりゃあ食べる事は何よりも大事だけど、男として女よりも料理を優先するのはおかしくないっ?」
「「「そうだそうだ!」」」
「センセイはたくさんの恋愛小説を持っているのに、全く活かそうとしないなんて本に対する冒涜です!」
「シショーは! あんまり女の子っぽくない女の子が好きだと思うな!」
「いつの間にか非常識な力を身に付けていたわたくしたちは、殿方から避けられ続けてきましたわ。コーチには是が非でも責任を取っていただかないと、ですわ!」
「カフェという居場所を造って毎日美味しい料理を食べさせておけば、料理以上に大切な存在になると思っていたのにっ。それどころか最近は、ただの便利な店員として以前よりも扱いが悪くなるってどういうことなのよっ!」
「旦那様に釣り合う相手はいないでしょうから、質より数で解決するしかありません。ちょうどここには女性が7人も集まっているので、好きなだけ見繕ってください!」
「ちょっとお姉ちゃんっ、あたしも数に入れるのはやめてよっ!」
愚痴という負の感情は、一度流れ出してしまえば、止まらない。
それが、駄目男から煮え湯を飲まされた女の愚痴であれば、尚更である。
「けけっ、誘っている女は見ない振りをして、見込みの無い女にばかり手を出そうとするフニャチン野郎だからな」
「「「そうだそうだ!」」」
「うんうん、嫌なことは酒を飲んで忘れるのが一番だぞ」
「「「お前が言うな!」」」
女子会の中に一人放り込まれた中年男は、料理やデザートを追加したり、空いた皿を片付けたり、甲斐甲斐しくお酌して回ったりと、キャバクラのボーイ顔負けの働きぶり。
アラフォーに進化しても、女心を理解するスキルを会得できていない中年男だが、さすがに罪の意識が芽生えたのだろうか……。
積もり積もった不満を燃料に、狂乱の宴は朝まで続くと思われたのだが――――。
「ふう、ようやく静かになったな」
「けけっ、確かに酔い潰す以外に収拾する方法はねーよな」
夜中、意識を保っているのは、中年男と目つきが悪い女の二人だけであった。
「こんだけ多くのイイ女を袖にするなんて、ほんとあんたはワルい男だよ」
「現実を知ってガッカリするより、夢見ていた方が幸せなのさ」
「あんたはほんと、キザなセリフが似合わねえな。それに、今日のところは誤魔化せても、明日こいつらが起きたらもう逃げられねーだろ?」
「問題ない。そのために特別な薬を飲ませたんだ」
「……まさか、酒に何か混ぜたのか?」
「悪影響はない。記憶の中から今日の出来事だけを消してしまう秘薬だからな」
「…………」
「ほら、嫌な事なんて忘れてしまった方が、いい夢見れるだろう?」
針のむしろから逃げ出さず、中年男がボーイに徹していたのは、特製の記憶消去薬を飲ませるためであった。
ただしこの秘薬が効果を発揮するには、飲む本人が消去する記憶を強く意識する必要があるため、お酌しながら「散々な今日の出来事なんて忘れた方がいいぞ」と言葉巧みに誘導していたのである。
まさに外道!とは、この男のためにある言葉だろう。
「あんたはほんと、ろくでもねえ男だな」
「ああ、よく言われるよ」
中年男は、グラスを手に取り、口元へと傾ける。
グラスの中身は、すっかり温くなっていた。
「けけっ、でもまだ問題が残ってるよな?」
「そこも抜かりないさ。俺はベル子と違って、詰めが甘くないからな」
そう言いながら男は、目つきの悪い女の方へ視線を向ける。
「――――」
中年男が初めて見せる真剣な表情を前に、怖い物知らずの女も思わずたじろく。
女ったらしのちゃらんぽらんに見えて、あらゆるアイテムを占有し、勇者さえも子供扱いする得体の知れない男なのだ。
その気になれば、一人と言わず十人百人単位で、簡単に消してしまうだろう。
中年男は、緊迫感を漂わせたまま、懐からソレを取り出し――――。
「何卒! 何卒! 本日の件は内密にしてください! そしてご協力をお願いします!!」
金貨が大量に入った袋を差し出しながら、平身低頭で目つきの悪い女に懇願した。
「……ああーん? この金で、オレに何をやらせたいんだ?」
「記憶消去薬で消えた記憶は齟齬が生じないよう補完されるんですが、この食い散らかしたテーブルのように物証は残るので、ベル子たちが疑問に思った時にテキトーに誤魔化していただきたいのです! 何卒! 何卒!」
「ふーん? それで奴隷三人組は片づくとして、勇者三人組の方はどうするんだ?」
「深夜にこっそりと宿屋に戻し、宿屋の店主に金を握らせて、酔っ払って自力で帰ってきたと翌朝に説明してもらうつもりであります! そして彼女たちがこの街を去るまで、俺は身を隠す所存であります!!」
「いっそ清々しいほど、ろくでもねえ男だな。……だけど、口止め料の多さとビックリするほどの情けなさに免じて共犯になってやるよ」
「ありがてえ! ありがてえ!」
「そん代わり、オレにはちゃんと詳しい事情を話しておきな。じゃないと、今後フォローできねえからよ」
「……ふむ、そういうことなら、静かな場所で話そうじゃないか」
こうして共犯者になった二人は、ベッドのある休憩室へと移動していった。
後に残されたのは、食べ散らかったテーブルの上に上半身をうつ伏せ、死んだように眠る敗残兵が6人。
漁夫の利とは、よく言ったもので……。
最高の料理人や最強の冒険者といった錚々たる顔ぶれが揃うなか。
目立った特技を持たず、中年男との繋がりも一番薄い、新入りの女に出し抜かれる様は、もはや憐れを通り越して喜劇であった。
▼あとがき
駄目なおっさんがコミカライズされるそうです。
これも異常気象や多様性の影響でしょうか?
詳細は、活動報告にて。




