もう一つの再会
「それで、結局あの二人、どうしたの?」
吟遊詩人タランドとの再会と、《天崩》ターツミルとの衝撃的な出会いの翌日。早朝に宿場町を出発した辰巳たち四人は、街道上でパーロゥの背に揺られていた。
「ああ、あの二人なら昨夜の内に宿場町から逃げ出したみたいだよ」
「まあ、あんな体験をしてはねぇ。あの町にいられなくなるのも納得ですね」
辰巳の返答に、イエリマオがどこか同情の篭もった苦笑を浮かべる。
辰巳の感覚で一時間以上、タランドとターツミルは通りのど真ん中で全裸で晒し者にされていたのだ。いろいろな意味で強靭な精神力を有するあの二人でも、さすがに堪えたらしい。
それでも、しっかりと自分たちの衣服や装備は回収していったようなので、抜目のなさは相当と言えるかもしれない。
「でもさ? 例のカルセの故郷での病気……ジュゼッペ爺ちゃんが言うには、魔獣が原因かもしれないんでしょ? だったら、今のうちから腕の立ちそうな魔獣狩りに目星をつけておく必要があるんじゃない? 例えば、あの《天崩》とか」
「確かにそうだけど……いくら腕が立っても、あの《天崩》だけは絶対に嫌だ! あいつと一緒に行動してみろ! あいつは四六時中カルセの胸を視姦するに決まっている!」
私見が入りまくった辰巳の意見だが、ジョルトもイエリマオも何も言わない。それが事実であることを、嫌というほど昨夜思い知ったからだ。
「まあ、俺には魔獣狩りの腕の立つ立たないは判断つかないからさ。そこは本職の辰巳とカルセに任せるよ」
「実を言うと、俺も魔獣狩りの噂や名声はあまり詳しくはないから、そこはカルセに丸投げなんだけどな」
辰巳が肩を竦めながらそう言うと、ジョルトとイエリマオ、そしてカルセドニアが楽しそうに笑った。
「できれば、ジャドックとミルイルが同行してくれたら良かったのにな」
「仕方ありませんよ、旦那様。お二人は私たちが出立する前に、狩りに出向かれたのですから」
自分の騎獣であるフェラーリを辰巳のポルシェの横に並べながら、カルセドニアが夫の呟きに応える。
バースとナナゥの結婚式の後、ジャドックとミルイルはすぐに狩りに出かけて行った。
本来ならバースたちの結婚式より前に出発する予定だったのを、結婚式が終わるまで待ってくれたのだ。
今頃ジャドックとミルイルの二人は、どこかの地で魔獣と対峙している真っ最中かもしれない。
「お二人は南の方へ行くとのことでしたので、北へ向かっている私たちと偶然出会うこともないでしょうね」
「あの二人が一緒なら何かと心強かったんだけど……」
「例の病気が魔獣がらみと決まったわけじゃありませんし、実際に魔獣が関わっていたとしても、私と旦那様だけで対処できるかもしれませんよ?」
「そうだな。でも、ジョルトの言うように腕の立つ魔獣狩りの目星はつけておいた方がいいだろ? 目的地周辺で活動している魔獣狩りの有名どころって知っているか?」
夫の質問に、カルセドニアは指先を口元に当てながら考え込む。
「そうですねぇ。王都より北の地域で主に活動している魔獣狩りなら……《大斧》のパルサバンとか《雷電》のリリーン辺りが有名ですけど……今、彼らがどこにいるのかまではさすがに分かりません」
本来、魔獣狩りなんて連中は根なし草である。
ある程度の活動範囲や活動拠点はあれど、目的の魔獣を求めてあちこちを移動するので、彼らの居所をピンポイントで知る術は存在しないのだ。
「魔獣狩りを雇うことになったら、魔獣狩りが拠点にしている酒場や宿屋のご主人に紹介してもらうのが一番でしょうね」
「そういや、エルさんもよく魔獣狩りの紹介を頼まれていたっけな」
辰巳やカルセドニアが頻繁に利用している〔エルフの憩い亭〕。その女主人であるエルも、よく突発的に舞い込んだ仕事に相性のいい魔獣狩りを紹介していた。
このように舞い込んだ仕事を最適な能力を有した魔獣狩りに割り振るのは、魔獣狩りたちが拠点とする店の店主には必要不可欠な能力に違いない。
辰巳が〔エルフの憩い亭〕にいる時に、エルが舞い込んだ仕事を最適な魔獣狩りへと割り振っているところを見た覚えがある。
「となると、魔獣狩りを雇う必要に迫られたら、トガで探すのが一番ってわけか?」
「そうなりますね。トガの街がこの辺りでは一番大きく、魔獣狩りも一番多く集まっていますから」
人が集まれば、物も集まる。そして物が集まれば、更に人が集まる。それが物流の鉄則の一つ。
より多くの人や物が集まる場所──大きな街の方が、腕の立つ魔獣狩りを探しやすいのは間違いないだろう。
もちろん、中には先日の《天崩》のターツミルのように、山に篭もって黙々と修行に励む凄腕の魔獣狩りもいるのだが。
「……そうすると、先にラギネの村に寄って、問題の病気が本当に病気なのか、それとも魔獣のなんらかの能力によるものなのかを判断する。そして必要であれば、トガまで行って魔獣狩りを雇う。今後の旅の大まかな予定はそんなところでどうだろう?」
「それでいいよ。俺もイエリマオ先生も、タツミの指示に従うよ。ね、先生?」
「ええ。私たちの目的はあくまでもトガでの査察ですが、明確に決められた期限はありませんからね。もちろん、だからと言っていつまでもだらだらと旅をしているわけにはいきませんが、タツミくんたちの事情を優先してもらっても結構ですよ」
ジョルトとイエリマオから了承を得た辰巳は、次に隣のカルセドニアへと視線を移す。
もちろんカルセドニアが辰巳の意見に反対するわけもなく、一行の今後の大体の予定はこれで決定したのだった。
その日一日移動に費やした一行は、日暮前に次の宿場町へと到着した。
今度の宿場町は昨日の町に比べると規模がかなり小さいようだが、それでもそれなりの賑わいを見せている。
旅人や行商人、そして、傭兵や魔獣狩り。旅する彼らが一夜の寝床と食事を求めて、手頃な宿屋へ入っていく。
「なあ、カルセ。この町にも、カルセの知っている宿屋ってあるのか?」
「いえ、この町にも何度か来たことはありますが、昨日の町のように懇意にしている宿屋はありません。この町はそれほど規模が大きくないので、利用しない場合も結構ありましたし」
以前、カルセドニアがモルガーナイクと組んで仕事をしていた時、旅慣れた彼らは旅程を稼ぐために、規模の小さな宿場町を利用するより野営を選択することも多々あった。
そのため、カルセドニアがこの宿場町を利用した回数は、それほど多くないのである。
「なら、適当な宿を探さないとな」
辰巳はそう呟きながら、騎獣の上から周囲を見回す。
今回の旅における辰巳の役目は、ジョルトとイエリマオの護衛である。そのため、あまり安すぎる宿に泊まるのも考えものだろう。
路銀に関しては、依頼主であるジョルトとイエリマオ持ちであるため、宿泊費の節約は考えなくてもいい。
イエリマオも上級貴族だし、ジョルトに至っては王族である。
二人のことを考えれば、例え宿代が多少高くなっても治安のしっかりとした上級の宿屋を選んだ方がいいだろう。
辰巳はその考えをカルセドニアに伝えた。辰巳では、まだまだ宿の良し悪しを判断しきれないからだ。
旅慣れたカルセドニアはいくつかの宿屋を見て廻り、最終的に落ち着いた印象の店構えの宿屋の前で足を止めた。
「ここなど、どうでしょう? 少し値段は高そうですが、安心して休めると思います」
カルセドニアに言われて、辰巳もその宿屋をじっくりと眺める。
店の雰囲気は良さそうだ。それに店の前に店員らしき男性が二人立っているが、よく見ればその腰には短めの剣を佩いている。おそらく彼らは、店員と用心棒を兼ねているに違いない。
出入りしている客にしても、身なりのいい商人風の客が多い。おそらく、この宿はこの宿場町でもかなりの上宿なのだろう。
中には辰巳のように鎧姿の客もちらほらと見えるが、その鎧にしても魔獣素材の鎧ばかり。魔獣狩りの中でも上位に位置する者だけが、このような上級の宿を利用するようだ。
もしかすると自分たちは門前払いされるかも、と内心で考えた辰巳だが、よくよく見ればジョルトもイエリマオも旅装とはいえ、その身なりは上等なものであり、彼らが庶民でないことは一目で判断できるだろうし、辰巳にしても飛竜素材の鎧姿でカルセドニアも魔封具のローブを纏っている。
店先に立つ二人の店員も辰巳たちに向けて笑顔を浮かべているので、門前払いされるようなことはなさそうだ。
「よし、じゃあ今夜の宿はここにするか」
辰巳のその一言に頷いた一行は、パーロゥから降りるとその手綱を近づいてきた店員に任せて、宿の中へと足を踏み入れた。
辰巳たちが選んだ宿は、中も雰囲気が良かった。
宿の一階は酒場兼食堂になっており、どうやらこのスタイルがこの世界、もしくはこの国のスタンダードのようだ。
昨日と同じように部屋割りを行い、やはり同じように旅装を解いて一階に集合する辰巳たち。
宿はよく繁盛しているらしく、空いているテーブルは一つだけだった。
運良くそのテーブル──六人用だった──を占領することに成功した辰巳たちは、早速酒や料理を注文する。
酒場の中は料理と酒の匂い、そして音楽に溢れていた。
ラライナの音色が聞こえてきた時、思わずタランドかと警戒した辰巳だったが、どうやら別の吟遊詩人らしい。
改めて店内を見てみれば、店の一角が舞台のようになっており、そこで吟遊詩人が陽気な音楽を演奏し、それに合わせて客たちが思い思いに歌を歌っている。
〔エルフの憩い亭〕とはまた違った雰囲気だが、辰巳もこんな雰囲気は決して嫌いじゃない。
陽気な音楽と歌が溢れる中、四人が今後の予定や取り止めもないことを話していると、注文した料理や酒を持った女給が近づいて来た。
「お待たせしましたー」
彼女は陽気な声を出すと、手際よく料理や酒をテーブルの上に並べていく。
一通り料理を並べ終えた女給は、そのまま立ち去る──かと思われたが、なぜか申し訳なさそうな顔でじっと辰巳たちを見ている。
「どうかしましたか?」
「あのですね、申し訳ありませんが……他のお客さんの相席をお願いしてもいいでしょうか?」
今、辰巳たちがいるテーブルは、本来六人用のものだ。そのため席が二つ空いている。
どうしたものかと、辰巳は仲間たちへと振り返った。
「いいのではないですか? この店ならば、見るからに怪しい者は立ち入りできないでしょうし」
「そうだね」
身分を隠しているとはいえ、王族と上級貴族のいるテーブルに見知らぬ者を招くのはよくはないだろう。
だが、イエリマオもジョルトもそれほど気にしていないようだ。
──何かあれば、俺かカルセが対応すればいいか。
辰巳とカルセドニアは互いに小さく頷き合うと、改めて女給へと顔を向けた。
「ええ、いいですよ」
「ありがとうございます! おかげで助かります! では、すぐにご案内してきますね!」
女給は明るい笑顔を浮かべると、そのまま立ち去っていった。
そんな彼女の背中を見送ったジョルトは、好奇心に満ちた目で辰巳たちを見回す。
「ねえねえ、どんな人が来ると思う?」
「そうですねぇ。この店の主な利用客は商人のようなので、やっぱり商人ではないでしょうか?」
「それはどうだろうね、イエリマオ先生? この店を利用するような商人は、どちらかといえば裕福な商人ばかりじゃない? だとすると、使用人もそれなりにいると思うんだ。だけど、この席の空きは二つだけだよ?」
「では、ジョルトさんは商人ではないと?」
「うん、カルセの言う通り。俺は少なくとも商人ではないと思うけど……タツミ、何だったら賭ける?」
「止めておくよ。俺もジョルトと同じ意見だからさ。賭けにならない」
にやにやとした笑みを浮かべるジョルトと、肩を竦めてみせる辰巳。どちからともなく、二人は笑い声を上げる。
そんな二人を、カルセドニアとイエリマオが微笑ましそうに見守っていると、先程の女給が戻って来た。
その背後には、一人の男性。おそらく、その男性が相席の相手なのだろう。
「こちらです」
女給は男性を案内すると、一礼して去って行った。
「相席を受け入れてくれて感謝する」
男性が小さく頭を下げる。
そして男性がその頭を上げると、小さく目を見開いて驚きを露にした。
「これは……まさか、相席の相手が君たちだったとは……」
その声は辰巳とカルセドニアにも聞こえていたが、二人も驚いていてそれどころではなかった。
「……モルガー……?」
「……モルガーさん……?」
そう。
辰巳たちの元へと現れたのは、《自由騎士》モルガーナイクその人だったのだ。




