知らない知らない知る由もない 1/2
≪ 鍛冶屋の場合 ≫
冒険者の街オクサードでは、十日に一度、大規模な青空市が開催されている。
誰でも自由に販売できるため、近隣の街や村からの参加者も多く、大賑わい。
とっておきのお宝から、その辺で拾った石まで、まさに玉石混淆の商品が売り買いされている。
「…………」
「ようやく、戻ったか」
そんな市場に、断りなく出店してきた一人娘が、ようやく帰ってきた。
売ろうとしても無駄だと何度も諭しているのに、娘は頑として聞き入れようとしない。
頑固な父親にそっくりだとよく言われる手前、強く説教もできない。
せめて、口数が少ないところだけでも改善させなくては、嫁の貰い手がいないだろう。
「もう、いい加減、諦めろ」
娘がいつも以上に無口で無愛想なのは、商売に失敗したから。
そう信じて疑わない父親は、黙ったままこちらを見ている娘に手を伸ばす。
「ほら、返せ。あの剣は、売り物じゃない」
手を抜いたわけではない。
むしろ、他の剣よりも、長い時間を使い、心血を注いで鍛え上げた。
しかし、まだ、完成には至らない。
それ以前に、あの奇妙な形の剣は、冒険者には好まれない。
「ん」
「……なんだ?」
勝手に持ち出した剣の返却を求められた娘は、一言だけ発し、握り締めた右手を差し出す。
その小さな右手の中は当然として、腰や背中にも剣が見当たらないことに、父親は今更気づく。
「ん」
「なぜ、剣を、持っていない?」
「ん」
「まさか……」
困惑する父親への回答として、娘はぎゅっと握っていた右手を開く。
「まさか、売れたのか?」
その手の平の上には、金貨百枚の価値を持つ白金貨が三枚も置かれていた。
「白金貨が三枚ってことは、剣一本に対して、本当に、白金貨一枚の値を付けたのか……」
「ん」
父親は、間違いようのない単純な計算なのに、口に出して確かめずにはいられない。
確かに、あの三本の剣は、まだ頂きに届いていないが、現時点での最高傑作だった。
だから、以前、娘に価値を尋ねられたとき、戯れにその値段を提示したのは、他ならぬ自分だ。
しかし、魔法が付与されていない通常の武器に、金貨百枚の値が付けられることは、まずない。
「どんな奴が買ったんだ? 有名な冒険者か? それとも、酔狂な商人や貴族か?」
「んーん」
娘は、首を横に振り、正面に立つ父親を指さす。
「俺みたいな、小汚いオヤジが、買ったのか?」
「ん」
愛娘の言葉だったとしても、簡単には信じられない。
凡百が興味を示すような武器ではないし、ぽんと出せるような金額でもない。
購入者はいったい何者だろうかと、興味と同時に、不気味さが増していく。
「かたな」
「は?」
「かたな、って言ってた」
「――――」
その剣には、固有の名称が無かった。
一般に流通しておらず、実戦で使う者もいないため、当然である。
それなのに、名前を知っているということは…………。
「それが、あの漂流物の本当の名前、なのか?」
漂流物とは、製作者だけでなく、作り方や材質まで不明な物体の総称である。
海辺で発見される場合が多いが、山中や草原にも稀に落ちているため、出自は謎に包まれている。
二十年以上も昔、父親がたまたま露店で見つけた、細くて曲がった剣が、話のはじまり。
刃こぼれや錆が酷く、とても実戦で使える物ではなかったが、その技術力と神秘に魅せられてしまう。
彼は、剣専門の鍛冶屋だったのだ。
今までは、頑丈で使い勝手の良い直剣を理想に打ち続けてきた。
なのに、その曲剣は何もかもが違った。
職人魂に火がついた彼は、劣化した曲剣の真の姿を復元するため、これまで努めてきた。
親の熱意は子に伝わり、無口な娘にとって、実戦向けの直剣ではなく、自己満足で作る曲剣こそが最高傑作となった。
しかし父親にとっては、使い手を選ぶ曲剣が売れるとは思えず、道楽で終わっていた。
それに痺れを切らした娘が、反対を押し切って市場に出店したのである。
「ふんっ、どうせ物好きなコレクターが、漂流物と間違って買ったんだろう」
「ん」
「あの剣はまだまだだが、実戦でも耐えうるよう打っている。見映えが良かったとしても、剣は飾りじゃない」
「ん」
「それなのに、冒険者じゃない奴が買っても、無駄にするだけだろうがっ」
「ん」
「…………だが、それでも、この殺風景な仕事場に置いておくより、マシかもしれん」
「ん。そう、思う」
漂流物だと間違って買われたのだとしても、それ程の価値ある品だと思わせたのは、努力の賜物。
やはり、自分の父親が作る剣は、凄い!
娘は、父親が作る剣が一級品であることを証明したかったのだ。
「せめて、剣としての本領を全うしてくれるといいがな」
「ん。きっと、大丈夫」
娘は、まるで子供のように目を輝かせながら、三本の剣を買っていった中年男の姿を思い出す。
その中年男は、コレクターであるのと同時に、曲剣の凄さを知っていて、敬意を払っているようであった。
であれば、価値に相応しい使い道を選んでくれるだろう。
そしていつか、父親が作った剣が、世界中に認められる日が来るかもしれない。
「ん。がんばる!」
だから、父親がもっと凄い剣を作ったら、またこっそり売りに行こうと、娘は思うのであった。
――――知らない。知らない。知る由もない。
日本刀を再現した鍛冶屋の父親は、知らない。
奇妙な中年男に刀を売った娘は、知らない。
その奇妙な中年男こそが、刀の発祥の地からやって来たことを。
その三本の刀が、免許皆伝の証しとして、三人の少女に譲渡されたことを。
その三人の少女が、後に人類最高レベルを記録し、勇者と呼ばれることを。
そんな少女たちが持つ刀が、真の勇者が存在する証拠とされていることを。
刀を作った父親と、その娘は、一生、知らない。




