合法のじゃロリババア 6/6
エンプーサ族には、他の種族とは異なる三つの特徴があった。
一つめは、完全な女系であること。
神が定めた遺伝子の悪戯か、はたまた単純に血が濃いためか、必ず女しか生まれない。
このため、他種族から婿を招くことが必須。
寿命が長く、見た目がずっと若いままなのも、遺伝子の仕業であろう。
二つめは、生まれつき屈強な戦士であること。
一族の成人全てがレベル30前後を誇る猛者であり、近隣に住む他種族の男よりずっと強い。
性格も好戦的で、言葉より肉体を使う交流が多い。
特に二十年に一度開催される、新たな女王を決める大会は熾烈を極める。
女王という最高の名誉を抜きにしても、大会で通算三勝しないと結婚し子を成すことができない規則なので、みな必死である。
三つめは、閉鎖的であること。
通常、他種族との交流は禁止されており、数少ない例外が女王決定戦でのパートナー探し。
その期間だけは外出が許され、周辺の集落から見繕った男を連れてきて、大会で勝利すればそのまま婿にする。
大森林に住む種族の中で、最も強いエンプーサ族の女からの誘いを拒否できる男はいない。
規則を変更できるのは女王だけだが、異性や他種族に頼る必要がない歴代の女王は、変化を求めようとしなかった。
これらの特徴が原因となり、他種族の特に男を見下す習慣が根付いていた。
彼女たちにとって男とは、ただ子孫を残すための道具でしかない。
他種属から婿を迎え入れるのではなく、奪ってくる程度の感覚。
そう、エンプーサ族の女は、捕食する側の存在であった。
今年成人したばかりのカドールも、例に洩れず、強い肉体と闘争心を持っていた。
ただ一つ、彼女が他と違ったのは、外の世界に興味を示すという一般的な感覚を持ち合わせた点。
特異な種族の中で、普通の感受性を持っていると、逆に異端者として見えてしまう。
そんな彼女だからこそ、他種族の男をただの種馬とは思えず、異性の中にも真の強者がいると信じ、捜し求める旅に出た。
実際に遠方の街で最強のパートナーを発見したのだから、彼女の考えは間違っていなかったのだろう。
しかし、特異な種族である自分たちよりも、さらに特異な男が存在するとは、さすがに予想できなかった。
懐が狭いのか広いのかよくわからない中年男から、ずいぶんと意地悪されたが、どうにかパートナーとしてスカウトすることに成功。
報酬は、女王という最高の名誉を賜った自分自身と、その子供。
パートナーとなった中年男も、きっと喜んでくれるはず。
……そう信じ込んでいた彼女は、やはりエンプーサ族の一員であった。
そして、カドールは、新たな女王になった。
この世で最も強いかもしれない男をパートナーにしたのだから、当然と言えば当然の結果だろう。
新たな女王には、歴代の女王とは異なる三つの特徴があった。
一つめは、最年少であること。
多くの猛者が挑戦する女王決定戦において、成人したばかりで経験の少ない若輩者が勝ち残るのは、前例のない快挙。
これは、実力が軽視されるパートナーの男捜しについて、再考されるに十分な結果であった。
ちなみに、新女王のパートナーが所持していた多くの回復薬のお蔭で、誰一人死者が出なかったことも、あまり着目されなかったが大会初であった。
二つめは、攻撃ばかりで、防御を一切しなかったこと。
強さが重視される種族ではあるが、それはバックボーンとなる防御の技術があってこそ。
それなのに彼女は、相手の攻撃を全く避けようとせず、最初から最後まで攻撃し続けるという自爆戦法で勝利を掴んだ。
これは、いくら優秀なサポートがあったからとはいえ、決して真似してはならぬ反面教師として語り継がれている。
極めつけの三つめは、優勝して女王の座についた翌日、パートナーの男に逃げられたこと。
不憫としか言いようがない。
これは、優秀すぎる男がパートナーだと手に負えなくなると自ら証明し、栄光と挫折を一度に味わった「悲劇と喜劇の女王」として、未来永劫歴史に名を残すこととなる。
悲喜交々な結末であったが、女王の座に就いたカドールは、当初の目的を叶えるため、その権限を行使し、これまで禁止されていた外出や他種族との交流を解禁した。
どこへ行くのも自由で、誰を招き入れるのも自由。
以前と同じで、集落の中に籠もって一生を終えるのも自由。
そう、人は自由であるべきなのだ。
よく分からない報酬のために全力で助太刀し、よく分からない理由で全力で逃げ出した、あの中年男のように。
だけど、他人のためではない。
全ては、外の世界を見てみたいという、自分自身の好奇心を満たすため。
そしていつか、外の世界でもう一度出逢えると信じて。
しかし、一族の中で最も重要な地位に就いた彼女に、自由な時間など許されるはずもなく、これまで以上に不自由な暮らしを強いられるようになったのは、皮肉としか言いようがない。
これもまた、彼女が「悲劇と喜劇の女王」と呼ばれる所以である。
仕事に追われる新女王を尻目に、外の世界へ足を踏み出す者は、少しずつ増えていった。
今回の女王決定戦で、外の世界には自分たちに引けを取らない男が存在すると知ったからだ。
その結果、街から優秀な男が連れ去られる事件が発生するようになるのだが、それも自然の摂理であろう。
なお、外の世界に出向く者には、新女王のもとから逃げた婿捜しの勅命が出されたそうだが、ついぞ発見されたという報告は上がっていない。
エンプーサ族きっての好奇心の持ち主で、最年少で頂点に君臨した英傑で、あっさり男に捨てられた悲劇と喜劇の女王。
男に逃げられた後、泣きじゃくる日々が続いたが、ある日突然、笑顔を取り戻す。
それ以降、月に一度、集落の中から、彼女の姿が忽然と消えてしまうようになるのだが――――――それを咎める者は、いない。
◆ ◆ ◆
―――― その直後 ――――
「……ふう、どうやら逃げ切れたようだな」
中年男は、真剣な表情で、まるで妻と子を残して行方をくらました浮気者みたいな台詞を呟いた。
その額には、珍しく冷や汗が流れている。
レベルが200を超える男は、全力疾走した程度では疲れない。
じわじわと浮かんでくる汗は、精神的な疲労を表していた。
実のところ、本物のカマキリのように共食いで栄養補給する文化があったとしても、大して気にならない。
女性から噛みつかれる行為には恐怖を感じるだろうが、圧倒的なレベルの差から噛み殺される心配はないからだ。
結婚についても、以前ほど拒否反応が出る訳ではない。
死が二人を分かつまで四六時中一緒にいるのは無理だが、体裁上の夫婦なら別にいいかな、と思える程度には変化が窺える。
だけど、子供が目的なら別だ。
自分のような駄目人間の血を引いた子を残すなんて以ての外だし、成人するまで真っ当に教育し守り通す自信もない。
可愛い娘だったらいいかもと思う反面、成長した娘から「パパなんて嫌い!」と言われたら、世界を壊しかねない。
駄目駄目な中年男が本当の意味で大人の男性に成るには、まだ時間が必要だろう。
しかし、それさえも、今感じている恐怖に比べたら、取るに足らない。
「まったく、ロリババアが珍しくて付き合ってみたら、とんでもない目に遭ったな。やはり俺にとって、好奇心は鬼門なのか……」
彼女の好奇心が強くなければ、遠く離れた街まで足を延ばすことはなかった。
彼女の好奇心が強くなければ、緑髪緑服の中年男と出会わず、パートナーに選ぶことはなかった。
彼女の好奇心が強くなければ、大会を勝ち進み、優勝して女王の座に就くことはなかった。
彼女の好奇心が強くなければ、女王の権限で外の世界との交流を開放させることはなかった。
今回の顛末は、全て、彼女の好奇心が引き起こした珍事。
「ロリババアについては、まあ、いい。それより、もっと大きな問題は――――」
漫画やアニメが好きな男は、魔法や超能力などの特別な力に憧れがある。
特殊な力には、意志の力も含まれる。
強い意志があれば、魔法や超能力に目覚め、困難な目的を達成し、運命を変えることもできる。
それに比べ自分は、戦う力こそあるが、確固たる意志も目的も、無い。
だから男は、強い意志を持つ者には敬意を払うし、頼まれれば手伝う。
むろん、若くて可愛い女性に限るが。
……だけど、今回の相手は、違う。
確かに一族の中では好奇心が強かったのだろうが、他種族と比べれば大差ない。
それに、目的も深刻ではなく、達成できずとも本人以外は悲しまなかっただろう。
――――そう、最も重大な問題は、女王へと登り詰めた彼女が、強い意志も特殊な力も持たない、ただの一般人だったという点。
「好奇心スキル」を持たない一般人の普通の好奇心でさえ、これほど変化してしまうのだ。
ならば、「好奇心スキル」を持つ好奇心旺盛なお嬢様が、どれほどの変化を引き起こすのか。
想像するだけで、恐ろしい。
それに気づいた男は、反射的に逃げ出してしまったのである。
「…………いや、もしかして、もう既に、変化は起きているのか?」
家族や近しい者はおろか、本人さえも気づいていないような、無意識下で発動された変化。
自動的で、強制的で、享楽的な、取り返しがつかない、大きな大きな変化。
「それは――――なんだ?」
男が最悪の真実を知るのは、もう少し先の話である。




