ラーメンの日/ラーメンの街
その街では、各分野の有力者が集まる定例会が開かれていた。
定例会の目的は、街への来訪者を増やすこと。
それなりに大きく、それなりに豊かな街であるが、いかんせん別の街からの来客と地域に落とすお金の少なさが悩みの種。
集客の目玉を作り出すことが議員たちの使命であった。
「我こそはという案はないかっ?」
プランはあれど、自信があるかと問われると難しい。
それでなくとも、何度も繰り返されてきた議論だ。
毎回、斬新で有益な意見を出せと言われても困る。
成果が疑わしい案でも地味に取り組んでいれば、その過程で得られる経験は大きく、失敗しても次へ繋がる糧となっただろう。
しかしこの場には、評価を上げるよりも、失敗して下がるのを恐れる者ばかりが集まっている。
これでは、街の発展に寄与するなんて、到底叶わない。
……いつものように、誰もが下を向き沈黙したまま定例会が終わろうとした時。
これまで堂々と目を閉じて船を漕いでいた男が、おもむろに片手を挙げた。
「グフフッ、他に意見が無ければ、俺の話を聞いてもらっても構わないかね?」
「「「っ!?」」」
彼が一言発しただけで、他の参加者がざわつく。
「も、もちろんですよ、流通王。ですが、このような場に出席していただくだけでも恐縮なのに、これ以上お手数をお掛けするのは大変申し訳なく……」
「そう邪険にしないでくれ。確かに俺は金を稼ぐだけで何も生み出せない半端者だが、それでも出来る事はしたいのだよ」
彼は、流通王と呼ばれていた。
他にも多くの二つ名を持つが、商人としての功績があまりにも高いため、今ではもう他の名で呼ぶものはいない。
貴族に次いで地位が高いとされる商人の中でも、偉大で異端な業績を伸ばし続ける王。
商人なのに、商品の質や値段よりも、流通の速さと利便さといったシステム作りに注力し、一代で上り詰めた鬼才。
彼が商人王ならぬ、流通王と呼ばれる所以である。
その流通王がこの街を拠点にしているお蔭で、税収は高い水準を保てている。
だが逆に、この街を物流の拠点として各地に分散放出させているため、通過する者は多いが宿泊客が少なく、観光業は低迷している。
そんな彼の口から打開策が出るのだから、他の議員としては複雑な思いである。
「……感謝しますっ。流通王のご尽力があれば百人力です」
「いやまあ、正直なところ俺も門外漢なんでそんなに期待されても困るのだが、期待に応えるだけの努力はしないといけない。我らが美食組合の組長にも怒られたことだしな」
「まさかっ、流通王に命を課すとはっ。もしやその方は、王族や大貴族でしょうか?」
「いいや、そんな器の小さな方じゃないさ」
彼の言葉に、議員たちの混乱は深まっていく。
王族や貴族をも上回る化け物なんて想像もつかないが、商会のトップを相手に問い質す訳にもいかない。
「今回、俺から提案する振興策は――――。いや、我らが組長の言葉を借りれば、『百見は一食にしかず』だったか。確かに、実際に食べた方が早いな。グフフッ」
大きな腹を揺らしながら笑う流通王と、引きつった笑みを返すのが精一杯な議員たち。
かくして、定例会は急展開を迎え、会議室から現場へと舞台を移すのであった。
◇ ◇ ◇
「ふう、ふうっ……。ようやく、到着、したなっ」
先導する流通王が息を切らしているのは、その肥満体質が原因、ばかりではない。
目的の店は、街外れに隠れるように建っていたからだ。
「おおっ、こんな離れた場所に料理屋があるとは、恥ずかしながら把握できていませんでしたよ」
「グフフッ、最近できたばかりで、こんな僻地でやってるのだから仕方ない」
「流通王は、どうしてこの店をご存じなのですか?」
「料理業界を進展させるに当たり、まずは自分の街でどのような料理が作られているか確認せねば、と思ってな。それで一軒一軒、手当たり次第回って最後に見つけたのが、この店だったのさ」
「この街の料理屋全部を食べ歩きされるとは、感服の至りです。その痛ましい体型は、ご苦労の現れなのですねっ」
「いいや、俺の丸い体はただの運動不足だが?」
議員たちが店先で談話していると、がらりと音を立てて扉が開き、店主らしき人物が出てくる。
流通王まではいかなくとも、至る所に蓄えられた贅肉が目立つ。
「これはこれはっ、流通王殿下。何度も来てもらえて光栄ですっ」
「こちらこそ感謝しているよ、店長。まさか自分の街で、あの始まりの店にある料理を食せるとは思っていなかった」
「そう言ってもらえると、無理して店を出した甲斐があったってもんです」
「グフフッ、味はまだまだ、始まりの店に及ばないがな」
「ははっ、それはあっし自身が一番実感しているつもりです。――――さあっ、皆様方、店の中へどうぞ」
流通王と仲が良いらしい店長が促すまま、一同は謎の料理屋へと足を踏み入れた。
「これは……、肉の匂い、でしょうか?」
「とても強くて癖になる匂いですな」
「それに、店中が異様にベトベトしているようだが?」
議員たちは、未開の森へ迷い込んだかのように、周囲を見渡す。
一見、普通の料理屋のように思えるが、他店では感じられない濃厚な空気が漂っている。
何かの肉らしき匂いがするが、焼き肉屋とは違うようだ。
「すぐに作るんで、席に座ってお待ちください」
そう言うと店主は、厨房へ引っ込んだ。
そして本当に、5分ほどで全員分の料理が出てきた。
「これは、鍋で煮た物を、ドンブリに入れた料理ですかな?」
「それにしては、白く細いのが入っているだけで、肉が見えないのだが?」
「もしや、スープなのでは?」
「しかし、スプーンは無く、代わりにあるのは二本の棒きれ?」
丸いドンブリを上から眺めながら出る言葉は、戸惑いばかり。
それでいて濃厚な香りが、視線を惹き付けて離さない。
「グフフッ、この料理は冷めると途端に不味くなるから、早く食べるべきだ。少し特殊な食べ方だから、俺を真似るといい」
そう言うと流通王は、二本の棒きれを片手に持ち、スープの中にある細い物体を器用に掴み出し、そのままずずずっとすすってみせた。
「「「…………」」」
議員たちは、初めて見る食べ方に驚きながら真似するが、上手くいかない。
まず、二本の棒きれで細い物体を掴むのが難しい。
運良く成功しても、口の中に入れてすすり上げる動作に失敗する。
生まれてこの方、これほど奇妙な料理を食べたことがないのだから、当然である。
「このっ、このっ」
「あつっ、あつっ」
「うわっ、ズボンに落ちたっ」
それでも、料理が飛んで逃げる訳ではないので、少しずつ口の中で消化されていく。
初めは、口に入れるまで時間が掛かってスープが落ちてしまい、味があまり感じられない。
慣れてくると、口の中がスープの味に支配され、次々とすすり込む。
最後は、細い物体が無くなり、襲ってきた喪失感がドンブリを掴み上げ、一気にスープを平らげてしまった。
「どうかな各々方、味の感想は?」
こんなに食べにくい料理は初めて。
味付けも初めてなので、善し悪しを判断するのが難しい。
しかも、スープ以外は細い物体だけで、肉も入っていないので、満足感が薄い。
それなのに、口から出てきた感想は――――。
「「「強烈だった!」」」
およそ、料理に対する感想とは思えない。
だが、未だ余韻から抜け出せない議員たちを見て、流通王は満足気に頷く。
これでいい。
味の善し悪しは、個人的な感性によるところも大きい。
だから、まずはインパクト。
今まで見たことのない形態と味が与える印象は、心に残り続ける。
その残像は、もう一度食べたいという欲を生み出す。
この料理の本当の美味しさは、その時に実感すればいいのだ。
「店主、この料理は、いったい?」
「料理の名は、『シノラー』です。実際はうろ覚えでして、でもそんな名前だったと思います」
「ということは、元祖たる料理が他にあるのかね?」
「はい。あっしは以前、流通王殿下のもとで荷物を運ぶ仕事をしてまして、それで行った街でこの料理を出す店に出会ったんです。その店には、他にもたくさん美味い料理がありましたが、あっしが虜になったのは、このシノラーでした」
議員の一人に尋ねられた店主は、懐かしそうに遠い目をしながら、人生の転機となった出来事を話す。
「シノラーに惚れ込んだあっしは、その店の料理人じゃなくてオーナーのような方に、作り方を教えてほしいとお願いしました。その方は、最初は面倒くさそうな目で見ていたんですが、あっしが自分の街でシノラーを作り、もっともっと大勢に食べてもらいたいと説明すると、なぜか協力的になって教えてくれたんです」
「グフッ、グフフッ、さすがは美食組合の一の座にして料理業界の伝道師。怠惰を装いながらも、しっかりと食の担い手を作り上げる手腕は、見事としか言いようがない」
「だからあっしは、大恩あるその方に報いるためにも、シノラーの素晴らしさを世に広めるためにも、そして自分自身が大好きな料理を食べ続けるために、この料理店を作ったんです」
感動の製作秘話を聞きながら、議員の面々は流通王がここに連れてきた理由を実感していた。
流通王は、この店主に習い、このシノラーなる料理で街おこしせよ、と言っているのだ。
この店に来る前に聞かされていたら、「料理で街おこしなんて無理に決まっている」と一笑に付しただろう。
だが、もう笑えない。
笑みが浮かんだとしても、それは、期待に胸を膨らませたから。
シノラーは、人を選ぶ料理だ。
だが、印象が薄い無難な料理を宣伝しても、高が知れる。
だけどシノラーには、少数だとしても中毒にしてしまう強烈さがある。
この街に足りなかったのは、インパクト。
前例の無い料理による街おこしに賭けるだけの力強さが、シノラーにはあるのだ。
「グフフッ、これ以上言わなくても、理解してもらえたようだな。シノラーの作り方は、この店長が教えてくれる。食材の調達面では、流通王と呼ばれるこの俺を遠慮無く頼ってくれ。……それ以外については、お任せしても?」
「「「はい、お任せくださいっ!!!」」」
かくして、商会の異端児を旗振り役に、奇妙な料理を目玉にするビジネスが始まった。
前代未聞の賭けになるが、実のところ、成功は約束されている。
流通王をはじめとした、各方面で頂点を極めし美食組合の面々が、面目躍如のため有り余る名声と富と暇を使いバックアップしてくれるからだ。
残る心配は、奇妙な料理の再現度だけだが、それも情熱が解決してくれるはず。
何故なら、料理スキルを持たないただの一般人が、好きという理由だけでここまで頑張ってこれたのだから。
彼の熱意は伝染し、やがてこの街で一番の名物は、シノラーになっていくだろう。
その暁には、偉大なる美食組合の組長も満足してくれるはず。
なお、本格的に普及へ乗り出す際、シノラーの発祥元である美食組合の組長に断りを入れたところ、「好きにしろ」と投げやりに返され……。
その言葉を聞いた流通王は、「自分を信頼して好きにさせてもらえる」と受け取り、いたく感動したという。
ただし、その後に続いた苦言では、「シノラー」の正式名称は「シメのラーメン」であったらしく、「ラーメン」へと改名させられた事実は伝えておくべきだろう。
◆ ◆ ◆
―――― ?日後 ――――
「まだ、やっているか?」
夜中、一人の中年男が店を訪れた。
男は、フードをかぶり、顔が見えない。
「もちろんですよ、お客さんっ。こいつは夜遅く食べてこそですからっ」
「ふむ、よく分かっているな。では、そのラーメンをもらおうか」
「へい、まいどっ!」
その店には、メニューがない。
料理の種類が一つだけで、麺の硬さやトッピングなどのバリエーションも無いからだ。
「お待たせしましたっ」
「うん、いただきます」
一人だけの客に、一人だけの店員。
二人ぼっちな店内に、麺をすする音だけが響く。
「……ご馳走様でした」
「ありがとうございました。あの、お味はどうでしたか?」
「すまないが、俺には海原先生のように、料理人に直接感想を述べる趣味は無い」
「そこを一つお願いしますよっ」
「……ならば、忌憚なく言わせてもらう」
「お願いしますっ」
「俺は今日一日で、この街にある全てのラーメンを食べてきた」
「ほ、本当ですかっ? 今のこの街には三十以上の店があるんですよっ!?」
「消化に良い薬を持っているから、大したことではない」
「……そういう問題ですかねぇ?」
「それで、この店が最後だ。それを踏まえた上で、答えよう」
「――――っ」
「中の中、だろうな。良く云えば平均的で及第点、悪く云えば普通でパンチに欠ける」
「やっぱり、そうですか……」
店主は、寂しそうに笑った。
客の感想を聞くまでもなく、自分の料理のレベルなんて百も承知であった。
「…………」
それでも店主は、聞かずにはいられなかった。
辺りはもう真っ暗だというのに、本日の客は目の前の中年男を含めても、十指に満たない。
けじめを付けるためにも、他人の口からはっきりと聞いておきたかったのだ。
「やっぱり、あっしの料理は、物足りないんですね」
「そんな評価になるだろう。けっして不味いわけではないが、おかわりしたいと思えるほどの魅力はない。だからやはり、何かが足りないのだろうな」
客は、無表情で首を切り落とす死刑執行人のように、容赦なく客観的な事実を告げる。
しかし――――。
「だが、懐かしい味だ」
最後は、個人的で感傷的な感想を呟いた。
「懐かしい、ですか?」
その言葉が意味するところを、店主は理解できない。
「……ありがとうございました」
だから、その言葉を慰めと受け取り、礼を述べる。
「…………」
それに対し、客は無言でスープをすする。
「お客さん、申し訳ないんですが、あっしの昔話に付き合ってもらえませんかね?」
「ああ、本日の予定はこれで最後だ。好きなだけ語るといいさ」
「では、お言葉に甘えて――――」
素っ気ない態度で頷く客を見て笑いながら、店長は語り始める。
自分がこの料理を作るようになったきっかけを。
惚れ込んだ味を再現するため、がむしゃらに打ち込んできた日々を。
作り方を聞かれたら余すところなく伝え、普及に努めてきた日々を。
料理のために、人生を捧げてきた覚悟を。
そして、今、この時を。
「そんな訳で、今のあっしがいるんですよ」
「後悔、しているのか?」
それまで黙って聞いていた客が、ぼそっと問い掛ける。
「いいえ、後悔なんてしていませんよ」
そう、店主が感じているのは、後悔ではない。
「ただ、恩人との約束を果たせなかった自分が情けないんですよ」
「約束?」
「その方は、当時、不躾な客でしかなかった自分に、ラーメンの作り方を無償で教えてくれました」
「…………」
「その時に交わした約束を、あっしは最後まで果たすことができなかったんですよ」
それは、レシピを伝授する代わりとして、かの恩人が出してきた、たった一つの条件。
「いつか、その時に食べたラーメンを超えるものを作ること」
単純にして、とても難しい条件。
それにして、何の不利益も罰則も無い条件。
「結局、あっしの作った料理は、目標に届くどころか、後からできた他の店にも抜かされる始末。これでは申し訳なさすぎて、恩人に合わせる顔がないんです」
約束を守ろうと、何十年も必死にやってきたが、体力的な限界を迎えてしまった。
志半ばで店じまいせざるを得ない自分自身が惨めで情けなく、何よりも申し訳なさでいっぱい。
「――――いいや、あんたは立派に約束を果たしたよ」
これまで辛辣な言葉を述べていた最後の客は、しかし、そう言ってフードを脱いだ。
「えっ!? もっ、もしかしてっ、あの時のっ?」
そこには、見知った顔があった。
けっして忘れられない、恩人の顔が。
「確かにあんたは、元を超える味には達せなかったのかもしれない」
「…………」
「でも、あんたが教えた他の店、いわば弟子たちは立派に成長し、色んな味を生み出すだけでなく、今や世界中に広がっている」
「…………」
「これこそ、俺が待ち望んだ世界。だからあんたは、約束以上の結果を残したんだ」
「…………ありがとう、ございます。……これで本当に、店じまいすることができます」
店主は、大きく息を吐きながら、深く深く頭を下げた。
そうか、自分は約束を果たせていたのか……。
恩知らずのまま、人生を終わらずに済んだのか……。
感謝、感謝しかない。
その気持ちに、嘘はない。
なのに――――。
「ふむ、そう言う割には、浮かない顔をしているな?」
「……本当、なんです。ラーメンに全てを捧げた人生を悔やんでいないのも。素晴らしい料理を広める手伝いができたことが、誇らしいのも。お客さんとの約束が守れて嬉しいのも。全部全部、本当なんです」
「…………」
「そんな良かったって気持ちが、どばーって流れ込んできて、ああ、これでようやく自分は役目を終えたんだと思ったら、何故かふと、頭の中に浮かんじゃったんですよ。もしもあの時、ラーメンに出会わなかったら、どんな人生を送っていたんだろう、ってね……」
「…………」
「もしかしたら、最高の料理であるラーメンを知らなくても、それなりに違った幸せがあったのかもしれない」
「…………」
「普通の仕事をして金を貯め、好きな女と結ばれ、一緒に色んな街を旅して、それなりに美味い料理を食べて満足する。そんな何者にもなれない人生も、悪くなかったのかもしれない。……そんなふうに、考えてしまったんです」
「…………」
「へへっ、死期が近づいた年寄りの戯言です。笑って聞き流してくださいよ」
人生に、もしもは、無い。
だからこそ、尊く、美しい。
「だったら、やり直せばいい」
だけど、かの恩人にして最後の客は、情緒を解さない。
「あんたには、それだけの資格がある」
一方的にそう告げると、懐から取り出した品をテーブルの上に置いていく。
「これは、若返りの秘薬。その名の通り、飲むだけで若い肉体に戻る」
「へっ?」
「この袋には、体力や病気回復薬など多くのアイテムが入っている。旅の途中で体調を崩したら飲むといい」
「ア、アイテム?」
「もう一つの袋には、白金貨が入っている。百年くらいは遊んで暮らせるだろう」
「ひゃく、ねん?」
「この黒い犬は、用心棒だ。レベル50の傭兵を雇っていると考えればいい」
「レベル、50?」
「他にも希望があれば、遠慮無く言ってくれ。俺はこの世界の全アイテムをコンプリートしているからな」
「――――」
「ただし、嫁の手持ちはない。だが、アイテムや金があればどうにかなるだろうさ。最悪、奴隷を買えば済む話だ。まあ、個人的に嫁を持つのが幸せだとは思わんがな」
国宝級の逸品を軽率に扱う客を前に、店主は口をぱくぱくすることしかできない。
だけど、法螺話だと切り捨てることもできない。
この客人こそが、今や絶大な影響力を持つようになった料理業界において、世界三大グルメタウンに数えられる「ラーメンの街」の元祖とも呼べる人物であるからだ。
「あんたは、俺が望む世界を創ってくれた。多くの街で様々な美味しいラーメンが食えるようになったのは、あんたの功績だ」
「…………」
「だからあんたには、これから好き勝手に遊んで生きる程度の報いがあって然るべき。ラーメン屋の店主を引退したら、先ほど語った夢を全て叶えればいいさ」
「…………」
「あんたをずっと縛っていた役目は、全て終わったんだ。これからは、自由に生きてくれ」
――――この日、世界初のラーメン店が、閉店した。
同時に、世界初の長距離移動が可能なラーメン屋台が誕生した日でもあった。
これからしばらく経ち…………。
おしどり夫婦が運営する移動式屋台は、ラーメンなる料理がまだ広まっていない地域で、多くの住民から歓迎されることとなる。
その一方で、初めてラーメンを食べて味の虜になったものの、その後は食べる機会を得ず、未練を残したままこの世を去るラーメン難民が続出するのだが――――――それはまた、別のお話。




