20 褒賞の花嫁とキューピッド
「さぁ、お父様、お母様。ご飯の時間ですよ~」
ハーゲン家の庭に急遽設置された鳩の小屋。私は餌箱にご飯の穀物を入れて、彼らの訴えに耳を傾ける。
「フォルップー!」
「フォルルルップー!」
「はいはい、文句を言わない。ステーキなんて食べられないのだから、我儘を言わずにつついてくださいね」
この二羽の白い鳩たちは、言わずもがな両親である。
婚約披露パーティーでの騒動後、私は自宅療養を願い出た。あのまま王城に監禁コースもあり得たのだけれど、ミシェが口添えしてくれたおかげで、意外にもすんなりと承諾されたのだった。
あれほど衝撃的な天使の力を目の当たりにしたら、誰も異を唱えることなどできないだろう。陛下であっても、例外ではなかったようだ。
今は王城から護衛を派遣してもらっていて、屋敷の内外には屈強な騎士たちがわらわらといる。ものものしい雰囲気だが、それでも、自宅で過ごせるのは気が楽だ。解毒も順調に進んで、もう体調はずいぶんと良い。
そろそろ外出しても問題なさそうなので、今日は王城に行く予定を入れている。保留になっていた今後についての話し合いをしに行くのだ。
「それではお父様、お母様、行って参ります。ミシェ、そろそろ行くからおいで」
「ほーい」
ミシェはパタパタと足音を立てて走ってきた。
彼は今、再びペナルティーをくらっている最中である。パーティーで両親とキャメロンに対し、盛大に干渉したことで、今回のペナルティーはかなり重いようだ。ごっそりと力を奪われてしまい、翼と天使の輪っかまで没収されてしまったとのこと。
そういう状態なので、今ミシェは、普通の人間の少年と変わらない姿をしている。それをいいことに、彼は人間の子として姿を顕現させたまま暮らしている。「しばらく人間生活を楽しも~っと!」なんて言って、実にのん気である。
ミシェが天使の力を使えない状態なので、当然両親とキャメロンも、しばらくはあの姿のままだ。
キャメロンは精神が不安定になっているので、城で保護されている。あの騒動の後、一週間は泣き喚いていたそうだけど、さすがに涙も枯れ果てて、今は大人しくしているらしい。
キャメロンのお世話担当チームの話によると、「今後は天使様からの啓示に従う形で、職務訓練を開始する」とのこと。王城内の薬草農園で仕事をする準備を進めてくれているそう。
彼女は仕事なんてしたことがない。両親の手伝いですらしたことがない、生粋の箱入り娘だ。
そんな彼女の初仕事が、よりによって汚れを避けられない土いじり、かつ肉体労働なので……始まったら、また荒れるかもしれない。が、私は関与しないと決めている。
あの日、「姉妹仲良く手を取り合っていきましょうね」と言われたけれど、今のキャメロンはおじさんだ。妹とは呼べない外見になっているので、手を取り合う義理はない。と、思うことにした。
私が手を取る相手はミシェだけで十分。白くて温かい少年の手を握って、私は屋敷を出た。
王城に着くと、謁見の間に通された。中でセシルが待っていて、私たちの姿を見ると顔をほころばせて駆け寄ってきた。尻尾を振り回す大型犬の姿が脳裏によぎったのは内緒である。
「エマ様、天使様、こんにちは! お待ちしておりました! もうお体は大丈夫なのですか?」
「はい、おかげ様で。もうすっかり元気です」
「お前も呪いの調子はどうだ?」
「俺の方も、この通り快調です。エマ様の浄化のご加護のおかげです」
あれからセシルとは文通をしている。ほぼ毎日手紙が届くので、マメな人なんだなぁと思う。そんな手紙に漏れなく即日返事を書いている私も、どちらかというとマメな方なのかもしれない。
歓談しながら待っていると、しばらくして陛下がお見えになった。官たちをぞろぞろ連れて入室し、改めて、ミシェのことをまじまじと見つめていた。
「天使ミシェイラ様、ですね? 少しお姿が変わられたようですが、翼はどうされたのですか?」
「神様に没収され中~」
「ほほぉう。そういうこともあるのですね」
「そうそう。飛べないのは不便だけど、走るのは楽しいな! さっき城の廊下を走ったら、エマに怒られたけど」
「はっはっは、それはそれは」
陛下は天使に興味深々といったご様子。相好を崩して会話する姿は、傍から見たら、孫を愛でる祖父のようだ。
従者に促されてようやく席に着き、陛下は本日の本題を切り出した。
「ゴホン。それでは、本題に入ろう。今日、そなたたちを呼んだのは他でもない。今後のそなたたちの身の置き所について相談したく、登城願った次第だ。二人とも、近くへ」
「はっ」
「はい」
私とセシルは陛下の前へ歩み出て、並んで敬礼した。ついでにミシェもついてきて、私の周りをウロチョロしている。
「まず、キャメロン・ハーゲンがあの姿となったことに伴い、セシル・アーベラインとの婚約は白紙とすることが決定した」
陛下が話すと、ミシェが無邪気に相槌を打った。
「うんうん、それがいいよ。だってキャメロンなんかじゃ褒賞の花嫁として相応しくないもん! あんな自分大好き傲慢令嬢! 自分のイメージ作りのためにエマを利用してきた、ずるっこい奴だもん」
「こら、口が悪いわよ。陛下の御前で……」
「本当のことだからいいじゃんか。魔法で疲れてるだけのエマを、病人に仕立て上げたりしてさー。平気で嘘をつくんだから。エマは全然健康だってのに! しまいには毒盛って本当に病気にさせやがっ……もがっ」
私はミシェを捕まえて口を押さえた。
「失礼いたしました、陛下。お話の続きを」
「ゴホンッ。そういうわけで、新たな縁談を――」
「えっ!? エマ様はご病気ではないのですか!?」
今度はセシルが陛下の話を遮った。
「キャメロン様からは不治の重病だと聞いておりましたが」
「す、すみません……。私は魔法の関係で、少々疲れやすい体質になってしまいまして……げっそりとしている様を見て、彼女はそう信じ込んだのでしょうね。思い込みが激しい子なので。自分の思った通りにならないと癇癪を起こすので、私も口裏を合わせていたのです。セシル様にも嘘をついてしまい、申し訳ございませんでした」
「そうだったのですか……。いや、ホッとしました。そうかぁ」
セシルは急にそわそわしだした。何か言いたそうに口を開け閉めしているが、陛下の話を優先するべく、遠慮している様子。
「ゴホンッ! 続けてよいか? 新たな縁談を取り結ぶ必要が出てきたわけだが、その相手として数家候補があり、ここに釣書をそろえてある。の、だが……ええと、今しがた、少々事情が変わったようだから、候補の令嬢を一名追加する。ハーゲン伯爵家が長女、エマも加えておこう」
「へっ!?」
私が驚いた隙に、ミシェがするりと逃げ出した。
「やったじゃん! ビッグチャンスだ! 今ハーゲン家には男主人がいないだろ? 早く婿を迎えた方がいいって!」
「いやいやいや、お婿さんなら、破談になった方にもう一度お願いしてみるわよ」
「え~? あのぽっちゃり兄ちゃんに? まぁ、あの兄ちゃんも良い人そうだから、僕はどっちでもいいけどさぁ~。早い者勝ちかぁ~。チラッ」
ミシェはわざとらしくセシルの顔をチラ見した。セシルは弾かれたように声を張った。
「どっちでもいいなら俺でもいいじゃないですか! 陛下! 俺、セシル・アーベラインはエマ・ハーゲン伯爵令嬢との縁談を望みます!!」
セシルはいとも簡単に、悪戯天使の焚き付けに引っかかったのだった。
陛下もこちらを見て、私の返事を待っている。
「え、ええと……その……私は……」
私は首を横に振って、断る――……ことができずに、目を泳がせていた。だって、拒否する理由が特に見当たらなかったのだ。
ミシェのいう通り、今ハーゲン家には男主人がいない。体面的にも防犯的にも、これはよくない状況だ。一応護衛はいるけれど、男主人はいた方が良いに決まっている。
しかし当初の予定通り婿を迎えるにしても、候補は破談となったぽっちゃりお兄さんくらいしかいない。一度、我が家から縁談を白紙にしておいて、今更また打診するのは、正直なところ気が引ける。
そんな状況で、ものすごくありがたいことに、私のことを見初めてくださった殿方がいる。彼も彼で、早く国内の貴族家から花嫁をもらわないといけない、という立場にある人。
お互い、都合が合致してしまっている。
そして何より――……。
私の心の奥底にある乙女心が、若干、本当に若干だけれど、小躍りしている。これは……恋? 恋の小躍りなのかしら? え? 恋ってどういう感覚だっけ?
恥ずかしながら私、少女の歳の頃に家庭教師の紳士なおじさまにときめいて以来、恋らしい恋をしてこなかったのよ……!
この心の高揚感は、恋、なの……かしら……!?
れ……恋愛結婚なんて、そんな贅沢なもの、許されていいの……???
身動きを取れないでいる私に代わって、ミシェが陛下にウインクを送った。
「では、ここに新たに、セシル・アーベラインとエマ・ハーゲンの婚約を取り結ぶ。セシル・アーベラインには、妻となる光の魔法士を守護する命を下す。そしてエマ・ハーゲンには、夫となる護国の英雄に寄り添い、解呪の加護を授けるよう命ずる。これは王命である」
セシルは「はい!」と溌溂とした返事と共に敬礼をした。私は「ひぃ……!」と変な声を上げて、ギクシャクと敬礼をした。
ミシェは頬を膨らませて軽口を叩く。
「もっとやさしい言葉をかけてやってよ、王様のおっちゃん。エマが緊張しちゃうじゃん」
「う、うむ? では、ええと、『末永くお幸せに』でどうだろう?」
「うん! それがいい!」
守護天使ミシェイラが、私とセシルの手を取って繋げた。
恋のキューピッド、なんて可愛らしい肩書きは似合わない、やんちゃ小僧だけれど……この時のミシェの顔は、文句なしに愛らしい天使の笑顔だった。
おしまい
☆お読みいただきありがとうございました☆




