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『アマリリス』の所有権


 辰巳による飛竜との戦いが語られた後、本日彼が持参したものをテーブルの上に置くと、バーライドを始めとした王族たちはそれを物珍しそうに眺めた。

「ほう。これが噂の『アマリリス』か。タツミよ、これに儂が触れても構わんか?」

「はい。触れるぐらいなら別に問題はありません。ですが……それは俺……じゃない、自分にしか使えません」

「それはジュゼッペとブガランクから聞かされておるよ」

 ふふ、と笑いを零したバーライドは、朱金に輝く細い鎖が幾重にも巻き付いた籠手をテーブルから持ち上げた。

「ふむ……思ったより軽いな。さすがは朱金鉱製といったところか」

「父上。私にも持たせていただけませんか?」

 横合いから伸ばされた手を見て、バーライドの眉がきゅっと寄せられた。

「少しは待たんか。まだ儂が見ておる最中だ」

「そうはおっしゃいますが、私とて噂の『アマリリス』をよく見てみたいのです。さあ、父上。それを私に!」

「待てと言っておるだろうが! 貴様は王の言葉が聞けんのか?」

「今は『家族の時間』ですよ? 『家族の時間』に王だの王太子だのと言った肩書きを持ち込むな、というのが父上の口癖ではないですか!」

 突然始まった微笑ましい親子喧嘩に、辰巳は思わず目を白黒させる。その隣に腰を下ろしているカルセドニアは、このような光景を見慣れているのか穏やかに笑ったままだ。

「あははは。びっくりさせちゃった?」

 いまだに渡せ渡さないと喧嘩する祖父と父に、どこか冷めた目を向けながらジョルトが言う。

「……確かにびっくりしたよ。ジョルトの家族があまりに普通で……あ、いや、その……」

 それは王族らしくないという意味にも取られ兼ねないと悟った辰巳は、慌てて言葉を濁す。だが、ジョルトもその母親も妹も、別段気にした風もなくにこにことしたままだった。

「気にしなくてもよろしくてよ、《天翔》殿。公式の場ならともかく、今の私たちはただの家族ですもの」

「家族だからこそ、あのような喧嘩も気軽にできるというものです。ね、ジョルト兄様?」

「……これが俺たちの素だからさ。いつもこんなものだよ。もしかして、タツミの心の中の王族像ってものを壊しちゃったかな?」

 だったらごめんね、とジョルトが微笑む。

 考えてみれば、ジョルトも初対面から随分と気安かったが、それはこのような家族に囲まれて育ったからだろう。

 日本には「子は親の鏡」という言葉があるが、まさにその通りだと改めて思う辰巳であった。




「ところでさ? あれって正式にタツミのものになったの?」

 いまだに王と王太子が奪い合いを続けている『アマリリス』を眺めながら、ジョルトが辰巳に尋ねた。

「うん、一応、今後も俺が自由に使っていいってゴライバ神殿の最高司祭様に言われたよ。でも、もらったというよりは、正確には無期限の貸し出しって感じかな?」

 それまで『アマリリス』が奉納されてゴライバ神殿の最高司祭のブラガンクは、先代の所有者であった《大魔道師》ティエート・ザムイの遺言に従って、辰巳を正式な『アマリリス』の所有者として認めた。

 自分で使えぬ物があれば素直に使える者へと譲れ。使える者がいなければ、使える者が現れるまでどこぞの神殿にでも預けておけ。

 それが《大魔道師》の遺言であり、ブガランクもこの遺言に従うことにしたそうだ。

「ただし、おまえさんが天寿を全うした時、おまえさん以外に『アマリリス』を使える者がいなかった場合は、先代の時と同じように再びゴライバ神殿に奉納するように」

 と、ブガランクは辰巳に告げた。

「なるほどね。だから無期限の貸し出しってわけか」

「そういうこと。俺としても使えもしないものを大事に抱えているよりは、太陽神の神殿に預けた方がいいと思うし」

「なら、サヴァイヴ神殿でもいいんじゃないの? タツミはサヴァイヴ神の神官でしょ?」

「それも少しは考えたけど……元々ゴライバ神殿にあったものだから、元に戻した方がいいだろ? ジュゼッペさんもそれでいいって言ってくれたし」

「そっか。タツミとジュゼッペ爺ちゃんがそう考えたのなら、俺があれこれ言うことじゃないよね」

 そう言ったジョルトの目が、呆れたように細められる。

 彼の母であるフリーネアも妹であるリーヴェルナも、同じような表情で部屋のある一点を生暖かく見つめていた。

 彼らの視線の先では、王と王太子による『アマリリス』の争奪戦がいまだに繰り広げられていた。




 まるで新しい玩具を奪い合う子供のような騒動にも、遂に終止符を打つ時がきた。

「いい加減になさいまし、あなた! お義父さまもです!」

 きりりと細い眉を釣り上げたフリーネアの雷が、とうとうバーライドとアルジェントの頭上に降り注ぐ。

「今日は息子のお友だちが遊びに来ているというのに、いつまでそうやって見苦しい争いを続けるおつもりですかっ!?」

 ぎん、という音がしそうなほど鋭い視線を向けられて、バーライドとアルジェントの父子は、がばりと立ち上がるとその場で姿勢を正した。

「う、うむ、そうだったな、す、済まんな、フリーネア」

「ご、ごめんなさいっ!!」

「謝るのはわたくしではなく、《天翔》殿とカルセにでしょう?」

 父子はまるで申し合わせたような同じ動きで、びたっと辰巳とカルセドニアへと振り向いた。そして、これまた同じ動きでぺこりと頭を下げる。

「済まなんだな、タツミ、カルセドニア」

「《天翔》殿、カルセ、本当に申し訳なかった」

 国王と王太子。いわばこの国のツートップに頭を下げられて、辰巳はどうしていいのか視線を彷徨わせた。

 彼の隣に座っているカルセドニアは苦笑を浮かべているだけだし、ジョルトとリーヴェルナも呆れた顔で祖父と父を見ている。壁際に控えた使用人たちも、特に気にした様子もない。

 そのことから、これが彼ら一家の「普通」なのだと辰巳は判断した。

「い、いえ、気にしないでください。でも……喧嘩できるぐらい仲のいい家族は……少し羨ましいですね」

「旦那様……」

 少し翳りが混じった辰巳の言葉。彼が事故で亡くした家族のことを思い出していることを悟ったカルセドニアは、心配そうに辰巳の横顔を見つめた。

 その視線に気づいた辰巳は、にこりと柔らかく笑う。

「……大丈夫。今はジュゼッペさんやその家族もいるし……何より、俺の隣にはいつも誰かさんがいるからね」

「はい。私はいつでも旦那様と共にあります」

 互いに信頼と愛情に満ち満ちた視線を交わす辰巳とカルセドニア。

 いつの間にか、二人の手は互いに握り合わされ、何となく顔の位置も近づいているような気がしなくもない。

「あー、うん。二人がいつも仲がいいことはとっくに承知だし、別に二人の邪魔をする気は全くないけどさ……できれば、場所を選んでいちゃついてくれないかな?」

 突然聞こえてきたジョルトの声に、二人が今の状況を思い出してぱっと振り返れば。

 ジョルトは先程祖父と父親に向けていたのとは違った生暖かい目を向けているし、バーライドとアルジェントはにやにやと笑いながら二人を見ている。

 フリーネアはにこにこと微笑んでいるし、リーヴェルナは真っ赤になって両手で顔を隠しつつ、それでも指の隙間からしっかりと二人の様子を観察していた。

「あらあら。確かにジョルトの言う通り、この調子だと二人のあれこれを聞くとかなり胸焼けしそうね」

 微笑んだフリーネアにそう言われて、辰巳とカルセドニアは真っ赤になって俯くことしかできなかった。




 その後、国王一家からさんざんからかわれた辰巳とカルセドニア。その途中で、ふと何かに思い至ったようでジョルトが辰巳に尋ねた。

「そういや、飛竜を斬り裂いたっていう例の切断魔法……《裂空》だっけ? それって『アマリリス』を介してじゃないと使えないの?」

「いや、そんなことはないぞ。そうだな……」

 辰巳は周囲をきょろきょろと見回した後、先程お茶菓子を食べた時に使用した金属製のフォークを手に取った。

「えっと……これって、壊しても問題ないか?」

「うん、別にいいけど……どうするの?」

 興味津々といったジョルト。それはジョルトだけではなく、他の家族も一緒だった。

 辰巳は左手でフォークの先が上を向くように持つと、右手の人差し指をフォークの首の部分に当てる。

 そして、魔力を展開して《裂空》を指先に発動。辰巳が指が少し横に引くと、それに合わせてフォークは首の部分が音もなくすぱりと切断された。

「……すげえ」

 ぽつりと零れたジョルトの言葉。

 僅かに指を動かしただけで、金属製のフォークが斬れたのだ。辰巳とカルセドニア以外の者は、驚きに目を見開いていた。

「……つまり、貴様は例え武器を手にしていなくとも、魔力さえあれば素手で何でも斬り裂けるというわけか。正直、恐ろしいな。貴様が暗殺者などにならなくて本当に助かったぞ」

 バーライドの言葉に、辰巳は苦笑を浮かべる。自分の魔法が極めて暗殺向きであることは、彼自身がよく理解していた。

 《瞬間転移》にしろ《裂空》にしろ、奇襲を行うにはこれほど適した魔法はないだろう。

 騎士のように真っ正面からぶつかるのではなく、相手の不意を突いて確実に仕留める。それが辰巳の魔法を最も有効に使う戦い方に違いない。

「では……そうだな。例えば、剣の刀身だけを転移させて、離れた相手を攻撃することもできるのか?」

 アルジェントの質問に、辰巳は首を横に振る。

「それはできません。物や身体の一部だけを転移させることはできませんから。それができるのは『アマリリス』を使った時だけですね」

 辰巳は『アマリリス』を腕に装着すると、魔力を流して鎖を操ってみせる。

 まるで蛇のように空中でくねくねと黄金の鎖を操った辰巳は、その鎖の先端だけを転移させ、壁際に置かれていた小さな燭台に鎖を巻き付けた。

 次の瞬間、壁際にあった燭台が辰巳の手の中に移動する。それを見て、王族たちが小さく歓声を上げた。

「へえ、これはおもしろいや。タツミは魔獣狩りや神官戦士じゃなくても、大道芸でもやっていけるんじゃない?」

「うん、実は俺もそう思う」

 辰巳とジョルトは顔を見合わせると、肩を竦めながらにひっと楽しそうに口の端を釣り上げた。




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