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称号

「やあ、いらっしゃい、タツミ、カルセ。ようこそ、俺の家へ!」

 そう言いながら両手を広げ、満面の笑顔で辰巳とカルセドニアを出迎えたのは、誰あろうジョルトリオン・レゾ・ラルゴフィーリその人だ。

 そして、そのジョルトの後ろにある部屋の中には、彼の家族であろう人物たちの姿が見える。

 もちろん、その中には彼の祖父であり、この国の国王であるバーライド・レゾ・ラルゴフィーリの姿もあった。

 バーライド国王は、にこにことした笑顔を部屋に入った辰巳とカルセドニアへと向ける。

「よく来たな、タツミとカルセドニアよ。特にタツミは先日の謁見以来だな?」

「は、はい……っ!! こ、国王陛下」

 いくら正式な場ではないとはいえ、国王を前にした辰巳は緊張でがちがちだ。

 そんな辰巳に、バーライドは苦笑を浮かべながら言葉を続けた。

「そんなに緊張せずともよい。今日は孫が無理を言って貴様らを招いたのだからな。なに、儂のことは友の家に遊びに行ったらたまたま居合わせた、友の爺と気楽に考えるがいい」

 いや、気楽に考えるなんて無理です。絶対に無理です。

 思わずそんな言葉が飛び出しそうになり、辰巳は必死になってその言葉を飲み込んだ。

 同時に、私的な時間とはいえこの異様なまでの親しみやすさは、さすがはジュゼッペの親友だと改めて納得させられた。

 そんな辰巳に対して、カルセドニアは実に落ち着いたものだ。

 おそらく、過去にこのような席に招かれたことがあるのだろう。カルセドニアは夫である辰巳の隣で、優雅な一礼を披露してみせたのだった。




 ジョルトに案内されて部屋に入った辰巳とカルセドニアは、そのままジョルトが示した席に腰を下ろす。

 この部屋は、ジョルトやその家族たちが私的な時間を過ごすための部屋なのだろう。

 さすがは一国の王族が暮らすに相応しい、実に豪華な部屋だった。

 壁や柱などにも細かな彫刻が施され、各所には品のいい美術品がいくつも飾られている。

 それでいてごてごてとした過剰な雰囲気が皆無なのだから、この部屋をコーディネートした人物はよほどセンスがいいに違いない。

 部屋の中心には大きめの四角いテーブルが一つ。そして、そのテーブルを囲むように微細な刺繍の施された布を張った、見るからに高価そうな二人がけのソファが四つ。

 そのソファの一つに、辰巳とカルセドニアは並んで座ることとなった。

 ソファに腰を下ろした辰巳は、改めて室内を見回してこの部屋にいる人物たちを確認していく。

 まずは、辰巳の正面に座っている人物。ジョルトの祖父にして国王であるバーライドである。

 齢を経たとはいえ、元々武人だということがよく分かる大柄な人物だ。

 にこにことした笑顔を浮かべているものの、その全身から滲み出るような迫力が半端ない。さすがは一国の主といったところか。

 事前にジュゼッペから聞いたところによると、バーライドの細君にしてこの国の王妃である女性は、数年前に既に神の元へと召されたらしい。

 そのため、バーライドの隣は空席になっており、辰巳から見て右手側のソファには、三十台後半の男性が腰を下ろしている。

 その隣には同じぐらいの年齢の婦人。おそらくはこの二人がジョルトの両親であり、次代のこの国の国王と王妃なのだろう。

 そして、辰巳の左手側にはジョルトが腰を下ろし、その隣にはジョルトよりも若干年下の少女がにこにこと微笑みながら座っていた。

「じゃあ、改めて俺の家族を紹介するね。まずは……俺の爺ちゃんであるバーライド・レゾ・ラルゴフィーリ。まあ、この国の王様だから、タツミも知っているよね?」

 とても王族の紹介とは思えないぞんざいな紹介だが、バーライドは苦笑を浮かべるだけで何も言わなかった。

「そして、こっちのおっさんとおばさんが俺の両親ね」

「貴公のことは息子からよく聞かされているが、こうして直接言葉を交わすのは初めてだな、《天翔》殿? 私がジョルトの父、アルジェント・レゾ・ラルゴフィーリだ。以後、息子と同様、よろしく頼むぞ?」

「アルジェントの妻にして、ジョルトの母のフリーネア・レゾ・ラルゴフィーリです。よろしくお願いしますわね、《天翔》殿。そして、久しぶりね、カルセ」

「はい、王太子妃様。すっかりご無沙汰してしまいました」

「いやね、カルセったら。ここは公の場ではありませんよ? 私のことはフリーネアと呼んでくださらない?」

 以前より気心が知れているのか、カルセドニアとフリーネアは楽しそうに会話を交わす。

 ジョルトの父であるアルジェントは、バーライド国王と比べると細身の物静かな印象の人物だ。

 だが、そこは次期国王。にこやかにしていても、その存在感はバーライド同様で実に半端ない。いつ彼が父と交替しても不思議ではない、既に完成された王としての器の持ち主だった。

 その夫人であるフリーネアもまた、穏やかながらもしっかりと筋の通った人物のようだ。

「父の言葉ではないが、今の私は単なる貴公の友人の父親だ。我々を前にして緊張するなとは言わんが、もう少し肩の力を抜け。そうでないと、折角の茶や菓子の味を楽しめんぞ?」

 いまだに緊張の解けない辰巳に、アルジェントが微笑みながら告げる。

 その言葉に合わせて、辰巳たちの目の前のテーブルに、部屋の隅に控えていた侍女たちがお茶の用意をし始めた。

「で、最後のこのちっこいのが、俺の妹な」

 てきぱきと働く侍女たちの動きを気にする素振りもなく、ジョルトはこの場にいる最後の一人を紹介した。

 その最後の一人は、きらきらと輝く瞳を辰巳に向けて、元気な声で自分の名前を告げる。

「お初にお目にかかりますわ、《天翔》殿! わたくし、ジョルト兄様の妹のリーヴェルナ・レゾ・ラルゴフィーリです。これからは兄様共々、仲良くしてくださいませ!」

 にぱーっとした笑顔を辰巳に向けるリーヴェルナ。ジョルトの妹なので、その年齢はおそらく12歳ぐらいだろう。

 ジョルトに良く似た利発そうな少女で、赤茶色の髪と濃い灰色の瞳は兄ジョルトと同じ色彩で、誰が見ても彼らが兄妹であることは一目で分かるだろう。

 正確には、ジョルトたちの父も同じ色の髪と瞳をしているし、祖父であるバーライドも既に髪は白く染まっているものの、瞳は息子や孫たちと同色である。

 他家より嫁入りしたであろうフリーネアだけが、淡い金髪と薄緑の瞳という異なる色彩を持ち合わせていた。

 そうやってジョルトの家族を観察する一方、辰巳は先程から呼ばれている慣れない呼称にひくひくと口元を小さく引き攣らせていた。

 その呼び方を聞く度に恥ずかし過ぎて、できれば止めて欲しいと大声で訴えたい。

 だが、そうはいかないのだ。

 なぜならば、先程からジョルトの家族たちから呼ばれている《天翔》という呼び名は、国王であるバーライドより正式に辰巳に与えられた称号なのだから。




 カルセドニアの《聖女》やモルガーナイクの《自由騎士》のように、二つ名を持つ者はそれなりにいる。

 この二つ名を得る方法は、大きく分けると三つに分類されるだろう。

 一つめは、いつの間にかそう呼ばれるようになったこと。

 武勲や評判などが人々の口から口へと伝わり、知らず知らずの内にそう呼ばれるようになることがある。カルセドニアやモルガーナイクがこのパターンだ。

 二つめは、自ら名乗ること。

 自ら名乗ると聞くとちょっと痛々しいイメージがあるかもしれないが、市井の魔獣狩りや傭兵などは自ら二つ名を名乗ることがよくある。

 名乗った二つ名が定着すれば、それは自分の宣伝となるからだ。決まった雇用主のいない魔獣狩りや傭兵などは、自分を売り込む一環として自ら二つ名を名乗る場合がある。

 もっとも、名乗った二つ名が常に世間に定着するという保証はどこにもないのだが。

 そして、三つめ。それは国王などの支配者から、褒美の一つとして賜るものだ。

 こうして得られたものは、正式には「二つ名」ではなく「称号」と呼ばれるが、実質的には二つ名と変わりはないだろう。

 目には見えない勲章のようなもの、と考えると理解しやすいかもしれない。

 立てた武勲に相応しい称号が贈られるのが通例で、過去には《竜殺し》などの称号を授けられた者もいたという。

 辰巳の場合は飛竜を倒したことで《飛竜殺し》でも良さそうなものなのだが、国王より贈られた称号は《天翔》であった。

 空を自在に翔けながら、「空の王者」とも呼ばれる飛竜を倒したことに由来する称号で、これを考えたのがどこぞの最高司祭であるのは言うまでもない。

 称号は一国の支配者から正式に与えられるものなので、辰巳以外の者が《天翔》を名乗った場合は、貴族の詐称に等しい重罪となる。

 この辺りが、二つ名との明確な違いだろうか。




「そういや、タツミは神殿での地位も上がったんだって?」

 一通りお茶やお菓子を楽しんだ後、思い出したようにジョルトが告げた。

 今、辰巳とカルセドニアは揃いの儀礼用の神官服と聖印を身に着けていた。それは司祭の位を示すものだ。

 ジョルトが言ったように、辰巳の神殿内での位は、上級神官から侍祭を一つ飛び越えて司祭と改まった。これで辰巳は神殿内での立場でも、カルセドニアと肩を並べたことになる。

「はい! 飛竜を倒した功績を認められて、旦那様は司祭の位をいただきました!」

 辰巳に代わって、カルセドニアが我がことのように嬉しそうに答えた。

 心底嬉しそうな彼女の様子に、この国の王族たちは苦笑するやら呆れるやら。

 特に辰巳と再会する以前のカルセドニアしか知らない王太子夫妻は、そんな彼女の様子に驚きを隠せないようだ。

「まあ……本当に幸せそうね、カルセったら。ジョルトから聞いてはいたけど……ええ、今のあなたは以前よりよほど素敵だわ。良い人と巡り会えたようね」

「はい!」

「あー、母さん、それぐらいにしとけー。それ以上カルセに惚気させると、こっちがついていけなくなるぞー」

 呆れたような顔で母に忠告するジョルト。その様子から見て、どうやら過去に惚気られた経験があるようだ。

「あら、わたくしは聞きたいです! カルセと《天翔》殿の馴れ初め! 是非、聞かせてはいただけませんか?」

「いや、悪いことは言わないからやめとけって、リーヴェ。絶対、甘ったるすぎて胸焼けするから」

「そこがいいのではありませんか! 兄様は分かっていませんわ!」

「分かっていないのはおまえだよ……」

 目を輝かせて辰巳とカルセドニアを見る妹を前に、ジョルトは深々と溜め息を吐いた。




 辰巳が飛竜を倒した褒美として王国より贈られたのは、二羽のパーロゥとそれなりの額の金銭。そして、《天翔》の称号。

 一国の王都を滅亡の危機──王都の滅亡は王国の滅亡にも等しい──から救った事実に対して、褒美がこれだけというのは釣り合わないのが現実である。

 本来ならば、爵位と領地を授かって当然の活躍をしたのだ。

 とはいえ、爵位や領地をもらっても、辰巳にしてみれば正直扱いに困ってしまう。

 幸い、辰巳は神官である。俗世から切り離された立場なので、王国が提示する褒美を断ってもほとんど問題は生じない。

 国王とジュゼッペを含めて、あれこれと事前に打ち合わせを行った結果、辰巳が受け取ったのがパーロゥと金銭、そして称号だったというわけだ。

 もっとも、辰巳に言わせれば最後の一つは遠慮したかったことだろう。

 また、辰巳は今回の功績によりサヴァイヴ神殿内で正式な魔祓い師としても認められ、今後は神殿から〈魔〉を討つ使命を与えられることになる。

「貴公らの馴れ初めも興味深いが、私としてはやはり飛竜との戦いの詳細が聞きたいな。話してくれないか、《天翔》殿」

「そうそう、俺もそれが聞きたかったんだよ! そりゃ王宮からタツミたちが戦っているところは見ていたけどさ、やっぱり遠かったからね。実際に戦ったタツミから話が聞きたくて、今日は俺の家に来てもらったんだからさ。さあ、タツミ、話してくれよな!」

 見るからに期待一杯なジョルトと、さすがに息子ほどではないものの、それでも楽しそうな表情のアルジェント。

 よく見れば、バーライドもどこかわくわくした様子を隠しきれない。

 やはり男というものは、幾つになっても冒険譚が好きなのだろうか。それとも、この少々気さくすぎる王族の男性陣が特にそうなのか。

 その辺りの判断はつきかねたが、辰巳は自分が経験した飛竜との戦いを、照れながらもゆっくりと話していった。




 その辰巳の話を最も恍惚とした表情で聞いていたのは、不思議なことに戦いの場に居合わせていたはずの彼の妻だった。


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