死蔵喰らいと間違えない女 5/6
「これまた、お早いお帰りですね」
「……はい、でござる」
「先の二つの依頼に比べると小規模な内容だったので、当然と言えば当然かもしれませんが」
「……はい、でござる」
「今まで以上に、と申しますか、本日初めてクロスケ様が疲労されている姿を拝見した気がします」
「……拙者、本当に頑張ったのでござるよ」
そう、俺は頑張った。
頑張って早く終わるように、しかも子供のプライドを傷つけないように、全力で努めた。
その甲斐あって時間こそ短く済んだが、心労は何十倍にも膨れあがったのだ。
そりゃあさ、仕事で疲れるのは当然かもしれないけどさ。
営業職に比べたら全然大したことないかもしれないけどさ。
如何とも形容し難い気怠さが全身を苛んでいる。
俺が冒険者になったのは、子守りをするためじゃないんだけどなぁ。
「サイン付きの依頼書でござる」
「確かに受理しました。三つめの案件達成、おめでとうございます」
笑顔で労ってくれる受付嬢だけが癒やしである。
たとえそれが営業スマイルだとしても。
「ありがとうで、ござるよ。……それで受付嬢殿、是非とも忠告したいことがあるのでござるが?」
「承ります」
「いくら基準を設けるのが難しいとはいえ、先ほどのような子供主体の極端すぎる案件は、最初にきっぱりと断って、早めに別の道を探させた方が本人のためにもなると思うでござるよ」
「私も全くの同意見ですが、今回の件は下手に突き放すと子供だけで無茶する恐れがありましたので……」
「つまり、泥を被ったのでござるな?」
「はい、依頼を受け取り、死蔵案件のまま放置し、しばらくすれば目的が消失して依頼は意味を成さなくなります。そうすることで、矛先は冒険者ギルドへと向き、子供達は自責の念に苛まれずに済みます」
「冒険者とは、そんなことまで引き受けるのでござるか……」
「助けを求める子供の手を取ることができない大人の、せめてもの償いです。その場しのぎの対応しかできない至らなさを痛感しております」
受付嬢から笑顔が消え、困り顔だけが残る。
思った以上に面倒な案件だったのでクレームを入れようとしたら、予想外に重い話になってしまった。
冒険者業とは雑用も含めて、ずいぶんと泥臭い職業のようだ。
ちょっと見方が変わってしまう。
「冒険者を名乗り、ヒーローを目指す者は、泥水をすする覚悟を持ってしかるべき、なのでござるなぁ」
「ご理解いただけて幸甚です」
「拙者には荷が重すぎるけど、結構なことでござるよ。……んん? だったらどうして、拙者にその案件を紹介したのでござるかっ!?」
「他の冒険者の方では釣り合いがとれませんが、クロスケ様であれば問題ないと判断しました」
お涙頂戴の展開に納得しようとしたところ、とんでもない矛盾に気づいて指摘したら、瞬時に笑顔を取り戻した受付嬢が胸を張ってそう言った。
まさか、出来る大人にそんな弊害があったとはっ。
そういえば、聞いたことがある。
重要な仕事は、忙しい者にこそ頼め、と。
たくさんの仕事を任されて忙しい奴は、その忙しさこそが有能な証拠だから、という理屈である。
一理あるが、有用な奴に集中しすぎてパンクし、結局は会社のためにもならないと思うのだが。
有能さを程々に隠し通せる者が、真の有能なのかもしれない。
「それに、事情を抱えた死蔵案件とはいえ、解決するに越したことはありませんから」
「まあ、年端もいかぬ少年と幼女が危険な森に行くのだから、相応の理由があるのは分かるのでござるが」
「クロスケ様は、子供達から事情を聞かれていないのですか?」
「聞いても憂鬱になるだけ、でござろうからなぁ」
「事情を知らないまま、これほどまで――――」
「ん?」
「……いいえ、私情を挟まず仕事に徹するプロ意識に感服しておりました」
「は、はははっ」
こちらも負けじと、笑って誤魔化す。
買い被りも甚だしいが、彼女の前では見栄を張りたい気持ちがある。
期待してくれている相手に応えたいという青臭い思いが、まだ俺の中に残っているとは驚きだ。
「しかしそれだと、あの兄妹は社会の厳しさを知らぬままで、無茶を繰り返すのではござらぬか?」
「それには十分配慮します。他人が諭しても伝わりにくいでしょうが、彼らの両親なら別です。依頼が完遂されたのであれば、両親とも話ができるようになるはず。その際は私の方から事情を説明し、子供達に言い聞かせるようお願いしておきます」
「それは結構なことでござる。にんにん」
どうやら今回の依頼は、死蔵案件の中でも特に変わり種だったようだ。
子供を危険地帯に連れていくような事情がそうそうあっては困る。
俺がぬくぬくと暮らせるよう、世界は真っ当であってほしい。
「それはそれとして、今月のノルマはクリアでござるな」
「はい、来月も死蔵案件を見繕ってお待ちしております」
笑顔で丁寧にお辞儀してくる受付嬢。
スマイルはあれど、最後まで仕事本位で、ドライなお姉さんである。
それが良いのだが、歓迎されているのか、そうでもないのか、今ひとつ分からん。
俺はポイント目的だから死蔵案件で荒稼ぎして満足だが、冒険者ギルドとしては逆。
死蔵案件は基本的に安価なので、中間マージンで成り立っていると思われるギルドの儲けは少ないはず。
彼らにとって俺は、安くて実入りが少ない大盛り無料のサービスランチばかり食べる厄介な客と同じ。
同じ場所でこれを続けると嫌われて変な二つ名を付けられそうだから、毎月別の街を渡り歩いた方がいいかもしれない。
そこら辺の仕組みを一応確認しておこう。
「ちなみに、冒険者ギルドは世界共通の機関だから、他の街のギルドで依頼を受けてもポイントは溜まるのでござるな?」
「駄目です」
「え?」
「ここ以外の冒険者ギルドで依頼を受けるのは、駄目です」
「も、もしや、規則違反になるのでござるか?」
「そうではありませんが、駄目なものは駄目なのです」
「……できれば、詳しい説明がほしいでござるよ」
「クロスケ様は、この街で依頼を受け続けるべきなのです」
どうしよう、これまで理路整然としていた仕事の出来るお姉さんが、急に駄々っ子みたいなことを言い出したんですけど?
理不尽というよりは、俺が知らないルールに従っているように感じる。
三つめの案件の依頼主である兄妹がそうであったように。
「よろしいですね?」
「いや、でも、しかし、拙者にも事情というものが……」
「よろしい、ですね?」
「ぜ、善処するでござる」
「よ、ろ、し、い、で、す、ね?」
「あっ、はい」
あかん、思わず頷いてしまった。
だって、圧が凄いんだもの、圧が。
怒っている美人のお姉さんは、本当に怖い。
おや?
彼女は、怒っているのか?
誰に、対して?
何の、ために?
「…………」
「…………」
少しの時間。
彼女と見つめ合う。
独自のルールを持つ彼女の瞳には、一体何が映っているのだろうか。
「……また、来るでござるよ」
「はい、お待ちしております」
よく分からんが、美人のお姉さんが待ってくれるのなら、拒否できるだけの理由は持ち合わせていない。
であれば、いっぱい迷惑をかけて、困り顔が素敵な彼女の魅力を最大限に引き出してみせよう。
どうせどこかの冒険者ギルドでポイントを溜める必要があるのなら、顔見知りで親切な受付嬢がいる所で勤しむべき。
冒険者の仕事は、彼女の言うことを聞いていれば間違いないだろう。
それに、彼女は俺の味方でいてくれる気がする。
俺のために尽力してくれている真摯さを感じる。
ただ単に仕事熱心なだけかもしれないが、その心遣いが嬉しい。
……あれ?
どうして俺は、いまさら冒険者になったのかな?
労働の楽しみを感じるため、だったかな?
引き籠もりを卒業して社交性を身につけるため、だったかな?
よく思い出せないが、記憶に残っていないのなら大した理由ではなかったのだろう。
「もう、こんな時間になっていたのか…………」
冒険者ギルドが構える建物から外に出てみると、赤く染まった景色が目に入った。
水平方向からの日射しを受け、長く伸びる構造物の影が、フォークで引っ掻いた傷跡のように見える。
いつの間にか、夕暮れになっていたようだ。
「面倒なことは早く済ませようと朝一に出向いたのに、結局帰るのは夕方になるのかよ」
時間を忘れ仕事に没頭していた自分にうんざりしながら、ふらふらと夕日に向かって歩き出す。
赤く腫れた太陽の中で羽ばたく黒い鳥の群れがやけに印象的だ。
甲高くて不快なカラスの鳴き声も、この光景にはマッチしているように思える。
昼と夜が移り変わる黄昏時は、妙に感慨深い気分にさせてくる。
「ありがとう、か…………」
夕日を眺めていると、どうしてだか本日出会った依頼主の顔が脳裏に浮かんできた。
別れ際、彼らは同じ言葉を口にした。
サラリーマン時代は仕事を終えても、発注先の相手から礼を言われたりしない。
むしろ受注した自分の方が、仕事を与えてくれてありがとうございますとペコペコしていた。
だから、逆に頭を下げてくる依頼主に、どう返していいのか分からなかった。
感謝なんて所詮、社交辞令に過ぎないのに。
その時のことを思い出すと、真っ赤な夕日に焼かれたように、胸の内が熱くなる気がする…………。
「なるほど、これが本当の夕焼けなのか」
馬鹿なことを呟きながら、ぐーぐー音を鳴らし抗議してくるお腹をさする。
夕焼けで胸焼けになるどころか、今日は朝からずっと食べていないので空っぽだ。
久しく忘れていた労働後に食する絶品料理が楽しめそうだ。
空腹が最上の調味料だとは、よく言ったものである。
そう、労働という束縛があってこそ味わい深くなる料理もある。
余暇の楽しみも、きつい労働があってこそ。
毎日が日曜日では、メリハリの無い休暇を惰性で過ごすだけ。
特に俺のような、ろくに趣味も目的も持っていない、ろくでなしにとっては。
「力と金を手に入れても、今ひとつ余裕が足りないと感じていたのは、働いていなかったから、なのか?」
労働こそが諸悪の根源であると排除し、自由に遊べる時間をたくさん作ったのに。
自由な時間こそが余裕の象徴だと思っていたのに。
「俺は、最初から間違っていたのか?」
ブラック企業で嫌な仕事を強制されることは問題外だとして。
社会に出て働くことも、余裕を生み出す一つの要素だとしたら。
余裕と労働とは正反対に見えて、実は裏表の関係なのかもしれない。
「……もしも本当にそうだとしたら、しばらくは労働に勤しんでみるか」
冒険者になった理由はもう思い出せないが、これも一つのきっかけ。
乗りかかった船から、すぐさま降りてしまうのも忍びない。
忍ぶ者、と書いて、忍者。
残忍で、堪え忍び、世を忍んでこその忍者である。
だから、余裕と労働の関係が判明するまでは、忍者姿で冒険者の真似事に興じてみようと思う。
にんにん。




