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ジョルトの依頼


 サヴァイヴ教団、最高司祭ジュゼッペ・クリソプレーズ。

 その存在は、サヴァイヴ神の信者にとっては「王」にも等しい。

 バースたちの結婚式から数日経過したある日のこと。神殿の鍛錬場で魔祓い師として鍛錬中だった辰巳は、その最高司祭から呼び出しを受けた。

 本来ならば雲の上の存在である最高司祭からの呼び出しとなれば、サヴァイヴ神殿に所属する神官なら誰もが緊張するだろう。

 だが、辰巳は違う。

 ジュゼッペからの出頭命令が彼の元へと届いた時、彼が感じたのは「またか」という思いだった。

 辰巳にとってジュゼッペは雲の上の存在ではなく、家族にして師匠である。しかも、最近のジュゼッペは何かにつけて辰巳を呼び出すことが多いので、彼がそんな思いを抱くのも無理はないだろう。

 すっかり通い慣れた最高司祭の執務室までの廊下を歩きながら、今日は何の用件だろうかと辰巳は考えていた。

 また何か新しい魔封具を手に入れて、それを自慢したいのか。それとも、何らかの授業だろうか。

 《天翔》という称号を得て以来、貴族などとの付き合いもどうしても増えてしまったため、最近の辰巳はジュゼッペから貴族間のマナーなども学んでいるので、その他の座学も合わせて最近の辰巳はいろいろと多忙なのだ。

 ジュゼッペの執務室の前まで来た辰巳は、これまたいつものように扉を軽く叩きながら中に声をかける。

「タツミ・ヤマガタ司祭です。お呼びと伺いましたが?」

「おお、婿殿か。入るがいい」

 ジュゼッペの声で許可を得た辰巳は、慣れた様子で扉を開く。

 ちなみに、現在のサヴァイヴ神殿には辰巳とカルセドニアの二人の「ヤマガタ司祭」が存在するため、区別するためにフルネームで呼ぶか、もしくは名前の方に「司祭」をつけて呼ぶことが神殿内では通例になりつつある。

 だが、扉を開いた辰巳は思わずその場で足を止めてしまった。

 なぜならば、ジュゼッペの執務室の中に、彼が思いもしなかった人物が待っていたのだから。




「や、タツミ」

 そう言って手を挙げつつにこやかに微笑んだのは、間違いなくこの国の国王の直孫であるジョルトリオン・レゾ・ラルゴフィーリであった。

「じょ、ジョルト……? どうしてジョルトがここに……?」

「うん、実はタツミとカルセにお願いがあってさ。それで今日はサヴァイヴ神殿まで来たんだ」

 あははーと、ジョルトは明るく笑う。

 どうして彼がここにいるのか。そのことに首を傾げながらジュゼッペの執務室に入ろうとした辰巳の背後から、これまたよく知った声が聞こえてきた。

「あら、旦那様? 旦那様もお祖父様に呼ばれたのですか?」

 その声に辰巳が思わず振り向けば、そこにはやや首を傾げた彼の妻の姿があった。

 カルセドニアの傾げた首に合わせて、頭上の「アホ毛」がひょこんと揺れている。

 そのアホ毛──ついオカメインコの冠羽を連想させてしまって──に頬を緩ませながら、辰巳は執務室の中を指差した。

「どうやら、俺たちに用があるのはジュゼッペさんじゃないみたいだよ」

「え?……ジョルト様……? どうしてジョルト様がここに……?」

 執務室の中のジョルトの姿を見たカルセドニアは、王孫と夫を何度も見比べた。

「二人とも、いつまでもそんな所に突っ立っておらず、まずは部屋に入らんかの?」

 ジュゼッペにそう促されて、辰巳とカルセドニアは部屋の中へと入り、ジョルトの座る長椅子の対面へと腰を下ろした。

「さて、おぬしたちを呼んだ理由だが、先程ジョルト坊主が言ったように、こやつがおぬしらに用があるそうじゃ」

 ジョルトの横に腰を下ろしているジュゼッペが、そう切り出した。

「要は、おぬしらに護衛を頼みたいそうじゃよ」

「護衛……ですか?」

 辰巳とカルセドニアは、互いに顔を見合わせると同じように首を傾げた。




 このラルゴフィーリ王国は、貴族がそれぞれの領地を統治し、その貴族を国王がまとめることで成り立っている。

 しかし、国土全部を貴族が分割支配しているのではなく、国王が直接統治する直轄地──王領とも呼ばれる──もいくつか存在する。

 だが、普段から政務が忙しい国王に、そのような飛び地の統治をしている暇はない。そのため、直轄地には代官が派遣されて、国王の代わりにその地を統治している。

「……でも、そんな場所は不正や腐敗が横行しかねないからね。時々、国王の命令で査察官が抜き打ちで調査に行くんだ」

「なるほど。それで護衛の依頼に繋がるってことは、その査察にジョルトも同行するわけだな?」

「ご名答。将来の勉強のために、身分を隠して査察について行けって俺の爺ちゃんに言われたんだよ」

 聞けばジョルトの祖父も父親も、国王や王太子として即位する前には、このような査察に何度も同行したらしい。

「ですが、それならば騎士の中から護衛を選ばれればいいのでは?」

 カルセドニアの疑問ももっともだろう。だが、当のジョルトはにこやかに笑ったまま、ぱたぱたと手を振った。

「いやいや、折角身分を隠して行くんだから、もっと気軽に接してくれる人の方がいいんだよね。それでいて、腕も確かなら言うことないじゃない? 例えば、飛竜さえ倒すことのできるどこかの《天翔》様みたいな……ね?」

 ジョルトの言葉に辰巳がちょっとだけ嫌そうな顔をする。相変わらず、《天翔》と呼ばれることに慣れていないようだ。

 とはいえ、彼の言いたいことも理解できる。騎士とてそう命じれば彼を王族とは扱わないだろうが、それでもつい臣下としての態度を取ってしまうかもしれない。

 そこから、ジョルトが高貴な人物であると知られるとまずい。特に査察先の代官が、何らかの悪事を働いている場合は。

「まあ、今回査察に向かう先の代官が、必ずしも不正をしているってわけじゃないけどね。それでも折角抜き打ちで査察を行うわけだからさ、ぎりぎりまでこちらの身分を隠しておきたいじゃない?」

「だけど、査察官が一緒なんだろう? その人はジョルトのことを王族として扱うんじゃないのか?」

「ああ、それなら大丈夫。今回一緒に行く査察官は親父と親しい人でさ。昔から俺のことを知っているから、俺のことはただの文官の見習いって扱いにしてくれるよ」

 その代わり、生粋の文官だから戦闘の方はからっきしだけど、とジョルトは続けた。




「期限としては、往復で二十日ぐらいかな? 少し遠くの直轄地まで行く予定だから、パーロゥを使ってもそれぐらいはかかると思う」

「そうか……ジュゼッペさん。俺としてはジョルトの依頼を受けたいと思うのですが、構いませんか?」

 辰巳がジュゼッペへと顔を向けてそう問いかければ、ジュゼッペはいつものように穏やかに微笑みながら頷いた。

「うむ、構わんとも。カルセはどうするんじゃ?」

「もちろん、私も旦那様と同行します」

 シークタイムゼロ──全く考えることもなく即答した孫娘に、ジュゼッペは苦笑を浮かべる。もっとも、ジュゼッペとてここでカルセが「同行しない」などと言い出すとは思ってもいないのだが。

「あい分かった。その視察で王都から離れた場所を見て回るのは、婿殿にとってもいい経験となるじゃろう。それで、今回はどこの直轄地へ行く予定なんじゃな?」

「今回の査察は北の方だね。トガとかその辺り」

 ジョルトの言うトガとは王都の北方に存在する街の名前であり、その街と大小数個の村が直轄地には存在する。

 そして、トガの街にはその地方を統括する代官や役人が集まる代官府が存在するため、トガの街が査察の主な目的地となる。

「ほう、トガ方面か。それは都合がいいかもしれんの」

 何やら思案顔のジュゼッペを見て、辰巳とカルセドニア、そしてジョルトが三人で顔を見合わせる。

「実はな、先日、トガの街の近くのラギネという村に住む神官から連絡があったのじゃが……」

 それまでにこやかだったジュゼッペの顔が翳りを見せた。

 それと同時に、辰巳は隣に座っているカルセドニアが、ぴくりと身体を小さく震わせたことに気づく。

「……最近そのラギネ村で、ちと厄介な病人が出たそうでな。できればその病を治療できる魔法使いを寄越して欲しい、と言ってきたんじゃ」

「ふぅん。ジュゼッペ爺ちゃんは、俺の視察に同行するついでに、カルセにそのラギネって村に寄れって言いたいんだね?」

「その通りじゃ。構わんかな、ジョルト坊主?」

 カルセドニアがラギネ村に寄ることになれば、当然辰巳やジョルトも村に寄ることになる。

 いくらラルゴフィーリ王国内の治安が比較的落ち着いているとはいえ、女性であるカルセドニアを一人だけで旅をさせるのは危険すぎるだろう。

「うん、俺は構わないよ。直轄地での病となると、俺としても他人事じゃないから逆にこっちからお願いしたいぐいらいだ。ねえ、カルセ。頼めるかな?」

「は……はい。それはもちろん……」

 いつもとは明らかに様子がおかしいカルセドニアに、辰巳は内心で首を傾げる。

 だが、それに気づいているのは彼だけではないようで、ジュゼッペもジョルトも心配そうな表情を浮かべていた。

「どうしたんだ、カルセドニア? もしかして、そのラギネって村に行きたくないのか?」

 彼女の様子がおかしくなったのは、「ラギネ」という名前がジュゼッペの口から出てからだ。ならば、そのラギネという村に何らかの理由があるのだろう。

 そう思った辰巳は、回りくどいことをせずに直球で尋ねてみた。

「い、いえ……そういう……わけでは…………」

 俯き、小さな声で途切れがちに答えるカルセドニア。

 あまりにも彼女らしからぬその態度に、とうとう辰巳の心配が限界に達する。

「カルセ。何か理由があるのなら、正直に言ってくれ。もしもカルセにラギネって村に行きたくない理由があるのなら、俺はジョルトの依頼を断ってもいいと思っている」

「俺も無理に押しつける気はないからね?」

 辰巳とジョルトからそう言われて、ようやくカルセドニアが顔を上げた。

 彼女の顔に浮かぶ表情は「不安」、そして「怖れ」。それを見た辰巳とジョルトは、なぜカルセドニアがそんな表情を浮かべているのか分からない。

 しかし、ジュゼッペだけはそれに心当たりがあったようだ。

「おお、そうか、そうじゃったか……『ラギネ』という名前を聞いて、どこかで聞き覚えがあると思っておったが、もう十年以上も前のことなのですっかり忘れておったわい」

「ジュゼッペさん。そのラギネって村、もしかして……」

 どうやら辰巳もカルセドニアの不安の原因を察したようで、ジュゼッペとカルセドニアの顔を見比べた。

「はい……旦那様の考えている通りだと思います……」

 やはり不安げな表情のまま、カルセドニアは言葉を続ける。

「……ラギネ村は……私の故郷……私の生まれた村なんです……」


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